「たいへんだッ、たいへんだッ」(←どたどた走っています)
おや、テディちゃ、どうしたんですか?
「あッ、ネーさ! たいねんなのでスよゥッ! おくれちゃうのでスッ!」
遅れるって? あらら、こけつまろびつ行ってしまいました。
そんなに大変なら、ちょっと追いかけてみましょう……うん?
あちらに見える御本の題は……?
―― 野球の国のアリス ――
著者は北村薫さん、’08年8月発行、とありますね。
うわっ? テディちゃったら、御本の中に飛び込んで……?!
「えいやッ!とォッ!」
(どすん! 続いてネーさも、どすん!)
なななな? 何ですかっ、これはっ?!? ここどこっ??
「ネーさ、ここはァ『やきゅうのくに』でェ『かがみのくに』なのでスよッ♪」
はあ? 野球の国で、鏡の国?
鏡の国といえば、かの有名な『不思議国におけるアリスの冒険』の続巻、
アリスがさまよう鏡の向こうの世界ですが……おおっ?
あそこを行くは、アリスを想わせる女の子?
「むぽッ! いそがなくちゃッ! おくれちゃうゥもんッ!」
おおーい、テディちゃ! ネーさを置いてかないで……って、
あーあ、行っちゃった。
さて、困りましたね。どうしましょうか。
えーと、まずは、この異世界を観察してみるしかありませんね。
……ふむふむ、見ているうちに、なんだか解ってきたような気がしますよ。
この国は、鏡の向こうの、不思議な世界。
キャロルさんが描いた世界とは違うけれども、
私たちの住む世界によく似て、
しかし、合わせ鏡のように、左右がひっくり返っている世界です。
野球好きの少女アリスは、
新聞記者の宇佐木(うさぎ)さんを追い、
ここ、鏡の世界に来てしまいました。
初めは、不思議の国に来ているのだとは気付きませんでした。
だって、もといた世界と、そっくり!
どこが違うの? ……あっ!
左右が、違う!
あたしがいた世界とは左右が反対になってるんだ!
そして、もうひとつ、違っているものがありました。
野球!
アリスの大好きな野球が、
とっても心ない扱いをされている?!
こんなの、ひどすぎるよ!
少年少女野球チームのピッチャーであるアリスには、
我慢出来ない状況でした。
敗者を嘲笑い、さらし者にするような、鏡の世界の野球観に
彼女は怒りを覚えます。
どうにか、しなくちゃ!
アリスと仲間たちが旋風を巻き起こす、鏡国の大冒険!
一種のパスティシュであり、
ファンタジー仕立ての野球小説であり、
またやはり、《アリス》のための物語でもあります。
著者・北村さんも、ミステリを書く時とは別の顔?
チェシャ猫のように変幻自在、
マッドハッターのように朗々と、
トランプの兵隊さんたちのように鏡世界を構築しました。
愉快で、でも悲しみも喜びも混在する、
どこかすぐそこにありそうな鏡の国の物語、
小学生さんから本格ミステリ好きさんにまで、
お奨め!ですよ~♪
「むきゃぽッ、いそがなくちゃッ!!」
あっ、テディちゃ!
どこにいたの? 探してたのよっ!
「いそがなくッちゃッ!たいへんなのでスよッ!
はやくゥ、あッちのせかいへェ、もどらなくちゃッ!」
ええ? それは、な、なぜっ?!
「おやつゥのじかんッ、なのでスゥ!」
は?……って、待ってぇ!置いてかないでっ!
(どたばたどたばた……)