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男はつらいよ 望郷篇

2019年10月14日 12時58分47秒 | 邦画1961~1970年

 ◎男はつらいよ 望郷篇(1970年 日本 88分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 太宰久雄 井川比佐志 長山藍子

 

 ◎第5作 1970年8月25日

 ようやく、山田洋次の寅さんシリーズの始まった観がある。

 ちぐはぐだった脚本と演出も、バランスが取れてきてる。そんな気がした。

 で、夢から葬式つながりなんだけど、てきやの親分の危篤の報せを受け、おいちゃんの「あの野郎、なにかってえっと葬式ばかり出したがりやがる」って台詞と、おばちゃんの「けど、これで出てってくれればこれほどありがたいことはないよね」っていうくだりから「この家じゃ兄貴はのけものにされてるんじゃねえのかい?」を経て、さくらの説教を受けながらも反省するふりしてお金をふんだくって札幌に飛ぶなんだか気分の悪くなるような展開まで、実に見事な脚本の流れだ。

 あ、ふとおもったんだけど、途中、印刷所で職工を冷やかしてふざけ回り、徹底的に顰蹙を買った裏話があるんだけど、もしかしたら撮ってるじゃないかな?ちょっとくどくて、カットしちゃったかもしれないね。

 それはともかく、小樽のロケがいい。

 坂道の家もさることながら、機関区のくだりは画面も脚本もええね。回想で粒子ざらざらの白黒画面で、線路をとぼとぼ歩く松山省二(子役7才)の後ろから蒸気機関車がやってくるんだけど、ひとつの画面で処理されてる。ワンカットだけだけど、凄いカットだ。今なら危険だとかなんだとかいわれて撮れないよ、これは。

 ていうか、ほんと、うまいな。

 うまさは脚本だけじゃなくて、牧歌的な屋根の小沢駅前にある末次旅館でのぼること津坂匡章ことを叩き出す夕飯時の、汗と煤に汚れたダボシャツがまたリアルだ。

 山田洋次の脚本のリアルさは、言葉がその時代のおとなの普通な言葉なんだよね。寅がさくらのうながしに「じゃあ、着替えさせてもらいます」って応える。させてもらうという言葉は、この時代、なにげなく使われてて、現代みたいに小うるさい印象はないんだな。

 あと、浦安の豆腐屋に厄介になってるとき、不安になったさくらに「地道にね。考えることも」と諭されたあと、長山藍子に「朝早いので、ぼく寝ます」といわれる。ので言葉が使われてるんだよね。さらになにもかも終わった花火大会の夜、たこ社長に「うまくやってるそうじゃないか」といわれたとき「豆腐屋の方?」と聞く。ここでは、~の方言葉が使われてる。

 で、寅が機関士のように額に汗して働きたいとおもったとき、寅が印刷屋に出かけて断られるとき、たぶん裏話で職工たちと揉めたとおもうんだよね。そのときに、前にからかったときの話を受けてたんじゃないかな。そしたら、前にカットされたとおもわれる場面が要るんじゃないかしら?でないと、本来、このくだりは使えなくなっちゃうんじゃないのかしら。

 ともかく、そんなことで、舟の上で昼寝したまんま、さくらが探してもわからずに舟で下っていっちゃうんだね。貴種流離譚だ。しかしこの流れていくカット、真上から俯瞰してるんだよね。撮ったの川じゃないとおもうけど、凄いな。

 それにしても、長山藍子に「ずうっとここにいてくれない?」といわれことから勘違いが始まり、アパートの大家さんちの呼び出し電話に出たさくらの不安が始まるわけだけど、色気づいてアロハを着る寅が機関士に油揚げを、つまり色は白くて水くさい娘をさらわれる、いつもどおりの展開になる。

 なるものの、いつまでも同じ展開もできないし、長山藍子のちょっと卑怯な言質の取り方もあったりして、いやまじに困った展開なんだけど、これがやがて本気で好かれて寅の方から身をひくようになる。まあ、仕方ないね。ほんとならこの回でシリーズが終わるはずだったみたいだから、サービスの展開だったんじゃないのかしら。

 まあ、葬式から始まり、地道に働くというのは実に大変なのだという主題はちゃんとできてたし。

 ラストカットの海辺を行く蒸気機関車も、ちゃんとつながってる。うまいな。

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