土曜の夜のバスケ練習から発生した筋肉痛は次の日の膝から転倒と昨日の夜のランニングまで影響を与えました。ただ、昨日いつものように1時間のランニングができなかったのは時間的な要因の方が強く筋肉痛やひざ痛は直接原因ではありません。
なぜ昨日時間がなくなってしまったのかは午後からアマゾンでビデオ鑑賞したのが始まりで人種差別を扱った作品から最後の『nope』まで色々と考えさせられました。人種差別の描き方も『アンティベラム』みたいに構造を複雑にして現代でもなくならない問題と言う提示をしなきゃならないのかということと、米も世界の警察気取りや正義の騎兵隊をやってられない現代事情を感じます。未だ世界のトップを行くと言う意識とものの見方は現存するもののただ単純に政府やら警察などが現れて制圧して終わりと言うような物語はもはや力を持たないと知り、聖書の一文をいれたりカラーイメージを統一して意味を持たせたり登場人物の過去の体験を立体的に織り込んできたり矢鱈入り組んだ構成を持たせるようになってきているなと感じます。これも西欧人が村上春樹に感化された結果と日本のアニメの影響でしょうか。しかし、人種問題はそもそもイギリスやヨーロッパ諸国のグローバリズムとリノベーションや工業化といった社会変革と文化革新を織り込んだ視点はなく歴史修正とか正しいありように根本からただしていこうとかはないようでそれならば今世界がただすべきことと対処法はと思えてきます。ウクライナに武器を供与することではないのはたしかです。内燃機関放棄もできず更なる混沌のなか自然災害、気候変動は激しくなる一方です。昔の単純でよかった時代が懐かしい。
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