灰羽連盟：舞台設定、偶然性、実存

灰羽連盟(以下「灰羽」と表記)の話を最後に書いたのは約３年前の「灰羽連盟と『説明不足』」になる。そこでは灰羽を題材にして「説明不足」という批判の成立要件を論じ、灰羽に関しては世界設定などを描くのはかえって逆効果であると結論づけた(さらにそこから「沙耶の唄」などと絡めて一般化し、「説明不足」なる評価の多くは結局自分の願望を述べているだけではないかと主張した。関連する最近の記事は「明日、君がいない」など)。


とまあこんなふうに説明すると筋が通っているように見えるが、実際に記事を読み返してみると呆れるほどに不明瞭な内容で、「何となく印象に残るいい話」という他者の感想を批判する資格など到底ない、駄文と評すしかない代物である。そこで今回は、最近よく話題にしている「偶然性」の問題と絡めて灰羽において世界の成り立ちなどを説明しない効果・合理性について論じていきたいと思う。なお、最初に明確にしておくが、私は以下の話を全て作者の計算づくだと考えているわけではない(たとえば脚本集や灰羽手帳を見れば明らかだが、アニメにおいて描かれなかった部分にも様々な設定があることがわかるが、前者からはまた、話を作りながら結末や設定を構築していった部分も多々あったことが伺える)。より正確には、あまりにもグレーゾーンが多いので、その中で踏み迷うよりもむしろ、結果としてどのような作品になっているかに話を絞ることで明確な方向性を持った記事にしていきたいと考えている。



本編で流れるwonderingの途中に、次のような歌詞がある。

Wondering just who I might be
Who I was and will become and
Wondering if I can move on
Move into the world above

Come,be one with me
Let us follow the path of light
Mystery seeks to be understood
Someday we'll find truth

ここに見える「どこから来てどこへ行くのか」、「そもそも私が(今)何者であるのかさえわからない」という内容は、繭からの再生や「巣立ち」、「夢の内容→名付け(られる)→天命(？)の理解→真の名を知る」といった描写と直接的に繋がるが、これらのモチーフから灰羽の根幹にあるものが実存の問題であることは論をまたない。


ところで、作者の安倍吉俊は(どこで書いていたのか忘れたが)実存を扱った灰羽の内容が「青臭い」ものとして敬遠されてしまうことを危惧していたらしい。さらに私見を加えるなら、修道院を思わせる灰羽の掟(古着のみ可⇒清貧、金銭の受け取れないetc...)は「宗教的」として敬遠される可能性もあっただろう。しかし、管見の限りではそのような違和感を持たれることなく自然に受け入れられているようだ。


思うに、そこにはいくつかの明確な要因がある。例えば第一話から意図的に配置されたタバコやバイクなどのアイテムは、灰羽たちの格好や振舞いに先んじて「修道院的」というようなステレオタイプを突き崩す(特にタバコは、「レキの輪っかだけ見える→羽が見えて口に何か加えている→タバコがクローズアップされる」という具合に、視聴者に興味と違和感を持たせて引き込む演出として相当計算した上で描かれている)。それとは反対に、井戸や時計台といったガジェットは、(世界名作劇場的なものとして？)どこか懐かしい＝馴染みのある風景として視聴者の記憶に訴えかけ、作品内に引き込む。要するに、道具の配置・描写という内容以外の部分での工夫が視聴者を引き込む演出としてよく機能しており、それゆえ(特に)「宗教的」といった評価・違和感を免れてえているということだ。この他にも、一般的には「清い」イメージを持たれているであろう天使について、実際そのようなものとして繭から生まれた後で、あえてその羽が生えるシーンは血の飛び散る生々しいものとして描く(ことによってイメージを突き崩す)など枚挙にいとまがないが、今は置いておこう。


さて、以上のような特徴ないし工夫によって「宗教的」といった拒絶反応を回避できていると考えられるが、一方これらは実存に関する描写(作中人物たちの振舞)がそれほど違和感なく受け入れられた説明にはなりえない。そこでここからは、舞台設定とテーマの組み合わせ方について論じていきたい・・・と言いたいところだが、すでにかなりの分量になってしまったので、それは次回へ譲ることにしたい。