「ムーンライト」そして本作を産むアメリカってどうなってるんだろう。両方とも10年に1作の秀作である。これまでのアメリカ映画を断然見直すべき秀作の到来であります。
まるでアメリカ映画じゃないみたいなんです。一人の男の心を静かに、震える手で触るように、じっくり描いた作品なんです。
あることがあり、心を閉ざしてしまった男の話です。でもそれはこの映画を見る人々の誰もがあっと驚き、納得してしまうものです。それは人間が経験する最悪のことをしでかしてしまった一人の男の話であります。
実に重い。
最初に兄の死を知るところからこの映画は始まる。しかし、この男の想念のまま時間軸は乱れて映像が行き来する。これはよくあるパターンだが、この映画の場合実にこの手法が正しいのが分かってくる。観客はこの映像を一人の男と最後まで共有することになる。すなわち心を共有する。
もし僕たちが彼の立場だったら、恐らく同じ心象風景だったろうと想像させられる出来事であった。恐らく死ぬまで彼はあのことから解放させられることはないであろうと思う。
でも妻であった女性は新たな命を宿し、少なくとも男よりはもっとまっとうな人生を過ごすことができるのだ。生物学的にもやはり女は有利なのか、と思ってしまう。
映画は最後まで男の心は開かれない。多少うすぼんやりとした明かりのような光を取り入れることはあっても、それでも心は開かれない。彼はこの先何十年もこの人生の責め苦を背負い、ただ日常を死んだように生きるのだろうか、、。
人間にとって生きる術である「希望」という名の妙薬は彼の場合、一生手に入れることはできないのだろうか。アメリカ映画でありながら、立ち位置が変わらない安易なラストにしなかったのは正しいと思う。
希望がない人生をこれからも生きてゆく一人の男。こういう生き方をせざるを得ない人たちは世界のあちこちにいるはずだ。本当に断絶感の強い映画である。救いのない映画は僕のような一市井の人間にはただただ茫然となるばかりだ。
それでも人は生きてゆく。だってそれも人生なのだ。秀作であります。恐いほどに、、。
見に行ってよかった、見逃さずにすんでよかったです。
リーが"I can't beat it,I can't beat it"と言ったシーン、そうだよね、乗り越えるなんてできないよね、それでも生きていくんだよね、と思いました。
単純な心情に収斂させず、人間の複雑さをそのままに描いていて奥深いよい映画でした。
ただ、エンドロールで余韻に浸っている時に、隣のオヤジが「最低の映画や」と吐き捨てて出て行ったのには本当に殺意を覚えました。あんたこそ最低だよ!
あれだけのアクシデントがあって、人間、それほどのうのうと生きていくほど強くありませんよね。
ハリウッドらしくないラストでしたが、そこがこの映画のたまらなく素晴らしい所でした。
ずっと残る映画です。
またお越しください。
それでは、また。