孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

カトリックの国フィリピンで避妊・家族計画を勧める人口抑制法

2013-01-09 21:38:28 | 東南アジア

(フィリピンの子供たち ただ、彼らは生活のために一晩中働いている“児童労働”の子供たちでもあります。 “flickr”より By Lawrence OP http://www.flickr.com/photos/paullew/277666442/

経済成長か、貧しくても大家族の幸せか
フィリピンは総人口の8割以上がカトリック信者ですが、周知のようにカトリックでは避妊は認められていません。
そんなフィリピンで、経済成長の足かせとなる人口増加を抑制するための人口抑制法が、教会などの強い反対を押し切って成立したそうです。

****人口抑制法が成立 経済成長か大家族主義か 狭間で揺れるフィリピン****
フィリピンで、避妊具の使用などを促進する人口抑制法が成立した。急激な人口増加という経済成長への足かせを、除外することなどが主眼だ。
人口抑制策は、絶大な力をもつカトリック教会の強い反対圧力に遭い、10年以上も棚ざらしにされてきた。アキノ大統領は圧力に抗し成立に踏み切ったが、大家族主義をよしとするフィリピンの文化にも“抵触”する問題だけに、法律を違憲とし提訴する動きも出ている。

◆カトリックの反対
人口抑制法は昨年12月、上下両院で可決され、大統領の署名をもって成立した。今月17日から施行される。その内容は貧困層へのコンドーム、ピルの無料配布、学校での性教育の推進、家族計画に関する情報とサービスの提供などだ。極めて穏やかな内容であり、先進国では至極普通の避妊策だといえる。

だが、総人口の8割以上の、アジア最大のカトリック教徒を抱えるフィリピンでは、教会が人工中絶はもとより、避妊をも認めていない。教会は「避妊は中絶と同じだ」という“神学論争”を展開し、アキノ大統領に「破門する」などの圧力をかけた。
 
◆高い出生率
にもかかわらず、大統領と議会が法律の成立に動いたことについて、国家経済開発庁のバリサカン長官は「経済成長を促進するためには、人口の抑制が必要だからだ」と説明する。
フィリピンの人口は2000年の約7700万人から、現在は約9500万人と急激に増加している。出生率は3・27と、世界平均の2・1を大きく上回る。

また、法案に賛成したアンガラ上院議員は「10代の母親が産んだ子供は年間15万人にのぼり、妊娠、出産が低年齢化している」と言う。その要因を、フィリピン人口開発議員財団のラモン・サンパスカル代表は「妊娠と出産についての知識不足、貧困だ」と指摘する。

こうした実情を踏まえ、バリサカン長官は「問題は、フィリピンでは人口に占める非労働人口の割合が高いことだ。他のアジア諸国では、非労働人口の割合を減らすことで高い経済成長を遂げている。わが国も人口を管理しなければならない」と強調する。経済成長のためには、貧困層を中心に多産を抑制する必要があるというのだ。

◆「豊かさ」とは
人口抑制法が成立し、マカティ・ビジネス・クラブ(MBC)のデルロサリオ会長は「子供の健康や教育環境が改善され、生産力が向上する」と歓迎している。また、民間調査会社ソーシャル・ウェザー・ステーション(SWS)の世論調査結果では、10代の64%が法律を支持している。
マニラ首都圏に住む1児の母親で主婦のグレース・サントスさん(42)は、「子供を養い教育を受けさせる経済力がないのに、子供をたくさん増やすことには反対です。それでは家族がますます貧しくなり、幸せだとはいえない」と、法律を歓迎する。

◆「憲法違反」で提訴
だが、異なる意見は少なくない。建設業の男性、ロランド・サカギンさん(50)は「貧しくても、多くの家族に囲まれ、共に暮らしていくことが幸せであり、豊かさだ」と話す。法律には反対の立場だ。
今月2日、弁護士のジェームズ・インボング夫妻が、人口抑制法は「家族の保護を保障した憲法に違反する」とし、提訴した。インボング氏は「法律は家族の価値といったフィリピン文化を破壊するもので、政府が寝室に立ち入るのはお門違いだ」と批判する。

真の豊かさとは-。人口抑制法のフィリピン社会への問いかけである【1月9日 産経】
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「貧しくても、多くの家族に囲まれ、共に暮らしていくことが幸せであり、豊かさだ」というのはひとつの見識であり、どちらが正しいという問題ではなく、人生観の問題です。

ただ、“貧しさ”は、単に店頭に溢れる商品を買えない(あるいは、そんな不必要なものは買わない)というだけでなく、現実問題としては、病気になっても十分な治療を受けられず命をおとすとか、教育を受ける機会が失われ、将来が制約される。極端な場合は人身売買も・・・といった問題も付随するものであることは承知しておくべきでしょう。

(貧しくても医療や教育は社会的に十分に供給されるというシステムも理論的にはあるでしょう。かつてのキューバなどが比較的それに近い実例でしょうか。ただ、そうした社会を維持するためには、多くの面で別の制約が出るのが現実世界の話です)

「貧しくても、多くの家族に囲まれ、共に暮らしていくことが幸せであり、豊かさだ」と考える人々が多くの子供を授かるのは幸せなことですが、そうは思っていないにもかかわらず、適切な避妊が出来ずに結果的に多くの子供を抱える状況になるのは、女性の出産・育児の身体的・社会的負担、十分な愛情を両親から受けられない子供の問題など、大きな問題を伴います。

一方、経済的に貧しい社会では「子供=労働力」という経済的側面から、多産が望まれることもしばしば見られます。その場合は個々の家庭にとっては多産が経済的に有利でも、社会全体としては人口増が経済的成長の足かせとなるということにもなります。

人口爆発:2050年には93億人
いろんな考え方はあるところですが、現在の一般的な社会的通念は、過度の人口増加は貧困との悪循環に陥るとして、人口抑制を勧める考えでしょう。
地球全体としても、今後の人口爆発を懸念する考えがあります。

****7人に1人が飢え 砂漠化、人口爆発…悪化する環境****
地球環境は限界に達している。リオ+20では、NGOなどが環境保護を訴える会見を頻繁に開き、関連イベントは1千回を超えた。

世界人口はこの20年間で55億人から70億人に増加し、2050年には93億人に達する見通しだ。世界食糧計画によると、人口爆発に加え砂漠化などで耕作地も奪われ、食糧や水の供給が追いつかず、7人に1人が深刻な飢えに苦しむ。
満足な暮らしができないスラムには8億人以上が住むとみられ、貧困問題に取り組むオックスファムのバーバラ・ストッキング事務局長は会見で「環境破壊で最も割を食うのは貧困に窮する人たちだ」と語った。

化石燃料の大量消費も進み、温暖化の要因となる二酸化炭素の排出量は08年に1992年比で36%増の300億トンに。世界の平均気温は92年から10年までに0・4度上昇し、夏の北極の海氷は35%も縮まった。

温暖化対策を訴えるNGO「地球に植樹を」を率いるフェリックス・フィンクバイナー氏は「温暖化は生物多様性も失っている」と指摘する。
国際自然保護連合は最新版の絶滅の恐れがある「レッドリスト」を発表。6万3837種のうち、30%超の1万9817種が絶滅の危機にあると報告した。【2012年6月30日 産経】
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40年前のローマクラブ報告「成長の限界」、あるいは200年以上前のマルサスの「人口論」など、人口増加を危惧する声は昔からあります。
これまでは、人口増加以上の生産性の向上によって、「マルサスの悪魔」は現実のものとはなっていません。
ただし、今後の“人口爆発”は、これまで人類が経験したことがないものになるかもしれません。

それはともかく、貧困と多産は悪循環の関係にあるという考えから、国連も避妊方法の普及を勧めています。

****2億人超の女性、避妊方法利用できず…国連白書****
国連人口基金は2012年版の世界人口白書を公表し、避妊方法を利用できない途上国の女性が2億人を超えると指摘、貧困と多産の悪循環を断つために家族計画の普及や援助を各国政府などに求めた。

白書によると、安全な避妊方法を必要とする途上国の女性約8億6700万人のうち、実際に利用できるのは約6億4500万人。家族計画の全面普及には年間計81億ドル(約6640億円)が必要だが、現在の支出額は40億ドル(約3280億円)にとどまる。

このため白書は途上国や援助側の先進国などに対し、残る41億ドル(約3360億円)の財政支援を求めている。一方、昨年初めて70億人を超えた世界の人口は、約70億5210万人となった。【2012年11月26日 読売】
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【「チャウシェスクの子供たち」】
時代・国家によっては、「人口=国力」という考え方から、多産が奨励、あるいは強要されるケースも多く見られます。戦前日本の「産めよ増やせよ」もその一例でしょう。

欧州の貧国でもあるルーマニアでは、EU加盟により海外への出稼ぎが急増し、国内に残された子供に多くの問題が発生しているそうで、下記はそうした問題を伝えた記事の一部です。

****仕送りで生活改善、人口減は加速 ****
・・・・移民が国内に残した子供の問題が注目されたのは、EU加盟直後の07年、貧しい農村で起きた12歳の少年の自殺がきっかけだ。母親がイタリアで働く少年が、母を引き留められなかったことを悔やむ遺書と自分の写真を残し首をつった。

人々の記憶には90年代の「チャウシェスクの子供たち」が刻み込まれている。
66年から民主革命まで、独裁政権下で人工中絶とあらゆる避妊行為を禁じる極端な多産政策がとられた。望まれずに生まれ、施設に送られていた子供たちが民主化後に都市にあふれた。その問題が一段落したところに、子供をめぐる新たな社会問題が浮上した形だ。欧州の経済危機で母国に戻る移民が増えるとの見方があったが、まだ大量帰国の動きはない。(後略)【1月9日 朝日】
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この記事に出てくる「チャウシェスクの子供たち」(あるいは、「チャウシェスクの落とし子」)も、国家による多産奨励の結果の事例です。
チャウシェスク独裁のもとで、避妊・中絶が禁じられこと、また、援助を当てにした出産などで多くの子どが生まれましたが、独裁政権崩壊後の混乱でストリートチルドレンとなった多くの子供たちの間では、人身売買・エイズの蔓延などの問題も生じました。

多産奨励政策の破綻を取り上げるなら、人口抑制策の弊害として中国の「一人っ子政策」の問題も取り上げるべきところでしょうが、これまでもしばしば触れていますので今回はパスします。
(2011年5月21日ブログ「中国 「一人っ子政策」のもたらす歪 黒孩子(ヘイハイズ)に人口構成のゆがみ」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110521など)

何事につけ、極端な政策は歪みを伴うという常識的な話でしょう。
そうしたなかにあって、望まない、あるいは育てる力がない子供を避妊で予防するというのは、カトリック信者でもない私には常識的話に思えるのですが。

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