日本で江戸幕府が成立し、戦国の動乱が終わり「平和」な社会が本格化する頃、中国では王朝交替の激しい戦いが繰り広げられていた。
漢民族の明が、女真族の清に倒されようとしていた。
その時、清に追われて南下した「南明政権」は、幕府に対して何度か援兵を求めた。
また日本人の母親をもつ鄭成功は、清朝に抵抗して戦っていた。1658年には南京も攻略するほどであった。その鄭成功も江戸幕府に援兵を求めた。明の儒者、朱舜水も長崎に来て援兵を求めた。
しかし幕府は、その要請を拒否した。
まさに「集団的自衛権」の行使要請を、幕府は拒否したのである。
また、戦国時代が終焉を迎えた日本では、戦闘になれた人々が海外に出て行った。彼らはヨーロッパ諸国の傭兵として、東南アジアなどで戦った。日本は当時傭兵を送り出し、兵站基地としての機能を果たしていた。これに対して幕府は、武器・傭兵の輸出を禁止した。
この一連の動きを見ると、幕府はたいへん賢明であったといえよう。
安倍政権は、武器輸出を解禁し、「集団的自衛権」を行使するつもりのようだ。安倍政権はこの幕府の賢明な判断を学ぶべきである。
漢民族の明が、女真族の清に倒されようとしていた。
その時、清に追われて南下した「南明政権」は、幕府に対して何度か援兵を求めた。
また日本人の母親をもつ鄭成功は、清朝に抵抗して戦っていた。1658年には南京も攻略するほどであった。その鄭成功も江戸幕府に援兵を求めた。明の儒者、朱舜水も長崎に来て援兵を求めた。
しかし幕府は、その要請を拒否した。
まさに「集団的自衛権」の行使要請を、幕府は拒否したのである。
また、戦国時代が終焉を迎えた日本では、戦闘になれた人々が海外に出て行った。彼らはヨーロッパ諸国の傭兵として、東南アジアなどで戦った。日本は当時傭兵を送り出し、兵站基地としての機能を果たしていた。これに対して幕府は、武器・傭兵の輸出を禁止した。
この一連の動きを見ると、幕府はたいへん賢明であったといえよう。
安倍政権は、武器輸出を解禁し、「集団的自衛権」を行使するつもりのようだ。安倍政権はこの幕府の賢明な判断を学ぶべきである。