伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

人間みたいに生きている

2022-12-09 21:17:59 | 小説
 中学生になった頃から物を食べることに嫌悪感を覚え、水以外の物を口に入れて咀嚼・嚥下することが苦痛で人前では食べつつ隠れて嘔吐している高校2年生の三橋唯が、クラスメイトから小3の弟が言っていたという近所の古い洋館に吸血鬼が住んでいるという噂を聞き、単身その洋館を訪ね、施錠していなかったのをいいことにそのまま上がり込み、そこに暮らす泉遙真がパック入りの人血を飲んでいるのを目撃し…という展開の小説。
 食べ物はすべて死骸だ、「それ全部死骸を加工したものですよ。命毟って弄ってぐちゃぐちゃにしてこねくり回したものを口の中に、体の中に入れるなんて気持ち悪い!」「私はそれが嫌で、苦しくて、おぞましくて」(30ページ)というのですが、そんな頭でっかちの観念的な「原因」で食べられなくなる人なんているのかという思いが、この作品の設定・前提を受け入れにくくしているように思えます。そして、自分が世の中で一番不幸で他人は何一つ悩みを持っていないか自分より軽い悩みしかないと考え、他人の家に上がり込み勝手に居つき禁止されたことも平気で無視し、それでも自分は許されてしかるべきと思っている主人公のあまりの視野の狭さと傲慢さも、作品世界に入り込めない要素になっている感じがします。読んでいる間大部分を、話者である主人公ではなく、その相手方の他者の心情の方に寄り添いながら読んでしまいました。


佐原ひかり 朝日新聞出版 2022年9月30日発行
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ワンダーランドに卒業はない

2022-12-08 21:59:01 | エッセイ
 著者が子どもの頃に読んだ本を読み返し、その中で大人になって読み返して書いてみようという気持ちを起こさせた18作について語ったエッセイ。
 取り上げられた本は、「クマのプーさん」&「プー横町にたった家」、「銀河鉄道の夜」、「点子ちゃんとアントン」、「宝島」、「ハックルベリ・フィンの冒険」&「トム・ソーヤーの冒険」、「秘密の花園」、「鏡の国のアリス」、「ライオンと魔女」、「だれも知らない小さな国」、「ピノッキオの冒険」、「あしながおじさん」&「続あしながおじさん」、「ピーター・パンとウェンディ」、「モモ」、「二年間の休暇」(十五少年漂流記)、「小さなバイキングビッケ」、「ふくろ小路一番地」、「トムは真夜中の庭で」、「ゲド戦記」。読書好きであってもその読書経験はやはり人それぞれで、私が読んだことがあるのは半分くらいで、それも子どもの頃に読んだとなると3~4冊くらいです。どれくらい、「そうそう」と子ども時代も含めた共感と郷愁に浸れるかはさまざまでしょう。1冊だけ選ぶなら「宝島」だ(53~54ページ)というのも、賛否両論百家争鳴でしょうし。
 著者が、最終章に「ゲド戦記」を選んだ(201ページ)ところで触れているように、子どもの頃にすでに「名作」としてあった作品群には、男の冒険で女は閉め出されている、有能な女性も職業人としての活躍が想定されず専業主婦になっていくことなど、今読む者には違和感を持たせるものが少なくありません(206~209ページ。ナルニア国物語について93~94ページ)。私も、かつて小学生だった娘に童話を読み聞かせていて疑問を持ち、サイトで「女の子が楽しく読める読書ガイド」というコーナーをつくっていて、「ゲド戦記」や「ナルニア国ものがたり」について同様のことを書いています。
 著者が提起する問題意識や感想に、自らの読書の記憶と照らし合わせて、いろいろな思いが湧いてきて、それでまた読書の意欲をそそられる、そういう点が楽しい本だと思います。


中島京子 世界思想社 2022年8月1日発行
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ライオンのおやつ

2022-12-06 22:53:01 | 小説
 幼いときに両親を失い、母の双子の弟にあたる叔父に育てられ、叔父が結婚する際に一人暮らしを始めたが、末期癌で余命幾ばくもなく33歳で死ぬことがわかり、叔父に知らせないままに、瀬戸内海の島にあるホスピス「ライオンの家」に入ることにした海野雫の日々の様子を描いた小説。
 広い部屋、清潔なベッド、規則の制約はなし、優しいスタッフ、突然飛び込んできてなついた犬、おいしい食べ物…と、至福の思いをし、感激し幸福感に浸る主人公。難病もの、余命数か月ものの多くは、主人公が我が身に襲いかかった不条理を嘆き恨みふてくされる状況を描くことに紙幅を費やしますが、この作品はそれはわりとさらりと収めて、雫の幸福感を前面に出しています。こういうことなら、闘病など止めて緩和ケアのホスピス生活もいいかもと思えてしまいます。そういうところが新しい感覚でした。ホスピス業界の宣伝かもしれないし、実際にこんなことが期待できるものかには疑問がありますが。
 後半は病状が悪化して衰弱していく様子が描かれるのですが、前半の幸福感が人生観を変えたということか、感謝の気持ちで語られます。衰弱と死がテーマなのですが、全体を通してどこか清々しい読み物です。叔父が述懐するように、雫がいい子過ぎると感じ(叔父はもちろん、雫の健気さに涙しているわけですが)、物足りなく思う向きもあるかもしれませんが。


小川糸 ポプラ社 2019年10月7日発行
2020年本屋大賞第2位
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記者がひもとく「少年」事件史 少年がナイフを握るたび大人たちは理由を探す

2022-12-04 21:03:17 | 人文・社会科学系
 戦後の主な少年事件を採り上げ、それに対する社会の受け止め方、司法の対応などの変化を論じた本。
 1997年の神戸連続児童殺傷事件を機に、少年事件を抑制的に扱うのではなく大きく報道するようになり、加害少年の生い立ち等を掘り下げて貧困や虐待に目を向ける報道は影を潜め、加害少年は特異で極端な存在とされ、被害者側にシフトした報道がなされるようになったという分析が示され(第6章、214~216ページ)、現在では「加害者が少年であろうと、成人であろうと、起こした結果がすべて。その責任は個人が負わなければならない――。令和の時代を迎えて、社会は少年を見放しつつあるのかもしれない」(202ページ)と述べられています。著者はそれを憂いているようであり、少年事件は社会の鏡と言われるが昨今の報道の少年事件報道の「退潮」は社会の鏡がひび割れてしまうことにつながるようにも思えるとも述べています(プロローグ、220ページ)。
 しかし、著者はその報道の変化を、「踊らされる報道」(120ページ)などとして、事件の特異性によって報道が変化した、司法の対応が変化した(精神鑑定の多用等)、社会の受け止め方が変わったという見方を示しています。「じつは、新聞メディアは、世間の常識と離れた『極私』的なニュースを報じることが難しい。記事の裏側には、記者、キャップ、デスク、整理など複数の人間が関わり、ニュースのバランスを図る編集システムが確立されている。だから、おおよそ世間の常識ぐらいの感覚が記事に反映される」(211ページ)と、新聞は世間の常識を反映していると述べています。報道の変化は新聞の主導ではない、あくまでも事件(加害者)や司法の変化、そして世論の変化の表れに過ぎず新聞の責任ではないというのですね。神戸連続児童殺傷事件での「少年A」逮捕後のマスコミの大騒ぎの最中犯行時少年だった死刑囚の永山則夫が処刑されたことを、まるで偶然のように、権力の意図への疑い1つ示すことなく「余談」として触れている(146~147ページ)姿勢も合わせ、新聞記者がそういう捉え方でいいのか、私は疑問を感じました。


川名壮志 岩波新書 2022年9月21日発行
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灰かぶりの夕海

2022-12-03 21:12:09 | 小説
 2020年4月から予想もできなかった災厄に襲われ多くの人びとが自宅に引きこもり屋外ではマスク生活を余儀なくされるようになりそれが1年余続いている2021年8月の横須賀付近を舞台に、恋人だった成瀬夕海を失い失意に暮れながら宅配便のバイクライダーとして稼働する20歳の学生アルバイト波多野千真の前に、突如夕海と生き写しの少女が現れて行き場のない様子で千真の部屋に転がり込み、他方で千真の配達先にして中学生時の恩師の家で亡くなった恩師の妻と生き写しの女が刺殺されていたという事件が起こり…という展開のミステリー小説。
 タイムスリップものかと思える展開+密室殺人事件の少しややこしい作品ですが、第4章の謎解きで示される設定(背景事情)はそれまでのややこしさの印象に輪をかけてややこしい。そういう作風の作者だということなんですが、その説明を受けて読み返すと、プロローグの冒頭の書きぶりは、反則とまでは言えなくても、ずるいと思いました。


市川憂人 中央公論新社 2022年8月25日発行
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マスメディアとは何か 「影響力」の正体

2022-12-02 19:53:23 | 人文・社会科学系
 マスメディアの影響力(報道の効果)について、これまでの研究を分析整理して論じた本。
 マスメディアが人の行動に多大な影響を与える、マスメディアが人を操れるというのは幻想だということが最初に語られています。そのような見方の原因の1つとなっているナチスのプロパガンダの効果について、ナチスが大規模な宣伝活動を行えるようになったのは政権獲得後であり、プロパガンダの効果で政権が獲得できたわけではないし、政権獲得後のヒトラーの演説に国民は飽きていった、しかしナチスのプロパガンダが強力であったというイメージはナチスにも、そして敗北した社会民主党にも、国民にも都合がよかったためにそのようなイメージが生き残ったという可能性が指摘されています(7~11ページ)。
 その上で、さまざまな実験・研究の結果として、マスメディアは人びとの考えを変える力はほとんどなく、他方で人が持つ意見を強化する影響、重要項目と意識させる影響などがあることを指摘し、人びとがメディアに対して実際以上に大きな影響力を感じるのは自分はメディアに影響されないが他人は影響されると見るバイアス(第三者効果)によるものと論じています。
 人が自分が好むもの、自分に近い意見ばかりを見るという傾向は、もともとあったけれども、それがインターネットの普及で、「エコーチェンバー」「フィルターバブル」といわれる状態になりそれが加速しています。著者は、ポータルサイト(ヤフー・ニュース)の存在によって、利用者個人のネット上の選好に関係ないニュースの見出しが目にとまることでその傾向が緩和されている(222~227ページ)としていますが、日本でも Yahoo! Japan をブラウザを開けたときに最初に表示されるホームページにしている人はすでにかなり少数派だと思います。フィルターバブルから人びとが抜け出るためには、何かもっと他の作戦・きっかけが必要でしょう。


稲増一憲 中公新書 2022年7月25日発行
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キャリアデザインのための企業法務入門

2022-12-01 19:21:05 | 実用書・ビジネス書
 弁護士資格を有しない企業の法務担当者と将来企業の法務部門に配置されることのある法学部学生向けに、企業法務で想定される業務内容と企業法務に従事するにあたっての姿勢・考え方について説明した本。
 私は企業法務には関与していませんので、企業法務として十分かどうかは判断できませんが、企業が日常業務で取り扱うであろう契約やリスク検討などについて、わかりやすく概説されている質のよい読み物のように思われます。
 私の専門分野の労働法に関しては、「労働法務」と題する第8章で、パタゴニア・インターナショナル・インク事件の東京地裁判決に基づいて説明しています。このケースでは、労働者が「本件雇用契約におけるリーガルカウンセルの業務内容には法的アドバイス、分析を提供することのみならず、被告日本支社のビジネスゴール達成をサポートするビジネスパートナーとしての役割を果たすことも含まれていたのであるから、本件雇用契約上、原告には法的助言等を必要とする他の部門に対して法的リスクを述べるのみならず、同部門のニーズを汲み取った上で上記リスクを踏まえた解決策の提案等をすることが求められていたものであり、かつ、原告はこのことを認識してしかるべきであったというべきである」という、高い能力の、しかも法的アドバイスをするだけでなくビジネスパートナーとしての役割が労働契約の内容となっていたということが前提とされているために解雇有効とされたものですから、この基準で通常の労働者なり企業内弁護士・法務担当者の解雇の有効性が判断されるというものではないと、労働者側の弁護士としては考えます。著者としては、法務担当者もビジネスの「パートナー機能」を果たすべきことを強調している(15~16ページ等)のですから、法務担当者が行うべき業務と姿勢についてこの判決に学べということかなと思います。その意味で、この第8章は、労働法務よりも法務担当者の業務と姿勢について説明したものというべきでしょう。
 企業の顧問弁護士の対応について、「例えば、筆者の事務所(東京)が顧問をしている会社が京都の簡易裁判所で10万円を払えと訴えられたとする。筆者が事件を引き受けて3回出廷するために3往復すれば、新幹線代(指定)だけで9万円くらいかかる。とすれば『分かりました、10万円払います』と認める(認諾する)方が安くあがる」(76ページ)と書かれていますが、それ以前に、東京簡裁であったとしても、請求額10万円の訴訟を10万円以下の費用(弁護士報酬)で引き受ける弁護士が実際にいるでしょうか。そっちの方に違和感を持ちました。
 なお、75ページ下から5行目の「事例1」は「事例2」の誤りと思います。


松尾剛行 有斐閣 2022年9月20日発行
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