『私が、まだ牛乳屋の商売をしながら布教に歩いていたころのことです。
亡くなった母の命日が六月二十二日で、その日は、わが家の命日にも当たっていましたので、毎月、「この日は特別にしっかりとご供養させてもらおう」と思っているのですが、その日にかぎって、あの信者さん、この信者さんから声がかかって、真夜中まで飛び回らなくてはならなくなるのです。
恩師の新井先生にそのことをお話しすると、
「庭野さん。お経をあげるだけが供養じゃないんだよ。苦しんでいる人をお救いするために飛び歩く供養のほうが尊いんです。お母さんやご先祖さまが、どれだけ安心し、喜んでくださっていることか」
とおっしゃってくださいました。それが法華経を身で読む供養なのだと、そのとき新井先生に教えていただいたのです。
そう聞かせていただいてから、毎日、休む間もなく人さまのために駆け回らせてもらっていると、母のうれしそうな顔が目の前に見えてくるような気がしたものでした。』
庭野日敬著『開祖随感』より