平成20年(2008)9月初旬の夕方、私は福井駅で下車しタクシーを拾った。「九十九橋の先まで行ってほしい」と運転手に告げると露骨に嫌な顔をされた。そして料金を払う際にも「どこへ行かれるんですか」と尋ねられた。仏頂面の私は「特に決めてない」と嘘をついた。
色街探訪で大した成果を上げられず諦めかけて有楽町に入って胸が躍った。そして香ばしい事務所前から赤壁の家(妓楼)の写真を撮ったのである。旅行記をまとめたのは約1ヶ月後で東京都千代田区の某所から投稿した(靖国神社秋季例大祭参列のため九段会館に宿泊)。
投稿してすぐに「ここは健全な町だ」というコメントが寄せられた(多分地回りからだろう)が、承認制なので管理者の権限で削除した経緯がある。私は住民に配慮して感じたことを控えめに書いたつもりだ。だから画像は僅かしか使わなかった。
正面玄関の他に出入口が多数設けられているのは登楼者がかち合うのを避ける目的があったと思われる。ちなみに元妓楼(当時はN氏の所有)は取り壊されて跡地に民家が建っており、グーグル・ストリートビューで周辺を見ると異様な雰囲気は相当に薄まった。今回は色街の歴史をきちんと振り返る意味で未発表の写真を出した。興味を持たれた方は「鷹目遊里史板」に膳所裏(HN)氏が2011年 5月 5日(木)16時26分50秒 に投稿した記事「町名変更」をご覧になるとよい。
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