喫茶去

徒然に、日々の生活を書き留めたいと思います。喫茶去、まあ、お茶でも飲んで、のんびりしていって。

信長の家康饗応膳

2019-06-02 | 外食(カフェ・レストラン・料亭etc)

久しぶりにSKTの食事会。
今回は徳川美術館の敷地の一角にある「宝善亭」で。

1582年(天正10年)5月、
信長が武田勝頼討伐に功をなした家康を
安土城にもてなした時の
饗応メニューを再現した、「信長御膳」をいただいた。
http://www.zc.ztv.ne.jp/bungei/nobu/zen/index.html


先付三種

右上から時計回りに、
食前酒の赤ぶどう酒、大根このわた・鮑の柔煮。
鮑は不老長寿の縁起物とされていたそう。
独活うるか・蒲鉾、茹蛸。
うるかとは鮎の内臓・卵を塩漬けにしたものだそう。


御碗・造り・煮物

室町時代以降、美味な鳥・魚を
「三鳥五魚」※と定め料理に用い、珍重したそう。
お刺身の鱸はタデ酢で。
中世の料理書『四條流庖丁書』という本の中に、
「鱸はタデ酢」と規定されているのだそう。
鯉汁ささがき牛蒡。
奥の小鉢は茄子のつぼつぼ。
くり貫いてつぼにして鶏肉のミンチを詰めてある。
信長の時代はシギを酒で煎り、詰めていたそう。


焼物・焼味噌・宇治丸・瓜味噌漬け

鴨の塩焼き(シギの焼き物の代わり)、麩田楽、鱒塩焼。
焼味噌は味噌に葱・生姜を合せ焼いたもので、
信長の好物だったそう。
宇治丸とは鰻鮨のことで、
宇治川でとれる鰻で作る姿鮨が評判で、
宇治丸とよばれるようになったようだ。
土瓶はお茶漬け用のつゆが入っている。


羊皮餅

製法や形状は不明らしい。
信長のイメージに合わせたそうで、
金箔がタップリ使ってある。

5月15日、家康が安土城に到着した時の「振る舞い膳」、
15日の「晩御膳」、
16日の「御あさめし」、「夕」の四食が記録に残っているそう。

家康は六日間にわたる饗応を受けて、
21日に京都・堺見物に発ち、
信長は29日に安土を発って本能寺へ移り、
あの有名な本能寺の変を6月2日、
アッ、今日だ。・・・・偶然。

迎えることになる。

家康への接待は、
信長にとって最後の饗応で、
安土城最後の公式儀礼となったのだそう。

1月と3月に滋賀県安土の
「信長の館」に行って、
http://www.zc.ztv.ne.jp/bungei/nobu/index.html
饗応膳の再現の展示を見てたので、
実際に食べれてよかった。

Tさん、私達2人の就職祝い、
この歳で就職祝いなんて申しわけないけど、
ビール、ご馳走様。



※三鳥とはツル・キジ・ガン
  五魚とはコイ・タイ・スズキ・カレイ・フカ

 

コメント
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