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ミニ恋愛小説「ラブレター」(2)

2014-06-15 14:19:01 | 小説

 思い出すあの屈辱を癒すことが出来なかった。殺してやりたいと常に思い続けていた。ふと、この手紙に応じればそのチャンスかもしれないと思った。<うん、それがいい。青酸カリがいいかな。それをどうする? そうだなあ。あいつがいい。坂本明だ。確かどこかの製造会社に勤めているはずだ。坂本には恩を売ってある。もし、断るのなら奥さんにお前の過去を告げ口すると脅せばいい。青酸カリ0,5グラムもあれば十分だろう。それに決めた>シャワーの熱い湯が間断なく流れ続けた。
      
 ちょっとキザかも知れないが外国映画の真似をして、バラの花束といつもは飲まない値段の高いワインを持って約束したに日に江島さゆりのマンションを訪ねた。濃紺のスーツに白いワイシャツ、それに深く翳っているような赤地に黄色のペーズリー模様の入ったネクタイを締めていた。

 ブザーを押すとどこにでもあるようなピンポーンという音が遠くで鳴った。孝司が聞き耳を立てていると廊下を歩くスリッパの音が近づいてきた。「どなた?」とさゆり。「垣本だよ」孝司は他人行儀に言った。チェーンの外れる音がしてドアが開いた。
 立っているさゆりに目がくらくらとした。<畜生、こんなに色っぽいのか。しかも胸の谷間を見せつけやがって……>孝司は内心毒づいた。 が、表情はいつものように静かで穏やかだった。
「久しぶりだね。元気そうじゃない?」
「ええ、なんとかね。さあ、入って!」
 部屋は黄昏時の影に包まれて暗かったが、相変わらず掃除は行き届いていてキレイに片付いていた。リビングのソファが代わったぐらいで、あとは孝司が過ごした頃と変わりなかった。ふと情熱のすべてをさゆりに捧げた頃が甦った。彼女の唇や肌触りが生々しく迫ってくる。
「孝司さん、コーヒー淹れたわよ」キッチンからさゆりの声がした。さゆりの淹れるコーヒーは絶品だった。なんでもテレビからの受け売りと言っているが、上等のコーヒー豆を挽いて90度の温度で淹れるという。<ああ、なんでさゆりは意地悪なんだ。こんなに苦しめるなんて……>と小さなカップのコーヒーの味から失われた恋の思い出が辛い。しかも、決心した殺意も揺らぎ始めた。
「孝司さん。お元気そうね」唐突にさゆりが言った。一瞬戸惑ったが「ああ、風邪一つ引かないよ。馬鹿だから」と孝司。
「相変わらず皮肉屋ね。孝司さんは」
「そうかなあ。さゆりも元気そうだね」
「うん、なんとかね。孝司さん、恋人できたの?」
「いや、いないよ。さゆりに振られてから、恋とは縁遠くなったよ」
「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかった」と言ったさゆりの表情に影が差した。孝司はこれ以上突っ込みたくなかったから肯いただけだった。窓の外はどっぷりと夕暮れに染まり、キッチンのダウンライトの明るさが増した。
 さゆりがにっこりと笑って「戴いたワインに合う料理を用意したわ。準備するからテレビでも観ていて……」と言った。
 
 テレビの前に座った孝司は普段観ないのに何を観るのか見当もつかない。テレビ・ボードの引き出しを開けて映画のDVDを探した。何枚かのDVDの中に見覚えのある一枚を見つけた。それは紛れもない孝司とさゆりの濡れ場を撮ったDVDだった。熱烈な二人のピークを示すものだった。横浜のホテルでの一夜だった。DVDのラベルにプリントした無難な写真からは想像もできない代物で、他人の目にさらすのをためらわれる。手にとったがここで観る気になれなかった。

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