フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

5月26日(土) 晴れ

2007-05-27 01:42:03 | Weblog
  昼から大学へ。今日は早稲田社会学会関連の会議が3つある。規約改正準備委員会、理事会、編集委員会の順である。小規模な学会ゆえ、一人でいくつもの委員をかけもちしているのである。最初の会議が始まったのが正午、最後の会議が終わったのだが5時であった。会議と会議の間はシームレスであったから、3つ併せて教授会並の長さであった。いや、教授会であれば、途中で適当に抜け出して休息が取れるのだが、今日はどの会議もそういうわけにはいかず、みっちり5時間の会議であった。研究室で雑用を片付け、学生たちのいないスロープを下り、人影まばらな馬場下の交差点を渡り、地下鉄の駅へ向かった。昨日は明大が、今日は慶大と法大が新たに休講措置に踏み切った。早大の休講措置の期限は来週の火曜日までだが、はたして事態は収束するのだろうか。

           

           

  東京駅の京浜東北線のホームで電車を待っていたら、卒業生のG君とばったり会った。彼とは3月の卒業式以来、これで3度目の遭遇である。前の2回は大学の周辺だったから、奇遇とは感じなかったが、3度目で場所も東京駅のホームとなると、さすがに「あれ、まあ」という感じになる。しかも、ここが肝心なところなのだが、3度とも同じ彼女と一緒なのである。今日は彼女がまず私に気づき、驚いたような顔で私を見ている女性がいることに気づき、しかし誰だったかなと首をかしげたら、その隣にG君がいたというしだいだった。横浜まで行くところだというので、蒲田までの車中3人でおしゃべりをした。彼女はNさんといい、G君とは専修は違うがやはりこの3月に文学部を卒業し、製薬会社で働いているそうだ。いまは研修中だが、営業の仕事だというから、『白い巨塔』で木村多江がやっていた役だねと私が言ったら、フフフと笑いながら、「そうなんです。ああいう仕事なんです」と言った。それを聞いたG君が「自分が癌になってしまって、里見に看取ってもらうことを希望したけれど、『ここでは死ねないのですね』といって転院していくんだ」と言った。よく覚えているな。でも、この場合は、そこまで詳しく言わなくてもいいんじゃないか。2人は一年生の中国語のクラスのときからのつきあいだという。電車が蒲田に着いた。
  私「またどこかで会いそうだね」
  Nさん「はい、そんな気がします。」
  私「次はどこで会うだろう」
  G君「たぶん大学だと思います」
  私「いや、東京タワーの展望台のような気がする」
  Nさん「ハハハ」
  明るくて元気なNさんと素朴で優しいG君。いいカップルだ。

5月25日(金) 雨

2007-05-26 02:51:31 | Weblog
  久しぶりの雨である。高原のような晴天が毎日続いていたので、朝起きて、雨が降っているのが意外だった。でも、なんだかホッと一息つく感じがした。雨を唄った歌はたくさんあるが、今日は六文銭というフォークグループが唄った「雨が空から降れば」(作詞:別役実、作曲:小室等)の気分だ。

  雨が空から降れば
  オモイデは地面にしみこむ
  雨がシトシト降れば
  オモイデはシトシトにじむ
  黒いコーモリ傘をさして 街を歩けば
  あの街は雨の中
  この街は雨の中
  電信柱もポストも
  フルサトも雨の中
  しょうがない 雨の日はしょうがない
  公演のベンチでひとり おさかなをつれば
  おさかなもまた 雨の中
  しょうがない 雨の日はしょうがない
  しょうがない 雨の日はしょうがない
  しょうがない 雨の日はしょうがない

           

  黒いコーモリ傘を差して郵便局に古本の代金を振り込みに行く。帰宅して母にソース焼そばをリクエストする。私が昼食をリクエストすることは珍しいので、母が張り切って具だくさんのソース焼そばを作ろうとしたので、具は控えめにしてほしいと注文する。具だくさんのソース焼そばというのは存外美味しくなくのだ。シンプルにキャベツと小さめに切った豚肉、そして桜エビくらいでいい。ソース焼そばはあくまでも甘辛のソースのからんだ麺が主役である。ソース焼そばの御礼に、母が使っている留守電の応答の声を私が吹き込む。年寄りを狙った電話セールスがかかってきたとき、男の声の方がガードマンの代わりになる。
  夜、山田太一脚本のスペシャルドラマ「星ひとつの夜」を観る。無実の殺人罪で11年間の刑務所生活を送り、3ヵ月前に仮出所してコンサートホールの清掃員をしている中年男(渡辺謙)と、終日自宅でインターネットによる株取引をしている青年(玉木宏)がある日ふとしたきっっかで出会う。そして他人との関係を結ぶのが下手なこの2人の男が、相手のために何かをしたいと思うようになっていく。外国映画であればホモセクシャルな関係を漂わせる展開だが(実際、2人の関係に焼き餅を焼いた清掃員仲間が男の過去を青年に告げ口したりする)、しかし日本のTVドラマではまずそういう方向には展開しない。男は浮気相手の女性を殺した罪で服役していたのであり、青年には彼女がいる。そういう歯止めをかけた上で、なぜ山田太一があえて中年男と青年の心の交流をテーマにしたのかといえば、私が思うに、昨今のTVドラマは恋人同士、夫婦、親子、教師と生徒、そうした類型的な人間関係における絆ばかりをテーマにしていて、われわれがさまざまな場所で日々擦れ違う名も知らぬ他者との交流というものを考えようとしていないからではないか。都市生活という砂漠の中でのオアシス(あるいは反オアシス)ばかりに目が行って、砂漠そのものを緑化する可能性を最初から捨てているからではないか。中年男と青年の会話は、さすがに山田太一、きっちりと作り込まれたものである。こういう抑制の利いた直球でキャッチボールができたらどんなにいいだろう。私もそれなりに日々心掛けてはいるのだが、なかなか上手くいかない。「ごく普通の中年男が山田太一のドラマの登場人物のような会話ができるようになるには相当の稽古をつまなくてはならないのだ!」(帰って来た時効警察風)よろしくお願いします。

5月24日(木) 晴れ

2007-05-25 11:51:19 | Weblog
  午前中、読書。吉見俊哉『親米と反米』読了。有益な読書だった。社会学演習ⅠBの夏休みの課題図書にしようか。演習ⅠBの前期のテーマは「自己と他者」なのだが、『親米と反米』のテーマは戦後の日本人にとっての「他者としてのアメリカ」である。「アメリカ」という他者を意識することによって(あるいは意識していることを隠蔽したり忘却することによって)、どのような主体が立ち上がり、また、どのように主体の変容が起こってきたかを論じた本である。「自己と他者」をめぐる応用問題として恰好のテキストではなかろうか。
  昼食にピザを食べてから、学会費と古本の代金を振り込みに郵便局へ。「日本の古本屋」は全国の古本屋が出品していて大変便利なのだが、代金の支払い方法が、前払い方式の店と(古本屋は指定の口座に代金が振り込まれたことを確認してから本を送ってくる)、後払い方式の店(まず本が送られてきて、同封の振り込み用紙を使って代金を振り込む)が混在していて、私のように一度に何冊も購入する者にとっては紛らわしい。どの店の支払いが済んで、どの店の支払いがまだなのかが、ちゃんと記録を管理していないとわからなくなってしまう。こちらとしては高額の商品以外は振り込み用紙同封で先に現物を送ってきてくれるほうがありがたい。それよりもAmazonの中古本のように代金カード払いが一番手間がかからなくていい(ただし、このやり方は、私は一度も経験がないが、送られてきた本に何か問題があって、購入を取り消す場合に多少面倒かもしれない)。
  振込みを済ませてそのまま散歩に出ようかとも思ったが、思い直して(日差しがちょっときつかったので)、自宅に戻る。結果的にそれはよい判断で、領収証の整理や書類の作成などをしているところへ、来客があった。事前の連絡がなかったので、少々面食らった。たぶん大学が麻疹のために休講中なので私も「自宅学習」をしているものと思われたようだが、もしあのまま散歩に出ていたら、無駄足を踏ませてしまうところだった。昔の作家の日記なんかを読んでいると、誰々の自宅を訪問したが留守だったみたいな記述がしょっちゅう出てくるが、牧歌的な時代だったのだなと思う。その代わり、彼らは電報をよく使った。いまの時代、電報といったら祝電や弔電といった儀礼的なものが主流で、自宅に電報が届くなんてことはまずなくなったが、彼らは速達でも出すような感覚でよく電報を打っていた。
  夕方、母の買物の代行がてら、散歩に出る。くまざわ書店でダイ・シージエ(『バルザックと小さな中国のお針子』の作者)の新作『フロイトの弟子と旅する長椅子』(早川書房)を購入。新星堂でハンガリー舞曲集(ブラームス)のCDを探す。先日の「N響アワー」の中でたまたま第4番へ短調を聴いていいなと思ったので、全曲(21番まである)を聴いてみたくなったのだが、全曲が収められたCDはなかったので、カラヤンとベルリンフィルが1959年に録音したハンガリー舞曲集とスラヴ舞曲集(ドヴォルザーク)のセレクションを購入。帰宅してさっそく聴いてみたが、テンポの速さに驚いた。たんに速いだけでなく、緩急のメリハリをすごくはっきり出している。舞曲というけれど、たぶんこの演奏で踊るのは困難なんじゃないだろうか。並みの身体能力ではついていけないだろう。カラヤンとベルリンフィルの演奏は、これは演奏会用の曲としてきっぱりと割り切って(もともとブラームスもピアノ連弾用の作品として作曲したそうだが)、聴衆を魅了することに全力を傾けている。しかも、こめかみに青筋を立てることもなく、いとも軽々と。「どうです。これがベルリンフィルです」といった感じで。ちょっと癪にさわるけど、すごい。Amazonで検索したらハンガリー舞曲集全曲を収録した中古CDがあったので購入。
  夕食(鶏のから揚げ、茄子の蒸し焼き、蕪と若布の味噌汁、ご飯)の後、一服しながら、録画しておいた『バンビーノ!』を観る。ちょっとテンポが単調になってきている。主人公の成長物語なのだが、彼の周囲の人物は全員彼より先輩であるため、「自分以外すべて師」という感じで、成長するのは主人公だけであって、他の人々はそれを見守る世界というのは、閉塞的な世界である。たぶん、これから、主人公の成長する(成長しようとしてもがく)姿に周囲の人々も触発されてさらなる成長を遂げるというインタラクティブな群像的成長物語に展開していくのであろうが(岡田恵和はそういうのが得意であるから)、そうであったとしても、やはり閉塞感はぬぐえそうもない。これはドラマの舞台がレストランという狭い空間に限定されているからだけではなくて、このドラマが描こうとしている成長物語そのものがもっている古風さというか、古臭さというか、「石の上にも三年」的な職人的職業経歴観が「いまどきの若者」にどれだけアピールできるのかというところにある。ドラマのような職場(の人間関係)が存在するのであれば「石の上にも三年」という気持ちにもなれるだろうが、職場の設定そのものがファンタジックなものであるために、そこで展開される主人公の成長物語そのものがおとぎ話に見えてしまうのである。もちろんTVドラマや映画はみんなおとぎ話なのだという言い方はできる。しかし、たとえば60年代前半に人気を博した植木均主演の一連のサラリーマン映画は、観客もおとぎ話とわかっていてそれを楽しんだのであるが、『バンビーノ!』の場合はそれを見る現代の迷える若者たちに働き方(生き方)のモデルを提示しようというまじめな意図が見て取れる。そのまじめさが、提示されるモデルの旧式さとあいまって、窮屈な印象を与えてしまうのだ。
  深夜、佐藤慶幸先生に本(『アソシエーティブ・デモクラシー:自立と連帯の統合へ』有斐閣)をいただいたお礼の葉書を書いて、近所のポストまで出しに行く。夜の散歩が気持いい季節になった。

5月23日(水) 晴れ

2007-05-24 03:32:39 | Weblog
  今日も快晴。こんな日に「自宅学習」しなくてはならない学生たちに同情する。ところで、風疹の学生が出ていても特別の措置をとっていない大学もたくさんあるわけで、たとえば千葉大の保健管理担当のN教授は「小中学生と違い、大学生が休みにおとなしく下宿や家にいてくれるかどうか。むしろ街中に出て、流行を広げたり、新たに感染したりするおそれがある」と述べている(23日の読売新聞夕刊)。私はN教授の意見の前半はもっともだと思うが、後半はどうかと思う。街中に出さないために大学に囲い込むわけですか。でも、終日大学に囲い込んでおくわけにはいきませんよね、全寮制でもない限り。ちなみに千葉大の感染者は26人(23日現在)。早大は30人で似たり寄ったりだが、母数としての学生数が全然違う。早大は5万5千人(したがって30人は0.05%相当)。千葉大は1万5千人(したがって26人は0.17%相当)。早大なら風疹の学生が94人になっても休講宣言をしない計算になる。すごいね。一方、1人でも感染者が出れば休講という大学もある。岐阜大(いまのところ感染者0)の付属病院生体支援センターのM教授は「はしかの感染力は、教室に1人患者がいれば全員にうつるほど強い。1人でも患者が出たら直ちに大学当局に休講を勧告するよう手順を整えた」と述べている(同夕刊)。1人でもか・・・。こっちも別の意味ですごい。なんだか鳥インフルエンザへの対処と似ていなくもない。風疹の流行と、風疹の学生が出たときの対処としての休講の流行(およびそうした流行への反発)、二つの流行が同時発生している感じがする。
  郵便局に行って古本の代金を振り込むついでに、郵便貯金の通帳を新規で作る。実は私はこれまで郵便貯金の通帳(定期ではなく普通の通帳)は作ったことがなかった。小学生の頃から通帳は銀行のものだけである。私のイメージの世界では郵便貯金の通帳を持っているのは田舎の人(ないし田舎から都会に出て来た人)なのである。なぜなら田舎には銀行がないから。もちろん地方都市にはあるが、村にはない。しかしどんな村にも村役場はあり、農協はあり、そして郵便局はある。だから田舎の人はみんな郵便貯金の通帳をもっている・・・と思っていたのである。そんな偏見に凝り固まっていた東京生まれ東京育ちの私が、今日、生後53年にして初めて郵便貯金の通帳(「ぱるる」っていうんだ。知らなかった)を作ったのは、古本の代金を郵便振替ですることが多くなって(毎度毎度現金で振り込んでいた)、通帳(およびカード)があった方が便利であることについに気づいたからである。私が窓口で通帳を作りたい旨を告げたとき、職員は「初めてですか?」と言って、珍しいものを見るような目で私を見た。なんだか風俗店に行って「あなた初めて?」と聞かれたような気分だった。私はぶっきらぼうに「はい」と答えて、一万円札を差し出したのだった。
  郵便局に行ったその足で(正しくは自転車で)、蒲田銀座の奥にある「寿々喜」に行って昼食(鰻玉重)を食べる。鰻玉重とは鰻の蒲焼きを卵でとじてご飯の上に載せたものだが、大学院生のころ、日本青年館の中にある青少年研究所の仕事にかかわっていて、その会合で度々出された弁当が東洋軒の鰻玉重だったのである。なぜいつも鰻玉重だったのだろうかと考えるに、値段が手頃だった(鰻重よりは安い)ということのほかに、メンバーには女性も混じっていたことから、カツ重では重いし、かといって親子丼では軽いし、理想的な妥協点に鰻玉重が位置していたということではないかと想像する。いつもお弁当の手配をしてくれた事務員のTさんは明るく感じのいい方だった。ほどなくして退職されて九州に帰られ、そして結婚されたが、いまはどうしているだろう。
  散髪をしてから家に戻る。夜、吉見俊哉『親米と反米』を読みながら、そこで取り上げられている本で面白そうなものを「日本の古本屋」およびアマゾン(の中古本)に発注する。

  水野浩編『日本の貞操』(蒼樹社、1953年)
  岩男寿美子『テレビドラマのメッセージ』(勁草書房、2000年)
  乾直明『外国テレビフィルム盛衰記』(晶文社、1990年)
  岩本茂樹『戦後アメリカにゼーションの原風景』(ハーベスト社、2002年)
  岡村正史『力道山と日本人』(青弓社、2002年)

5月22日(火) 晴れ

2007-05-23 10:58:55 | Weblog
  午前10時40分からカリキュラム委員会。午後1時から基礎演習の担当教員の懇談会。この間、わずかに5分。研究室でコンビニのおにぎりを一個(鮭)ほおばる。懇談会では出席した教員全員が現時点までの基礎演習の感触のようなことを報告しあった。まったく新しいシステムの授業形態であるから、戸惑いも多いことと思うが、まだ始まったばかりということで、何かうまくいかないことがあっても、それがシステムの問題なのか、教員としての個人的力量の問題なのか判然としないところがあって、そのためだろう、本日の懇談会ではシステムそのものについての突っ込んだ議論は行われなかった。懇談会はこれからも行われるはずなので、そのような議論も今後盛んになっていくと思われる。ほとんどのクラスでは今週からグループ発表が行われる予定だったが、麻疹の流行による休校措置で来週以降に延期された。学生同士の接触は学外でも禁止されているので、ネットコミュニケーションをフル活用して、準備を進めてほしい。懇談会は2時半に終わり、研究室で雑用をいくつか片付けて、3時半ごろ大学を出る。キャンパスに学生の姿はなく、馬場下の交差点も閑散としている。飲食店の店員さんも所在なげである。

           

           

  蒲田に着いて、シャノアールで読みかけの吉見俊哉『親米と反米』(岩波新書)を1時間ほど読んでから、帰宅。夜、ペネロペ・クルス主演の映画『ウェルカム!ヘブン』(2001年。日本公開は2003年)をDVDで観る。彼女を初めて見たのは『ベルエポック』(1992年)でだったが、そのときの新鮮な印象はよく覚えている。当時、彼女は18歳で、映画の中では主役ではなかったが、おそらく誰もがスペイン映画界のスターの誕生を予感したはずである。1974年の生まれだから、彼女は今年で33歳。いまや押しも押されぬ国際的な女優である。ミステリアスな美貌だけに依存することなく、さまざまな役柄に次々に挑んでいる姿に役者魂を感じる。ちなみに『ウェルカム!ヘブン』での役柄は悪魔。ある指令を受けて、天使と戦うが、最後に二人は共闘を組むことになる。後味のいい小粋な作品である。