太平洋戦争における情報戦:あるいは陰謀論という「神なき宗教的歴史観」の構造

2024-06-27 12:17:35 | 歴史系

 

 

 

 

 

 

陰謀論とは、言ってみれば「神なき宗教的歴史観」のようなもので、全てが計算付くで体系的に歴史が突き動かされているという願望、もしくは一種の強迫観念と無知を含んだ偏向によりそれは形作られる。

 

厄介なのは、宗教が後退して世界の不透明化や社会の分断が増す中、それがわかりやすいがゆえに強い訴求力を持ち、複雑な情勢への丹念な分析よりも、カバーストーリーの方が人口に膾炙するような、「悪貨は良貨を駆逐する」がごとき様相を呈することに他ならない。

 

とはいえ、宗教やイデオロギーというものがこれまでいかに影響力を持ってきたかということ、あるいは『サピエンス全史』に倣うなら人間の妄想力こそがその文明を発達させてきたのならば、もはやこれはサピエンスという生き物の宿痾とさえ言えるのだろう。つまり慢性の病として常に付き合っていくべきものであり、それを単純に否定しても効果はなく、重症化しないよう常に歯止めをかけていくよう心がけていかねばならないと思われる。

 

まあそういう営為の元に生きていくのが嫌なら、とっととAIやスマートサプリメントに自己の全てを委ねた方が早いというものだ。これぞまさに現代版「動物農場」!なーんてな(・∀・)

 

という箴言というか皮肉はともかく、今回紹介した太平洋戦争を巡る暗号戦の話は、それにまつわる様々な思い込みを是正する契機を与えてくれる。

 

冒頭に挙げた1~3(特に3)においては、アメリカ側の暗号化解読の動きが実際の戦略・戦術にどう影響したかという話だが、真珠湾攻撃前の様々なアメリカ側の動向(戦力移動など)を見れば、アメリカが日本軍に先制攻撃をさせて戦端を開こうとしていたことは確かに伺えるが、それはハワイではなく東南アジア方面においてであった。つまり、真珠湾攻撃における「ルーズベルトの陰謀論」がごときものは成立しないと同時に、それはアメリカが「全きの白」ということは意味せず、様々な策謀を巡らせてはいたが、単純に攻撃先を読み違えたということになる。

 

なお、仮に「攻撃先として想定されている=陰謀」などという暴論がまかり通るなら、例えば次のような主張も成立することになる。すなわち、「日本はロシア海軍の攻撃先として宗谷岬を想定していた。かの国は我々がそこを専制攻撃したことを非難しているが、彼らはそれを予想していたのであり、これは日本側の陰謀である」と。

 

また、日本側の暗号を断片的に解読することで想定したその作戦、およびそれを元に策定した戦術の失敗については、informationをintelligenceの領域に高めることがいかに難しいかを示してくれている。言うまでもないことだが、何人たりとも完全情報に触れることはできない。しかしそれにどこまで近づけ、精度高く先を読むかという作業が重要になってくるのである(実際カウンターインテリジェンスという言葉もあるように、相手国も防諜行動をするわけだし)。どうしてもアメリカ=勝者という結論から、その暗号解読=成功という固定観念を持ってしまいがちだが、その土台には膨大な回り道と失敗があるという点を確認しておく必要があるだろう。

 

また、ミッドウェー海戦について、ロシュフォート始めとするハイポの活躍が極めて重要な役割を果たしたことも述べられているが、その功績がアメリカ側にさえ正しく認知されず、戦後数十年を経てロシュフォートが勲章を得た、という点も非常に興味深い。もちろん、歴史的評価というものが時を経て変化していくというのは珍しいことではないが、しかしその背景には機密文書の公開というアメリカ政府の方針あってのものだという点は銘記しておくべきだろう。

 

ここからは、現代の事例として統計データをいじって当たり前の独裁国家や、書類をやたらシュレッダーしたり黒塗りしか出さない省庁を対照的存在として思い出す訳だが、当時としても戦訓をどのように精度高く引き出そうとするかの違いが、日米の差を大きく広げていったことは、技術力だけでない日本敗戦の背景として確認できるところである(「引き出せるか」という分析力の問題以前に、「引き出そうとする」姿勢のレベルですでに日本軍は大きな問題を抱えていた点に注意を喚起したい)。

 

 

さて、以下続きの4・5を掲載するが、

 

 

 

 

 

 

特に5の日本軍の情報戦に関する意識は、極めて示唆に富んでいる。例えば、「日本軍は始めから情報戦軽視で、米軍は始めから情報戦重視であり、それが戦争の帰趨を決定づけた」というような説明が、極めてわかりやすい一方、多くの誤解に基づいていることが理解される。

 

つまり、他国と比較した時の問題はあるにしても、陸軍は対ソ戦を意識して暗号解読にそれなりのリソースを割き、また様々な暗号の解読を実際に成し遂げていたが、そのような方針や技術がアメリカを仮想敵国とした海軍とは共有されず、またそもそも海軍には情報戦にリソースを割く意識が希薄であったことが説明されている。

 

その背景についてもさらに詳しく検証を要するが、少なくとも指摘できるのは、いわゆる「海軍善玉論」の虚構性(これには阿川弘之などの小説も大きく関わっている)、そして丸山真男など様々な学者が繰り返し述べているセクショナリズムの病理がどのように実害を及ぼしたか、ということだろう(ただし丸山の組織論などは、それを超歴史的に展開する点に多くの問題があり、その取扱いには十分な注意を要する)。

 

以上簡潔に動画から確認できることを述べてみたが、歴史を知る上で大きなポイントであるはずの太平洋戦争(あるいはより幅を広くとれば、十五年戦争や憲政の常道の失敗)についてでさえ、重要な情報と視点はこれだけ取りこぼされているのであり、そのことが陰謀論や歴史修正主義が猖獗を極める背景ともなっている。

 

その歯止めにはスローガンでは意味がなく、あくまで複数視点に基づいた実証的検証だけが、ささやかながらその防遏を可能にするだろう、と述べつつこの稿を終えたい。


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