資本主義の限界を主張する論者は解決策をどこに求めるのか。「経済学の書棚」第15回後編は、「社会民主主義の知的なリセット」を主張し「社会的母権主義」(ソーシャル・マターナリズム)の確立を提唱する『新・資本主義論』と、「資本主義のあとに続くことが明確であるシステムなど存在しない」との見方を示す『資本主義だけ残った』、脱成長を軸とするポスト資本主義を構築するための施策を提示した『資本主義の次に来る世界』を取り上げる。

前編 「資本主義は限界なのか その『次』に迫る本」

「経済学の書棚」第15回後編で紹介する3冊の著者たちが掲げる看板は「社会的母権主義」、「民衆資本主義」、「脱成長」と分かれているが、資本主義の現状認識や、問題解決のために提案する処方箋には共通点も多い
「経済学の書棚」第15回後編で紹介する3冊の著者たちが掲げる看板は「社会的母権主義」、「民衆資本主義」、「脱成長」と分かれているが、資本主義の現状認識や、問題解決のために提案する処方箋には共通点も多い
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「義務感のネットワーク」を構築しよう

 20世紀末に社会主義国家が軒並み崩壊した後、世界では「資本主義一強」と呼べる状況が続いている。所得や富の格差、環境汚染などの原因は資本主義にあると批判する論者は多いものの、旧ソ連・東欧の失敗を目の当たりにした多くの人々は社会主義や共産主義にはなお強いアレルギー反応を示す。資本主義の枠の中で、難題を解決する方法はないのだろうか。

 オックスフォード大学教授のポール・コリアー氏は『 新・資本主義論 「見捨てない社会」を取り戻すために 』(伊藤真訳/白水社/2020年9月刊)で、主に現在の英国を念頭に置き、「社会的母権主義」(ソーシャル・マターナリズム)の確立を提唱する。

『新・資本主義論 「見捨てない社会」を取り戻すために』(ポール・コリアー著)。オックスフォード大学教授のポール・コリアー氏が、主に現在の英国を念頭に置き、「社会的母権主義」(ソーシャル・マターナリズム)の確立を提唱した本
『新・資本主義論 「見捨てない社会」を取り戻すために』(ポール・コリアー著)。オックスフォード大学教授のポール・コリアー氏が、主に現在の英国を念頭に置き、「社会的母権主義」(ソーシャル・マターナリズム)の確立を提唱した本
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 北米や欧州などでは、大都市圏とその他の地域の「地理的な経済格差」と、高学歴層と低学歴層の経済格差が同時に広がっている。その結果、社会は分断し、政治的な混乱が続いている。そこで活気づいているのは、ポピュリストとイデオローグという2種類の政治家たちだ。

 コリアー氏が思い描く理想の国家は社会と経済の両面で積極的な役割を果たすが、過度に自らの権力を増大させない。愛国心が人々を結束させる推進力となり、イデオロギーを排斥する。すべての政策はプラグマティズム(実際主義)に基づく。目指すのは倫理的な資本主義だ。倫理的な家族、倫理的な企業、倫理的な国家が不可欠な舞台となる。それぞれの組織のトップに立つ人たちは「最高司令官」ではなく、「最高コミュニケーション長官」となって責任を負う。帰属意識、義務感、目的にかなった行為などに関するナラティブを組み合わせ、相互的な義務感のネットワークを編み上げるのだ。

 コリアー氏は自分たちの世代が育った1945~1970年には倫理的な国家が奇跡を実現していたと回顧する。この時代には急激に富が増大したが、西側諸国はコミュニタリアニズム(共同体主義)に根差した社会民主主義を取り入れ、資本主義をきっちりと社会の利益のために活用した。

 社会民主主義の勝利は長く続かなかった。経済成長は専門的なスキル、高学歴者を必要とし、多くの高学歴者が国籍重視から職業重視へとアイデンティティを変更した。一方、社会の下層にいる人たちは、経済構造の変化に伴って生活困窮者となり、アイデンティティの拠り所として国籍にしがみついている。社会の二極化が進み、相互的な義務感はゆっくりと侵食された。

 社会民主主義者は地域社会の相互扶助の精神から遊離し、ジェレミー・ベンサムの功利主義で武装したエコノミストたちが公共政策を侵食した。国家の目的は効用の最大化だと考え、全市民の相互的な義務を構築しようとした社会民主主義的な政策は変質していった。不利な立場に置かれる集団の権利を重視するジョン・ロールズに共鳴する「ロールズ主義」も台頭した。左派のインテリたちは功利主義やロールズ主義を支持し、右派はノスタルジア(懐古主義)やリバタリアニズムに傾斜した。

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