ひぐらしのなく頃に 卒:第一話の感想

2021-07-04 16:32:32 | ひぐらし

「ひぐらしのなく頃に 卒」(以下「ひぐらし卒」と表記)の第一話をようやく見れたので、感想を書いてみる(今回は考察というより気になったことを箇条書きにした感じである)。なお、「ひぐらし業」についての記事「ひぐらし卒」の展開予測もすでに書いてはいるのでお暇であれば参照されたい。

 

〇同じような流れの冒頭描写

「似てるけど少し違う世界」ってやつね。今回は「鬼明し編」と銘打たれているが、その意味で鬼騙し編と鬼明し編は旧ひぐらしの綿流し編と目明し編の関係性に近いのだろう。

 

〇OPの描写

沙都子が「ひぐらし業」OPの梨花とのアナロジーで描かれていることは明らかだとして(ただし求めるものは梨花が古手神社の中にある何か=ループを脱出するためのツールであるのに対し、沙都子は梨花である点が大きく違っている)、大学生の姿になった部活メンバーの不穏な描き方は気になる。これは「ひぐらし業」で「嘲笑った」場面のシルエットがアウローラではないかというかつての推理がある程度的を射ていた(ただし、作者によればうみねこで出てきたそれとは別の存在)のを想起されたい。

 

〇鬼明し編が旧ひぐらしの目明し編的なポジションだとすれば・・・

最初は基本的に鬼騙し編単体の解答を描き、編が進むごとに世界のルールに踏み込んでいくという感じか。ただし、この世界が猫騙し編をすでに通過しているか否かによって大きく状況設定は変わるので、そこは慎重に見ていく必要がありそう。

 

〇結婚しても、1/3は離婚する

「いい学校に入る→いい会社に就職する→幸せな結婚→定年→家族に看取られ死去」のような、「何かをクリアすれば一生それが続く」という状況(正確には幻想)はとっくのとうに終わっている。しかしそれだからこそ、なおのこと多くの人はそれにしがみつきたくなるのだ(不安と安定、リスクヘッジ厨)。

その思考を棄てるような方向と、そのような思考を解除するようなシステム作りをしない限り、いかに日本の治安が良いとか技術力があるとか言っても、カイジの鉄骨渡りを強いられるような「生きづらい社会」は変わることがなく、むしろ少子高齢化の中で悪化していくことだろう。

その中で、そもそも消費するものも多様で価値観が多様化している状況に加え、さらに「持てる者」と「持たざる者」といった分断が進み、再配分や包摂を機能させることも難しくなっていくのではないか。まあ現状でもすでに喧伝される短絡的な自己責任論を見れば、さらに社会に余裕がなくなった状態の行動原理は火を見るより明らか、というものだ。

しかしレナの受けた仕打ちはマジでえげつないな・・・つか娘一人を前にしてオープンスペースで離婚&妊娠の話なんてしますかい(もちろん症候群をすでに発症させられたレナの回想なので、どこまで信用できるかという問題はある)!?まあレナや父親の側に同情を向ける演出である、というのは理解できるんだけど、さすがにこれはレナの母親にフォローの余地はないね。

でもここであえて書くなら、自分(たち)が消費しているエロコンテンツってこういうものを描いて、それに欲情してるわけだから、まあ何ともはやな気分にはなることだ・・・(まあ現実でそういうことが行われるのを肯定してるつもりは全くないが、ある種の共犯関係については意識せざるをえない)

 

〇間宮リナとその変化

なるほど北条鉄平のみならず、間宮リナにも類似の変化が生じているということか。確かに、祟殺し編や罪滅し編、澪標し編など彼女が悲劇的な最期を迎えるケースは多く、これは頷ける話ではある。そして彼女がこういう世界に足を踏み入れた背景にも触れつつ、(少なくとも鬼明し編においては)レナとリナの間に起こるであろう悲劇的結末を回避できる可能性があったにもかかわらず、「それを己のエゴによって破砕した沙都子の罪」というのはなおのこと強くクローズアップされる、という展開なわけね。

 

〇ここまで人の人生を弄んでおいても最後は大団円になる、なんてことがありえるのか?

これはもちろん沙都子の話。自身や周囲の人間が惨劇を生き延びるために世界を繰り返した梨花とは違い、沙都子のそれは完全にエゴイスティックな行為であることは論をまたない。ただ、あえてそれが今回大々的にクローズアップされていることを踏まえるならば、自分が近いうちに書こうと思っている「ゲーム・選択・共犯関係・倫理」といった話(私は「参画」という視点でポジティブに取り上げる予定だが)に連なる、「ゲーム的リアリズムと倫理」のような話にまで発展させていくつもりなのかもしれない。

これを書くと非常に長くなるので、ここでは類似の作品に触れるだけに留めるが、例えば「undertale」(沙都子をGルートのFriskと重ねるのは比較的容易だ)や「君が望む永遠」の主人公に対する反感(プレイヤーと主人公の共犯関係はどこに?あるいはインタラクティブ性という問題)などがそれに当たる。

仮にそうだとすると、これは非常に重大なテーマであるので、念頭に置きながら話を見ていくことにしたいと思う。繰り返し言っているが、この惨劇を回避するための技術論的問題は、「沙都子と梨花がもっと受験の世界のことを知る(適切な受験校選びをしよう)」とか「オルタナティブな生き方を知る」で話が止まってしまうので、そこの突っ込みに拘泥しないようにしつつ、もう少し大きな枠組みで「ひぐらし業」と「ひぐらし卒」の描写を考察していきたい次第だ。


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