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『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』 100点

2011-12-13 19:47:52 | goo映画レビュー

愛の勝利を ムッソリーニを愛した女

2009年/イタリア

ネタバレ

劇映画vs.ニュース映画

総合★★★★★ 100

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 作品の冒頭で描かれる政治集会で「神に5分間あたえる、5分後わたしが生きていれば、神は存在しない」というパフォーマンスを演じて5分後に仲間たちにボコボコにされるベニート・ムッソリーニをイーダ・ダルセルが愛してしまった理由は、2人の最初の出逢いと同様に、冗談を真面目に演じる‘フィクション性’だと思う。献身的に尽くしてきたイーダに対して間もなくしてムッソリーニが取るようになる冷たい態度は、2人が住んでいたアパートの窓越しから広場に向かってムッソリーニが幻視した群衆から始まったようで、やがてムッソリーニは、スローガンと共に映し出される実際のニュース映画の中に現れる。例えば「国民に向かって」というスローガンと共に映し出される映像はたくさんの母親が一斉に子供に授乳させている様子であり、それは国民に子作りを推奨するメッセージとして発せられる。
 ムッソリーニの‘フィクション性’を愛していたイーダは、『キッド』というチャーリー・チャップリンが1921年に作った‘フィクション’を励みに、このような‘ノンフィクション性’に対して徹底的な抵抗を試みるのであるが、次々と作られるニュースリールに為す術が無い。
 『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』は「ニュース映画」をメインに据えたもう一つの『ニュー・シネマ・パラダイス』(ジュゼッペ・トルナトーレ監督 1989年)なのであるが、その結末は余りにも悲しい。


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