Tim McLaughlin Melissa Fares
[15日 ロイター] - 44歳のシングルマザー、アンドレヤ・ガーランドさんは、ミドルクラス中心の風情ある街・ニューヨーク州フィッシュキルで3人の娘とともに暮らしている。今年5月、彼女は護身用にショットガンを購入し、撃ち方を習うため、地元に新しくできた射撃クラブに加入した。クラブの規模は急速に拡大している。
その後、ピストルの所持許可も申請し、ますます品薄になる弾薬類が入荷しないか常に気を配っている。地元のウォルマートに週3回は通うが「いつも品切れだ」と彼女は言う。
今年、米国の銃器産業は記録的な売上高を達成しているが、それを支えているのは、ガーランドさんのような初めて銃を購入する多数の顧客だ。彼女が銃器購入を決意した理由の一端は、気掛かりなニュースが重なっているためだ。新型コロナウイルスによるパンデミック、警察による黒人殺害をめぐる社会不安、そして多くの人が「選挙」の結果をめぐる紛糾が暴力事件につながることを心配している。
「周囲のあらゆる状況を考えると」とガーランドさんは言う。「銃は必要だと思う」──と。
連邦政府の銃器購入者身元調査データによれば、ここ数十年間、米国で銃器販売が急増するケースは、民主党出身の大統領の誕生や銃乱射事件の頻発など、銃規制強化が近いのではないかという懸念を引き起こすような事件を契機とする予測可能な動きだった。
業界専門家や銃器問題を専門とする研究者によれば、こうした急増を主に担うのは、銃器産業の中心顧客である政治的には保守派の白人男性で、すでに1丁ないし複数の銃器を所有している場合が多かった。
だが、ロイターが10数人の業界専門家、研究者、銃砲店オーナーに取材したところ、今年の市場拡大には、女性やマイノリティ、政治的にはリベラルで、これまでは銃所有など考えたこともなかった人々など、新たに殺到した初回購入者が含まれていたという。
「ふだんなら銃について考えもしない人々が、自分たちの領域以外のことを真剣に考えざるをえなくなっている」と語るのは、イリノイ州シカゴ郊外のデスプレーンズで銃砲店「マクソン・シューターズ・サプライズ・アンド・インドア・レンジ」を営むダン・エルドリッジ氏。
業界アナリスト、業界団体、さらには大手銃器メーカーであるスミス&ウェッソン・ブランズのマーク・ピーター・スミスCEOによれば、今年は初回購入者の数が急増しているという。
スミスCEOは9月3日、投資家とのオンライン会議の中で、今年の売上高の約40%が初めて銃器を購入する顧客になるとの推定値を示した。同氏によれば、これでも控えめな予測で、過去数年の「全国平均の2倍」に相当するという。
スポーツマンズ・ウェアハウス・ホールディングズのジョン・ベイカーCEOは9月2日のオンライン会議で、今年1─7月に銃器産業全体で500万人が初めて銃器を購入したとの試算を示した。この数字は、業界団体の全米射撃協会が小売店を対象とする全米規模の調査に基づいて発表した最近の数値とも整合している。
ウォルマートはロイターへの回答で、ハンティング関連を含むアウトドア用品が品薄であることを認めたが、銃器・弾薬の売上高や在庫状況については詳細を示さなかった。「可能な限り迅速に顧客のために商品を提供できるよう、サプライヤーと協力を進めている」とウォルマートは話している。
初めて銃器を購入した1人であるニューヨーク州リバーデール在住のベイリー・ビーケンさん(61)は、政治的にはリベラルな中産階級の白人女性であると話す。彼女はこの夏、射撃のレッスンを受け始めたという。理由は「選挙の結果がどちらに転ぼうと、ひどく恐ろしい、流血の惨事が生じかねない」からだという。
パンデミックを機に、マスク着用者と着用義務化に抗議する人々が対立し、警察の残虐行為への抗議が街頭での暴力的な衝突を引き起こす中で「一触即発の状況のように感じている」とビーケンさんは言う。
<「銃が増えれば死者が増える」>
銃器メーカーも政府も、銃器の販売状況や購入者の人口統計情報について詳細なデータを発表していない。これに代わるデータとして広く利用されている米連邦捜査局(FBI)の全米犯罪歴即時照会システム(NICS)によれば、今年1─9月の照会件数は史上最多だった2019年の同時期に比べ41%増加している。9月末までの身元調査件数は2880万件と、昨年の2840万件という記録をすでに塗り替えている。
身元調査では、犯罪歴や、逮捕令状請求、薬物中毒の記録など武器購入資格が否定される問題が購入希望者にないことを確認する。FBIのデータによれば、許可申請者のうち却下される例は1%に満たない。
1998年まで遡るNICSのデータによれば、身元調査の週間件数の上位10週のうち、8週が今年になって記録されたものだ。首位は3月、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスのパンデミックを宣言した週である。今年に入って月単位で最も多かったのは6月で、5月末にジョージ・フロイドさんがミネアポリス警察に殺害された事件の後である。
米国の銃器メーカー上位2社であるスミス&ウェッソンとスターム・ルガーの株価は、今年に入ってそれぞれ131%、59%上昇している。両社にコメントを求めたが、いずれも回答を控えている。
過去最高水準の販売状況により、ただでさえ総人口よりも銃の数が多い米国に、さらに数百万もの武器が加わりつつある。ジュネーブに本拠を置くスモール・アームズ・サーベイでは、米国の銃器の数を2017年時点で3億9300万丁と推定している。これに続くインド(7100万丁)、中国(5000万丁近く)を圧倒する数だが、両国とも人口は米国の4倍も多い。
研究者らによれば、政治的な混乱に関連する街頭での暴力的な衝突の懸念が高まっている一方で、銃器販売の急増により、銃器による死亡がさらに日常化していく可能性があるという。ハーバード大学のデビッド・ヘムンウェイ教授は、銃器の購入により、家庭での自殺、誤射事故、パートナーに対する暴力のリスクが大きく上昇するという疑いようのない証拠があると語る。
傷害の予防を研究している同大学傷害抑制研究センターの所長も務めるヘムンウェイ教授は「銃が増えれば、死者も増えるのはかなり明白だ」と語る。
<誰が買っているのか>
インタビューに応じた銃器ショップのオーナーや射撃クラブの指導者らは、これまでは銃の所持など考えたこともなかった人々の中で関心が急激に高まっていると報告している。保守派の白人男性という銃器産業の伝統的な顧客基盤とは異なる場合も多い。
初めて銃を購入したガーランドさんは黒人女性で、民主党員として登録されており、バラク・オバマ氏に投票した。一方で、彼女は民主・共和両党に対する深い不満を口にしており、11月の大統領選挙での投票先は決めていないという。新設ながら急拡大しているハドソンバレー・ヌビアン射撃クラブの会員は約125人で、ガーランドさんもその1人だ。会員の半数以上が女性で、創立者のデイモン・フィンチ氏を含む3分の2以上が黒人だ。
フィンチ氏によれば、クラブの発足はパンデミックが始まった今年3月で、ジョージ・フロイドさん殺害事件の後は、再び大きく関心が高まった。クラブへの参加や銃の安全な扱いに関する訓練について、毎日電話やメールを15件は受けているという。多くはこんな質問だ。「万が一、家族を守らなければならない場合、銃をどのように扱えばいいのか」
ボストンの技術革新コンサルタント、ユージーン・バフ氏は、ユダヤ系で政治的には保守派だ。この夏、フェイスブックに銃のインストラクターの資格を持っていると投稿したとき、やはり同じような反応を受けた。
初めて開催した教室はあっというまに予約で埋まった。ほとんどは、シナゴーグでの乱射事件やパンデミックによって、自らの安全を懸念する高齢のユダヤ系市民だった。バフ氏によれば「彼らの多くは銃を好まず、恐れてもいる」が、現在は銃への恐れよりも、身を守る必要性の方を強く感じているという。
従来、米国で銃を購入する最大のグループは、圧倒的に白人男性だった。無党派のピュー・リサーチ・センターが2017年に実施した調査によれば、米国の白人男性の半分近くが銃を保有しているのに対し、非白人男性の場合は約4分の1にとどまる。
銃器産業を研究する学術専門家3人は、ロイターによるインタビューの中で、今回の銃購入ラッシュに伴い、こうした人口統計上の構成に大きな変化が生じたかどうかを確認する十分なデータはないと語った。
だが、フロリダ州立大学のベンジャミン・ダウドアロー教授(公衆衛生学)は、この激動の1年で生じた深い政治的・人種的分断が銃器販売を加速させていることは間違いないと話す。同教授は、こうした緊迫した時期には、イデオロギーの左右にかかわらず、銃の購入者は自らを「悪人」から身を守る「善人」と位置付けているという。
「つまり、あらゆる『善人』は銃を買いに行く必要がある、というわけだ」とダウドアロー教授は言う。
シカゴ郊外で射撃練習場と銃関連用品店を経営する前出のエルドリッジ氏によれば、昨今の出来事は、今度の選挙で民主党が政権を握った場合の銃規制に対する懸念とも相まって、従来の顧客層の間でも銃購入が増えているという。
エルドリッジ氏の地域は、米国における銃器購入の中心地である。1つには、シカゴで暴力事件が急増し、その原因をめぐる煽動的な政治的言説が増えているからだ。イリノイ州は銃購入者の身元調査件数が9月末までの時点で560万件と国内トップであり、2位の2倍以上となっている。
ちなみに、イリノイ州における2019年通年での身元調査件数は490万件、2018年は280万件だった。
「人々は高層マンションに暮らし、毎日行くウォルグリーンの店舗が略奪に遭うのを目にしている」とエルドリッジ氏は言う。
(翻訳:エァクレーレン)