孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  政治体制などネガティブな面はともかく、新技術の開発・利用は貪欲なまでに加速

2025-01-01 23:45:42 | 中国


(【1月1日 新華社】中国山東省にある泰山の山道で12月30日 物資輸送やごみ収集・運搬について行われた、ロボット犬を使った2回目のテスト 真ん中が産業用 両脇の赤い小さいものが消費者向け 頭なしは不気味なので、かわいい頭をつけたら?)

【社会不安の拡散に神経をつかう中国当局】
中国では昨年、無差別に市民らを殺傷する事件が相次いで発生しました。
その中には6月に中国東部 江蘇省の蘇州で起きた、日本人学校のスクールバスが刃物を持った男に襲われた事件、9月に南部の深センで日本人学校に通う男子児童が男に刃物で襲われ死亡した事件も含まれています。

それらの背景については、単に反日感情というだけでなく、経済不調や政治的閉塞感による社会不安などもあげられていますが、そういう話に繋がっていくと社会の安定を第一とする政権にとっては由々しき事態でもあり、当局は影響が拡散しないように幕引きを急いでいます。

****また“スピード判決” 中国・広東省珠海市で先月発生した35人死亡の暴走事件 男に死刑判決****
中国南部の広東省珠海市で先月、運動中の市民らに車が突っ込み35人が死亡した事件で、中国の裁判所は運転していた男に死刑を言い渡しました。

先月11日、広東省珠海市の体育施設の周辺で、車が運動中の市民らを次々とはね、35人が死亡、43人が負傷し、運転していた樊維秋被告が、その場で身柄を拘束されました。

中国の国営メディアによりますと、裁判所は動機について、樊被告が離婚による財産分与の結果に不満を抱いたことだと認定。「残忍な犯行で深刻な結果をもたらし、社会に及ぼした危害も大きい」として死刑を言い渡しました。

この事件をうけ、習近平国家主席は事件の真相を解明するとともに、犯人を厳しく処罰するよう「重要指示」を出していました。

中国では無差別に市民らを殺傷する事件が相次いで発生しましたが、先月19日に湖南省で車が児童らをはねた事件も、発生からわずか1か月程度で執行猶予付きの死刑判決が言い渡されています。【12月27日 TBS NEWS DIG】
**********************

人が多く集まる正月のイベントにも異変が。

****中国各地で相次いで年末年始イベントが中止に 無差別襲撃事件の再発警戒か****
中国各地で大勢の人が集まる年末年始のイベントなどが相次いで中止されている。中国当局が、各地で頻発している無差別襲撃事件を警戒し、再発を防ごうと躍起になっているとみられる。

中国南部、広東省広州市の地元当局は今月24日、人気観光地の広州タワーなどの公共の場で、クリスマスや年越しの際に人が集まるイベントを開催しないと通知した。理由は明らかにしていないが、11月に同省珠海市で35人が死亡した自動車暴走事件が起きている。

珠海市では来年1月に開催予定だったマラソン大会の中止が12月24日に決まった。元々は8日に開催予定だったが、事件後に1月12日に延期されていた。

江蘇省南京市や湖南省長沙市でも年越しカウントダウンイベントを行わないことが決まった。11月に江蘇省無錫市の専門学校で8人が死亡した切り付け事件が、湖南省常徳市の小学校前で多数の児童らがはねられて負傷した事件が起きた。

中国国営新華社通信は25日、中国共産党と政府が2025年の元日と春節(旧正月)に関する通知で、繁華街や観光地、公共交通機関などで安全対策を強化し、「極端な事件の発生を厳重に防ぐ」ことなどを求めたと伝えた。【12月30日 産経】
*******************

「心の相談ホットライン」の整備拡充といったものも。

****中国、全国統一の心の相談ホットライン開設へ****
中国国家衛生健康委員会は25日、心の問題や悩みがある時にメンタルヘルスに関する相談ができるホットラインの開設を発表した。全国統一の電話番号は12356。2025年5月1日午前0時までに各地の既存ホットラインを一本化する。【12月26日 新華社】
*******************

中国のような政治体制の国で、悩み事を相談して個人情報が保護されるのか・・・個人的には懸念されますが。

【驚異的な新技術の進歩 今後様変わりする世界最大の温室効果ガス排出国】
中国の政治において民主化を求める人々への過酷な人権侵害があること、経済は相変わらず不安要素を抱えており、今年のトランプ大統領の対応次第では大荒れになることも予想されること、社会・人心にも上記のような不安定さが漂っていること・・・等々、中国のネガティブな面をあげればきりがありません。

しかし、今回取り上げたかったのはそういう話ではなく、新たな技術への対応といった面では貪欲なまでに先へ先へと進もうとしていること、停滞感が強い日本からすると驚異的にも思えるといったあたりの話です。(極めてスピード感が強い社会なので、その進展から取り残された人々では不安感も・・・と言う話もあるのかも)

従来から中国は石炭火力が多く世界最大の温室効果ガス排出国として批判もされていますが、一方で、再生可能エネルギー分野でも世界トップの変化を続けています。

****中国、再生可能エネルギー利用が急拡大 2050年には88%に****
温室効果ガス(GHG)を世界で最も排出しているのは中国(33%)で、次いで米国(15%)だ。ほんの数年前には、中国の温室効果ガス排出量が増え続け、さらには多くの石炭火力発電所を新設する計画であるのに、米国が自国の排出量を数%削減したところで何になるのかという議論があった。中国がまず自国の排出量を減らすべきではないか。

そうした主張に対して中国は、温室効果ガス排出は産業の成長によるもので、米国に追いつこうとしていただけと答えていた。そして、温室効果ガス排出を正味ゼロにする取り組みについて、2015年のパリ協定に基づいて多くの国々が2050年までの達成を約束したが、中国は2060年としたことに対して西側諸国から批判があった。

まるで中国が取り組みを先延ばししているかのようだった。だが今、状況は急速に変わりつつある。

中国は180度転換し始めている。国際エネルギーコンサルのDNVは中国のエネルギー転換計画を分析している。それによると、DNVは中国の発電総量における再生可能エネルギー電力の割合は現在の30%から2035年までに55%、2050年には88%に拡大すると予測。

2022年に世界で設置された太陽光と風力の発電施設の約40%が中国のものだった。中国では2050年まで再エネ施設設置の動きが続くとDNVは見込んでいる。

電源構成に関する中国の計画と進捗には大きな変化が見られる。中国の一次エネルギー供給は、2030年から2050年にかけて太陽光と風力の割合が7%から41%へと大幅に増える。同期間に化石燃料は83%から44%へとほぼ半減する。

2030年には発電総量の51%強と見込まれる再生可能エネルギーによる電力は、2050年には78%に跳ね上がる。同期間に、化石燃料による電力は46%から24%へとこちらも半減する。電源構成と電力どちらでも石炭と石油は激減するが、天然ガスはほぼ変わらない。

これは米国に影響を及ぼす。米国は電気自動車(EV)の浸透で予想される原油の減少を相殺するのに、中国への輸出に期待することはできない。

中国のエネルギー供給量は2030年がピーク
DNVは2030年から2050年にかけて中国のエネルギー供給は20%減少すると予測している。これはまったく予想されていなかったことだ。

DNVの見立てでは、この減少は脱炭素化が飛躍的に進展し、エネルギー効率も改善、そして人口が1億人減少するためだ。2050年までに中国は世界で最も電化が進んだ国のひとつになると見込まれている。(後略)【2024年5月1日 Forbes】
****************

****中国の太陽光と風力建設、圧倒的1位…世界の容量の3分の2****
全世界で進められている太陽光発電や風力発電の設備の建設の3分の2近くが、中国で作られたものだ。
 
米国のシンクタンク「グローバル・エナジー・モニター(GEM)」が11日に公開した中国に関する報告書によると、中国は先月の時点で太陽光180ギガワット(GW)、風力159ギガワットの計339ギガワットの発電設備を建設中だ。

これは全世界の太陽光発電と風力発電の設備建設総量(約530ギガワット)の64%に達する規模だ。世界2位の米国(40ギガワット)の8倍以上で、3位のブラジル(13ギガワット)、4位の英国(10ギガワット)、5位のスペイン(9ギガワット)などを圧倒する。(後略)【2024年7月13日 ハンギョレ】
******************

CO2排出量実質ゼロを目指すうえで、水素エネルギーの最も理想的な応用形態とされる「グリーン水素」に関しても、進展が加速しています。

****中国の「グリーン水素」産業、発展加速****
再生可能エネルギーを使って水を電気分解して生産し、全過程で二酸化炭素(CO2)を排出しない「グリーン水素」は、水素エネルギーの最も理想的な応用形態とされる。

グリーン水素はCO2排出量実質ゼロの実現に向けた将来のエネルギーシステムの重要な柱となり、中国でここ数年、発展が加速している。

統計によると、中国で現在、建設計画中のグリーン水素事業は400件を超え、計画生産能力は年間800万トン以上に上る。水素エネルギー企業は資金調達を加速させ、水素生産装置のコストは低下しつつあり、水素エネルギーの応用シーンも拡大している。

世界で開発計画中のグリーン水素生産能力のうち、約3分の1は過去1年の増加分である。中国が投資を決定したグリーン水素事業の生産能力は、世界全体の計画生産能力の40%以上を占める。国際エネルギー機関(IEA)は今年10月に発表した報告書で、クリーンエネルギー生産装置の大規模製造で強みを持つ中国は、世界の水電解装置の生産能力のうち、60%を保有していると指摘した。(後略)【12月26日 新華社】
********************

宇宙開発においても、ロケット打ち上げ失敗が目立った日本に対し、中国はこの分野でも将来的な月面基地建も視野に、開発を加速させています。

****中国、無人補給線「天舟8号」の打ち上げとドッキングに成功***** 
中国航天科技集団有限公司(CASC)は日本時間2024年11月16日に、長征7号ロケットによる無人補給船「天舟8号」の打ち上げを実施しました。CASCは天舟8号が予定の軌道へ投入した後、中国宇宙ステーション「天宮」へのドッキングに成功したことを報告しています。

CASCによると、天舟8号は4つの貯蔵タンクを持つ改良型の全密封構造を採用しており、軌道上での滞在に必要な消耗品、推進剤、実験装置、祝日を祝うアイテムなど、約6トンの物資を搭載したといいます。

また、月の土壌(レゴリス)を再現したレンガのサンプルも搭載されており、軌道上での船外曝露実験を実施する予定となっています。この実験データは、将来予定されている月面基地建設に役立てられるとのことです。【2024年11月16日 sorae】
*******************

【停滞感が強い日本に比べ、進展が加速する中国技術】
人類の将来を大きく左右するとされるAI。問題も多い技術ですが、日本では例によって議論ばかりで、実際の取組がほとんど進みませんが、まずはやってみよう・・・というのが中国流。

****中国各地でAIの応用加速、スマート教育市場を活性化****
中国では教育分野における人工知能(AI)の応用が加速している。

中国の音声認識大手、科大訊飛(アイフライテック)の周佳峰(しゅう・かほう)副総裁はこのほどインタビューに応じ、同社の大規模AIモデルはすでに5万校以上の学校で試験的に導入され、スマート教育プラットフォーム「智慧課堂(スマート教室)」の利用者は全国1400万人の教師と学生に及ぶと明らかにした。
 
地方各地も教育分野におけるAIの応用を積極的に推進している。北京市は先ごろ、「北京市教育分野のAI応用活動プラン」を発表し、2025年までに100校をAI応用シーンのベンチマーク校とする目標を打ち出した。

河南省も「河南省『AI+(プラス)』推進行動計画」で、医療、教育など重点業界のAI応用の実証事業を行い、スマート化教育、スマート教育管理、スマート教育評価などの応用シーンを重点的に発展する方針を示した。 

政策が追い風となる中、AIと教育の融合は発展の勢いが盛んになりつつある。(後略)【12月9日 新華社】

かつては、ロボットと言えば日本のお家芸みたいなところもありましたが・・・・

****次のデブリ採取着手は2025年春 アーム使用見送りで「釣り竿」ロボット使用<福島第一原発>****
福島第一原子力発電所2号機での燃料デブリの試験的取り出しをめぐり、国と東京電力は12月26日、「2025年春頃に、前回と同じ釣り竿型ロボットで2回目の採取に着手する方針」と説明した。

福島第一原発2号機では11月7日、事故後初めてとなる燃料デブリの試験的取り出しが完了し、現在、茨城県の研究施設でX線などを使った分析が行われている。

試験的取り出しには、比較的狭い空間を通過できる「釣り竿型」のロボットが使用されたが、東京電力はこれまで、それよりも大型の「ロボットアーム」での採取に着手したい考えも示していた。

一方、ロボットアームについて東京電力は、経年劣化で一部のケーブルが断線しそれを交換したことを明らかにしていて、点検や修復の時間が今後の計画に与える影響は見通せていない。

1回目の採取を終えた段階で、原子力規制委員会などからは「釣り竿型」での採取継続を提案されていて、東京電力は「ロボットアームの前に釣り竿での採取を継続する可能性もある」としていた。

さらに12月20日、原発近隣の市町村や有識者で構成される「福島県原子力発電所の廃炉に関する安全監視協議会」にて、市町村の担当者などに対し、「釣り竿型での2回目の採取も念頭に置いて計画を立てているところ」と説明した。

有識者からは「ロボットアームの計画が見えない中で、釣り竿型で少しでも状況がつかめるのであれば効果的に進めてほしい」などと声が上がっていた。【12月26日 福島テレビ】
*****************

11月7日、事故後初めてとなる燃料デブリの試験的取り出しが完了・・・とは言っても、総量で880トンにのぼると推定される核燃料デブリのうち取り出せたのは大きさ5ミリ以下の数グラム程度。

すでに事故から13年以上が経過しています。
素人には理解できない困難な作業なんでしょうが、それにしても「遅い」というのが正直な感想。

****中国ロボット産業、政策と市場の「両輪駆動」で規模拡大進む*****
中国の地方各地でロボット産業の発展に関する政策が相次いで打ち出され、ロボットの応用が加速している。

浙江省杭州市はこのほど、「杭州市人型ロボット産業発展計画(2024〜29年)」を発表した。重慶市、江蘇省南京市、四川省天府新区などもロボット産業の発展促進に関する政策を発表し、それぞれの地域の産業発展の現状と優位性を踏まえ、ロボット産業のさらなる発展を推進している。

中国の市場調査会社、賽迪顧問(CCIDコンサルティング)の先進製造業研究センターの高超(こう・ちょう)副総経理は、第15次5カ年規画(十五五、2026〜30年)期間中、中国ロボット産業の規模が4千億元(1元=約22円)前後にまで拡大するとの見通しを示した。中でも産業用ロボットの普及率は大きく向上し、30年には市場規模が1052億6千万元に上ると予測した。

高氏によると、中国ロボット産業の企業数は23年時点で8万社近くに上り、うち上場会社は100社以上、ハイテク企業は4千社を超える。今後の展望としては、ロボット技術と人工知能(AI)、新素材、新型センサーなど最先端技術の融合が一層進むとみられる。【12月26日 新華社】
*******************

下記の記事の動画などは笑えます。笑えますが、こういう試みの積み重ねで“ロボット技術と人工知能(AI)、新素材、新型センサーなど最先端技術の融合”が進んでいくのでしょう。

****中国・泰山でロボット犬のテスト再び 新たな実用例を探求****
中国山東省泰安市にある泰山の中天門付近の山道で12月30日、山内の施設管理を担う泰山文旅集団物業管理が物資輸送やごみ収集・運搬について、ロボット犬を使った2回目のテストを行った。

研究開発部門は昨年10月に行ったテスト結果をもとに、ロボット犬の知覚と運動制御のアルゴリズムを改良し、積載能力をさらに向上させた。

今回のテスト期間は3カ月。より長いサイクル、さまざまな気温と環境変化の下で多くのデータを収集し、ロボット犬の機能の改善につなげる。

前回のテストに使用された産業用のロボット犬B2に加え、今回は消費者向けロボット犬Go2も2匹導入された。2匹は環境保護に配慮した観光や安全な山巡りのための音声ガイドを流すだけでなく、観光客とさまざまな交流ができる。同社は2匹の投入で、文化観光分野におけるロボット技術の多様な実用例を探求するとしている。

泰山には毎年、国内外から100万人に上る観光客が訪れており、ごみの量も増加しつつある。泰山のごみ収集・運搬を担う泰山文旅集団物業は、科学技術を駆使した環境衛生業務の在り方を積極的に模索し、ロボット犬の運用により山岳型風景区のごみ収集・運搬という難題の新たな解決策を見出そうとしている。【1月1日 新華社】
***************

福島のデブリ取り出しと全くレベルが異なるにしても、両国の勢いの違いを感じます。

この手の話題は、他にも枚挙にいとまがありません。
“夜間運行の自動運転ミニバス路線が開通 中国・広州市”【12月30日 新華社】
“高速鉄道、時速400キロ営業へ 中国、世界最速車両を公開”【12月30日 時事】

中国の政治体制には全く同意しません・・・・が、その技術進展は目を見張るものがあります。
おそらく、アメリカを抜いて、世界を技術的にリードする立場にもなるのでは。そしてその技術は軍事面でも活用されるでしょう。

日本もそのことを充分に認識しておく必要があります。政治的に日中が相容れないということを前提にしたうえで、互いにメリットが大きい“付き合い方”もあるのでは。

新年早々、中国嫌いの人たちから反感を買う話だったかな・・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウクライナ、パレスチナ  住民に重くのしかかる長引く戦闘の重圧

2024-12-31 22:11:29 | 国際情勢

(死者を悼む旗が並ぶウクライナ首都キーウの「独立広場」【12月29日 日テレNEWS】)

【「息子のような犠牲者をこれ以上、1人も出さないでほしいんです」「僕はできれば戦争には行きたくない」】
2022年2月24日に始まったロシア軍のウクライナ侵攻・・・まもなく3年が経過します。

ウクライナにとって厳しい戦況、犠牲者を厭わないロシア軍の攻撃、北朝鮮兵士の参戦、来年のトランプ氏復権で加速することも予想される停戦への動き等々・・・取り上げたら切りがありませんが、長引く戦争でウクライナ社会は疲弊の色が濃くなっています。

首都キーウの「独立広場」・・・1本1本が戦死者を表すおびただしい数の旗
「息子のような犠牲者をこれ以上、1人も出さないでほしいんです」と涙ながらに語る母親

「僕はできれば戦争には行きたくない」と話す少年
「こんなことを言うべきではないのはわかっています。でも、やはり息子には戦争に行ってほしくありません」と語る母親

****「僕は戦争に行きたくない」ウクライナが直面する“2つのリスク”****
ロシアによるウクライナ侵攻は、まもなく3年を迎える。北朝鮮が自国の兵士を派遣するなどロシアとの軍事協力を深めるなか、アメリカのトランプ次期政権発足を前に戦闘が激化している。“2つのリスク”に直面するウクライナの今を取材した。

■「ああ、鳴ってるね」…戦争が日常に
2024年12月初旬、ウクライナの首都・キーウで取材していた私は、けたたましいサイレンの音に部屋を走り出た。すれ違った人に「シェルターに行かないんですか!?」と聞くと、「何?」と聞き返された。「ほら、サイレン!」と外を指さすと、「ああ、鳴ってるね」と落ち着き払っている。

「早くシェルターに行かないと!」とあわてふためく私に、彼は窓の外を指さした。見ると、往来を行く人の様子は普段と変わらない。足を速めることもなく、何事もなかったかのように淡々と歩いている。「この国では、もう戦争が日常になっているのだ」と思い知らされる。

ちょうど1年半前に訪れた、町の中心にある「独立広場」。折からの細かいみぞれにそぼぬれながら、無数のウクライナ国旗が寒そうに立っている。旗の1本1本が戦死者を表しているという。前回訪れた時とは比べものにならない本数の旗が所狭しと並ぶ光景に、戦慄(せんりつ)を覚える。

■「勝っても負けても…」母親の涙
手を合わせ、目を閉じていた女性に話を聞いた。スベトラーナさんは、29歳の息子ダニールさんをウクライナ東部ドネツク州の戦場で亡くしたという。ダニールさんは前線から5キロ離れた集落でドローン攻撃によって命を奪われた。

「1日も早く戦争が終わってほしいと願っています。どちらが勝っても負けても、もうそんなことはどうでもいいんです。このおびただしい数の旗を見てください。息子のような犠牲者をこれ以上、1人も出さないでほしいんです」と涙ながらに語った。

■“トランプ2.0”にウクライナは…
25年2月24日には侵攻開始から3年となる。ロシア軍はウクライナ東部への攻勢を強め、対するウクライナ軍もロシア領内を越境攻撃している。

北朝鮮兵士が戦闘に参加し、アメリカ政府はウクライナに提供した長い射程のミサイル「ATACMS」による攻撃を許可。ロシア側は最新型の中距離弾道ミサイル「オレシニク」を発射した。極超音速、多弾頭型で迎撃するのは非常に難しいとされる。とどまるところを知らない戦闘の激化に、ウクライナは疲弊しきっている。

(戦地で両足を失った息子と母親)

なかでも顕著なのが、兵力不足だ。ロシア側は受刑者を釈放したり、外国の志願兵を高収入で雇ったりするほか、北朝鮮兵士の参戦を受け入れた。今後、北朝鮮兵は10万人まで増えるとの予測もでている。

対するウクライナ側の兵力不足は明らかだ。フランスのルモンド紙は、イギリスとフランス両国がウクライナへの派兵を議論していると報じた。北朝鮮の派兵で、NATO=北大西洋条約機構が「強い懸念」を共同声明で発するなど、ヨーロッパは一気に結束した。

ただ、懸念材料となっているのが“またトラ”である。ウクライナにおける戦争を「24時間以内に終わらせる」と選挙中に豪語していたトランプ次期大統領は、ウクライナへの軍事支援には消極的とされる。

ロシア特使に指名されたキース・ケロッグ氏は、現在の戦線に基づいて戦闘を停止させ、ウクライナとロシアを交渉のテーブルにつかせるという考えを示している。

トランプ次期政権発足まで1か月を切った。少しでも停戦を有利な状況に持ち込もうと攻撃を激化させているプーチン氏にどう向き合うのか。

日本の外交筋は「トランプ次期政権が早期の終戦をうたっている以上、25年にはロシアとウクライナとの間で和平協議が始まるのではないか。ただし、ウクライナはNATOへの加入と、ロシアによる侵略が再び起こらないようにすることを主張していて、一方のロシアは現在、占領した地域を手放す気はないことから、そう簡単にはまとまらないだろう」と厳しい見方を示した。

NATO側もロシアとの戦争に巻き込まれたくないと、ウクライナの加入については慎重な意見が根強い。

■「僕は戦争に行きたくない」…親子の祈り
キーウ市内に住む15歳のマキシム君と母親のオリガさんを取材した際、マキシム君は「僕はできれば戦争には行きたくない」と言った。

隣で聞いていた母親は目を真っ赤にして「戦争で夫や息子を亡くした女性をたくさん知っているので、こんなことを言うべきではないのはわかっています。でも、やはり息子には戦争に行ってほしくありません。息子が徴兵年齢を迎えるまでに戦争が終わることを心から願っています」と語った。母親は7時間も続く停電のなか、ろうそくの明かりで息子のためにパスタを作っていた。

戦闘は激化の一途をたどっている。だが、ウクライナ東部や南部のロシア占領地を残したまま停戦するなど、ロシアの意に沿う形になれば、力によるウクライナ領土の占領を認めてしまうことになる。

北朝鮮兵が実戦経験を積み、ロシアから軍事的な協力を得ることになれば、日本を含む東アジアの安全保障にも影響が及びかねない。

一時的な停戦だけでなく、停戦後、ロシアによる侵攻が再び起こらないようにするには一体どうすべきか。トランプ次期政権は、私たちは、親子の祈りにどうこたえるのか。戦争終結に向け、国際社会の知恵と胆力が問われている。【12月29日 日テレNEWS】
********************

【青白くなった生後一か月の赤ちゃんの遺体を抱く父親「凍えているのがわかりますか?」】
2023年10月7日のハマスのイスラエルへの襲撃に始まったパレスチナ・ガザ地区での戦闘も1年以上が経過し、ガザ地区での犠牲者は4万5000人を超えていますが、イスラエルの激しい攻撃が続いています。

*********************
パレスチナ問題が解決すれば、国交のない隣国との和平への道筋が開かれるが、解決の見込みがない今、イスラエルは「自国を守れるのは自国だけ」という孤立感と焦りに駆り立てられている。それが過剰なまでの軍事行動につながっている。(中略)

残念ながら、当事者の間でパレスチナ問題解決への機運は高まっていない。

「自分たちは未来志向」と常々口にするイスラエル人だが、その多くはハマスがイスラエルを奇襲した23年10月7日で思考が停止し、前に進む勇気はない。 

また、ガザ地区を無惨なまでに破壊されたパレスチナ人にとっては、イスラエルを止められない国際社会への失望は深く、2国家解決への希望も失われている。 

そんななかでレバノンやシリア情勢の変化によって、パレスチナ問題が再びかすみつつあることに懸念が広がる。(後略)【12月24日 “「パレスチナ問題」は、再び忘れ去られてしまうのか?... 2025年は中東和平の分水嶺になる” Newsweek】
**********************

直接のイスラエルの攻撃に加え、食糧不足・・・更に冬の寒さがガザの住民を襲っています。

****ガザで赤ちゃんの凍死が相次ぐ。0歳の双子も死亡と報道****

(低体温症で亡くなった赤ちゃんの遺体を見つめるガザの子どもたち(2024年12月29日))

イスラエルによる攻撃が続くパレスチナ自治区ガザ地区で、乳児が低体温症で死亡する例が相次いでいる。

アルジャジーラによると、12月30日までの1週間で、少なくとも6人の赤ちゃんが寒さで命を落とした。

ガザ地区では冬の寒さの中、190万人のパレスチナ人が避難を余儀なくされ、多くの避難者が海岸沿いのテントで身を寄せ合っている。

生後1カ月のジョマ・アル・バラトンちゃんは29日、頭が「氷のように冷たく」なった状態で両親に発見された。ジョマちゃんの双子のアリちゃんは、病院の集中治療室に運ばれたが、その後死亡したと報じられている。

父親によると、双子は予定日より1カ月早く生まれ、病院の保育室で過ごしたのはたった1日だった。ガザの他の医療施設と同じく、この病院も部分的にしか機能せず、収容数も限られていたという。

医師らは母親に、赤ちゃんを暖かい状態で保つよう指示したが、避難先のテントでは夜間の気温が10度以下に下がるため、その助言に従うことは不可能だった。

父親は、青白くなったジョマちゃんの遺体を抱き、「寒さでこの顔色になっている。凍えているのがわかりますか?」と訴えた。

ガザ南部ハンユニスのナセル病院のフィダ・アル・ナディ医師はCBSニュースに対し、毎日1、2人の低体温症の患者が入院していると語った。最も危険に晒されているのは、最も幼い子どもたちだという。

「私たちが生活するこのストレスの中で、多くの子どもが未熟児として生まれており、それによって低体温症になりやすくなっている」とナディ医師は指摘する。

ガザ保健省によると2023年10月以降、4万5000人以上のパレスチナ人が殺害され、その半数以上が女性と子どもだった。【12月31日 HUFFPOST】
*******************

****ガザ北部唯一の病院が炎上、イスラエル軍がハマス拠点と包囲…WHO「パレスチナ人にとって死」****
パレスチナ自治区ガザの保健当局によると、ガザ北部で唯一機能しているカマル・アドワン病院が27日、イスラエル軍に包囲され、診察室や手術室など建物の一部が炎上した。同軍は病院周辺をイスラム主義組織ハマスの拠点と断定し、軍事作戦を実施していると発表した。

同軍は軍事作戦に伴い、病院内の医療従事者や患者らに退避命令を出した。病院長は当初、「人工呼吸器が必要な患者の移動は彼らを危険にさらす」として命令を拒否したが、状況が悪化したことなどから別の病院に患者を移送し始めた。

世界保健機関(WHO)によると、院内には医療従事者約60人と重篤な患者ら25人がとどまっているという。ガザ保健当局によると、病院長は28日、同軍に拘束された。

WHOは27日の声明で、軍事作戦によって「ガザ北部最後の主要医療施設の機能が停止した。同地域の医療システム解体は何万人ものパレスチナ人にとって死を意味する」と非難した。【12月28日 読売】
****************

来年が良い年になるといいのですが。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北朝鮮  貨幣改革の噂で混乱する経済 当局はロシア派兵兵士の生還を望んでいない?

2024-12-30 23:03:33 | 東アジア

(ウクライナ軍が公開したドローン映像に捉えられた北朝鮮兵士。【12月27日 中央日報】)

【経済を混乱させている貨幣改革の噂】
北朝鮮については極端な秘密主義のために詳細がわかりませんが、ミサイル・核兵器開発に必死の一方で、経済はガタガタで「餓死」も珍しくない、社会的にも滅茶苦茶で、韓国ドラマを見ただけで処刑というように体制維持に躍起になっている・・・そんな様子も報じられています。(ただ、伝えられるものが“極端なケース”に過ぎないのかどうか、国民一般の生活状況がどんなものかはよくわかりません。)

*****金正恩政権はなぜ崩壊しないのか?*****
(中略)
ちなみに、社会主義経済は、破綻状態になっても経済的問題で体制が崩壊することはなかなかない。北朝鮮でかつて大量餓死者が出ても政権は維持された。

国民が少々飢えた状態にあっても、生きるための最低の条件を満たせば、むしろ政治的統制がしやすい面もある。

北朝鮮の場合は、住民が他の国との比較ができないために、自分たちの生活を普通だと思っていることがある。

また住民たちは朝から晩まで食べ物の事だけしか頭にない状況もあり、国を転覆するなどと言った考えにまで及ばない。むしろそれを政権が狙っている可能性もある。それが北朝鮮の現状だ。(後略)
【6月12日 “北朝鮮の新たな動きをどう読み解くか ―朝鮮半島情勢の行方と日本の対応―” 李 相哲氏(龍谷大学教授) 平和政策研究所】
**********************

そんな北朝鮮の経済問題で甚大な影響をもたらすのが貨幣改革(デノミネーション)。2009年11月にも大混乱を招きましたが、今再びその悪夢の噂が国民にひろがり、経済全般を揺るがしているようです。

****「いまのうちにカネを使い果たせ」混乱深まる北朝鮮経済****
通貨安が恐ろしい勢いで進んでいる。

北朝鮮の平安北道(ピョンアンブクト)の成川(ソンチョン)と殷山(ウンサン)では今月10日、1ドル(約157円)が3万3000北朝鮮ウォンから4万北朝鮮ウォンに達したと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の情報筋が伝えた。今年5月末に8000北朝鮮ウォン台だったので、わずか半年で通貨の価値が4分の1になった計算になる。別の情報筋は、今月1日に2万8000北朝鮮ウォンだったのが、8日には4万1000北朝鮮ウォンになったと伝えた。

レートには地域差があるため、全国的な現象かどうかはわからない。デイリーNKが7日に行った調査では、今月7日の時点で平壌では1ドルが2万1000北朝鮮ウォン、新義州(シニジュ)では2万1300北朝鮮ウォン、恵山(ヘサン)では2万1400北朝鮮ウォンだった。いずれも、先月24日と比べて、3000北朝鮮ウォンくらいウォンが安くなっていることから、通貨安の傾向にあることは間違いない。

そんな中で「再び貨幣改革(デノミネーション)が行われるかもしれない」という噂が駆け巡っている。

多くの人が財産を失い、国中が大混乱に陥った2009年11月の貨幣改革は、北朝鮮の人びとにとってはトラウマだ。資産を持っている人たちは、手持ちの北朝鮮ウォンを使い果たすため、品物を買い占め、品物を持っている人たちは売り惜しみしている。

RFAの咸鏡南道(ハムギョンナムド)端川(タンチョン)の情報筋によると、現地では貨幣改革が行われるとの噂が飛び交い、人々は通貨安と物価高騰の話で持ちきりだという。

資産を持ったトンジュ(金主、ニューリッチ)は、一夜にして全財産が紙くずになった貨幣改革のときのことを思い起こし、手当たり次第に物を買い漁っている。

ナマコを売って一財産築いた情報筋の友人は、あちこちを回って液晶テレビとパソコンを大量に購入している。手元に残す現金はコメ代くらいで、後はすべて物を買うのに注ぎ込んでいる。

自動車に詳しい友人は変速機やタイヤなど、使えそうな自動車部品を買い漁っている。別の商人は、物価高騰が収まるまで、市場には出ないつもりだといって引きこもっているという。

当局もじっとしているわけではない。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、地元当局は「貨幣改革の噂はデタラメ」だと発表して、恐慌状態を収拾しようとしていると伝えた。しかし、お上の言うことを信じる人はいない。

「市場を資本主義の苗場、個人主義(エゴイズム)の温床と考える当局が、市場で収入を得ている人のことを考えてくれるわけがない」(情報筋)

故金正日総書記は、力を持ちすぎた市場を潰す目的で貨幣改革を実施した。民間人が財力を持つと、余計なことをしだすと考えていたようだ。しかし大失敗に終わり、担当幹部を処刑するなどして収拾を図ったが、北朝鮮の人々は今もこのことで金正日氏を深く恨んでいる。

一部の商人は、万が一の事態に備えて、在庫を売り惜しんでいる。
「2009年の貨幣改革の初期、新紙幣は価値があったが、1カ月も経たずに価値が急落し、当局の統制のせいで、対ドルレートは当初の半分以下になった」(情報筋)

当時の記憶がまだ生々しく残っているため、恐怖に襲われた商人たちは、在庫の食用油、砂糖などの食品、木材、ペンキ、自動車やオートバイの部品など、様々な商品を自宅にしまい込んでしまった。

たとえ貨幣改革の噂が、単なる噂に過ぎないと後日わかったとしても、今はともかく何も売らないのがいい方が得と考えているとのことだ。【12月30日 デイリーNKジャパン】
********************

経済は当局にその気がなくても、多くの国民が不安から一方向に走り出すと、悪循環のスパイラルに陥り、実体経済が麻痺状態になってしまうものです。

2009年11月の貨幣改革がどんなものだったのか・・・「改革」というより国家が国民の資金を収奪し、経済は崩壊・・・といったものでした。

****デノミ失敗で大混乱の北朝鮮経済 「国家による強盗」に高まる不満****
2009年11月、北朝鮮政府は突如としてデノミネーション(貨幣交換)を断行した。その結果、北朝鮮庶民の生活は今、大混乱をきたしている。金正日政権の思惑はどこにあるのか。そして、不安定化する北朝鮮社会はどこへ向かうのだろうか。

ため込んできた財産が一瞬で消失
北朝鮮経済が大混乱に陥っている。結論から述べると、現状はこの10年で最悪、餓死者まで発生している有り様である。原因は、2009年11月30日に電撃的に断行されたデノミ=「貨幣交換」(新ウォンへの通貨切り下げ)措置のためである。あまりに唐突、無茶なデノミ実施によって、北朝鮮国内では物流の麻痺(まひ)、超インフレが起こっているのだ。

金正日政権が断行したデノミの概要は次のとおりだ。(1)旧ウォンを新ウォンに100対1で交換する、(2)交換額の上限を1世帯あたり旧ウォンの現金10万ウォンとする、(3)交換期限は同年12月6日まで、(4)外貨の国内での使用を一切禁ずる、(5)配慮金として新ウォンを1人当たり500ウォン支給する。

この突然のデノミは、一般国民に事前にまったく知らされなかった。また、交換上限の10万ウォンというのは、実勢レートで約2500円程度で、地方都市の中間層のざっと1カ月の生活費に過ぎない(首都平壌はこの2倍程度)。

交換上限以上の金は紙くずになってしまうわけで、庶民から小金をため込んだ比較的余裕のある層まで、大なり小なり打撃を被った。

筆者は長く北朝鮮内部に住む人たちと一緒に取材を続けてきた。彼らが伝えるところによると、何年間もため込んできた財産が一瞬にしてパーになったり、商売の元手にしようと貨幣交換直前に多額の借金をした人が、新ウォンでの返済を求められて借金のかたに家を明け渡す羽目になってホームレスになったり、商品代金や借金の清算を旧ウォンでやるのか新ウォンでやるのかでいさかいが起こったりして、殺人事件や自殺まで発生したという。

一方、最貧層の人たちの中には、この十数年の間に貧富の格差が急に進んで不公平感が募っていたため、金を持っている者たちが途方に暮れている様子を見て、「これであいつら金持ちも私たちも同じ立場だ」と歓迎する人もいたようだ。

しかし、後に触れるが、デノミ実施から間もなくして超インフレが発生し、貧困層は、さらに窮してしまうことになった。

デノミの本当の狙いは何か
では金正日政権は、なぜこの時期にデノミ断行に踏み切ったのだろうか? 北朝鮮当局は、デノミは人民生活向上のためであり、(1)インフレ退治、(2)社会主義原則と秩序に基づく経済管理強化が目的だと説明している(09年12月7日付朝鮮新報など)。

北朝鮮は、国家による計画経済体制と消費物資の国定価格による配給制度を、建前上は放棄していない。だが農業不振が続き、工業生産も、軍需品などの一部工場を除いて、稼働率はざっと20~30%程度。

統制経済がぼろぼろになっていく一方で、一般民衆は生きていくために、違法と知りつつ商売行為を活発化させていった。

こうして1990年代後半からどんどん急拡大していった市場経済は、中国とリンクしつつ、国の実体経済を牛耳るほどに膨張していった。

その半面、インフレもひどく、この10年で消費者物価は20~25倍も上昇していた。北朝鮮当局は、コントロールの利かなくなった市場経済を抑え込んで統制することと、物価の安定を図ることが、デノミ断行の目的だというのである。

それではその結果はどうか? 2010年3月中旬になっても混乱は収まっていないようである。まずは、大変な超インフレの発生である。デノミ実施直後、白米は40ウォン、トウモロコシは20ウォン程度だったのが、3月後半の時点で白米は1000ウォン、トウモロコシは400~500ウォン(いずれも1キロ)に急騰した。

3カ月あまりで約25倍に値上がりしたことになる。中国の人民元の闇交換レートも、1元が15ウォンだったのが約200ウォンに下落した。金正日政権によるデノミは、インフレ退治どころか超インフレを招いてしまったのだ。

新ウォンへの信頼低下がその原因である。
「毎日あれよあれよという間に物価が上がる。売り惜しみが横行して市場にも十分に物が出てこない」
北朝鮮内部の取材パートナーたちの弁だ。

小さな商売や非合法の日雇い労働(北朝鮮では個人が人を雇うことは禁止)で日銭を稼いで暮らしてきた人は、経済が委縮したため、現金収入を大幅に減らしてしまった。

食糧配給もない中、このような貧困層の人たちは金がなくて食べ物にアクセスできなくなり、一部で餓死者が出るような惨状が現れている。

今回のデノミ断行の本当の狙いは何か。筆者の見立ては次のようなものだ。(1)政治的には、増殖する一方の市場経済を縮小再編させ、社会全般の国家統制を立て直すこと、(2)経済的には、国民から資金を強奪すること。

北朝鮮社会は不安定化する
市場経済の増殖は、国民が経済活動の自由領域をどんどん広げていることを意味する。それは、金正日政権の独裁維持の要である人民統制が弱体化するということに他ならない。

実際、この10年ほどの間に、「食べていけるのは政府のおかけでも金正日将軍のおかげでもなく、市場で商売しているから」という意識が当たり前になった。

商売のために人は移動し情報も交換しなければならない。市場経済のこれ以上の増殖は、体制維持にとって脅威だとの判断があって、デノミによって市場に一定の打撃を加える政治的意図があったものと思われる。

だが付言するならば、金正日政権の狙いは単純な「市場つぶし」そのものではないだろう。

経済不振の北朝鮮にあって、今や特権層にとっても、富を手に入れられるのは市場しかない。市場そのものをまったくつぶしてしまっては元も子もないわけだ。市場は「たたいて縮小させ、あらためて権力の都合のいいように再編して復活させる」ということではないか。政府の後続措置を見ないと判断は難しいが、現時点で筆者はそう推測している。(後略)【2010年4月2日 石丸次郎氏 Imidas】
*******************

政権がコントロール出来ない市場経済領域を圧迫し、人民統制の復活強化を目指すというのは現在の金正恩政権が目指しているものでもあります。

【当局はロシア派兵兵士の生還を望んでいない?】
最近北朝鮮関連で多く報じられているのはウクライナとの戦争のためにロシアに派兵された兵士の話題。多大な犠牲者が出ていると報じられています。

****ウクライナ「最前線の北朝鮮軍打撃、水不足が深刻」…3000人死傷説も****
ロシアを支援するために派兵された北朝鮮軍がクルスク戦線で莫大な損失を出し、補給にも困難が生じていると、ウクライナ側が26日(現地時間)主張した。 

AP通信によると、ウクライナ国防省傘下の情報総局(GUR)はこの日、自国軍がロシア西部クルスク州ノボイバノフカ付近で北朝鮮軍の部隊を攻撃し、大きな被害を与えたと明らかにした。

情報総局はその結果、最前線にいる北朝鮮軍は補給問題に直面し、飲み水不足事態が生じていると伝えた。 

ウクライナのゼレンスキー大統領は23日、クルスク地域の戦闘で死亡または負傷した北朝鮮軍の数がすでに3000人を超えたと明らかにした。

北朝鮮はロシアを支援するためクルスク地域に1万-1万2000人を派兵したと推算される。ゼレンスキー大統領の主張通りなら、派兵された北朝鮮兵力の4分の1以上が死傷したということだ。(後略)【12月27日 中央日報】
*********************

****ゼレンスキー氏、ロシアと北朝鮮を批判「北朝鮮兵の生死に全く関心がない」****
米国のジョン・カービー大統領補佐官は27日、ロシア西部クルスク州でウクライナ軍との戦闘に参加している北朝鮮軍の死傷者数が、過去1週間だけで1000人以上に上るとの分析を明らかにした。歩兵による人海戦術に多数が投入され、死傷者が増えているという。

カービー氏は記者団に、「北朝鮮軍は、クルスク州のウクライナ軍陣地に対して大規模な攻撃を仕掛けているが、人海戦術は効果を上げておらず、多大な犠牲が出ている」との見方を示した。

複数の北朝鮮兵が捕虜になることを拒み、自殺したという報告があることも明らかにし、「捕らわれた場合、北朝鮮にいる家族に対する報復を恐れたためだろう」と述べた。

ロシア軍は、ウクライナ軍の越境攻撃で占領された地域の奪還に向けて、北朝鮮兵を投入した攻撃を強めているとみられる。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は27日のビデオ演説で、「露軍と北朝鮮の指揮官は北朝鮮兵の生死に全く関心がない」と指摘した。その上で、「戦争を拡大させるべきではないという言葉に誠実であるならば、中国は北朝鮮に適切な圧力をかけなければならない」と訴え、中国に対して北朝鮮に影響力を行使するよう求めた。【12月28日 読売】
*****************

自殺した北朝鮮兵・・・「捕らわれた場合、北朝鮮にいる家族に対する報復を恐れたためだろう」ということなのか、あるいは旧日本軍兵士のように「生きて虜囚の辱めを受けず」と洗脳されている結果なのか・・・

ロシアが北朝鮮兵士を弾除け代わりに“消費”しているという話は以前からあります。

更に言えば、金正恩政権自体が派兵した兵士の帰国を望んでいないとも。

****「1人の生還も望まない」ロシア派兵軍人に金正恩の残忍な仕打ち****
(中略)北朝鮮のロシア派兵が明らかになって間もなく、韓国在住の脱北男性であるチョン氏(仮名)は、韓国デイリーNKに対し次のように語っていた。なお、チョン氏は兵士の身分のままロシアの建設現場に派遣され、労働者として働いた経験がある。

「北朝鮮は、ロシアに派兵した軍人が戦場から1人でも生きて帰ってくることを望まないだろう。彼らが戻ってきて、国民に自分が経験した事実を伝えた場合、体制に対する否定的な世論が生じかねず、体制維持に役立たないからだ」と主張した。

我々はいま、チョン氏が予想したことを現実として目撃しているわけだ。
たしかに、韓流コンテンツを流布した人々に対する極刑執行が繰り返されている中、外国の情報に染まった多数の兵士を迎えるのは、北朝鮮当局にとって負担だろう。

しかし、ロシアで実戦経験を積み生還した兵士を「英雄」として称えれば、国民の中に対ロシア協力に賛成する世論を醸成する余地もあるはずだ。
北朝鮮当局が今後、そのような行動を取る可能性は残されている。

しかし、自軍兵士の処刑などという残忍な行いを経験したり目撃したりした兵士たちは、国家に対する反感を募らせる可能性が高い。北朝鮮当局がそれを警戒するなら、チョン氏の語った通り、生還者を完全に拒絶する行動を強めるかもしれない。

北朝鮮の恐怖政治が、いかに徹底したものであるかを改めて知り、今さらながら戦慄を覚えている。【12月30日 デイリーNKジャパン】
**********************

実際のところ、金正恩政権がどのように考えているのかは知る由もありません。ただ、当局は「生還を望んでいない」といったことが囁かれるのは政権が国民からまったく信頼されていない証でもあります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アフガニスタン 人権弾圧が続く中でタリバンに接近するロシア・中国 パキスタンとは武力衝突も

2024-12-29 23:10:04 | アフガン・パキスタン
(カブールの秘密の訓練校で、メイクの講習を受ける少女たち(11月25日)【12月17日 読売】)

【女子医療教育も禁止に 女性患者を誰が診るのか?】
アフガニスタンのタリバン暫定政権が教育機会を奪うなど女性への締め付けを強めていることは何回も取り上げていますが、その流れは変わっていません。

教育機会だけでなく、8月には女性が公共の場で大声を出すことを禁止し、全身や顔を布で覆うことを義務づけた新たな法律「道徳法」が制定されました。

****アフガン、暫定政権の女性締め付け強まる 公共の場で「大声禁止」****
イスラム主義組織タリバンが実権を握るアフガニスタンで、暫定政権が女性への抑圧を強めている。8月には女性が公共の場で大声を出すことを禁止し、全身や顔を布で覆うことを義務づけた新たな法律が制定された。

締め付けが強まる中、女性たちの暮らしや社会の状況について、11月中旬に来日した国連開発計画(UNDP)アフガニスタン常駐代表のスティーブン・ロドリケス氏に聞いた。

 ――2021年にタリバンが復権してから3年以上が過ぎました。アフガニスタンの女性を取り巻く状況を教えてください。
 ◆アフガニスタンでは女性と少女が非常に厳しい制約を受けています。少女たちは中等・高等教育を受けられなくなり、11〜12歳になるとその先の進路はありません。公園に行くことも一定の距離を移動することも禁止されており、制限は年々厳しくなっています。

 今年、女性への規制をさらに強化する「道徳法」と呼ばれる新しい法律が制定されました。公共の場で女性が声を発するべきではないとされており、多くの人々が「女性の声が社会から消えつつある」と考えています。

 ――活動を通じてアフガンの人々とどのような話をしますか。
 ◆かつて公務員や弁護士として活動していた女性たちに会う機会がありました。彼女たちは懸命に勉強して仕事を得たのですが、今は家に閉じ込められて身動きが取れない状況だと聞きました。収入を得られず、家庭内で虐待を受けるケースも少なくありません。「非常に重たい気持ちだ」という話をよく耳にします。

 アフガンの女性は移動する際に男性家族の同伴を義務付ける「マハラム制度」が課せられています。法律や命令に従っているか常にチェックされ、タクシーに乗る場合でも男性家族と一緒か確認されます。絶え間ない監視が大きな不安を与えています。

 ――UNDPは女性主導の企業の支援をしていますね。社会にどのような影響を与えるでしょうか。
 ◆アフガニスタンの女性は、民間企業で働くことは許されており、UNDPは女性が経営を主導する会社の支援に携わっています。これまでに約7万5000社の支援に関わってきました。

 先日、生理用品を製造している女性の経営者と会いましたが、彼女は35人の女性を雇用していました。女性が女性のために機会を創出し、ネットワークを築きます。安心感を与え、孤独感を和らげることにもつながると信じています。

 ――課題はありますか。
 ◆私たちが支援している人々の多くは農村部に住み、首都カブールやイラン、パキスタンなどの大都市に向けて、製造したカーペットやドレスなどを販売しています。

 しかし、女性がビジネスをする上でもさまざまな課題があり、例えば移動する際に、(同行する男性も含めた)2人分のチケット代を払わなければなりません。差別も深刻で、商品を大幅に値下げしない限り、取引に応じようとしないという例もあります。

 ――女性主導の企業に対する、タリバンのスタンスはどのようなものですか。
 ◆タリバン(暫定)政権や商工省から私たちが聞いたメッセージは「女性が所有する企業を支援する」というものでした。しかし、女性にとっては多大なコストがかかり、困難な状況です。国際社会はアフガニスタンで起きている状況を忘れてはなりません。

 UNDPは、国内のさまざまな州や地域で活動の余地を見つけ、当局と交渉して活動を可能にするよう働きかけています。一方で、人道支援についてはいかなる干渉もあってはならないと一貫して主張しています。これからも中立で独立した立場で仕事を続けたいと思っています。【11月30日 毎日】
*****************

状況は更に悪化。例外的に許されていた看護師や助産師を育成するための女子教育も禁止されることに。
このことは、単に女性の教育・就業の問題にとどまらず、女性の患者は女性医療者にしか診てもらいえないアフガニスタンにあっては、女性患者の生命に直結する問題ともなります。

****アフガニスタンで女子医療教育が禁止に…男性医師は女性の診察できず深刻な影響必至、医学校の女性「皆泣いていた」*****
アフガニスタンのイスラム主義勢力タリバン暫定政権が3日、例外的に許可していた看護師や助産師を育成するための女子教育を禁止したことが、複数の学校関係者や学生らの証言でわかった。

厳しいイスラム法の適用で、男性医師は女性の診察ができないため、現状が固定化すれば、女性の受診機会に深刻な影響が出るのは必至だ。

禁止は3日朝、各医学校で個別に通告された。女子学生は帰宅を命じられ、「追って通知があるまで」自宅待機となった。全国一斉の措置とみられ、本紙の取材に各地の複数の医学校関係者が同様の対応がとられたと証言した。タリバン暫定政権は公式に発表しておらず、理由は不明だ。

タリバン暫定政権は2021年の実権掌握後、中学以上の女子教育を禁止した。男性医師による女性の診察ができないことから、看護、助産、歯科の3分野に限って女子教育を認めてきた。

しかし、中学以上の女子教育を禁じたことで、医学校への進学に必要な高校卒業の資格が取得できず、将来は女性の医療・保健従事者が不足することが懸念されていた。医学校での女子教育禁止で、女性の教育機会は一層、限定されることになる。

首都カブールの私立医学校で看護を学ぶ女性(20)は「いつまで待てばいいのか。クラスの皆が泣いていた」と語った。【12月5日 読売】
************************

【秘密の美容師訓練校や美容院の地下営業も】
そうした厳しい状況にあっても、秘密の美容師訓練校や美容院の地下営業もあるようです。

****アフガンに「秘密美容学校」…タリバン政権の営業禁止下で極秘開校****
イスラム主義勢力タリバン暫定政権が美容院の営業禁止を命じたアフガニスタンの首都カブールで、美容師の訓練校が極秘開校し、少女たちが技術の習得に励んでいる。将来、美容院が解禁されることを期待しながら、秘密の講義が続いている。

ヒビ割れた鏡
カブールの某所。塀と鉄扉に閉ざされ、道路から中が見えない敷地の中に、水も電気もない平屋の建物があった。その一室は施錠され、大きなヒビが入った中古の鏡台が隠されていた。

「きょうは目のメイクの説明です」。集まった生徒から一人を選び、鏡台の前でお手本を見せる講師の話に生徒は熱心に耳を傾けた。

地元の支援団体が今年8月に開校した訓練校では14〜18歳の少女と32歳の女性の計10人が、メイク4か月、ヘアスタイル2か月の半年コースで学ぶ。

国語や数学も
訓練校は、タリバンが就学を禁止した中学以上の女子たちの地下学校でもある。国語や数学を学び、下級生の先生役も務めた後、毎日午後2〜3時の間、美容師の基礎技術を身につける。

「タリバンが女子教育を禁止し、学校に通えなくなったから家にいるしかなかった」。こう語る講師の年齢は17歳。美容院で働きながら技術を学んだ経験があり、他の少女たちの指導にあたる。コースが終了すれば、地下営業をする美容院に就職できる可能性がある。

講師の少女は「信用できる人と接触して美容院を紹介してもらう」と地下美容院とのパイプの重要性を強調する。支援団体の男性は「美容院が禁止されても結婚式はあるし、女性は普段からおしゃれもしたい。需要はある」と話す。

悩みは訓練に使う化粧品などの費用の捻出だ。鏡台は中古が1台だけ。ファンデーションは日本円で1000円前後で、結婚式で使うブランド品は約5500円と高額だ。現在は中東のある国の政府による援助などでまかなっているという。

結婚式で
危険を冒して美容師を目指す理由について、少女たちは「収入のため」と口をそろえる。タリバンが女性の就業機会も制限する中、美容師の報酬は格段に高い。

支援団体によると、女性の平均的な月収は日本円で2万〜2万6000円。一方、美容師は1回のメイクで2200円、ヘアスタイルも整えれば6500円の収入になり、結婚式の花嫁のメイクはその10倍だという。平均月収以上の額を1度の結婚式で稼げる計算だ。

18歳の少女は「ここで学んでいるのは家族だけの秘密。誰にも話さない」と話す。家族は心配しつつ、応援もしてくれるという。16歳の少女は「政府の方針も将来は変わると思う。変わらなければ、地下営業で働くだけ」と口を結んだ。

 ◆美容院の営業禁止=タリバン暫定政権の「勧善懲悪省」が2023年7月25日、イスラム法に反するとして全国で実施した。業界団体によると、約1万2000店で主に女性の経営者と従業員が職を失ったとみられる。監視の目をかいくぐり、地下営業をする美容院も多いとされる。【12月17日 読売】
****************

「秘密美容学校」・・・外国メディアがある程度把握できるものをタリバンが全く知らないというのも考えにくいように思えます。一定に黙認の領域があるのでしょうか?

来年も無事に続けられるといいのですが。もちろん“秘密”でなくなることが一番です。

【イスラム過激派対策もあってタリバン暫定政権に接近するロシア・中国】
こうしたタリバン暫定政権による女性の人権弾圧に対し欧米社会は厳しい目を向けていますが、一方で、ロシア・中国にとっては反欧米陣営にアフガニスタンを取り込む好機ともなっており、ロシア・中国はタリバン暫定政権とのつながりを強化しています。

****ロシア、タリバンのテロ組織指定を解除可能に プーチン氏が署名****
ロシアのプーチン大統領は28日、アフガニスタンを支配するイスラム主義組織タリバンについて、テロ組織の指定解除を可能にする法律に署名した。インタファクス通信が報じた。

インタファクス通信などによると、テロ組織の指定の解除は、「テロに関するプロパガンダや正当化、支援」に向けた活動を停止したと判断できる証拠があれば、検事総長の申請に基づいて、裁判所が決定するとしている。

タリバン以外の組織にも適用され、シリアの暫定政権を主導する旧反体制派の「ハヤト・タハリール・シャム」(HTS)も指定解除の対象として浮上している。

ロシアは2003年にタリバンをテロ組織に指定。ただ、近年は関係改善に転じ、関係を深めていた。ロシアとしては中央アジアを通って過激派組織「イスラム国」(IS)が流入するのを抑え、テロ対策で共闘したい狙いもある。旧ソ連諸国では、これまでにカザフスタンとキルギスがすでにタリバンのテロ組織指定を解除している。【12月29日 毎日】
******************

****タリバン、中国に行政官をのべ1400人派遣 官僚養成で体制の盤石化狙う 「中国傾斜」鮮明に****
アフガニスタンで実権を握るタリバン暫定政権が昨年来、中国に多数の行政官を送り込んでいることが28日、国連関係筋への取材で分かった。

2021年夏、米国を後ろ盾とした共和政権が崩壊した後、国家運営を担うメンバーに実務経験を積ませるのが狙い。反米色を強めるタリバン政権の「中国傾斜」が鮮明となっている。

国連関係筋によれば、タリバンは昨年、600人の行政官を中国に派遣した。対象は主に、省庁の課長や局長クラス。今年の派遣は800人規模に上るという。

タリバン政権は第1次政権期(1996〜2001年)とは異なり、比較的そつのない行政を全国規模で展開。中国で本格養成された〝エリート〟たちを今後、積極活用することで、復権から3年経った支配体制を盤石化させたい考えとみられる。

女性の人権抑圧に対する懸念から、国際社会は現在、タリバン政権を正統な政府とは認めていない。こうした中、同筋によれば、タリバンは今月初旬ごろ、中国に閣僚も派遣した。日本など西側諸国とアフガンとの間で〝閣僚外交〟が行われない中、「中国との関係深化を象徴する動き」(同筋)といえる。

中国は巨大経済圏構想「一帯一路」へのアフガン取り込みを加速させたい考え。アフガンには、石油や重要鉱物といった豊富な天然資源が眠っていると指摘され、今年夏には、中国国有企業が主導するアフガン史上最大規模の銅鉱山開発事業がスタートした。

中国はアフガンに隣接する新疆(しんきょう)ウイグル自治区への過激派流入を恐れており、治安対策でタリバンから協力を得たい思惑もある。

アフガン浸透を狙う中国は昨年9月、駐アフガン大使を派遣した。タリバンが実権を握って以降、外国の大使が任命されたのは初めてとなった。タリバン側もこれを受けて同年末、駐中国大使を派遣するなど交流が活発化している。【12月28日 産経】
*****************:

ロシア・中国ともに、タリバン暫定政権が安定することで、イスラム過激派の活動・中ロへの流入を阻止してくれることを期待しています。来年には人権抑圧状況の改善がないまま、タリバン政権の正式承認レベルに至るのかも。

【イスラム過激派をめぐってアフガニスタン・パキスタンの間で衝突も】
イスラム過激派の活動・流入ということでは、タリバンに忠誠を誓うイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」をめぐって、かつてのタリバンの生みの親・育ての親でもあるパキスタンと武力衝突も起きています。

****パキスタン軍が空爆、アフガンで46人死亡 タリバン暫定政権が声明****
アフガニスタンを支配するイスラム主義組織タリバン暫定政権は24日、この日の夜に東部パクティカ州が隣国パキスタン軍の空爆を受けたとする声明を出した。

暫定政権のムジャヒド報道官は25日、毎日新聞の取材に対して、子供や女性を含む46人が亡くなったと述べた。死傷したのは地元住民やパキスタン北西部から流入した難民だという。

タリバンの国防省は「卑劣な行為を見過ごすことはできない」との非難声明を出し、緊張が高まる恐れがある。パキスタン政府はコメントしていないが、パキスタン治安当局筋はテロ組織の拠点を狙った越境攻撃だったとしている。

パキスタン当局筋は各国メディアに対し、「テロリストの潜伏場所だけを狙った」と説明した。パキスタン軍は今年3月にもアフガン国内のテロ組織を標的にしたとする越境攻撃を実行している。

背景には、アフガンでタリバンが復権した2021年8月以降、タリバンに忠誠を誓うイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」が勢力を拡大し、パキスタン当局を狙ったテロ事件を繰り返していることがある。

パキスタン側は、TTPなどのテロ組織がアフガン国内を拠点に自国への攻撃を仕掛けていると主張。タリバンは否定しており、テロ対策を巡って両国の関係が悪化している。【12月25日 毎日】
*******************

****タリバンが報復攻撃 対パキスタン、応酬懸念****
アフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権は28日、隣国パキスタンの複数地点を攻撃したと発表した。AP通信が伝えた。パキスタン軍が24日にアフガン東部のイスラム武装勢力の拠点を空爆したことへの報復としており、応酬の激化が懸念される。

タリバン暫定政権によると、アフガンへの攻撃を計画、調整する勢力の拠点や潜伏場所を標的にした。攻撃方法や死傷者の有無は明らかにしていないが、親タリバンとされるメディアはパキスタン軍の兵士19人とアフガンの民間人3人が死亡したと伝えた。【12月29日 共同】
******************

前述のように中国はタリバン暫定政権と接近しています。 一方、パキスタンも中国にとって「一帯一路」の要になる国であり、中国が最も緊密な関係を持つ国でもあります。

そうしたことで、中国が表世界か水面下かはともかく、パキスタン・アフガニスタン両国の関係がこれ以上悪化しないように働きかけることが想像されます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フランス海外県マヨットのサイクロン被害を大きくした不法移民問題 仏本国の政治情勢も大嵐状態

2024-12-28 23:46:22 | 欧州情勢

(【12月17日 ウェザーニュース】)

【フランス海外県マヨット サイクロンで甚大な被害】
かつて大英帝国に対抗する海外植民地を有したフランスは、現在でも様々な理由・事情でフランスに残存することを選択した海外県・海外領土を持っています・

****フランスの海外県・海外領土****
かつてのフランス植民地帝国時代に形成されたこれらの領土はアメリカ州、オセアニア、インド洋、太平洋、南極大陸にある。

脱植民地化後もさまざまな形でフランスの一部として残ることを選んだ地域である。これらの領土は、文化的、政治的にさまざまな現実があり、まったく異なる行政・法制度が適用されている。

総合計面積は120,369km2(フランスが領有権を主張する南極大陸のテール・アデリーを含めると552,528km2)、2019年の人口は220万人を超え、海外県・海外領土はフランスの国土面積の17.9%、人口の4%を占める。

フランス共和国憲法によれば、フランスの法律は国内全土に於いて施行される事となっているが、海外県・海外領土では国防・国際関係・貿易・貨幣・法廷・統治等の特殊な分野を除き、この原則に反して独自の法律を制定する事が許可され、実際に施行されている。

フランスの海外県・海外領土は、その地域が有する議会とフランス共和国会(国民議会・元老院)との二重統治体制である。 また、居住地域では共和国会に対する代表者を選出する事となっており、また実際に有しているため、欧州議会に対する投票権を有している。
***********************

今年5月には「天国に一番近い島」ニューカレドニアで、現地に長期滞在するフランス人に地方参政権を与える憲法改革に対して独立派が強く反発し、暴動に発展しました。

また、10月3日ブログ“フランス  海外県マヨットで不法移民の強制送還 問題の本質は欧州・米の移民問題に共通”では不法移民問題を取り上げました。

移民に対し厳しい対応を求める極右・国民連合へのバルニエ内閣(当時)の配慮に加え、移民強硬派のルタイヨー内相自身の姿勢もあって、フランスは移民問題で強硬姿勢に舵を切っており、不法移民を大量に抱えるマヨットからの不法移民強制送還が命じられました。

インド洋のマヨット島はアフリカ東部モザンビークとマダガスカルの中間にあって、コモロ連合の島々に近接します。人口は約35万人。(マヨットにしても、コモロにしても馴染みがない地域なので、10月3日ブログでは「コモロ」のことを間違って「ロコモ」と連発していました。失礼しました。)

そのフランス海外県マヨットは12月14日、過去90年余りで最強クラスとされるサイクロンの襲撃を受け、大きな被害を出しています。

****90年ぶり大嵐、インド洋マヨット島10万人と連絡つかず****
前週末にアフリカ南部に近いインド洋島しょ部などを襲ったサイクロン「チド」の被害で、フランス当局は被害が最も深刻な海外県マヨットで死者数が数百か数千に上る可能性があると明らかにした。大統領府はマクロン大統領が19日に現地入りすると発表した。

マヨットはモザンビークの沖合に浮かぶ島。風速200キロの強風が吹き荒れた。今回ほどの大嵐は過去90年以上なかった。モザンビーク当局は17日、少なくとも34人が死亡したと発表した。マラウイでも7人が死亡した。

マヨット島は依然多くの地域に立ち入ることができない。レユニオン島から空輸で生活必需品が届けられ、医療関係者や技術者、警察官も空から現地入りした。チド犠牲者の一部は死亡を公的に記録する前に埋葬されており、被害の全容判明までには数日かかる可能性がある。

内務省によると、これまでにマヨット島で22人の死亡と1373人の負傷が確認された。現在病気の発生の報告はないという。

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の広報担当ノラ・ピーター氏は「マヨット島は人口30万人の小さな島だが、サイクロンにより電気やインターネット、電話回線が途絶えており、依然として約10万人と連絡がつかない」と話し、犠牲者が急増しかねないとの見方を示した。

同島の正確な人口は分かっておらず、事態は一段と厳しさを増している。過去10年間に10万人が増加したと推定されているが、主に不法移民のためだ。【12月18日 ロイター】
*******************

時速200キロ・・・日本で馴染みの秒速で言えば56m

マヨットの人口約32万人の半数近くを移民が占めていると推定されるような地域ですから、電気やインターネット、電話回線が途絶えて“10万人と連絡つかず”とは言っても、それがそのまま犠牲者・・・という訳でもありません。

ただ、死者数が数百か数千に上る可能性があるとなると、人口32万人の島にとっては未曽有の大災害には間違いないでしょう。

【被害を大きくした不法移民問題】
被害を大きくした要因に、サイクロンの規模だけでなく、不法移民問題があるようです。

****仏領サイクロン被害 不法移民の多くが取り締まり恐れ 避難所利用せず****
サイクロンが直撃し、数百人以上が死亡した恐れのあるインド洋のフランス領・マヨットでは、不法滞在の住民の多くが取り締まりを恐れて避難所を利用しなかったとみられます。(中略)

フランスメディアによりますと、マヨットの住民約32万人のうち、約10万人が不法滞在者とされていて、不法滞在の住民の多くは自治体が設置した避難所を「不法移民の取り締まりのための罠」だと思って利用しなかったということです。【12月17日 ABEMA Times】
********************

2週間たった今も電気・水は復旧していない様子。

****近隣の島国コモロ、懸命の支援 サイクロン直撃の仏領マヨットに****
アフリカ東部のインド洋に浮かぶフランス海外県マヨットを強力なサイクロンが直撃してから28日で2週間となった。「水も電気もなく生きられるのか」。人的交流が深い近隣の島しょ国コモロではマヨットを気遣う声が絶えず、物資搬送などの支援活動に懸命となっている。

島民同士の結婚や移住に加え、コモロからマヨットへの不法移民は約10万人とも言われる。サイクロンではこれらの人々の仮設住居が大きな被害を受けた。

27日にコモロの首都モロニで取材に応じた会社経営シティ・シハビディンさん(58)は「困った時に助けるのは当然だ」と強調する。2022年の1人当たり国民総所得が1610ドル(約25万円)のコモロで募金に着手し、既に約6万4千ドルが集まったという。

マヨットに住む親族数十人も被災し、義兄のアブ・シハビさんは約10日間音信不通になった。「直撃前の電話で『たいしたことはない』と話したので必死に避難を促した」。シハビディンさんは「まだ支援が足りない。世界は惨状を知るべきだ」と語気を強めた。【12月28日 共同】
******************

【マクロン大統領 現地視察も仏本国の政治情勢は大嵐状態】
フランス本国は何をしているのか・・・マクロン大統領も急遽、現地を視察しています。

****仏大統領 サイクロン直撃のマヨット視察 支援急ぐ方針****
フランスのマクロン大統領は19日、サイクロンが直撃したアフリカ東部のインド洋にあるマヨットを訪問し、「犠牲者の人数は大きく増えるだろう」と述べ、被災者への支援と被害の全容の把握を急ぐ方針を強調しました。

フランスの海外県、マヨットでは今月14日サイクロンが直撃し、フランス政府はこれまでに少なくとも31人が死亡したとする一方、地元当局は被災した人の捜索が難航し、死者の数は数百人にのぼるおそれがあるとしています。

マクロン大統領は19日、マヨットを訪れ、多くの建物が倒壊した地域や、病院などを視察しました。

視察の途中では、住民とみられる男性が大統領に詰め寄り、水などが十分に手に入らないと支援の遅れに不満を訴える様子も見られました。

そして、マクロン大統領は記者団に対し、飲料水と食料を届けることが喫緊の課題だとしたうえで、「犠牲者の人数は大きく増えるだろう」と述べ、被災者への支援と、被害の全容の把握を急ぐ方針を強調しました。【12月20日 NHK】
********************

大統領が災害現地を視察・・・当然のような話ですが、フランスの政治状況を考えると、おそらくマクロン大統領としてはマヨットどころではない・・・といった心境だったのでは。

フランスでは何回か取り上げたように、先の総選挙で、急進左派を中核とする左派勢力、マクロン与党、ルペン氏率いる極右勢力の三すくみ状態。少数与党で組閣したものの、左派と極右がともに反対すれば簡単に政権が潰れる状況です。極右は「政権は我々の監視下にある」と豪語。

実際にバルニエ内閣は発足から2か月半で総辞職へ。

****フランス・バルニエ内閣は発足から2か月半で総辞職へ 議会で内閣不信任案が賛成多数で可決***
フランスの議会で内閣不信任案が賛成多数で可決されました。バルニエ内閣は発足からわずか2か月半で総辞職することになります。

4日、フランスの下院にあたる国民議会で内閣不信任案の採決が行われ、議席数で上回る野党の賛成多数で可決されました。

議会ではバルニエ首相が2日に来年度予算案について、少数与党では賛成を得られないとして、下院での投票を経ずに採択できる特例の手続きを強行していました。

フランス バルニエ首相
「今回の予算で、たとえお金がなくても、私は物事や話し合いを円滑に進めるためにお金を分配したかった。この不信任決議はすべてをより深刻で困難なものにするだろう」

今回の内閣不信任案は、これに反発した最大勢力の野党・左派連合が提出したもので、極右政党も同調しました。

極右政党「国民連合」 ルペン氏
「この予算は単にフランスを攻撃するだけでなく、年金生活者や病人、そして、ワーキングプアなど、弱い立場のフランス国民を人質にしています」

9月に発足したバルニエ内閣は、わずか2か月半で総辞職することになります。予算案も廃案になり、予算が成立するまでは今年度の予算が引き継がれる見通しです。

マクロン大統領は新しい首相を任命する必要がありますが、野党側が納得する人選ができるのか難しい状況です。【12月5日 TBS NEWS DIG】
***********************

予想された事態ではありますが、「発足から2か月半で総辞職」というのはマクロン大統領にとって厳しい現実です。

“フランスのマクロン大統領は13日、次期首相に中道政党「民主運動」のフランソワ・バイル元法相(73)を指名した。国民議会(下院)で4日、野党の賛成多数でバルニエ前内閣の不信任決議案が可決されるなど政局が混迷する中、極右、左派の両方と良好な関係を持つバイル氏が選出された。”【12月13日 毎日】

ただ、厳しい政治状況は変わっていません。“フランスでは憲法の規定で、解散総選挙から1年以内に議会を新たに解散することはできず、次回総選挙は最も早くて25年7月となる。”【同上】という制約の中で何とか凌ぐしかありません。

****仏新内閣発足、社会党系の元2首相起用 中道左派頼みに 政局不安続く 外相は留任****
フランス大統領府は23日、バイル首相が率いる新内閣の陣容を発表した。中道左派で社会党系の元首相2人が入閣した。バロ外相、ルコルニュ国防相は留任した。

バイル氏はマクロン大統領を支える中道与党の党首。今月13日、退任したバルニエ前首相の後継者に任命され、組閣までに10日を要した。

新内閣では、オランド前社会党政権のバルス元首相が海外領土相に就任。マクロン政権で今年1月まで首相を務めたボルヌ下院議員が国民教育相となった。

少数内閣による政権運営が続く中、バイル氏は2人の起用で中道左派に基盤を広げ、2025年予算案の可決を目指す構えとみられる。初入閣となるロンバール経済財務相も社会党に近く、政府の投資部門である預金供託公庫(CDC)のトップを務めてきた。

バイル氏は新内閣について「全国民と和解し、新たな信頼を得るための経験豊富な集団だ」とX(旧ツイッター)で発信した。

マクロン大統領の与党は下院議席の過半数を割っており、政局は不安が続く。バルニエ氏は保守系で今月5日、下院の不信任決議を受けて辞任。バイル氏は今年4人目の首相となった。【12月24日 産経】
*********************

こうした本国政治が大嵐の渦中にある政治状況のでのマクロン大統領のマヨット現地視察・・・“マヨットどころではない・・・といった心境だったのでは”と推測した次第です。

マヨットの災害についいては、フランスも当面は人命第一で支援にあたるでしょうが、住民約32万人のうち、約10万人が不法滞在者とされているマヨットのその後は扱いは政治的には厄介でしょう。不法移民を結果的に支援しているということになれば、極右勢力や世論の反発も出るかも。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トランプ氏  就任前から繰り出す“ありのままを口に出すという新しい外交言語”

2024-12-27 23:21:57 | アメリカ

(パナマ運河を航行するコンテナ船。8月撮影【12月25日 ロイター】)

【過激・露骨な発言の支持者受けがいいことを承知の上で、敢えて発言 そこに危うさも】
トランプ氏の暴言・過激発言は今更取り上げる必要もないのかもしれませんが、そうした発言が「トランプだから・・・」で問題にもされず、むしろ“飾らない、率直なもの言い”として大衆受けする風潮というのは、やはり発言する方にも、それを歓迎する方にも、危険なものを感じます

****「死刑囚よ地獄に行け!」 トランプ氏Xマスに投稿****
トランプ次期米大統領は25日、バイデン大統領が仮釈放のない終身刑に減刑した死刑囚37人について「メリークリスマスと言うのを拒否する。代わりにこう言ってやる。地獄に行け!」と自身の交流サイト(SNS)に投稿した。
 
民主党のバイデン氏は23日の声明で犯罪被害者や遺族を思い、心を痛めているとした一方で「連邦レベルでの死刑執行を停止しなければならないと確信している」として減刑を発表していた。
 
共和党のトランプ氏は投稿で「殺人や強姦を犯し、略奪した最も暴力的な犯罪者37人を寝ぼけたバイデン氏が恩赦した」と批判した。
 
一方、トランプ氏は民主党関係者が民主主義の根幹を揺るがせたと非難している2021年1月の議会襲撃事件で訴追された支持者らを、来年1月の就任初日に恩赦する考えを示している。【12月26日 共同】
*****************

日本では法的にも、また世論の大勢も死刑賛成であるように、死刑に対する考え方は議論が分かれる問題です。
ですから、トランプ氏が死刑囚への減刑に反対であること自体は何の問題もありません。
私自身も死刑制度に反対とか、違和感を感じるとかいうものでもありません。(さほど真剣に考えたことがない・・・というのが本当のところ)

ただ、「死刑囚よ地獄に行け!」という表現が人間としてどうなのか? という話です。まるで西部劇の「あいつらを吊るせ!」と叫ぶようなシーンを彷彿とさせ、そうした発言を歓迎する風潮も怖い・・・。

おそらくトランプ氏は、この種の発言の受けがいいことを承知の上で、敢えて発言しているのでしょうが、そういう政治スタイルは危険でもあります。

【露骨なカナダいびり 外交に「信頼」は不要 弱者は強者の言うことをきけばいい・・・ということか】
最近目立つのは外交面での度を越した問題発言。カナダ・トルドー首相へのを関税が嫌なら「アメリカの51番目の州」になればいい云々の“悪い冗談”は以前にも取り上げましたが、相変わらず連発しています。

****「51番目の州になることを望んでいる」米トランプ氏、カナダを改めて挑発****
アメリカのトランプ氏が「カナダ人の多くがアメリカの51番目の州になることを望んでいる」と改めて挑発しました。トランプ氏は大統領就任初日にカナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を課す考えを示しています。

トランプ氏は18日、自身のSNSに「多くのカナダ人がアメリカの51番目の州になることを望んでいる。そうすれば税金を大幅に節約でき、軍事的な保護も受けられる。素晴らしい考えだ」と投稿しました。

カナダでは、フリーランド副首相兼財務相が16日、トランプ氏による関税の脅威をめぐってトルドー首相と対立し辞任するなど、政治的な混乱が生じています。【12月19日 ABEMA Times】
*****************

自身の圧力でカナダ政治が混乱し、トルドー首相の退陣も濃厚になっている状況を楽しんでいるのでしょうが・・・
更には下記のような話も。ここまでくるともはや“介入”レベルです。

****元NHL英雄にカナダ首相を打診 トランプ氏「すぐ知事に」****
トランプ次期米大統領は25日、北米プロアイスホッケーNHLで活躍したカナダの英雄ウェイン・グレツキーさんと会い、カナダの首相になるため出馬するよう打診したと明らかにした。同盟国カナダの選挙に口出しし、見下す姿勢が先鋭化している。

トランプ氏は、カナダが米国の51番目の州になるべきだと主張している。「すぐカナダ知事として知られるようになる。楽勝だ。選挙運動の必要もない」と呼びかけたと自身の交流サイトに投稿した。

トランプ氏によると、グレツキーさんは出馬に全く関心を示さなかった。 グレツキーさんはNHLで歴代最多894ゴールを上げ「ザ・グレート・ワン」と呼ばれた。【12月27日 共同】
******************

日本も長年日米関係を維持していく上で、アメリカ側の“無理難題”には苦慮してきましたが、トランプ氏の弱い立場の国をいたぶって楽しむようにも見える対応・発言には苛立つものがあります。

そこがトランプ氏の狙いなのでしょうが、そんなことをしていたら一時的なディールでは有利に立てても、長期の信頼関係は崩れるばかりです。「そんな信頼など要らない、弱い者は強い者の言うことをきけばいいのだ」・・・というのがトランプ流なのでしょうが。

【「アメリカにとってグリーンランドが必要、だから売れ!」という論理を喜ぶロシア 米ロ中による世界分割統治期待も】
カナダいびりに加えて、最近御執心なのはグリーンランドとパナマ運河。

トランプ氏がグリーンランド(デンマーク領)を購入したいと言うのは第1次政権のときからのものですが、再び就任前から。

****トランプ氏、グリーンランド購入に改めて意欲 「安全保障に必要」****
米国のトランプ次期大統領は22日、自身のソーシャルメディアへの投稿で、デンマーク領グリーンランドの購入に改めて意欲を示した。第1次政権時にも提案したが、デンマークに即座に拒否された。実現性は低いとみられるが、俎上(そじょう)に載せることで今後の交渉材料の一つにしたい考えとみられる。

今回の投稿は、次期駐デンマーク大使の指名を発表するもので、その中で「(米国の)国家安全保障や世界の自由のために、米国はグリーンランドを所有し、管理することが絶対に必要だ」などと訴えた。

ロイター通信によると、グリーンランド自治政府のエーエデ首相は23日「グリーンランドは売り物ではなく、今後も決して売り物にならない」と言明したという。

グリーンランドは北極海と北大西洋の間に位置する世界最大の島だ。米国は現地に宇宙軍基地(旧空軍基地)を置くなど、その安全保障上の高い重要性を認識する。ロシアによるウクライナ侵略もあり、その重要性は一段と高まっている。また、天然資源の豊富さでも知られる。

トランプ氏は1期目当時の2019年にも、「戦略上魅力的だ」としてグリーンランドの購入に意欲を示した。しかし、デンマーク首相が「ばかげている」と拒否。トランプ氏は「極めて非礼な言葉を使った」と怒り、予定していたデンマーク訪問を取りやめるなど両国関係が冷え込んだ。【12月24日 毎日】
********************

トランプ氏がグリーンランドを欲しがるのは、理由のない話ではありません。

********************
グリーンランドが近年注目される背景には、その地政学的な重要性がある。米ニュースサイト「ポリティコ」によると、仮にロシアが米側に向けて核を搭載した長距離弾道ミサイルを発射した場合、グリーンランド上空を通る可能性が高いという。グリーンランド北部には米軍の宇宙軍基地(旧空軍基地)もあるが、視界の悪い北極圏上空では十分に対抗できない懸念もあるとされる。

近年は北極圏でロシアが軍備を増強させているほか、中国も資源開発を進めている。トランプ氏はこうした状況を念頭に「米国はグリーンランドを所有し、管理することが絶対に必要だ」と訴えた。【12月26日 毎日】
***************

しかし、「アメリカにとって必要だから売れ!」と迫るのは、ウクライナに侵攻したロシアと同じ発想でもあります。

****トランプのグリーンランド購入案にロシアが喝采を送る理由****
<戦略的な理由からグリーンランドを買いたいとするトランプの考えにロシア国営放送が初めて沈黙を破り、恐ろしい反応を示した>

グリーンランド購入に意欲を見せて論争を蒸し返したドナルド・トランプ次期米大統領に、ロシア国営放送の人気司会者ウラジーミル・ソロヴィヨフや出演者が反応した。大喜びでトランプの考えを支持したのだ。

ロシアのプーチン支持者たちが、トランプのグリーンランド購入を支持するのは意味深な話だ。トランプが他国に領土的野心を見せるなら、ウクライナを侵攻中のロシアの領土的野心に文句が言えなくなると考えたのだ。

ロシア政府はこれまでグリーンランド問題に沈黙を守ってきたが、ロシア国営放送の出演者たちは、トランプの考えは間近に迫った「勢力圏ごとの世界分割統治」実現へのシグナルと見ている。

(中略)出演者の一人で評論家セルゲイ・ミヘーエフは、トランプの提案は、前任者たちが隠そうとしていた「いかにも米国的な覇権主義」の表れに他ならないと語った。

「『我々はすべてであり、君たちは無である』。トランプはただストレートにそう言っているだけだ」とミヘーエフは述べた。

グリーンランド問題の素晴らしい点は、とミヘーエフは言う。「米国と欧州との間にくさびを打ち込み、世界の構造を弱体化させることによって、ロシアの外交政策にある種のチャンスをもたらす点だ」
「トランプが本当に第三次世界大戦を止めたいのであれば、その方法は簡単だ。勢力圏ごとに世界を分けることだ」と付け加えた。

サンクトペテルブルク国立大学の研究者スタニスラフ・トカチェンコもまた、グリーンランドを購入するというトランプの議論を支持し、「我々は、ありのままを口に出すという新しい外交言語を教えてくれたドナルド・トランプに感謝すべきだ」と述べた。

「我々には世界をリンゴのように切り分けることはできないが、地域ごとの輪郭を描くことはできる。つまり、利害が一致する範囲の輪郭のことだ」(中略)

トランプがグリーンランドを購入できるかどうかは別として、彼のレトリックは、他の主要なグローバル大国の地政学的な意思決定や領土的野心に影響する可能性がある。旧ソ連諸国や旧東欧諸国に対するロシアの拡張主義的野心をさらに刺激することは間違いない。【12月25日 Newsweek】
********************

「勢力圏ごとの世界分割統治」・・・2015年5月、中国の習近平国家主席はアメリカのケリー国務長官に「広い太平洋は中国と米国の両国を受け入れる十分な空間がある」と語ったとか・・・西半分はアメリカが、日本を含む東半分は中国が統治するという発想でしょう。おそらく、中国に対し関税で強硬姿勢を見せているトランプ氏は、中国の人権問題・民主化などには関心はありませんので、このあたりの発想の延長線で中国とウィンウィンの合意に至るのではないでしょうか。

【トランプ氏の“ありのままを口に出すという新しい外交言語”に対し、中国は“いかにも中国的な以前からの外交言語”で「正義の味方」演出】
****パナマ運河の「返還」要求示唆=トランプ氏、通航料にもけち****
トランプ次期米大統領は21日のSNSへの投稿で、中米にあるパナマ運河について、「もし道徳的、法的な原則が守られないのなら、パナマ運河をわれわれに全面返還することを求めるだろう」とパナマ政府に警告した。同時に、米企業に対する運河通航料が高過ぎるとけちをつけた。

パナマ運河は太平洋と大西洋を結ぶ世界の物流の要衝。米国の支援で1914年に開通し、米国による管理が長く続いたが、99年にパナマに全面返還された。通航する船舶の70%以上が米国の港の利用便で、中国、日本が続いている。

パナマは近年中国との経済協力を強化しており、一部の港の管理を中国系企業が担っている。トランプ氏はこれに不満を募らせている可能性がある。【12月22日 時事】
****************

****「中国の闘士が違法に運営」=トランプ氏、パナマ運河に執心****
トランプ次期米大統領は25日、SNSに「パナマ運河を違法に運営する素晴らしい中国の闘士たちよ、メリークリスマス」と投稿した。

ここ数日、通航料引き下げや「全面返還」の要求を持ち出すなど、同運河に執心を示すトランプ氏。パナマなど中米で拡大する「中国の影響力を断つ」(ワシントン・ポスト紙)ことが狙いと指摘されている。

パナマ運河を巡っては、近接する一部港の管理を中国系企業が担う。トランプ氏は投稿で、建設に当たり多くの米関係者が亡くなった上、今も米国が修復費用を払わされていると不満を表明した。

トランプ氏は同日、駐パナマ大使に、2020年以来トランプ氏の選挙を支援してきた南部フロリダ州のケビン・マリノ・カブレラ氏を充てる人事も発表。同氏はトランプ氏の意をくみ、パナマ側に強硬な姿勢で臨むとみられる。【12月26日 時事】
******************* 

パナマ運河の管理権はアメリカとパナマの合意で1999年に完全にパナマへ移譲されています。

****そもそも、パナマ運河とは? 誰が管理? 年1万隻が通る海上の要衝****
パナマ運河は、南北アメリカ大陸をつなぐパナマ地峡に位置する。太平洋と、大西洋につながるカリブ海を結ぶ全長約80キロの水門式の運河だ。

大回りして南米のマゼラン海峡やドレーク海峡を航行することなく二つの大洋を行き来できることから、航行する船舶は大幅に時間を短縮でき、安全性も向上する。エジプトのスエズ運河と並び、海上交通の世界的な要衝だ。

パナマ運河は、フランス企業が1881年に着工したが、その後、米国が建設を引き継ぐ形となった。

パナマは1903年に米国の支援を受けてコロンビアから独立。運河は、そのパナマと条約を結んで運河一帯の永久租借権などを獲得した米国が14年に開通させ、管理した。

やがてパナマ国内で不満が高まり、50年代以降は運河の国有化を求める動きが高まった。77年に就任したカーター米大統領は、パナマのトリホス将軍との間で返還に向けた二つの新条約に署名。これに基づき、運河の管理権は99年に完全にパナマへ移譲された。

現在はパナマ運河庁が管理しており、年間1万隻超の船舶が運河を通過している。【12月27日 毎日】
***********************

中南米においては、これまで「力」にもの言わせて「裏庭」化してきたアメリカへの強い反感があります。
トランプ氏のこの種の発言は、そうした反米意識を煽ることにもなります。

“「パナマ運河はパナマ人のもの」、トランプ氏の発言受けメキシコ大統領”【12月24日 ロイター】

ジャイアンのように力を誇示するトランプ氏に対し、「道理をわきまえた正義の味方」中国が登場。

****パナマの運河主権を尊重 トランプ氏発言で中国外交部****
中国外交部の毛寧(もう・ねい)報道官は23日の記者会見で、パナマ運河の返還を求めるとしたトランプ米次期大統領の発言に関し、中国は運河に対するパナマの主権をこれまで通り尊重していくと強調した。

毛氏は次のように述べた。われわれはパナマのムリノ大統領が、パナマ運河と隣接地域は一寸の土地であれ、全てパナマのもので、主権と独立に交渉の余地はないとした上で、運河の通航料は勝手に決められるものでないと指摘し、運河はいかなる大国の直接的、間接的支配も受けないと強調したことに留意している。

パナマ運河はパナマの人々の偉大な創造物であり、世界各国の相互接続を促す「黄金の水路」でもある。中国はパナマの人々による運河の主権を守る正義の闘いを一貫して支持し、1960年代には運河の主権回復を目指すパナマの人々を支援する大規模なデモが中国各地で行われた。

中国は運河に対するパナマの主権をこれまで通り尊重し、運河が恒久的に中立な国際航路であることに同意する。パナマ運河がパナマの効果的な管理の下で各国の人々の交流を促し、人類の福祉の増進のために絶えず新たな貢献をすると信じている。【12月23日 新華社】
******************

トランプ氏の“ありのままを口に出すという新しい外交言語”【前出 Newsweek】に対し、中国は“いかにも中国的な以前からの外交言語”

グリーンランドにしても、パナマ運河にしても、トランプ氏とて相手が応じるとは思っていないでしょうが、圧力をかけることで起きる何らかの反応を計算している・・・というのが半分。

残り半分は、思いついたことを抑制できなくなっているということかも。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本の1人あたり名目GDP「一人負け」状態 その割には比較的穏やかな社会?

2024-12-26 22:56:46 | 日本

(【12月23日 日経】)

【1人あたり名目GDPは「日本の一人負け」状態】
「失われた20年、更に30年」・・・今更の話ではありますが、冒頭グラフ、実に劇的な変化を示しています。
わずか十数年前まで、日本の1人あたり名目国内総生産(GDP)はアメリカ・ドイツと同水準でした。それが今ではアメリカの約4割、ドイツの6割程度に。一方で2倍ほどの差があった韓国にも抜かれ・・・24年に台湾にも抜かれる見通しだとか。まさに「日本の一人負け」状態。

「ジャパン アズ ナンバーワン」なんて言葉が飛び交った時代を知る者としては感慨深いものがあります。
もちろん、このようなランキング、1人あたりGDPといった経済指標にどれほどの意味があるのか・・・という考えもあるでしょう。

ただ、時代の変化についていけていない日本の労働生産性の低さ、更に進む社会の高齢化を考えると、日本の将来は厳しいものがあるようにも思えます。

****1人あたり名目GDPで日本22位、韓国に逆転許す 22年****
内閣府が23日に発表した国民経済計算の年次推計によると、豊かさの目安となる日本の2023年の1人あたり名目国内総生産(GDP)は3万3849ドルだった。

韓国に抜かれ、経済協力開発機構(OECD)加盟国中22位に後退した。円安に加え、高齢化による成長力低下や労働生産性の低さが足かせとなっている。

22年の3万4112ドルから減った。韓国がGDPを遡及改定した影響で数値が上振れし、22年、23年と日本を上回った。韓国の23年の数値は3万5563ドルだった。韓国と日本の1人あたり名目GDPが逆転するのは比較可能な1980年以降で初めて。

OECD加盟国38カ国中で比較しても22、23年は22位と、1980年以降最も低い順位だった。主要7カ国(G7)ではイタリアの3万9003ドルを下回り、2年連続で最下位だった。

名目GDPの総額は23年に4兆2137億ドル。世界のGDPに占める比率は4%で、25.9%の米国、16.8%の中国、4.3%のドイツに続いた。ドイツの23年の名目GDP総額は4兆5257億ドルで、初めて日本と逆転した。

名目GDPはモノやサービスの価格変動を含めた指標で、国・地域の経済活動の大きさを示す。日本経済の実力は円ベースのGDPで示す一方、ドル建ての国際比較は各国の「国力」の指標となる。

主な要因は為替だ。内閣府は今回の試算で、為替レートの前提を1ドル=140.5円に置いた。24年も1〜11月平均では1ドル=151.3円となっており、為替によるGDP押し下げはさらに拡大する可能性が高い。日本経済研究センターの試算では、日本は1人あたり名目GDPで24年に台湾にも抜かれる見通しだ。

円安に加えて、労働生産性の低さを指摘する向きもある。日本生産性本部によると、23年の日本の時間あたり労働生産性は56.8ドルで、OECD加盟国中29位と下位だ。「本質的な問題は日本の労働生産性が韓台に大きく後れを取っていることだ」(日経センター)といい、デジタルトランスフォーメーション(DX)やリスキリング推進が必要だとの声がある。

日本はすでに世帯の半数以上が65歳以上がいる世帯で、賃上げなど企業側の努力だけでは成長に限界があるとの声もある。第一生命経済研究所の熊野英生氏は「今後5年間でバブル世代が一斉に60歳以上になる。シニアの労働供給を絞る現在の制度設計を変えなくては、家計所得向上に向けた根本的な解決にはならない」と指摘する。【12月23日 日経】
*****************

****日本経済の栄光は過去? 1人当たり名目GDPで台湾にも抜かれる可能性、その背景とは―華字メディア****
華字メディアの日本華僑報は23日、「日本人の1人当たり名目国内総生産(GDP)が台湾に抜かれるかもしれない背景」と題する記事を掲載した。

記事は、「最近、日本経済研究センターが発表した予測が、静かな湖面に投じられた1粒の石のように波紋を広げた」とし、同センターが2024年に日本の1人当たり名目GDPが台湾に抜かれる可能性があると試算したことに言及。
「これは経済地図の描き換えというだけでなく、世界経済のトレンドに対する深い反省を促している」と論じた。

その上で、「日本はかつてアジアのリーダーとして、その卓越した技術、強力な製造力、深い文化的背景で、世界の舞台で輝いていた。しかし、時が流れ、2022年には韓国がひっそりと1人当たり名目GDPで日本を超え新たな高みに達した。

人々はこれを一時的なものだろうと自己を慰める感情を抱いたかもしれないが、24年には台湾が日本を超えると予想される中で、日本経済の栄光は本当に過去のものになったのかという疑問が浮かび上がる」とした。

そして、「円安は諸刃の剣のように、貿易においては一時的に輸出競争力を高める一方、国内経済の購買力を弱めている。そして、ドル高はまるで抗いがたい潮流のように、世界の通貨構造の再編を促している。この為替の争いの中で日本は最適なバランスを見つけることができなかったようだ。円は24年初から11月まで約10%下落し、1人当たりGDPを引き下げる重要な要素となった」と論じた。

また、さらに深い原因として「日本経済の長期的な低成長」を挙げ、「自動車の認証不正問題と物価上昇という二重の圧力は、まるで二つの大きな山のように、すでに疲弊した日本経済にさらなる追い打ちをかけた」と指摘。

「24年の日本の実質成長率はマイナスが予想され、それはアジア太平洋地域の18カ国・地域の中で特に際立っており、まるで時代に取り残され、隅っこにいるかのようだ」と評した。

記事は、「経済の盛衰は決して単独で存在する現象ではなく、その背後には産業構造、イノベーション能力、労働生産性など複数の要素が隠されている」と言及。

「日本経済研究センターの試算は、20年に日本の労働生産性が韓国や台湾に大きく遅れていたという残酷な事実を明らかにしている。これは単なる数字の比較であるだけでなく、発展モデル、政策の方向性と社会活力の直接的な反映でもある。デジタルトランスフォーメーションとスキルリストラの流れの中で、日本がチャンスをつかみ、自己救済を実現できるかどうかは、差し迫った課題となっている」と指摘した。

そして、「日本の1人当たり名目GDPが台湾に抜かれる可能性は、単なる二つの経済圏間の競争にとどまらず、世界経済の構造変化に対する警鐘でもある。この変動の多い時代において、誰もが永遠に頂点に立ち続けることはできない。絶え間ない革新と改革を恐れずに行うことだけが、この激しい競争の中で不敗の地位を築くことができる唯一の方法だ」とし、「日本にとってこれは自らを再評価し、新たな成長点を見つけるきっかけになるかもしれない。そして、いかにしてグローバル化の大波の中でチャンスをとらえ、挑戦し、自らの経済の物語を描くか。これはすべての国に共通の課題である」と結んだ。【12月24日 レコードチャイナ】
******************

【日本は何を間違えたのか?】
当然の疑問として、「日本は何を間違えたのか?」「この状況から抜け出すのはどうすればいいのか?」という話になりますが(第1の疑問)、それについてはここ10年、20年、山ほどの議論がなされているところで、かつ、何も変化していないところでもあります。

ひとつの考え方としては、昨日ブログでも取り上げた、かつて日本同様の経済衰退を経験しているアルゼンチンのミレイ大統領のように、衰退の原因は政府の規制にあるとして、自由主義的改革を断行するという考えもあるでしょう。その妥当性は別にして。

全く別の視点もあるでしょう。山ほどある議論のなかで、(その妥当性を判断できる見識は私にはありませんので)ここ数日目にしたものということだけで選べば、以下のような指摘も。

****日本企業の国内軽視が招いた1人当たりGDPの凋落*****
<海外生産への転換や現地法人の買収を進めて国内の産業が空洞化すれば、日本のGDPが損なわれることは分かっていた>

(中略)このようにGDPが低迷しているのには、様々な原因がありますが、一番の要因は財界、つまり日本の主要な企業が余りにも国内を軽視していることが挙げられます。例えば、最近大きな話題となっている経済ニュースに関して考えてみても、国内経済とは直接関係のない話がほとんどです。

自動車の主要な市場も生産拠点も海外
例えば、日産を台湾企業の鴻海が買うのか、それともホンダと経営統合するのかというニュースもそうです。このニュースの背景にあるのは世界的な動きである自動車のEV化と、AV(自動運転)化です。(中略)

EVになると、複雑な内燃機関から自由になり、ギアなども簡素化されるため、主要な部品は大きな単位に組み上がったモジュールという半完成品になっていきます。このモジュールにおいて標準化を進めてシェアを獲得すると、市場の過半を制覇できる可能性があります。

このモジュール生産については、仮にホンダ=日産連合ができても、鴻海が日産を買っても日本は生産拠点にはならないと思います。ロボットを稼働させる電力の問題に加えて、英語のオペレーションに対応するロボットのオペレーターに適当な人材の層が厚くないからです。

更に、現在の日産もホンダも主要な市場は海外、そして主要な生産拠点も海外となっています。そしてデザインやマーケティング、AI関連の研究開発の拠点も海外に流出しつつあります。つまり、もうこの2社は日本のGDPに寄与する部分は僅かであり、今回の再編がどうなっても同じことなのです。

日鉄のUSスチール買収については、アメリカ政府による政治的判断で却下されそうだなどと報じられています。まるで、日鉄が買えないと日本が困るような報道です。ですが、考えてみれば日鉄グループとしては、海外の生産拠点や販路を取り込むだけですから、これも日本のGDPにはほとんど関係はありません。

例えば飲料や食品メーカーは、日本国内の人口減少を前提に海外市場を開拓してきました。その中で、日本の企業がスコットランドの伝統的なウィスキー醸造所を買ったり、醤油の製造企業が大規模な海外生産を始めたりして既に長い年月が経っています。

また鉄道車両の製造企業が、海外の車両を受注するというのも増えてきました。経済新聞などでそうしたニュースを見ると、日本の読者は何となく誇らしい思いを抱くかもしれませんが、こうした話も日本のGDPとは関係ありません。

鉄道車両の場合は特に公益性が強いので、最先端の高速鉄道の一部を除いては基本的に受注の条件に現地生産が義務付けられるからです。そして鉄道車両にしても、醤油にしても、仮に海外の現地法人の収益から日本の本社がロイヤリティーを徴収するとしても、帳簿上の数字だけで、キャッシュは海外に再投資されることがほとんどです。また、仮に大きな利益が出て配当するにしても、株主の多くは海外ですから配当金の国内還流も部分的に過ぎません。

衰退トレンドが定着してしまった日本経済
もちろん、財界も経産省も「これでいい」とは思っていないと思います。また、財界としても、各企業が生き残るためにしてきたことではあるものの、「こんなはずではなかった」と思っているはずです。

1980年代後半からの40年近く、多くの日本企業はこうした現地生産や海外法人の買収を続けてきました。円高対策であり、現地の雇用を保証しないと市場に入れてもらえないからでしたが、こうした過度の空洞化を進めれば国内のGDPが失われることは分かっていたはずです。

ですが、結果的に国内のGDPは大きく損なわれ、韓国にも抜かれ、それでも怒ったり悔しがったりする声は限られています。そこには2つの要因があると思います。

1つは、製造業を海外に出した場合に、本来であれば国内はより付加価値の高い知的産業にシフトするべきです。ですが、日本の場合は分厚い言語の壁があり、文明の成り立ちや教育の方法が、グローバルな先進産業とはミスマッチを起こす中で、改革を先送りし続けました。その結果、国内経済においては衰退トレンドが定着したのだと思います。

もう1つは、高学歴な人口の多くは多国籍企業に就職していることが多く、空洞化しても海外からの収益で潤うからです。つまり、海外で売上が立つ企業の場合は、円安も加わる中で「史上最高の収益」や「大幅な賃上げ」が可能になり、GDP低迷の「痛み」を感じないのです。

その一方で、GDPの低下はダイレクトに国内経済に影響を与えています。何よりも貧困の問題はその結果であると思います。可視化できる部分、できない部分のいずれにおいても、経済衰退の痛みは全国に様々な影響を与えています。

では、日本はアメリカのトランプ政権のように自由貿易を否定して、改めて経済鎖国を行えば国内経済を復活させることができるのかというと、それは違います。

国内市場は人口減で縮小を加速させています。またエネルギーと食糧については、輸入に頼る部分が大きいので、弱くなる円を支えるためにも輸出で稼ぐことからは逃れられません。輸出で稼ぐというのは、海外で作って売るのではなく、国内で作って海外に売るという意味です。そうでなくてはフルでGDPには貢献しないのです。

そうではあるのですが、今となっては、製造業では中国やアジア諸国に生産性という点で対抗できていません。また知的付加価値を求める新産業においては、欧米やアジアの一部の国には現時点では全く勝ち目がないのも事実です。つまり、日本という文明の弱みを克服し、中進国型の教育を改革しないと、このままでは衰退が加速するだけです。

とにかく、1人あたりGDPで負け続けていること、この事実を直視して、そこに悔しさと危機感を抱くこと、これが何よりも第一歩だと思います。その上で、相当な覚悟で改革に踏み出すこと、新しい年にはそうした議論は避けられないと思います。【12月25日 冷泉彰彦氏 Newsweek】
******************

一方で、「日本経済の凋落」といった議論を「マゾ的思考」と戒める見方も

****来年に向けて日本人の一番の薬は「マゾ的思考」をやめること****
<日本で騒ぐほどドイツ経済もインド経済も順風満帆ではない>
今年もビッグニュースの連続だった。やれドイツが、そしてインドが日本をGDPで抜いていく──とか。しかしいま点検してみると、トランプ再選を除けば、「それほど大したことではなかった」ものがほとんどだ。

問題は、メディアがその点検をせずにおくものだから、われわれの頭には最初の大げさな見出しが実際に起きたこととして頭に刷り込まれてしまうことだ。例えば、「ドイツが日本をGDPで抜いた」「インドが2025年、日本をGDPで抜く」という先走った報道が、「日本は沈む一方」という日本人のマゾ的な諦めをますます強固なものにしてしまう。

IMFは23年10月の世界経済見通しで、「23年はドイツのGDPが日本を抜いて世界3位になるだろう」と予測した。これは、ドイツより日本で騒がれた。ドイツ人にしてみれば、ドイツが低成長とインフレに苦しんでいるときにIMFは何を言う、という気持ちだっただろう。(中略)

円はこの1年ほど、「円キャリートレード」(低金利の円を借りて高金利のドルなどを仕入れ、これで高利を得て儲けるやり方)で、過度な円安を仕掛けられた。これからドル、ユーロ双方に対して円が値上がりすれば、ドル換算のGDPで日本はドイツを再び抜くだろう。

インドへの海外投資は急落傾向
だからといって、昨今の西欧メディアのように、ドイツ経済を古い製造業立国モデルにしがみつき、ITやAI化に立ち遅れた「欧州の病人」と揶揄するのは行きすぎだ。実態はそれほど悪くない。

世界でトップシェアの製品を作る中小企業の数は世界最多。IT部門ではシーメンス、SAP、ボッシュ、半導体でもパワー半導体で世界首位のインフィニオンを擁しているし、台湾のTSMCはドイツに生産拠点を建設している。

もう1つ。「3年内には日本やドイツを抜いて世界3位」になるといわれたインド経済も、21年以降は成長率を落としている。インドがその歴史の中で積み重ねてきた、癒着・腐敗した利権構造や中国以上の所得格差、クモの巣のような規制などを改めることができていないからだ。

既得権構造を破ることのできるのは巨大な外国資本で、1990年代後半からの中国は外資に優遇措置を与えることでこれを実現したのだが、インドでは政治にそれだけの力がない。

だから、「中国に代わる輸出産業立地先」と言われながら、外国企業による直接投資は20年をピークに急落傾向にある。われわれが「インド経済は希望の星」という言葉に裏切られるのは、最近20年間でももう3回目だ。

日本は逆で、「駄目と言われていたが、案外すごい」の口。人口が減るからもう駄目だと自ら思い込んでいるが、人口が減れば通勤も楽になるし、これまでより優れた利益率の高いものを売っていけば、GDPも落ちない。

それに、これまで蓄積した富は利子を生む。それも合わせて日本経済はそれなりの成長を続けていけるのだ。来年に向けての一番の薬は、マゾ的思考をやめることだろう。【12月14日 河東哲夫氏 Newsweek】
******************

個人的には河東氏のように楽観的にはなかなかなれないところも・・・これまでより優れた利益率の高いものを売っていけば、GDPも落ちない・・・どうやって?

個人的には、あまりにも周囲を忖度し、安心・安全を過度に気にかけ、リスク・失敗を恐れて何もしない・・・そんな社会の在り様が現在の経済状態に関係しているようにも思えます。

【「一人負け」状態にもかかわらず、比較的安定して穏やかな日本社会 なぜ?】
ただ、冒頭グラフが示すような劇的な国際変化が起きている割には日本国内は非常に静か・・・と言うか、淡々としている・・・と言うか。 普通、グラフが示すような「一人負け」状態で国民生活が苦しくなれば、社会は騒然とし、政治は混乱すると思われますが、日本の現状はそんな感じでもない。なぜ?・・・これが第2の疑問。

もちろん、個々に見れば生活に困窮している人は大勢います。でも社会全体で見ると「騒然」とか「混乱」といった状況でもなそう。

1人当たりGDPみたいな経済指標ではあらわすことができない「何か」があって、それが日本社会を安定させているのか?

経済的な要因としては公的債務の増加が、経済の実態と個人の生活のギャップの埋め合わせをしていると考えられるかも。国(中央政府)の借金である国債の発行残高は約1000兆円、地方政府の借金である地方債の発行残高は約200兆円、国と地方を合わせるとその総額は約1200兆円に達します。

この膨大な公的債務が「大問題」なのか「気にする必要はない」のかどうかは、これも議論が分かれるところです。

あるいは、経済以外の移民が少ないとか、治安が良いといったことが社会の安定に寄与しているという考えもあるのかも。

あるいは、日本社会は「カネを求める」煩悩から解放された穏やかな境地に達したのか? それなら素晴らしいことですが、あまりそのような感じもしませんが・・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルゼンチン  自由放任主義者のミレイ大統領の「壮大な実験」 物価・財政は改善 低所得層は生活苦

2024-12-25 23:34:39 | ラテンアメリカ

(【12月11日 日経】)

【自由こそが豊かで、平和で、繁栄した社会をもたらす 公的規制は間違いであり、不道徳】
下記は今年1月に開催されたダボス会議におけるアルゼンチン・ミレイ大統領のスピーチの冒頭部分抜粋です。
なお、下記で「集産主義」と訳されている言葉は、一般的に言うところの「社会主義的なもの」という風に理解していいかと思います。

****ハビエル・ミレイ大統領の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)での演説****
私は今日、西側諸国が危機に瀕していることをお伝えするためにここに来ました。
西側の価値観を守るべき人々が、社会主義、ひいては貧困につながる世界観に取り込まれてしまっています。残念なことに、ここ数十年、他人を助けたいという崇高な意図と、特権的なカーストに属したいという欲望にかられ、西側世界の主要な指導者たちは、自由というモデルを放棄し、集産主義のさまざまなバージョンに走りました。

私はここで、集産主義的な試みは、世界の市民を苦しめている問題の解決策では決してなく、それどころかその原因であることをお伝えしたいのです。

私たちアルゼンチン人ほど、この2つの問題を証言できる人はいません。
私たちアルゼンチンは、1860年に自由のモデルを採用し、35年で世界をリードする大国になりました。
一方、私たちが集産主義を受け入れたこの100年間で、アルゼンチン人は世界140位に転落するほど組織的に貧困化しました。

しかし、この議論を始める前に、なぜ自由市場資本主義が世界の貧困をなくすための実行可能なシステムだというだけでなく、そうすることが道徳的に望ましいと思われる唯一のシステムなのかを裏付けるデータを検証することが重要でしょう。

経済発展の歴史を見てみると、0年から1800年頃までの間、世界の一人当たりGDPはほぼ一定でした。
人類の歴史を通して経済成長の推移をグラフにすると、ホッケーの棒の形をしたグラフになり、基準期間を通して一定の指数関数になります。

人類の一人当たりGDPは90%の期間において一定であり、19世紀以降は指数関数的な成長が始まりました。(中略)
1800年から現在までの一人当たりGDPを見ると、産業革命後、世界の一人当たりGDPは15倍以上に増加し、爆発的な富を生み出し、世界人口の90%が貧困から抜け出しました。

忘れてはならないのは、1800年には世界人口の95%近くが貧困にあえいでいたのに対し、パンデミック前の2020年には5%にまで減少していたことです。

結論は明白です。問題の原因であるどころか、経済システムとしての自由市場資本主義こそが、世界中の飢餓、貧困、困窮をなくす唯一の手段なのです。

経験的な証拠は議論の余地がありません。したがって、自由市場の資本主義の方が生産性の面で優れていることは間違いないため、左翼の教義は、資本主義を「不公正である」として道徳的な問題を攻撃してきました。

彼らは、資本主義は個人主義的だから悪く、集産主義は利他的で「社会正義」を目指すものだから良いというのです。

この概念は、ここ10年の間に第一世界(先進資本主義国)で流行となりましたが、私の国(アルゼンチン)では80年以上にわたって政治的言説の中に常にありました。

問題は、社会正義は公正でないだけでなく、一般的な福祉にも貢献しないということです。それどころか、暴力的であるがゆえに、本質的に不正義なのです。国家は税金によって賄われており、税金は強制的に徴収されるからです。それとも、税金を払わない選択肢もあるとでも言うのでしょうか?

税金が増えれば自由は減ります。つまり、国家は強制力によって財政を賄い、税負担が高ければ高いほど、強制は大きくなり自由は少なくなるのです。

社会正義を推進する人々は、経済全体がさまざまに分配できるケーキだ、という考えから出発します。
しかし、そのケーキは与えられるものではなく、カーズナー(※イスラエル・M・カーズナー。オーストリア学派の経済学者)の言う「発見の過程」で生み出される富なのです。

良い品質の製品を魅力的な価格で生産すれば、その企業は業績を上げ、さらに多くの製品を生産するでしょう。つまり市場とは、資本家が正しい方向を見つけながら進んでいく発見のプロセスなのです。

しかし、国家が資本家の成功に対して罰を与え、この発見のプロセスを阻害すれば、資本家のインセンティブを破壊することになります。その結果、資本家の生産量は減り、「ケーキ」は小さくなり、社会全体に不利益をもたらします。

集産主義は、こうした発見のプロセスを阻害し、発見されたものの利用を妨げます。それによって企業家の手を縛り、より良い商品を生産し、より良いサービスをより良い価格で提供することを不可能にしてしまいます。

世界人口の90%を極度の貧困から脱却させ、そのスピードもますます速くなっているだけでなく、公正で道徳的にも優れている経済システム。

その自由市場資本主義を、学界・国際機関・政治・経済理論が悪者扱いするのはなぜなのでしょうか。自由市場資本主義のおかげで、世界は今日最高の状態にあります。人類の歴史上、今ほど繁栄した時代はありません。今日の世界は、歴史上のどの時代よりも自由で、豊かで、平和で、繁栄しています。(中略)

自由市場の資本主義と競争の法則が、世界の貧困をなくすという驚異的な成果を達成し、人類史上最高の時を迎えているのに、なぜ私は西側諸国が危機に瀕していると言うのでしょうか?

その理由は、自由市場・私有財産・その他のリバタリアニズムの制度という価値を守るべき国々で、政治・経済界の有力者たちが、ある者は理論的枠組みの誤りから、またある者は権力への野心から、リバタリアニズムの基盤を損ない、社会主義への扉を開き、私たちを貧困、悲惨、停滞へと追いやる可能性があるからです。

社会主義は常に、そしてどこでも、試みられたすべての国で失敗した貧困化現象であることを決して忘れてはなりません。(後略)【1月19日 自由主義研究所 note24】
*******************

一読して分かるように、国家の規制を排した自由市場が機能する資本主義こそが、経済発展、貧困解消の源泉である、様々な規制はこの自由市場が生む成果を損ない貧困と衰退をもたらすものであるという、完璧な自由主義礼賛です。

「富裕者がさらに富裕になると、経済活動が活発化することで低所得の貧困者にも富が浸透し、利益が再分配される」と主張するトリクルダウン理論(日本でもそうした考えに近い政策がとられましたが、結果的に実質賃金は下がり続けました)を徹底的に追求したものとも見えます。

自由市場における資本主義的競争・工夫・努力が成長・繁栄の源泉であるということについては、多くの者が賛同するところでしょうが、自由市場に委ねていればすべてうまくいく、あるいは、その競争に敗れたものは切り捨ててもいいか・・・という話になると、意見はいろいろあるところでしょうし、程度問題・バランスの問題だということにもなるでしょう。

だからこそ、多くの国々が資本主義をベースとしながら様々な公的な規制や介入を行い「社会正義」を実現しようとしている訳ですが、ミレイ大統領に言わせれば、そういう考え方が誤りであり、結果的に貧困を生む不道徳だ・・・ということにも。 このあたりになると、一種の「信仰」のようにも見えます。

ただ、後日取り上げることも考えている日本の失われた20年・30年という経済衰退ぶりをみるとき、こうしたミレイ大統領的な思い切った発想こそが日本に欠けているものだ・・・という指摘もあります。

ちなみに、ミレイ大統領が指摘しているように、アルゼンチンはかつての先進国から(衰退)途上国に堕ちた例外的な国でもありますが、今日本はそのアルゼンチンに続く2番目の事例になろうとしているとの指摘もあります。

【就任1年 物価・財政は想定外に改善 トランプ氏同様、国連を含む多国間協調の枠組みには懐疑的】
大統領選挙中にチェーンソウを振り回して様々な規制をぶち壊すパフォーマンスや過激な主張で人気を博して当選したミレイ大統領の自由主義的な改革は「壮大な実験」とも見られていますが、就任1年目はマクロ経済的には物価も落ち着き、財政も好転し、予想された以上の成果を残しています。

****「痛み」伴う改革で成果 トランプ氏と連携模索―ミレイ大統領就任から1年・アルゼンチン****
アルゼンチンのミレイ大統領が就任して、10日で1年となった。インフレ退治に向け補助金削減など国民の「痛み」を伴う経済改革を断行し、一定の成果をもたらした。

外交ではトランプ次期米大統領との連携を模索。トランプ氏が返り咲きを決めた米大統領選後、外国首脳として同氏と最初に対面で会い、蜜月ぶりをアピールしている。

「最も重い鎖から解放されつつある」。
ミレイ氏は11月、月間のインフレ率が約3年ぶりの低水準になったと成果を誇示した。アルゼンチンは歴代の左派ポピュリスト政権が予算のばらまきを繰り返し、インフレが慢性化。4月には年間のインフレ率が300%近くにまで悪化した。

「小さな政府」を掲げるミレイ氏は、就任直後から財政面で大なたを振るった。公共料金への補助金を削減し、新規の公共工事も停止。

議会では議席数の劣勢をはね返し、規制緩和や国営企業の民営化を盛り込む法案可決に成功した。

財政が黒字に転じると、国外に逃避していたドルが流入。アルゼンチンは債務不履行を繰り返した過去があるが、格付け大手は11月、「救済を求めず返済する能力」が改善したと認め、格上げした。

一方、緊縮財政に伴う副作用も目立つ。国内総生産(GDP)は今年4~6月期まで3四半期連続で前期比マイナスを記録。賃金も伸びず、今年前半には国民の約53%が貧困状態に陥った。

「ミレイ氏の実験は依然、大きな間違いを犯す可能性がある」(英誌エコノミスト)と厳しい見方も出ている。それでも「古い政治」との決別を訴えるミレイ氏への反発は限定的で、政権支持率は50%前後で安定している。

対外政策では親米路線を前面に打ち出し、中ロなどで構成する新興国グループ「BRICS」参加を見送り。温暖化問題を軽視するトランプ氏に歩調を合わせるかのように、11月の国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)では代表団に引き揚げを命じた。

ただ、関税導入による保護主義を掲げるトランプ氏に対し、ミレイ氏は経済を市場競争に委ねるのが基本姿勢で、両者には対立の火種もくすぶっている。【12月11日 時事】
*****************

両者の間で関税の問題はどうなっているかは知りませんが、ミレイ大統領は大統領選勝利後のトランプ氏と面会を果たした初の外国首脳・・・というように、トランプ氏はミレイ大統領が大のお気に入りです。

****「アルゼンチンのトランプ」ミレイ大統領が本家と親密アピール…就任1年、国際協調には後ろ向き****
南米アルゼンチンの右派ハビエル・ミレイ大統領が昨年12月に就任し、1年が経過した。米国のトランプ次期大統領との親密ぶりを盛んにアピールし、回復基調の経済も追い風に存在感を示している。国際協調に後ろ向きなミレイ氏の奔放な言動に、関係国が翻弄ほんろうされる状況が続きそうだ。

「前例のない政治的行為 トランプ氏がミレイ氏を米大統領就任式に招待」。今月14日、アルゼンチンの地元メディアが相次いで「就任式招待」と報じると、ミレイ氏はすぐさま、一連の報道を自らのX(旧ツイッター)でリツイート(転載)した。トランプ氏との近さを内外に誇示する狙いは明らかだ。

ミレイ氏は11月、大統領選勝利後のトランプ氏と面会を果たした初の外国首脳となり、世界の注目を集めた。トランプ氏もミレイ氏を「お気に入りの大統領」と呼び、「アルゼンチンを再び偉大にする」と絶賛してみせた。

過激な発言などで「アルゼンチンのトランプ」とも称されるミレイ氏は、トランプ氏同様、国連を含む多国間協調の枠組みには懐疑的だ。大統領に就任してからの1年間で、国際会議の舞台などで関係国との摩擦もいとわない「ミレイ流」外交を貫いてきた。

象徴的だったのが、11月の一連の国際会議での振る舞いだ。女性への暴力根絶のための国連の決議案に加盟国で唯一、反対し、国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)では、代表団を交渉から離脱させた。主要20か国・地域(G20)首脳会議でも、超富裕層への課税や飢餓貧困対策などの項目に抵抗した。

左派との対決姿勢も隠さない。「社会主義というゴミと決別する」。ミレイ氏は今月4日、首都ブエノスアイレスで開かれた保守派の会合でぶち上げた。ブラジルのルラ・ダシルバ大統領やスペインのペドロ・サンチェス首相ら左派の首脳らを名指しで批判し、右派の結束を呼びかけた。

内政・外交ともに強気の姿勢を下支えするのは、国内の根強い支持だ。アルゼンチンのサン・アンドレス大が今月発表した調査によると、支持率は54%に上る。

危機的だった経済に好転の兆しが出ていることへの評価が特に高い。紙幣の増刷廃止などで深刻なインフレ(物価上昇)は収束に向かっており、昨年12月に前月比25・5%に達した消費者物価の上昇率は、11月に同2・4%にまで抑え込んだ。公務員の大幅削減や公共投資の凍結なども断行し、財政の黒字化も実現した。

中部コルドバ市でペットサロンを経営するマルティン・クエジョさん(45)は「改革に痛みを伴うのは当然だ。大統領は型破りだが誠実で、何より公約を守っている」と話した。【12月25日 読売】
******************

【低所得層の生活苦は増したとみられている】
ただ、政府の介入を廃する「壮大な実験」の結果、少なくとも現時点では低所得層の生活苦は増したとみられています。

****ミレイ大統領、国民向け演説で就任1年目の実績振り返る****
12月10日に就任から1年を迎えたアルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領は国民に向けたテレビ演説を行った。ミレイ大統領はその中で、就任1年目の主な実績について述べた。

まず、ショック療法により、落ち込んだ経済活動が足元で上向き始めたほか、前政権下で乱発された通貨供給を停止した結果、物価が安定し、経済が成長サイクルに入り始めたとの認識を示した。その上で、国民の我慢に対して謝意を示した。(中略)

ミレイ大統領は当初、憲法が大統領に認めている「例外的な事情により通常の手続きに従うことが不可能な場合」の立法権を行使して規制緩和を進めたが、7月に公布された「アルゼンチン人の自由のための基盤および出発点に関する法律」〔通称、基盤法、またはオムニバス法〕により、1年間に限って行政、経済、金融、エネルギーの分野の立法権が行政府に与えられると、規制緩和に勢いを増して着手した。

今回の演説では、800以上の規制を撤廃したとしている。

他方、公共工事の停止などによる歳出削減や国内経済の停滞により、失業率と貧困率は悪化した。国会予算事務局(OPC)によると、年金を含む社会支援関連予算の11月までの累計予算執行額は、前年同期比で実質18.3%減となっており、低所得層の生活苦は増したとみられている。

数多くの規制緩和や改革を実現し、マクロ経済は安定しつつあり、国民の支持率も高いまま推移していることから、ミレイ大統領にとって就任1年目の業績への評価は高い。

2年目は経済成長を軌道に乗せ、ミクロ経済を回復させることが急務となる。【12月19日 JETRO】
***************

****“アルゼンチンのトランプ”「痛み」伴う改革、無料の病院も… 大統領就任から1年****
南米で過激な発言などから“アルゼンチンのトランプ”とも呼ばれているミレイ大統領が、今月10日で就任から1年を迎えました。徹底的なコストカットで国の財政が改善された一方、国民の生活は苦しくなっています。(中略)

一方で国民生活には、しわ寄せが。電気・水道といった公共サービスの大幅な補助金カットに加え、賃金も伸びず、貧困率は50%を超えました。 路上生活者に配給を行うNGOによると、配給者は日増しに増えているといいます。

路上生活者に配給を行うNGO モニカ・デ・ルッシス代表
「この1年で増えたのは路上生活者になる一歩手前の人たちです。家賃や税金は払えるけれども、食べるお金がないのです」

行政サービスの削減で多くの公共事業も廃止の瀬戸際に立たされていて、無料で治療が受けられる公立の精神病院では…

記者 「国有地であるこの病院は今、競売にかけられようとしています。垂れ幕には健康は競売にかけられないと訴えています」

エリザベスさんは元夫からの暴力により、うつ状態となり、3人の子どもと共に25年通院を続けています。

エリザベスさん 「ここ(病院)のおかげで地獄から抜け出し、自由になれました」

今でも精神安定剤をもらいながら病院に通い続けていますが、清掃作業員などの仕事をこなし、家賃を支払うのがやっと。一緒に住むレストランで働く息子の給与に頼らざるを得ない状況です。

エリザベスさん 「悲しすぎます、終わってほしくない。私だけでなく、多くの人にとって病院がなくなることは苦悩でしかない」

第一メンタルヘルスセンター グスターボ・スラトボルスキー氏
「もし健康がビジネスになったら、金がある人だけ医療にアクセスできて、金がなければ、自分で解決しろと言われているようなものです」

国の再建に向け歳出カットの大鉈を振るうミレイ大統領に、国民の理解は続くのでしょうか。【12月15日 TBS NEWS DIG】
****************

どこまで国民の理解と我慢が続くのか・・・当初から懸念されているポイントですが、ミレイ大統領にとって都合がいいのは、人は“他人の痛み”はいくらでも耐えられるということでしょう。

ミレイ改革で経済が好転し、その恩恵を受ける人々がある程度に増えれば、そうした枠組みからこぼれ落ちた人々の苦しみは捨ておかれるリスクも。ミレイ流の自由放任主義はそうしたリスクを内在しています。

逆に言えば、そこまでやらなければ、アルゼンチンや日本みたいな衰退スパイラルに入った国を上向かせることはできない・・・ということか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ  「影の大統領」? 異例の権限のマスク氏、移民排斥の欧州政党を支持 対中国は?

2024-12-24 22:47:28 | アメリカ

(大統領選の集会に参加し、トランプ氏と握手するマスク氏(右)=2024年10月、米ペンシルベニア(AFP時事)【12月23日 時事】 たまたまカメラアングルのせいですが、目つき悪すぎ)

【「つなぎ予算案」審議で見せつけた「影の大統領」マスク氏の力】
アメリカ議会における「つなぎ予算案」をめぐる混乱、トランプ氏最側近の地位を固めたイーロン・マスク氏の影響力の強さは周知のところ。

トランプ氏にしても、マスク氏にしても、いささか「付き合いきれないね・・・」って感じはありますが、最終的には日本を含めた世界全体に影響を及ぼす二人ですから、呆れているばかりでもすまないので・・・

結局、「つなぎ予算案」はトランプ氏が望んだ“来年1月までと決まっている政府の借入金の限度を定めた「債務上限」の適用停止措置を延期”は共和党の財政規律重視派の反対もあって今回案には含まれませんでしたが、マスク氏が望んだように大幅削減となり、マスク氏はご満悦とか。

「債務上限」の問題はバイデン政権にしろトランプ次期政権にしろ、政策遂行の足かせになりますので、政権側はこれを撤廃あるいは適用停止したがり、野党側は財政規律を盾に政権を揺さぶるという構図がしばしば見られます。 一般に共和党側には財政規律を重視する立場の議員が多いのですが、その点ではトランプ氏の間に意見の相違があるようです。

でもってマスク氏。

****“影の大統領”マスク氏が介入で混乱 つなぎ予算案「無駄が多い」 大幅カットで可決****
(中略)マスク氏は18日、Xで「無駄な支出が多い」として、バイデン政権が主導する来年3月までのつなぎ予算に反対を表明しました。

つなぎ予算が成立しないと、政府職員の給与が支払われなくなり、例えば管制官や保安職員などが無給となります。観光客にも影響が出かねません。

■マスク氏ご満悦「みんなの勝利だ!」
それでもマスク氏は「この予算案は可決されるべきではない」という投稿を皮切りに、1時間のうちに予算案への反対を呼び掛ける投稿を続々と発信しました。

マスク氏のXから 
「法外な予算案に賛成する議員は2年後に落選すべき」「今すぐ当選した議員に電話して意見を言おう」「トランプ次期大統領が就任するまでにいかなる法案も可決されるべきではない。一切だめだ」

こうした投稿を受けてか、与野党で合意していた当初の予算案は否決され、白紙に戻りました。

民主党 下院議員 「議会は実態を知らない億万長者に屈してはいけない」

削減された予算案
CBSによると、予算の項目はどんどん削られ、1500ページ以上あった予算案は10分の1以下の100ページほどになり、ようやく可決されました。

CNNによると、カットされたのは議員の給与引き上げや中国への投資を制限する案などです。「中国に巨額の投資をするマスク氏に有利な形となった」と話す議員もいます。

ご満悦
こうした指摘も何のその。マスク氏はご満悦です。
マスク氏 「みんなの声が議員に届き、ひどい予算案は葬れた。みんなの勝利だ!」【12月23日 テレ朝news】
********************

こうした状況に、民主党サイドからは「影の大統領」といった声も。“マスク氏の存在感を際立たせることで、「他人が目立つこと」を嫌うトランプ氏との離間を図ろうとする政治的意図”もあるとか。

****米民主党、マスク氏を「影の大統領」指摘 トランプ氏との離間狙いか****
米連邦議会の民主党が、実業家のイーロン・マスク氏による法案審議への「SNS(ネット交流サービス)介入」に批判を強めている。共和党のトランプ次期大統領に代わる「影の大統領」だと指摘。マスク氏の存在感を際立たせることで、「他人が目立つこと」を嫌うトランプ氏との離間を図ろうとする政治的意図も透けて見える。

マスク氏への批判は、当面の政府運営資金を確保するための「つなぎ予算案」に反対したことを契機に強まった。民主、共和両党の上下両院指導部が17日に合意案を発表したが、マスク氏は18日未明にXへの投稿で「この法案は可決すべきではない」と訴えたのを皮切りに「法案は犯罪的だ」「今すぐ議員事務所に電話して、この脅威を止めてくれ」と半日にわたって投稿を繰り返した。

共和党内には元々、「つなぎ予算案」に付随して他の政策が法案に盛り込まれていることへの不満が高まっていた。ただ、11月の議会選に基づいて共和党が上下両院で多数派になるのは2025年1月からで、年内は上院で優勢な民主党にも配慮しないと法案は通らない。

つなぎ予算が20日までに成立しなければ、政府機関が一部閉鎖に追い込まれる。ジョンソン下院議長は党内の説得を試みたが、マスク氏が反対論をあおり、18日午後にはトランプ氏も反対を表明。法案可決の見通しが立たなくなり、審議は頓挫した。

一連の経緯について、民主党は「選挙で選ばれていない大金持ちが超党派の合意をつぶした」とマスク氏に批判の矛先を集中させた。

急進左派のサンダース上院議員(民主党系無所属)は「(当初のつなぎ予算案は)地球上で最も金持ちのイーロン・マスク大統領のお気に召さなかった」と指摘。マーフィー上院議員(民主党)は流動的な議会審議の状況について「大金持ちの意見が大事だ。15分後にはマスク氏のXへの投稿で状況は変わり得る」と形容した。

さらに共和党内でマスク氏を来月から始まる新会期の下院議長に推す声が出たことで、批判の声が高まった。下院議長は憲法の規定では現職議員である必要はなく、理論上はマスク氏も就任可能だ。ラスキン下院議員(民主党)は「既に(立法、司法、行政と並ぶ)第4の権力なのだから、下院議長なら降格だ」と皮肉った。

民主党がマスク氏を標的にするのは、11月の大統領選で勝利したばかりのトランプ氏よりも批判しやすいからだ。マスク氏は「世界一の富豪」だが、民意の後ろ盾はない。さらにマスク氏を「実質的な大統領」と言い続ければ、トランプ氏が不快感を示し、両者の不和を誘える可能性もある。

マスク氏もこうした政治的意図は意識しているとみられる。19日に共和党が示したつなぎ予算の代替案について、民主党が「マスク・ジョンソン提案」とレッテルを貼ったのに対して、「立案者は私ではない。トランプ氏、バンス氏(次期副大統領)、ジョンソン議長の功績だ」とトランプ氏を立てる姿勢を見せた。

自身への批判を強める民主党左派を念頭に、次の民主党予備選で「より穏健な候補を資金面で支援する」との考えも示し、民主党をけん制している。

マスク氏は11月の大統領選で、少なくとも2億6200万ドル(約409億円)を投じてトランプ氏を支援。次期政権では政府外助言機関「政府効率化省(DOGE=ドージ)」を率いて、歳出削減や規制緩和に取り組む見通しだ。【12月21日 毎日】
*********************

“トランプとマスクはいずれも注目と権力を欲しがる強烈な個性の大富豪同士であるため、両者の間に緊張が生じる可能性は少なくないと専門家は指摘する。
同時に、マスク氏の莫大な富と、それを政治的な力として使う意思は、トランプと共和党に恩恵を与え、二人は良いコンビになる可能性もあるかもしれないが。”【12月24日 Newsweek】

【移民排斥を主張する独AfD、英「リフォームUK」を支持】
マスク氏の“言いたい放題”は内政だけでなく、外交面でも。

****マスク氏、ドイツ右派支持表明 ショルツ首相を「ばか」と批判****
米実業家イーロン・マスク氏は20日、X(旧ツイッター)で、排外主義を掲げて支持を拡大するドイツの右派政党、ドイツのための選択肢(AfD)への支持を表明した。ドイツのショルツ首相を「無能なばかだ」と批判し、辞任すべきだと投稿した。

ドイツは来年2月に下院選を実施する。マスク氏は2億人以上のフォロワーを持つ自身のアカウントで「AfDだけがドイツを救える」と述べた。

最大野党で支持率首位のキリスト教民主・社会同盟がマスク氏のように政府業務の効率化を進めようとしておらず、AfDとの連携も拒否しているとの女性インフルエンサーの投稿を転載し、コメントした。【12月21日 共同】
*****************

更にマスク氏は「ドイツ極右政党AfDはオバマ政権と同じ」とも。その意味するところはよくわかりませんが。

****イーロン・マスク氏「ドイツ極右政党AfDはオバマ政権と同じ」と主張。物議を醸す****
「極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)はオバマ氏が就任した時の米民主党と全く同じ」というイーロン・マスク氏の主張が批判を招いている。(中略)

マスク氏は12月20日、このAfDだけが「ドイツを救える」とXに投稿。
これに対し、米民主党のクリス・マーフィー上院議員は「AfDは本質的にドイツのネオナチ政党で、ナチスのイメージを回復しようとしている。ドイツで生まれていない人々を排除するという危険な考えを持っている」とCNNで異議を唱えた。

マスク氏はこのマーフィー議員の意見に反論し「なんという大嘘つき。AfDの政策は、オバマ就任時のアメリカ民主党の政策と完全に同じだ!何一つ変わらない」という主張をX上で展開した。

しかし、ドイツの極右政党をオバマ政権と同一視する考えは、様々な人たちから批判されている。
実業家でビリオネアのマーク・キューバン氏は、「最もAfDと近いアメリカの政党は」とxAI社の対話型AI・Grokに質問したところ「アメリカ共和党、特に現在の右寄りから極右に最も近い」と回答したとXに書き込んだ。

アメリカの政治学者イアン・ブレマー氏は、AfDと民主党オバマ政権を同じだとするのは「なかなかの見解」だとマスク氏に返信する形で投稿。AfDは気候変動や移民などの様々な問題で「はるかに『ドイツ第一主義的』である」と述べた。

また、ドイツ社会民主党(SPD)のショルツ首相は、マスク氏の「ドイツを救えるのはAfDだけ」という発言について「言論の自由というのは、彼のような大富豪が正しくない、もしくは良い政治的アドバイスを含まない発言ができるということでもある」と記者会見で述べた。

ショルツ首相は11月に、自由民主党(FDP)の党首のクリスティアン・リントナー財務相を解任して三党連立政権の崩壊を招いた。その後、12月16日には議会で信任投票が否決され、2025年初めに解散総選挙が行われる。
世論調査によると、AfDはドイツキリスト教民主同盟(CDU)に次ぐ支持率を得ている。

AfDは9月にテューリンゲン州議会選挙で勝利して第1党になった。ドイツで極右政党が州議会選挙で勝利したのは第二次世界大戦以降初めてだ。

しかしテューリンゲン州のAfDトップであるビョルン・ヘッケ氏は、政治集会でナチスのスローガンを故意に使用した罪で有罪となり、罰金を科されている。(後略)【12月23日 HUFFPOST】
*****************

“AfDはオバマ氏が就任した時の米民主党と全く同じ”云々の真意はよくわかりませんが、よくわかったのはマスク氏が移民排斥的な極右主張と波長がよく合うようだ・・・ということ。

移民排斥的極右ポピュリストは欧州各国で台頭していますが、イギリスではファラージ党首率いる「リフォームUK」。
マスク氏はこの「リフォームUK」に数百万ドルを寄付するとか。

****マスク氏、次は英国政界を席巻か 米国に続き****
ドナルド・トランプ次期米大統領のホワイトハウス復帰を支えたイーロン・マスク氏が、次は英首相の官邸があるダウニング街10番地にも政治的変動をもたらす可能性がある。

マスク氏は、キア・スターマー英首相を厳しく批判してきた。ポピュリスト政党の「リフォームUK」に数百万ドルを寄付し、変革をもたらすことも考えられるとして、英政界では危機感が高まっている。

英政府は外国人による巨額の政治献金を防ぐため、法改正を望んでいるとすでに表明している。

トランプ氏の支持者として知られるリフォームUKのナイジェル・ファラージ党首は、最近になりマスク氏と会談。反移民を掲げて急成長する同党に対し、世界一の富豪が寄付を検討していると述べている。これを受けてリフォームUKの支持率が急上昇することも考えられる。(後略)【12月23日 WSJ】
******************

【上海に巨大工場を持ち中国政府に従順なマスク氏と対中国強硬論をウリにするトランプ氏はどのように折り合いをつけているのか?】
このあたりがマスク氏とトランプ氏の波長が合う理由のひとつでもあるのでしょうが、よくわからないのはトランプ氏が高率の追加関税という対中国強硬策を主張し、同様の対中国強硬論者が多い次期トランプ政権にあって、マスク氏のテスラは中国に大規模工場を持ち(テスラ社のEV生産台数の半分は上海のギガファクトリーが担っている)、中国に対しては協調的な姿勢であることです。

****対中強硬派ぞろいのトランプ政権に紛れ込んだ「親中」イーロン・マスクはどう動く****
<米中国交正常化の仲介役となったキッシンジャーのような役割を期待する声もあるが、実業家として利益だけが目当てと思われる節もある>

アメリカのジョー・バイデン大統領と中国の習近平国家主席は11月16日、アジア太平洋経済フォーラム(APEC)首脳会議に出席するため訪問中のペルーの首都リマで首脳会談を行った。バイデンと習の直接対談はこれが最後となるとみられる。

ドナルド・トランプ次期大統領が実業家のイーロン・マスクを閣僚に指名したことで、次期政権は複雑な「事情」を抱えることとなった。今後の米中関係も見通しにくい状況だ。

習は慎重な言葉選びで、トランプにはあえて言及せずに外交の継続性を求める中国政府の希望を強調した。「中国はアメリカの新政権と協力して対話を維持し、協力を拡大し、違いに対処し、両国民の利益のための中米関係の堅実な移行に向けた努力を行う用意がある」と、習は通訳を通して述べた。

電気自動車大手テスラのCEOであり、トランプの選挙運動に数千万ドルの寄付を行ったマスクは、実業家のビベック・ラマスワミとともに新設される予定の「政府効率化省」を率いることになっている。

新政権の内部では、対中政策に関して意見の激しい相違が見られる。トランプは対中タカ派のマルコ・ルビオ上院議員とマイク・ウォルツ下院議員を、それぞれ国務長官と大統領補佐官(国家安全保障担当)に指名した。トランプは中国からの輸入品に60%の関税をかけ、メキシコで製造された中国メーカーの電気自動車に制裁措置を取ると主張。

9月には8000億ドルの対中貿易赤字に触れ、「関税は最も偉大な発明品だ」と述べてもいる。

一方でテスラにとって、上海のギガファクトリーは生産台数の半分を担うドル箱であり、マスクの対中姿勢はトランプとは大きく異なる。

「テスラとしても私としても、こうした関税を求めたことはない」と、マスクはパリで行われた技術系イベントで述べた。「通商の自由を阻害、もしくは市場をゆがめるものはよくない。テスラは中国市場における競争で、関税や政府の支援がなくともおおいに善戦している。私は関税なしを支持する」

マスクは以前から、中国政府との友好的な関係を維持してきた。2020年にポッドキャストで「中国はすばらしい」とほめたたえ、中国共産党の創立100周年を祝って以降、彼は一貫して中国当局に従順な態度を示している。

2021年に中国当局がテスラに対し、28万5000台の自動車のリコールを求めた時も素直に応じたし、2022年に新型コロナウイルスのパンデミックでテスラの上海工場が閉鎖された際もおとなしく従った。カリフォルニア州で同じような流行対策が採られた際に「ファシスト」的だと激しく非難したのとは対照的だ。

米中間の問題は貿易に留まらない。アメリカの情報当局は、ウクライナ侵攻を続けるロシアにとって必要なハイテク製品について、中国からの輸入が増えているとの報告書を出している。

FBIは先ごろ、アメリカ政府やアメリカの政治家に対して中国が行っている「幅広く大規模な」サイバースパイ行為に関する詳細を明らかにした。

昨年、中国の偵察用気球がアメリカ領内で撃ち落とされた一件で、両国の緊張はさらに高まった。

一部の専門家からは、マスクがかつてのヘンリー・キッシンジャー国務長官に似た外交における仲介者の役割を果たす可能性があると指摘する声も出ている。

今年4月、マスクは中国の李強首相と会談。李はテスラを、米中の通商協力の成功例だと持ち上げた。(後略)【11月18日 Newsweek】
****************

マスク氏はトランプ氏支持を明確にするにあたり、当然に看板政策でもある対中国問題について意見のすり合わせを行っているはずです。

どういう話になっているかは知る由もありませんが、結局のところトランプ氏の対中国強硬姿勢は「ディール」のうえでのパフォーマンスであり、最終的にはウィンウィンの合意で結着をつける・・・そうしたトランプ氏の説明をマスク氏が了解したということでしょうか? 全くの想像ですが。

あるいはテスラを切り捨てても、トランプ政権のもと、宇宙起業スペースXなどでもっと稼げると踏んだのか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シリア  コバニ攻撃準備のトルコとクルド人勢力の緊張 空爆で残存化学兵器破壊を目指すイスラエル

2024-12-23 23:38:45 | 中東情勢

(シリアの首都ダマスカスで警備に当たる戦闘員(2024年12月20日、ロイター=共同)【12月23日 JBpress】)

【女子教育尊重でタリバンとの違いをアピールするHTS指導者】
アサド政権崩壊後のシリアは、政権を追放して首都ダマスカスをおさえた「シャーム解放機構(シリア解放機構 HTS 旧ヌスラ戦線)とその指導者ジャウラニ氏を軸に動いています。(“シャーム”とはシリア地域の古代名)

HTSをテロ組織に指定しているアメリカも、テロ組織指定解除も視野に入れて接触を始めています。

****アメリカ国務省高官がシリア訪問 「シリア解放機構」と協議へ、米政府高官の訪問はアサド政権崩壊後初めて テロ組織指定解除も議論か****
アメリカ国務省の高官らがシリアの暫定政府を主導する「シリア解放機構」と協議するため、首都ダマスカスを訪問しました。アメリカ政府の高官がシリアを訪れるのは、アサド政権の崩壊後初めてです。

ロイター通信などによりますと、アメリカ国務省の報道担当者は20日、中近東担当のバーバラ・リーフ国務次官補ら3人がダマスカスを訪問中だと明らかにしました。

AP通信によりますと、アメリカ政府の高官がシリアを訪れるのは、2012年2月にアメリカ大使館が閉鎖されて以来、およそ13年ぶりで、アサド政権の崩壊後初めてです。

リーフ国務次官補らは、暫定政府を主導する「シリア解放機構」の代表団などと協議を行う予定で、政権移行やアメリカの支援、少数派の保護などについて話し合うということです。

アメリカ政府は「シリア解放機構」をテロ組織に指定していますが、この指定の解除についても議論されるとみられます。

また、2012年にシリアで行方不明になったアメリカ人ジャーナリスト、オースティン・タイス氏についても、主要な議題のひとつになるとみられます。【12月20日 TBS NEWS DIG】
********************

こうした動きの背景にあるのは、12月18日ブログ“シリア  現時点では穏健・寛容で正しいことを言っているHTS指導者 実際の統治は?”でも取り上げたように、HTSおよびジャウラニ氏が“現時点では穏健・寛容で正しいことを言っている”ということがあります。

戦略的に見ても、HTS側に“その気”があるうちに、その考えを実行に導きシリアを穏健な形で安定させるというのは賢明でしょう。

****シリア、「アフガンと違い女子教育も」=旧反体制派トップ、穏健アピール****
シリア暫定政府を主導する旧反体制派「シャーム解放機構」(HTS、旧ヌスラ戦線)指導者のジャウラニ氏は19日までに、シリアをイスラム主義組織タリバンが復権したアフガニスタンのような国にするつもりはなく、女子教育の機会を保障する考えを表明した。首都ダマスカスで英BBC放送のインタビューに応じた。

タリバンは2021年の政権奪取後、極端なイスラム法解釈に基づいて女性への高等教育を禁じるなどし、国際社会からの承認は進んでいない。

国際テロ組織アルカイダの流れをくむHTSは、イスラム過激派と見なされることも多い。ジャウラニ氏はタリバンとの違いを強調することで、穏健な印象をアピールした形だ。 

ジャウラニ氏はBBCで、シリアは部族社会のアフガンとは思考が全く違うと指摘。HTSが拠点としてきた北西部イドリブ県では「大学教育が8年以上行われ、大学での女性の比率は60%を超えると思う」と語った。 【12月20日 時事】
*******************

当然ながら、「今はそう言ってるけど、そのうちに本性が・・・タリバンだって復権当時はまともなことも言ってたし・・・」という懸念もありますが、HTSの場合は指導者本人の言葉である点が異なるとも。

****シリアとアフガン 「テロ組織」権力掌握の行く末=松井聡(ワシントン)****
「政府軍はほぼ戦わずに逃げ出した」「国際社会は権力を掌握したテロ組織とどう向き合うべきなのか」――。

シリアのアサド政権崩壊に関する言及だと思う人も多いかもしれないが、2021年に南アジアを担当するニューデリー特派員として、アフガニスタンのイスラム組織タリバンの復権を取材した際に、タリバン幹部や国連関係者から聞いた言葉だ。

現在は北米総局員としてワシントンから米政府の動きを中心にシリア情勢を追う中で、アフガンを巡る情勢との類似性を感じている。国際社会が、権力を掌握した「テロ組織」とどう向き合うのかという課題は最も大きな共通点だ。

米政府はタリバンを「特別指定グローバルテロ組織(SDGT)」、シリアで反体制派を主導してきた「ハヤト・タハリール・シャム」(HTS)を「外国テロ組織(FTO)」に指定している。

HTSは国際テロ組織アルカイダ系が源流だが、現在はキリスト教徒や少数派の保護など穏健な政策を強調している。

実は、タリバンも復権に前後して、「恐怖政治」だとして批判された旧政権時代(1996〜2001年)からの穏健化を強調していた。

ただ復権後も中学以上の女子教育を禁止するなど強硬路線は続いており、いまだにどの国からも国家承認されていない。これを引き合いに、「HTSは信用できない」と指摘する専門家もいる。

ただHTSとタリバンには違いもある。当時タリバンで積極的に「穏健化」を発信していたのは、各国との交渉窓口になっていた「政治事務所」のメンバーだった。国際社会と協調する重要性も理解しており、私も何度も取材したが、「タリバンは変わるだろう」と思う場面が少なからずあった。

だが復権後、実際に意思決定しているとみられるのは強硬派で最高指導者のアクンザダ師だ。タリバン内には同師に対して不満の声があるとも伝えられるが、国際社会は手詰まりのように見える。

一方、HTSで穏健路線を明言しているのは指導者のジャウラニ氏自身だ。内部の力学は不透明だが、タリバンに比べれば、その発言が実現される可能性は高いかもしれない。国際社会はHTSの穏健路線を支援しながら、情勢の安定化を目指す必要がある。【12月22日 毎日】
*******************

“国際社会はHTSの穏健路線を支援しながら、情勢の安定化を目指す必要がある”・・・まさに、そういうことでしょう。HTSがその期待に応えてくれることを願いながら。

なお、本来HTSとアルカイダの関係は単なる「名義貸し」に過ぎず、HTSおよびジャウラニ氏は思想的にも、実際やってきたことも非常に寛容で穏健であるとの指摘も(12月23日 JBpress 黒井文太郎氏“「シリアで新たな独裁が始まる」は本当か? アサド政権を倒した反体制派組織「HTS」の意外な素顔”)

【トルコvs.クルド人勢力 クルド人にとって内戦の象徴的拠点コバニ トルコはコバニ攻撃準備】
シリア国内での戦闘再燃の火種としてくすぶっている問題のひとつがクルド人勢力とトルコの対立。

18日ブログでは“米国務省のミラー報道官は17日、トルコとの国境に近いシリア北部のマンビジュ周辺における、米が支援するクルド人主体の組織「シリア民主軍(SDF)」とトルコとの間の停戦が今週末まで延長されたと発表した。先週、米政府が停戦を仲介したものの、期限切れになっていたという。”【12月18日 ロイター】との報道をもとに、“現時点ではコントロールされているようです”とも書いたのですが、トルコはその後、この報道を否定しています。

****トルコ、米支援クルド勢力SDFとの停戦否定 「米発表は誤り」*****
トルコ国防省関係者は19日、シリア北部で米国が支援するクルド人主体の組織「シリア民主軍(SDF)」とトルコが停戦合意に達したという米側の発表は誤りだと述べた。

米国務省は17日、トルコとの国境に近いマンビジュ周辺での停戦は今週末まで延長されると発表していた。

トルコ政府関係者は匿名を条件に「トルコとしては、いかなるテロ組織との協議もあり得ない。米国の発表は間違いだ」と記者団に述べた。

一方、SDFはトルコが停戦に向けた国際的な努力に反し攻撃を続けていると非難し、戦闘を続ける構えを示した。

シリアのアサド政権が崩壊し、各地で武装勢力による戦闘が勃発する中、米政府は先週、トルコが支援するシリアの元反体制派とSDFの最初の停戦を仲介した。

SDFは過激派組織「イスラム国」(IS)掃討を目指す米主導の連合と協力しているが、トルコはその中核である「クルド人民防衛隊(YPG)」について、国内で非合法化されている武装組織「クルド労働者党」(PKK)の派生組織と見なしている。

トルコ政府高官は、シリア北部への地上作戦を再検討しているかとの質問に、依然としてシリア北部から国境への脅威を感じていると述べた。【12月20日 ロイター】
*********************

一方のクルド人勢力「シリア民主軍(SDF)」側は、トルコに対し停戦と引きかえの一定の譲歩も提案しています。

****シリア民主軍、トルコと全面停戦なら非シリア系兵は撤退へ=司令官****
米が支援するクルド人主体の組織「シリア民主軍(SDF)」のマズロウム・アブディ司令官は19日、ロイターに対し、トルコとの国境に近いシリア北部でのトルコとの紛争が全面的な停戦に至った場合、支援のために中東各地から来た非シリア系クルド人兵士らが撤退するとの見通しを示した。

アブディ氏の発言は、トルコ国内で非合法化されている武装組織「クルド労働者党」(PKK)のメンバーを含めた非シリア系クルド人兵士がSDF支援のためにシリアに来たことを初めて認めた。トルコや米国などはPKKをテロリスト集団と見なしている。

アブディ氏は「シリアにはこれまでとは違った状況があり、政治的な段階を始めようとしている。シリア人は自分たちで問題を解決し、新しい政権を樹立しなければならない」とし、「トルコ軍および同軍の同盟勢力との間で全面的に停戦した後、この段階に加わる準備を進めている」と言及。

その上で「シリアで新たな動きがあるため、私たちの戦闘を支援してくれた兵士たちは誇りを持ってそれぞれの地域に戻る時だ」との認識を示した。

非シリア系クルド人兵士の撤退は、トルコ側の主要な要求の一つとなっている。トルコはSDFを国家安全保障上の脅威と見なし、シリア北部でのSDFに対する新たな軍事作戦を支援している。

アブディ氏は、トルコおよび同国の同盟勢力がトルコ国境に近いシリア北部の町アインアルアラブ(クルド名、コバニ)を攻撃する準備をしている中で、SDFは撤退を提案していることも表明。

提案によると、国内治安部隊と「全面的な休戦を条件としてこの地域を監督するために」米軍が駐留することになる。一方で「もしも攻撃があった場合には撃退する準備をしている」とも付け加えた。

シリアではアサド政権が約2週間前に崩壊して以来、内戦がエスカレートしている。トルコおよび同国と組むシリアの武装勢力は今月9日、SDFからシリアの都市マンビジュを奪取した。【12月20日 ロイター】
****************

現在トルコ側が攻撃を準備しているとされるコバニはシリア北部のトルコに接するクルド人居住地域の拠点都市ですが、2014年から2015年年明けにかけて、ISに包囲されたものの、一時は陥落したとも言われながらもクルド人側が多大な犠牲を払いつつも死守しました。

“コバニをめぐる攻防は、当時シリア内戦で最も注目される戦いだった”“周囲はISによって包囲され、住民はどこへも逃げられない状況が続いていた”“クルド人にとってはこの町が陥落することは住民の虐殺が起きることを意味していた”“クルド人はこの戦いを通じて団結したと言われている”【ウィキペディア】という経緯があるこのコバニをクルド人勢力としてはどうしても失いたくない思いがあると推測されます。

アメリカ、国連もクルド人勢力を支持、クルド人勢力と敵対していたトルコ・アエルドアン大統領もトルコ国内のクルド人情勢が悪化するおそれもあるため、コバニ支援に向かうイラクのクルド人がトルコ領内を通過するの許可する異例の対応も。

クルド人勢力とアメリカの「対IS」協力関係は現在まで続いています。

【アサド政権の残した化学兵器争奪戦 イスラエルは破壊のため容赦ない空爆実施 汚染リスクは?】
一方、今もシリアを空爆しているのがイスラエル。アサド政権が残した武器がイスラム過激派の手に渡るのを阻止する狙いと言われています。

1週間前の16日時点で“シリア人権監視団(英国)は16日、アサド政権崩壊後のシリアでイスラエル軍が行った空爆は470回を超えたと伝えた。”【12月17日 産経】とも。

****イスラエルのシリア空爆は主権侵害、直ちに停止を=国連事務総長****
 国連のグテレス事務総長は19日、イスラエルによるシリア空爆は主権と領土の一体性への侵害であり「中止しなければならない」と述べた。

グテレス氏は記者団に「シリアの主権、領土の統一と一体性は完全に回復されなければならず、全ての侵略行為は直ちに停止されなければならない」と述べた。

アサド政権が今月崩壊して以来、イスラエルは戦略兵器と軍事インフラの破壊を目的に数百回の空爆を実施。1973年のアラブ・イスラエル戦争後に創設され、国連平和維持軍が巡回しているシリアとイスラエル占領下のゴラン高原の間の非武装地帯に進軍した。

イスラエル当局はこの措置について国境の安全確保のための限定的かつ一時的なものと説明しているが、撤退時期は示唆していない。【12月20日 ロイター】
*****************

アサド政権の残した武器の行方はイスラエル以外の関係国・関係機関も気になるところで、特にアサド政権が使用していた化学兵器が注目されています。

****アサド政権が残した化学兵器の「争奪戦」が始まった****
シリアのアサド政権が突然崩壊したことで、残された化学兵器の所在を突き止め、確保する競争が始まった。長年にわたり内戦と強権支配が続いてきたこの国では、さまざまな武装勢力やテロ組織が対立し合ってきた。

かつてシリアは世界最大級の化学兵器保有国だった。内戦中にアサド政権が東グータで猛毒の神経ガス・サリンを使用し、1400人が死亡すると、国際的な圧力が高まり、シリアは2013年に化学兵器禁止条約(CWC)に加盟した。

当時のアサド大統領は国際社会と協力して国内の化学兵器を解体することに同意したが、アメリカと同条約を管轄する化学兵器禁止機関(OPCW)は長年、アサドが致死性の高い一部の兵器を備蓄し続け、新たな兵器の開発も進めているのではないかと疑っていた。内戦中にアサド政権が化学兵器を使用し続けたことで、懸念はさらに高まった。

シリアは現在、アメリカなどがテロ組織と見なすイスラム系組織シャーム解放機構(HTS)が主導する勢力の管理下にあり、アメリカは残された化学兵器を捜索していると、匿名の米当局者は外交誌フォーリン・ポリシーに語った。

OPCWもシリア情勢を協議する緊急会合を非公開で開催した。
「シリアの政治・治安情勢は依然として不安定だ。化学兵器関連施設の状況に影響を与え、拡散リスクを生み出しかねない」と、OPCWのフェルナンド・アリアス事務局長は会議の冒頭で警告した。

シリアの反体制派指導者アフマド・アッシャラア(別名モハマド・ジャウラニ)は12月11日、HTSは化学兵器の潜在的な貯蔵場所を押さえるため、国際社会と協力しているとロイター通信に語った。

2011年の内戦開始以来、アサド政権が塩素、サリン、マスタードガスを使用した事例は何百件も記録されている。国際社会が残された化学兵器の所在確認を急ぐ多くの理由の1つは、シリア国内で活動する過激派組織「イスラム国」(IS)の残党の手に渡る危険性があるからだ。

ISは不完全な粗製の化学兵器をイラクとシリアで何十回も使用したとみられている。ただし、シリアの化学兵器はISの残党が活動する地域から遠く離れた西部の旧政権支配地域に保管されている可能性が高い。

それ以上に懸念されるのは、新たな内戦やアサド家が属するアラウィ派の組織的反乱の際に、旧政権の当局者や科学者が化学兵器に手を伸ばす事態だと、化学・生物兵器に詳しいジョージ・メイスン大学のグレゴリー・コブレンツ准教授は言う。「私に言わせれば、ISよりも心配だ」

同様に化学兵器がテロ組織の手に渡ることを懸念するイスラエルは、早速動き出している。イラスエル軍は国連がゴラン高原沿いに設置したシリア領内の緩衝地帯に入った。

「私たちは多くの情報を持っている。自国民を守るため、必要なことは何でもする」と、オフィル・アクニス総領事(在ニューヨーク)はフォーリン・ポリシーに語った。

イスラエル軍はアサド政権崩壊直後から、化学兵器の貯蔵施設と疑われる場所への空爆を実施している。OPCWのアリアスは12日、「汚染のリスクがある」と空爆に懸念を示し、国際的調査の妨げになりかねないと警告した。

アクニスはこうも強調する。「もはや危険はないと確信できるまで、必要なことをやり続ける」【12月23日 Newsweek】
*******************

対象が化学兵器ですから空爆による「汚染のリスクがある」というのは誰しも考えるところですが、「自国民を守るため、必要なことは何でもする」というイスラエル現政権にとってはシリア住民の生命ごときは眼中にないようです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする