◇素敵な人生のはじめ方(2006年 アメリカ 82分)
原題 10 Items or Less
staff 監督・脚本/ブラッド・シルバーリング 製作総指揮/モーガン・フリーマン
撮影/フェドン・パパマイケル 美術/デニス・ピッツィーニ
衣装デザイン/アイシス・マッセンデン 音楽/アントニオ・ピント
cast モーガン・フリーマン パス・ベガ ボビー・カナヴェイル ダニー・デヴィート
◇10品か、それ以下
なるほど、合理的だとおもう。
というのは、アメリカのスーパーのレジのことだ。
日本語で書けば、
「ご購入されるお品が10品かそれよりも少ないお客様はこちらのレジで受け賜ります」
となるところを、アメリカのスーパーではなんともつっけんどんに、こう掲げる。
「10 Items or Less」
合理的というのはこの仕組みで、
たしかに、スーパーで並んでるとき、
品数の少ない籠を下げている人を見ると、その後ろに並びたくなる。
レジ打ちの側にしても、そうだろう。
購入品目の少ない客はひと所で次々に処理した方が、速い。
日本のスーパーではまったくといっていいほど見られない光景だ。
で、こういう札が掲げられているスーパーというのは、
田舎か、都市部の中でも下層階級の棲んでいる地域で、
要するに、あんまり品の好いところじゃない。
そんなところにやってくる客もたかが知れているし、働いている人間も同様だ。
ということを、このレジの札は象徴している。
わかりやすくて、いい原題だ。
で、そんなスーパーにやってくるのが、モーガン・フリーマン演ずる映画俳優。
4年間も役がつかず、もうインディペンデントの映画しか出演の機会がない。
哀れな役どころだ。
フリーマンが声をかけたレジ係パス・ベガも哀れなものだ。
店長の夫は、彼女と同じレジ係に手をつけ、妊娠までさせ、彼女を捨てた。
だから、パス・ベガとしては新たな人生をはじめるしかなく、
建設会社の面接を受けようとしている。
似た者同士ってことになるんだけど、
フリーマンはそんな彼女にあれこれと世話を焼き、
人生に絶望し、斜に構え、投げやりに面接を受けようとする彼女を励まし、
なんとか、彼女に微笑みを取り戻させ、もう一度、人生に賭けてみようと、
そんなふうな決意をちょっとだけするようになるってだけの、
小ぢんまりとした話だ。
けれど、これがアメリカの今かとおもわせるのは、英語が通じないことだ。
ヒスパニック系や中国系や、ともかくいろんな系統の人種が坩堝になってるから、
英語が英語でなくなってる。
そんな地域で生きていくのは大変だし、そうした人達はそんな地域にしか棲めない。
アメリカの現実、アメリカの事情。
それを、ほんの半日の、
ひとりのじーちゃんとおねーちゃんを追い掛けただけの話で、見せてくれる。
モーガン・フリーマンは、たぶん、こういう映画を撮りたかったんだろう。
地味だけど、どこかに輝くところがあって、決して誇張しない内容の作品を。
でも、観客はそういうフリーマンを期待しちゃいない。
ロバート・レッドフォードも、ブラッド・ピットも、みんな、そうだ。
等身大の人間を演じてみたい、等身大の世界を描いてみたい。
同じように想い、同じように考え、同じように悩んで、
同じような映画を作ってる。