現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

旧統一教会の伝道勧誘が違法とされた判決

2022-11-24 19:25:21 | 虚無僧日記

旧統一教会をめぐる記事から転載です。

旧統一教会の伝道・教化活動そのものが、「国民の思想信条の自由を侵害する違法行為である」とする判決が確定している。

その判決を1987(昭和62)年から14年間かけて勝ち取り、以降も違法伝道を訴える訴訟を三件継続している郷路征記弁護士(全国霊感商法対策弁護士連絡会代表世話人)に聞く。 

●信仰の自由侵害を提起した弁護士

――(旧統一教会の伝道・教化活動は)社会的にみて相当性が認められる範囲を逸脱した方法及び手段を駆使した、原告らの信仰の自由や財産権等を侵害するおそれのある行為であって、違法性があると判断すべきものである――。

これは郷路征記が1987(昭和62)年3月に提訴した「青春を返せ訴訟」(郷路本人が命名)で、2001(平成13)年6月に言い渡された札幌地裁判決の一部である。2003(平成15)年に被告である旧統一教会の控訴は棄却、上告も棄却されて確定した。

この訴訟以降も、郷路は一貫して旧統一教会の伝道・教化活動が、被勧誘者である国民の自主的、主体的な信仰選択を侵害する不法行為であることを立証し、そして、勝訴してきた。

「現在、2世信者、宗教2世の苦悩がクローズアップされていますが、たとえば、その子どもたちが旧統一教会に損害賠償を求めることを考えた場合には、親自身が違法な伝道・教化によって信仰を持たされたというところを出発点にしないと責任の追及はできないんです。

そこを問題にしないと苦しみの根源を問うことはできずに、単なる毒親問題になってしまう。それでは旧統一教会は痛くも痒くもないし、問題の本質に迫ることはできません」

●加害者になった元信者は涙を流して自責の念を語った

郷路が旧統一教会と接点を持ったのは、高額献金の返還交渉だった。時は1980年代になって霊感商法被害が急増した頃である。その後、脱会に伴う人身保護請求に関わり、手探りで資料や証言を収集する過程で、ひとりの元信者と出会う。

「25、6歳だったかな、霊感商法の中核を担わされ、霊能師として因縁トークをして壺を買わせていた女性でした…」

その彼女の証言から、郷路は旧統一教会が如何に周到な段階を踏んで信者を隷属させ、人生を収奪しているのかを知り、「こんなこと絶対に許せないと思った」という。

発火点を得た郷路は、元信者1名を原告に1987(昭和62)年3月、札幌地裁に提訴する。霊感商法は公序良俗違反の不法行為であり、伝道・教化活動を洗脳による人格破壊と構成して100万円の慰謝料を請求した。

この時、多くの弁護士からは「裁判所がそんな請求を認めるわけがない」「珍訴、奇訴の類」といわれた。――自ら信者になっていたのだし、むしろ霊感商法の加害者なのだから慰謝料請求は無謀――ということである。

郷路は「元信者との『マインドコントロール研究会』を始めました。10名くらいで毎週土曜日の2~3時間、18カ月続けたので相当の延べ人数です。海外の文献と自身の教化課程を照らし合わせると、重なる点が次々に見つかり『自分は騙されていたんだ』ということがよく分かる」

 

●控訴委任状を携えて臨んだ判決は全面勝訴

原告は提訴からおよそ4年間で20名になった。そして、2001(平成13)年6月、一審の判決を迎えた。

「そしたら、全面勝訴だった。びっくりしました。ものすごく嬉しかったですね。

だが何故その信仰を植え付けられるのかというメカニズムは、まだ十分に主張できてはいなかった。

裁判所もそこは何も触れないで、伝道・教化の最初の段階で正体を隠していることが信仰の自由を侵害するおそれのある行為だから不法行為だとした。それはそれで当時の裁判所の書き方としては大英断だったと思います」。

●第2弾の判決は「憲法の理念を基に評価、判断している」

郷路は旧統一教会の上告が棄却された翌2004(平成16)年、元信者40名と、その元信者に勧誘されて物品を買わされた近親者を含む23名を原告に、およそ6億5000万円の損害賠償請求を提訴した。今回の郷路の命名は「信仰の自由侵害回復訴訟」だった。

2012(平成24)年3月の札幌地裁の判決のポイントは

ーー信仰による隷属は、あくまで自由な意思決定を経たものでなければならない。信仰を得るかどうかは情緒的な決定であるから、ここでいう自由とは、健全な情緒形成が可能な状態でされる自由な意思決定であるということができる――
――旧統一教会の場合、入信後の宗教活動が極めて収奪的なものであるから、宗教性の秘匿は許容し難いといわざるを得ない――

であり、「青春を返せ訴訟」で指摘された正体を隠した勧誘・伝道はもとより、被勧誘者が「ミス認定」する内心に踏み込んでいる。

裁判官は一神教の信仰を得る過程という視点から、論理ではなく情緒なんだと。だから正体を隠して統一原理を教義としてではなく事実として教えられると、より浸透させられてしまう。

因縁や迷信も繰り返されると、それが事実と思ってしまう人が一定の割合でいるという認定です。それに、直接的な適用はありませんが、憲法の理念を基に評価、判断している判決だと思います」という。

そして、およそ2億7000万円の支払いが命じられた。「実損とされた部分は全部認められました。慰謝料の計算もとても細かい分類をしてきちんと積み上げていて、最高額は750万円くらいです。遅延金を加算すると総額でおよそ4億4千万円になります」と郷路は判決を高く評価した。

「青春を返せ訴訟」と「信仰の自由侵害回復訴訟」の両確定判決で明確になったのは、『旧統一教会の伝道・教化活動は、対象者の思想信条の自由を侵害する違法行為である。伝道・布教や物品販売を行っているのは信徒会などの任意、協力団体等ではなく、旧統一教会そのものである。献金や物品購入だけでなく、献身(隷属)させられて旧統一教会の事業に専従したことは損害であり、慰謝料の加算事由である』であった。

●次なる戦場は東京へ 違法伝道訴訟を広げるために

2017(平成29)年から郷路は、札幌のみならず東京地裁と前橋地裁で同様の「違法伝道訴訟」を提訴した。

「脅すような働きかけがあったことを立証して、個別に返金、賠償を求める勧誘違法型では信者になった後の献金については勝てなくなる。『違法伝道訴訟』を広げなければならない。そのためには注目度が高い東京でと考えたのです」

近年の裁判でも「隠してはいない」との反論があったという。それでも、35年前と比して「正体の秘匿だけでなく、伝道・教化課程の違法性についての分析が、かなりのレベルまでいけたというのが変わったところですね」

●伝道の違法性が広く知られていれば、安倍氏銃撃事件は防げた

安倍元首相銃撃事件について、郷路は「圧倒的に努力が足りなかった」と自戒する。そして、「伝道・教化の違法性が広く知られ、裁判所や社会に正体隠しの伝道は許されないとの規範があり、山上容疑者の母親の入会を防ぐことができていれば、この悲劇はなかったんです」。

「規制から考えるのではなく、信教の自由をどう守っていくかという視点で考えれば良いと思います。国民は宗教集団の勧誘行為に対峙する立場に置かれているわけですから、十全な間違いのない判断ができる環境をどうしたら整えられるかという視点です」

「信仰は自分の責任で持つのだから放置して良いというのは見直さなければならないでしょう。人間はそんなに強くはない。他の影響を受けるものです」

 


芸能人と芸人

2022-11-24 18:52:28 | 虚無僧日記

「芸能人です。芸人ではありません! 芸能人と芸人どこが違うか。

“能”があるかないかだ」とは「きみまろ」のセリフ。

芸能人と芸人の違い

「芸人は、落語、浪曲、漫才、コント、曲芸、手品などの、大衆芸能に携わる人。

 芸能人はテレビ、映画、演劇、週刊誌などで名の知れているタレントや俳優。

私の場合、テレビや映画に出れるようなスターではなし、“芸人”か。

辻芸人、旅芸人の類でござる。そこで、

「芸人です。芸能人ではありません! 芸能人と芸人どこが違うか。

“能”があるかないか。Noと云えない芸人です」。

大スターじゃないから、仕事を選べない。ギャラの安い仕事でも

引き受けねばならぬ。まだまだ下積み中。苦節70年。

でも「キンさん、ギンさん」をみなはれ。99歳まで無名。

それが100歳でフィーバーし、全国民が知るアイドルとなった。

まだ「芸能人」になる夢をあきらめないぞ。

 

 

 


「洛中洛外図」に見る暮露と薦僧と乞食

2022-11-24 18:50:44 | 虚無僧って?

千葉県佐倉市にある「国立歴史博物館」に所蔵されている
『洛中洛外図屏風』に 室町時代頃の「薦僧」が描かれている。


国立歴史博物館にある『洛中洛外図屏風』甲本に
尺八を吹いて門付けしている二人連れの薦僧が描かれている。
腰には「薦(こも)」と、「面桶(めんつう)=弁当箱」を付ける。
天蓋と袈裟は無い。尺八は1尺8寸くらいある。

「薦」と「面桶」を持ってくつろいでいる二人連れの絵も
3組ある。一つは背中に白い布が縫い付けてあり「巡礼」。
他の2組は尺八は描かれていないが「薦僧」かもしれない。

1520年頃の製作といわれているので、薦僧の最も古い絵
となる。僧形には見えないが「薦僧」なのだ。

この図には、ほかに「琵琶法師、高野聖、鉢叩き、鉦叩き、
巡礼、傀儡(くぐつ)師(=人形使い)、猿曳き(猿回し)、按摩が
描かれている。『職人尽し』そのままだ。

そして「乞食」も何人か描かれている。塀の前に座り、施しを
受けている乞食は 上半身裸だ。「暮露」は「紙衣」を着ている。
これによって、「暮露」と「薦僧」は 乞食とは区別される職業
集団だったと考えられる。

洛中洛外図屏風


「和歌山県史」近世史料より

2022-11-24 18:50:00 | 虚無僧って?

『和歌山県史』 近世史料 P.868 

法制 

一 往来之僧俗共に 兼ねて 申し渡しの通り、一夜の宿にても

  委相改め、若し不審に存じ候はば、先々より見送り、届け申すべし事。

一 こつじき、かね叩き、こむ僧で このほうまわし惣別此の類のものの内に

   不審成るものに之有るも 相改め、行く方を相い尋ね、右の通り

   注進申すべき候

正徳元年(1711) 正月八日

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 虚無僧が、かね叩き や 乞食と同列に 看做されています。

  

 


虚無僧の俳諧

2022-11-24 18:47:11 | 虚無僧日記

祖師の名の普化というより尺八の節を継ぐ今の虚無僧               みとく 古今夷曲集 1666 寛文6

かかる時 恋慕流しを吹けせんし 女ともなる雪に見とれて              千潟 職人尽狂歌合 1807文化4

むかひ路の高根の雪に こも僧の おのが軒端に 手を吹いて見る    有文 職人尽狂歌合 1807文化4

尺八の自慢で 乞食もどきなり     伴自 俳諧神子の臍 1710 宝永7

伯母を見舞いに尺八でゆく     帆かけ舟     1713 正徳3

梵論シは さて若衆か 女かな   皐月律佐     1819 文政2

どこやら 女梵論の寝姿      岡村石鯨     1784 天明4 

一月寺 仏に遠き人ばかり     谷素外      1784  天明4

祖師の教え 精出して ふけせんし 板入       1813 文化10