母子家庭のジョー・タルバートのミネソタ大学生活は、バーの用心棒で支えられていた。これで大学近くのアパートの家賃が払えていた。ミネソタ州オースチンに住む仲の悪い母親キャシーと袂を分かち、ただ一つ心残りなのは二歳下の自閉症の弟ジェレミーを置いてきたことだ。とてもじゃないがアルバイトと大学通学に加えジェレミーの面倒は見られない。
ミネソタ州オースチンってあまり馴染みがないが、日本のスーパーに行けば「スパム」という缶詰がある。おいしいと思って時々食べているが、スパム(英語: SPAM)はアメリカ合衆国のホーメル・フーズが販売するランチョンミート(香辛料などを加えた挽肉を型に入れて熱して固めたもの、ソーセージミート)の缶詰だという。したがってオースティンは、スパムタウンとも言われる。アメリカ軍の糧食に指定され、駐留軍とともに日本に入ってきたらしい。
大学の授業で身近な人の伝記を書くという課題を与えられたジョーには、祖父は亡くなっており父については見たこともない、さらにもめぼしい親戚もいないので老人ホームを訪ねることにした。老人ホームのジャネット、院長のメアリー・ローングレンがカール・アイヴァソンを選んでくれた。
このカール・アイヴァソンという男は、クリスタル・ハーゲンという若い女性をレイプし殺し物置に放り込んで火をつけた罪で終身刑で刑務所に収監されていた。末期のすい臓がんと分かり釈放されこのホームにいる。なんと殺人犯の伝記を書くはめになった。しかし本人の話やヴェトナム戦争時の戦友の話から、真犯人が別にいると思われるようになる。
そして隣に住む同じ大学の美人の女子学生ライラ・ナッシュに近づき何とか友達関係を築き、30年前のこの事件を担当した弁護士から関連資料を受け取りライラとともに事件を追うことになる。一つ障害となっていたのが、数字を羅列した暗号文の日記だった。それも弟のジェレミーがキーボード入力授業で使うTHE QUICK BROWN FOX JUMPS OVER THE LAZY DOG(すばしこい茶色の狐が怠け者の犬を飛び越える)アルファベットの文字が全部入っている文章で、キーボード入力練習の時に使う。それを暗号の日記に順番に同じ文字はパスして番号を振って当てはめていくと、なんと真犯人が浮かび上がった。
ジェレミーとライラの関係が佳境に入った。作家によってはまるでポルノ小説並みの表現しか出来ない人もいるが、このアラン・エスケンスは違う。私も気に入った表現だった。「その夜、ぼくたちは愛し合った。それは汗にまみれぎこちなく、僕にどんどんぶつかりながら交わすような、アルコールとホルモンから生まれる愛ではなく、日曜の朝のゆっくりとろけていくようなタイプの愛だった。
彼女は僕の上でそよ風みたいに動いた。腕の中のその筋肉質のしなやかな体には、重さなどないようだった。僕たちは寄り添い、触れ合い、揺れ動き、やがて彼女が僕にまたがって、ゆっくりと身をくねらせはじめた。月光が細く一筋、カーテンの隙間から流れ込み、その体を照らし出した。彼女は背中を反り返らせ、僕の膝に両手をつき、目を閉じて天を振り仰いでいた。僕は畏れに目をみはり、彼女を取り込み、記憶が永久保存される頭の一区画にその光景をしまい込んだ」
アラン・エスケンスは、詩的でロマンティックな文章を書く人だ。なお、原題の埋葬される命は、末期のガンで苦しむカール・アイヴァソンのことで、雪が降るというのはカール・アイヴァソンがひたすら雪の降るのを待っていたからだ。小説はハッピーエンドで終わる。
著者のアレン・エスケンスは、アメリカ、ミズーリ州出身。ミネソタ大学でジャーナリズムの学位を、ハムライン大学で法学の学位を取り、その後、ミネソタ州立大学マンケート校などで、創作を学ぶ。25年間、刑事専門の弁護士として働いてきたが、現在は引退している。デビュー作である『償いの雪が降る』は、バリー賞ペーパーバック部門最優秀賞など三冠を獲得し、エドガー賞、アンソニー賞、国際スリラー作家協会賞の各デビュー作部門でも最終候補となった。