深夜の岡城は真っ暗で不気味。城に通ずる道は狭く急坂。
途中で行き止まり。県道に戻って、竹田から阿蘇へと急ぐ。
カーナビが無ければ行かれなかった。途中で仮眠しながら、
早朝、阿蘇の外輪山を越え、カルデラ内にはいる。道は
右へ左へとナビが誘導してくれる。時折りものすごい雨。
でも、南阿蘇村に着いたときは晴れ上がっていた。
カーナビは「目的地周辺です、音声案内を終了します」で
プッツン。何本目かの交差点で、なにげなく左に曲がったら、
そこが「佐川官兵衛記念館」だった。
まだ朝7時前である。開いていない。そこで、また車を走らす。
じっとひところに留まっていられない性格なのだ。走って走って
数kmも走る。カーナビは「右だ左だ」とうるさい。「迂回して
戻れ」と指示しているのだ。音声の止め方がわからない。その
声に逆らってどんどん勝手に車を走らせた。すると、である。
「西南の役公園」の看板を見つけた。そこが、佐川官兵衛の
戦死の地だった。
まさに呼ばれたように、むやみやたらと車を走らせて、すんなり
目的地にまで導かれてきた。もう、神仏のお導きとしか言いようが
ない。
佐川官兵衛は、刀を振りかざして薩摩の敵将に一騎打ちを臨んだ。
そして敵将と斬り結ぶさなか、兵卒の銃弾に倒れた。
佐川官兵衛の碑の前で、尺八を献奏する。
途中で行き止まり。県道に戻って、竹田から阿蘇へと急ぐ。
カーナビが無ければ行かれなかった。途中で仮眠しながら、
早朝、阿蘇の外輪山を越え、カルデラ内にはいる。道は
右へ左へとナビが誘導してくれる。時折りものすごい雨。
でも、南阿蘇村に着いたときは晴れ上がっていた。
カーナビは「目的地周辺です、音声案内を終了します」で
プッツン。何本目かの交差点で、なにげなく左に曲がったら、
そこが「佐川官兵衛記念館」だった。
まだ朝7時前である。開いていない。そこで、また車を走らす。
じっとひところに留まっていられない性格なのだ。走って走って
数kmも走る。カーナビは「右だ左だ」とうるさい。「迂回して
戻れ」と指示しているのだ。音声の止め方がわからない。その
声に逆らってどんどん勝手に車を走らせた。すると、である。
「西南の役公園」の看板を見つけた。そこが、佐川官兵衛の
戦死の地だった。
まさに呼ばれたように、むやみやたらと車を走らせて、すんなり
目的地にまで導かれてきた。もう、神仏のお導きとしか言いようが
ない。
佐川官兵衛は、刀を振りかざして薩摩の敵将に一騎打ちを臨んだ。
そして敵将と斬り結ぶさなか、兵卒の銃弾に倒れた。
佐川官兵衛の碑の前で、尺八を献奏する。