二項対立からの脱却:大手マスメディアの存在価値、死刑制度とその問題点

2023-09-01 11:30:15 | 感想など

町山智浩の『引き裂かれるアメリカ』を読むと、不信と分断が広がり基本的な事実認識すら共有できておらず、その中でアメリカの政治システムをハックする形により、片方の(一部の)極端な主張がそのまま全体のルールとなる事態が観察される。

 

これは多チャンネル化によって大手マスメディアが機能せず、あるいは公教育のレベル差が激しくなる中、アメリカという国の分権的側面が悪い方向で機能・拡大していると言ってよいように思う。

 

このような事態を観察すると、様々問題があるからと言って、大手マスメディアを解体せよといった言説はいかにも短絡的な発想に思える(ネットがそのオルタナティブになると思っている人は、前掲書で書かれる驚愕すべき事例をよく読んだ方がよい。そもそもネットは興味があるものしか見ず、しかもそれを強化する傾向を持ったメディアであるため、分断を促進して極端な見解を醸成しやすいという危険性をもっている)。

 

確かに、このような具体的失敗例を共有して大手メディアの存在意義を今一度正しく理解し、むやみに不要論に飛び付かないことは重要だ。しかしそのことと、今の日本の(特に大手)マスメディアが大きな問題を抱えていることはジャニーズ問題をはじめ今さら指摘するまでもない。そしてその原因は、クロスオーナーシップ制度や記者クラブ制度といった仕組みであり、「護送船団方式」のように言えば聞こえはいいが、それが戦後から時を経た今では、もはやただの既得権益化して特権を維持するツールとして機能してしまっていることである。そのような中で、半ば(マックス・ウェーバー的な意味で)官僚主義化した企業人がどのような行動を取るかと言えば、自組織優先の権益保持・事なかれであり、それは所属する人々が特別に腐敗しているからでも愚かだからでもなく、組織人としてはそう行動するのが合理的な構造になってしまっているからだと言える。

 

とはいえ、ここまで肥大化した官僚的組織が自ら変化・解体を選ぶとは考えにくく、それが変化を模索するとしたら、もはや「そうしなければ息の根が止まる」レベルになってからだろうと思われる(冷徹に言えば、営利団体とはそもそもそういうものではあるのだが)。

 

とするなら、大手メディアの重要性を正しく認識するがゆえに、単に既存の大手メディアが残存することではなく、それが正常に機能する状態を模索しようとするのであれば、っまずはアメリカのような反面教師的事例を提示した上で、前述のような日本のマスメディアが抱える構造的問題を指摘した上でその解決策を模索する選択以外にありえないだろう。もしそうでなければ、結局のところは意図せず現状肯定派=消極的共犯者に与することになり、その発言は全く効力を持つことなく消え去るだけである。

 

この話は前に取り上げた「死刑制度存置か否かの二者択一は悪手」というのと似ている。つまり、死刑制度そのものの不可逆性という問題点はもちろん、現在の日本の司法制度・死刑制度の問題点(代用監獄制度など)、日本人の法意識の問題点(例えば近代司法への理解不足)など様々あるわけで、死刑ありor死刑なしのような二項対立的思考は愚の骨頂であり、少なくとも死刑賛成派は「死刑に賛成するとしても、その制度的問題点を補うための徹底的な制度変更が必要である」という認識に立たないのであれば、単に凶悪犯罪者に死を与えて留飲を下げたいという衝動を元に現在のシステムを思考停止的に肯定しているだけと言わざるをえないだろう。

 

というわけで、二者択一・二項対立的思考ではなく、その背景や価値、具体的な構造の理解を踏まえた具体的提案が求められている。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジャニー喜多川による性加害... | トップ | シオンよ・・・ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

感想など」カテゴリの最新記事