年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

内田魯庵の『くれの二十八日』

2009年04月10日 | 福神漬
内田魯庵の『くれの二十八日』
内田魯庵の小説を読んでいたらメキシコ移民が中止という話からグタグタした話だった。明治の30年代の話だと榎本武揚のメキシコ移民の話となる。
 角山幸洋 『榎本武揚とメキシコ殖民移住』から移民事業の失敗の原因として1.調査不測・耕作に適さない土地しかなかった。2移民.監督の力量不足。3.栽培植物コーヒーの土地としては不適合などがあった。また榎本武揚の立場が薩長政府の中で自由に動けず資金不足となってしまった事と福沢諭吉の『やせ我慢の節』に反論することなく行動でしめ示さなければならないというあせりがあった。
 ただ気になるのは榎本武揚が足尾鉱毒事件で農商務大臣の立場で谷中村を視察後辞任した時期だった。メキシコ移民が出発した数日後の事だった。函館戦争時も榎本は最後まで行かなかった。彰義隊23回忌を終わった後文部大臣を辞任している。何かがあるのだろうか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする