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前回から引き続き、鹿児島県の秘境、トカラ列島の温泉を取り上げてまいります。今回からはその舞台を悪石島へと移します。周囲の大部分を断崖絶壁で囲まれている悪石島は、主な集落が海岸から長い坂を登った台地の上に位置しているのですが、一方で、温泉が湧出している湯泊地区は集落から3kmほど離れた海岸沿いにあり、集落から温泉へ行く場合はその距離を移動しなければなりません。集落と海岸との間には結構な標高差もあるため、往路はひたすら坂道を下っていけばよいのですが、復路は登り一辺倒の道を3kmも登って行かねばなりません。気温が低ければ問題ありませんが、私が訪れた時期は一年で最も暑い7月下旬であり、灼熱の太陽が容赦なく全身を襲ってくるので、宿泊先にお願いして、往路は歩いてゆき、復路は車で迎えに来てもらうことにしました。
前置きが長くなりましたが、湯泊地区の波打ち際には面白い物があるので、まずはそちらへ行ってみることにしました。画像左(上)は、集落から港へ下りてゆく道の途中にある見晴らしの良い箇所から、港を見下ろした様子です。海岸に並行して一本の桟橋が海へ伸びており、フェリーはこの桟橋に着岸しますが、桟橋の先端から右の方へまっすぐ岸に向かって視線を移すと、岸(というか岩)がちょこんと僅かに突き出ている場所があり、その傍にこれから目指すものがあるのです。画像右(下)はその部分をズームアップしたものです。
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集落からの一本道を下ってまっすぐ進むと港へ行ってしまいますが、途中で分岐点があって、その路傍の岩には温泉マークが書かれていますので、そのマークと矢印に従って分岐から路地へと入ってゆきます。下手な看板を出すより、このようにデカく温泉マークを書いてくれた方が一目瞭然でわかりやすいですね。
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島内には野生化したヤギが跋扈しており、道路はフンだらけ。
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フンがあちこちでコロコロしている舗装路面の下り坂を進んでいきます。道なりに下ってゆくと、崖の間からキラキラ光る海岸線が見えてきました。
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岩や石ころばかりが広がる何の変哲もない海岸ですが、海岸へ下りる階段の入口には「海中温泉」と書かれている看板が立っているんですね。
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海岸をよく見ると、波打ち際の大きな岩には温泉マークがペイントされています。この岩へ近づいてみましょう。岩も石も大きくて丸っこいので、比較的歩きやすかったですよ。
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大きな岩のちょうど真裏に当たる箇所(画像のところ)の底では熱い温泉が湧いており、その温泉と海水をブレンドさせると丁度よい湯加減になるのです。つまり、これこそ海中温泉なのであります。周辺の岩や石は温泉成分の影響なのか小豆色に染まっており、左右に広がる波打ち際でもこの部分だけ特殊な事情があることがわかります。
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ためしに手を突っ込んだらちょうど良い湯加減でしたので、その場で水着に着替えて、いざ入浴!
うひゃー、極楽極楽!
岩や石こそ変色していますが、どうやらお湯は無色透明らしく(あるいは海水で薄まって色が消えているのかも)、この付近の海水が変色しているようなことはなく、海水は非常に綺麗に澄み切っています。
みなさまお察しかと思いますが、海辺の温泉ですから、潮の干満によって湯加減が全然違ってしまい、たとえば干潮時は熱い源泉がそのまんまの状態なのでとても入浴できるような状態ではなく、逆に満潮時ですと完全に海に飲み込まれてただの冷たい海水と化してしまいます。要するに干潮と満潮の間の、温泉と海水が程よく混ざっているタイミングを見計らって入浴しなければなりません。
ご参考までに、私は中潮の日の、干潮と満潮のちょうど中間の時間、潮位100cmくらいの時間帯に訪れたところ、絶妙のバランスでお湯と海水が混ざり合って、最高の湯加減になっていました。
※潮位に関しては、気象庁の潮位表のページで検索することができます。トカラ列島に関しては、表示地点を南西諸島の中之島に設定して検索してみてください。
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温泉とはいえ、外洋の海に他なりませんから、うねりが絶え間なく打ち寄せ、その度に頭から波を被っちゃったり、波の勢いに押されて岩に全身を打ったりしますので、あんまりボンヤリと入浴できないのが残念なところ(画像参照)。でも、ぬるければ岸側に身を寄せ、熱くなったり水風呂に入りたい時には沖へ移動すれば、自分の好みの湯加減になるのですから、都合がいいお風呂であるとも言えそうです。
なんだかんだで、悪石島滞在中は毎日ここへ通い、毎回1時間も入浴を楽しんじゃいました。こんな開放的でワイルドで快適な温泉なのに、私が利用した時には誰もいませんでした。尤も、島の人は海中温泉には入りませんし、この日に観光目的で島へ訪れていたのは私の他に数名いるだけでしたから、独占状態になるのも当たり前なのです。雄大な景色を目にしながら、地球の恵みを独り占め。もう最高です。
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海中温泉周辺の岩肌にはトビハゼがたくさんへばりついており、入浴中の私にピョンピョン跳ねる可愛らしい姿を見せてくれました。
かつてはユンボで穴を掘って即席の露天風呂をつくっていたそうですが、高波が来るたびに元の木阿弥になってしまうので、近年では自然のままにしているそうです。このため、初見ですとどこが入浴に適している場所なのか、ちょっと見つけにくいかもしれませんが、発見できた時の喜びもさることながら、入浴した時の爽快感、開放感、豪快さは、他所では滅多に体験できないものですから、この島へ訪れる機会があれば是非とも入浴しておきたい一湯であると思います。
野湯につき温泉分析表なし
上集落から徒歩で、往路(下り)は25分、復路(登り)は30分(もちろん個人差あり)
体力に自信のない方は、復路は宿の方に迎えに来てもらいましょう。
鹿児島県鹿児島郡十島村悪石島御嶽 地図
24時間利用可能ですが、潮の干満によって入浴できるタイミングが異なるので要注意。また高潮時は危険なので近寄らないように。
無料
備品類なし
夏は大量のフナムシがいますので、苦手な人は注意を(別に危害を加えるわけではありませんが)。
私の好み:★★★