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ミニ恋愛小説「ラブレター」(5)

2014-06-15 14:22:34 | 小説

 ワインは2本目が飲み干されようとしていた。孝司が唐突に「トイレに行ってくる」といって立ち上がった。さゆりは不機嫌な顔で頷いた。今は怒りで気持ちが高ぶっていたが、どこかすっきりとした気もする。一年前の決着が付いたような感覚だ。お互い言いたいことを言って発散させたせいかもしれない。
 トイレから出てきた孝司がいきなり「さゆり、セックスしよう。服を脱いで!」と言いながら自ら脱ぎ始めた。さゆりは無視を決め込んだ。リビングから現れた孝司は、素っ裸で臨戦態勢も整っていた。それを見たさゆりは、声をあげて笑った。
 
 初夏の明るい日差しがカーテンの隙間から長く延びてベッドを横切っていた。太陽が動いていって、ちょうどさゆりの目の位置にさしかかった。さゆりの左手が太陽の光をさえぎるように目を覆った。    
 さゆりの目がゆっくりと開けられた。そして時計に移った。時刻は午前8時だった。さゆりは素っ裸のまま立ち上がりカーテンを勢いよく引き開けた。外は眩しいくらいの陽光に包まれていた。
「おはよう」と孝司が声をかけてきた。孝司も目を覚ましたらしい。二人は並んでベッドに横たわっていた。
 昨夜の孝司の献身的な奉仕にさゆりは我を忘れた。無言のままの時間が過ぎていった。二人の頭に浮かんだのは、「殺さなくてよかった」だった。
 しばらくして、孝司がさゆりに重なった。ゆっくりとした動きの合間に言ったのは「さゆり、別の病院で診てもらったら? 一箇所で済ますのはどうかと思うよ。特にこの卵巣ガンの場合はね」
 さゆりにしてみれば、上り詰める途中に言わなくてもと苛立たしい。とは言ってもこの孝司、一年前とは見違えるほどの成長振りだった。かつては自分勝手でさゆりのことなどあまり配慮しない素振だった。今はあくまでもさゆり本位にこの行為を楽しんでいる風に見える。愛しい孝司とさゆりは思った。こんな二人だから早々に結婚と思うだろうが、運命は意地悪だ。
 
 風邪などのときに行く近所の内科医の紹介で受診した病院の診断は、ガンの兆候一切なしだった。それで丸の内のライヴ・レストラン「コットン・クラブ」で祝杯を挙げた。その一週間後、孝司はニューヨーク転勤の辞令を受け取った。国内ならまだしも、海外となるとそう頻繁に逢瀬を楽しむことは出来ない。徐々に疎遠になっていくのは致し方ない。
 
 さゆりは一度は死の覚悟を決めたせいか、仏像が身近に感じられるようになった。東京のお寺、関東近辺のお寺を気が向くまま訪れた。静かな雰囲気の中で仏像と対座していると心が落ち着くのを覚えた。関西へも足繁く通うようになった。
 京都の観光寺院でもないが歴史のあるお寺でベンチに腰掛けて何時間も座っていた。若いお坊さんが時折通り過ぎるが見向きもしないで、ただ仏像に抱かれるような安らぎの中にいた。
「かれこれ3時間になりますなあ。そこへお座りになってから……」声をたどって見上げると、鼻筋の通った若いお坊さんがにこやかな笑顔で立っていた。これが縁でさゆりはこのお坊さんの妻になった。
 妻になる前にさゆりは過去を洗いざらい告げた。勿論、孝司と無理心中を画策したことも。お坊さんは「すべては仏様のご意志どす。こうしてここにお参りにお越しになったのもご意志どす。何も悩むことはおへん」
 さゆりは本当かな? と思ったがすべてを告白して気持ちが軽くなったのも事実で悩みが消えた気がした。あれから二年が経過した今、可愛い女の子に恵まれ幸せだった。


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