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無能の人

2007年02月04日 11時56分15秒 | 邦画1991~2000年

 ◎無能の人(1991年 日本 107分)

 監督/竹中直人 音楽/GONTITI

 出演/竹中直人 風吹ジュン 大杉漣 神代辰巳 山口美也子 原田芳雄 三浦友和

 

 ◎調布と多摩川の風景

 もうずいぶん、昔の話だ。ぼくは、調布市に住んでた。

 そのとき住んでたマンションの並びにつげ義春が住んでた、らしい。

 伝聞の情報で、当時、すぐ近くに住んでた漫画家の友達から聞いたものだ。

「てことは、あれかな、無能の人を描いてた時代かな?」

 とかいうやりとりを交わした記憶がある。

 つげ義春の漫画は何冊か持っていた。文庫本の漫画だったから、つげ義春のびっくりするくらい細かな描線を味わうにはちょっと物足りなかった。当時のぼくは、もう大学を数年前に卒業していて、漫画を愉しんでた時代とはかなり隔たりができちゃってたけど『ガロ』や『COM』に描いてた人達はなんだか幼馴染のような感覚があって、なかなか手放す気にはならなかった。そんな漫画の中に、つげ義春の作品が数点あった。

 つげ義春の漫画はたしかに陰気で、ケレン味もなく、貧相さが漂ってたけど、いじましさと痛々しさと優しさもあって、妙にリアルだった。この映画の原作もそうで、他人事とはおもえないような内容だった。竹中直人がつげ義春好きなのはとてもよくわかるし、ガロの世界をしみじみと描ける人のひとりなんだろな~っていうような好感も感じられた。

 河原の石を拾ってきてそれを売るという商売がほんとに成り立つかどうか、そんなことはこの際どうでもよくて、そうした気持ちになってしまうほど人生に疲れて、大好きな漫画を描くだけの気力が失われてしまって、あとは現実逃避しか残っていない哀れさを感じられればそれでいい。

 石を売るというのは、要するに河原に転がってしまった人生を売るということに近く、人間が金銭面はもとより精神面でどん底に落ちてしまったときには、もはや、わずかな駄賃で客をおぶって河を渡るくらいしかできることはなくなってる。哀しいけど、それが現実ってものなんだろう。

 でも、漫画家は、漫画を描けなくなったら石ころくらいの価値しかない。

 石ころが人間として蘇るには、石ころを愛してくれる人じゃなく、その人そのものを愛してくれる人の手助けがいる。そんな石ころが悶え悶えて、苦しみ続けるさまを、竹中直人は上手なコミカルさで、哀愁たっぷりに描いてる。

 カメオ出演の人達も、そうした感性の持ち主なんだろね。

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