Yahooのトピックスに、「ポケモンGO」をしながら運転をし、死傷させたとして実刑が言い渡された、というニュースが取り上げられていた。
何でもこの交通事故は、「ポケモンGOでの国内初の死傷事故」だったらしいのだが、その後も同様の「ポケモンGOながら運転」による事故があったと記憶している。
毎日新聞:ポケモンGO運転中にゲーム 国内初の死亡事故
既にネット上では、「ポケモンGO」が悪いのではなく、スマホを操作しながら運転をするコトが悪い、という内容のコメントがいくつも上がっている。
確かに「ポケモンGO」というスマホゲームそのものは、「運転をしがら操作する」ことを想定しているのではなく、「歩いてポケモンGOを探す」ことを考えて創られたゲームだ。
これまでも「自転車を含む車両を運転しながらのポケモンGOは、止めてください」などの、注意喚起はされてきたのだから、「ポケモンGO」というスマホゲームが悪いわけではない。
にもかかわらず、四六時中「ポケモンGO」をしたくて、スマホを操作してしまう・・・というのは、それくらい「ポケモンGO」が、魅力的なゲームということなのだろう。
そもそも「スマホを操作しながらの運転」そのものが、禁止されている(と思っているのだが)にも拘わらず、「スマホながら運転」をする人が、後を絶たないことのほうが問題なのだと思う。
以前、拙ブログで紹介をしたコトがあるが、auがトヨタ自動車とコメダ珈琲が一緒になって、ちょっと変わった「プロジェクト」を実施していた。
au:ながらスマホ運転を止めてハッピーなドライブを
対象が、「愛知県内限定」の理由は、交通死亡事故13年ワースト1が愛知県だからだ。
このプロジェクトの期間そのものは9月20日から始まり、データ蓄積期間が10月6日まで(コメダ珈琲店での引き換え期間は今日まで)と、短い期間であったために、どれほどの効果があったのかはまだ不明なのだが、もし結果が良好であれば、ぜひauだけではなく、すべての通信会社+自動車メーカー+全国展開をしている飲食店等、業界団体の枠を超えた「プロジェクト」として、展開をする必要があると考えるのだ。
個人的には、自動車運転だけではなく、自転車も含めてほしい、と思っている。
この「プロジェクト」は、いわゆる「ご褒美型」のキャンペーンなので、費用そのものが随分かかってしまうのだが、スマホそのものにこのようなソフトを入れてしまう、ということはできないのだろうか?
いくら無料のソフトと言っても、ダウンロードをする、というのは手間だろうし、利用者がダウンロードをしたくない、と思えばそのソフトはあっても使われない、ということになる。
スマホのある生活が当たり前になり始めたことで、ユーザー側の使い方に問題があっても、スマホ側が何等かの策を取らないと、スマホが悪者になってしまうような気がするのだ。
今日、所用があり出かけた時、2つの観光キャンペーンのコピーに、現実の厳しさのようなものを感じた。
一つは、福島県の観光キャンペーン。
もう一つは、大分県、別府の観光キャンペーンだ。
福島の観光キャンペーンのキャッチコピーは、これ以上シンプルな表現は無い!と思われる「来て」。
ご存じのように、福島県は、東京電力福島第一原子力発電所の事故の収束の目途が立たない、という状況が続いている。
福島県で栽培される様々な農作物などについても、「放射能汚染が心配」という生活者の根強い「不信感」があり、厳しい状況が続いている。
まして、原発事故で避難地域に指定され、現在は解除となった地域であっても、観光客どころか住民そのものが帰っていない、という状況に陥っている。
観光となれば、ますます厳しい状況になっているだろう、という想像はできる。
福島県の観光キャンペーンは、冊子で配布されたもので内容を見てみると、「事故前の豊かな福島県」というものを感じ、原発事故によって失われた「地域の資産」は、想像以上なのだろうと、感じさせるには十分すぎる内容だった。
作成をした福島県は「今の福島」を見てほしいという趣旨なのだと思うのだが、どの写真もキレイ過ぎて「今」を感じることが(私には)難しいのだ。
だからこその「来て」という、キャッチコピーとなったのだと思うのだが、その切実さとは逆に、現実の厳しさを感じてしまったのだ。
もう一つの別府のコピーは、まだユーモアを感じる内容で「今の別府にとって、お客様は(マジで)神様です」というものだった。
4月に起きた「熊本地震」の被害は、熊本県内だけではなく、隣の大分県にまで及んでいる。
しかし、震災名が「熊本地震」と名付けられたため、大分県の被災状況は伝わりにくくなってしまった感がある。
別府温泉も、震災発生時は話題にはなったが、今はどれほどの復興状況なのか伝わってこない。
そんな中で見た、別府温泉の観光キャンペーンのコピーは、お客様を呼び込もうという思いにユーモアを加えることで、全体的に明るいイメージを作ることに成功している。
もちろん、福島と別府とを比べるわけにはいかない。
福島の場合、原発事故発生以来復興そのものが、進んでいないに等しいからだ。
それに比べ、別府は少しづつかもしれないが、復興が進みつつある(はずだ)。
ただ共通していることは、復興そのものには時間がかかり、被災地の多くは「時間経過とともに忘れ去られる」不安がある、ということだろう。
それは先週起きた「鳥取県中部地震」も、同じだろう。
今週末は、各地で「ハロウィン・イベント」が、目白押しらしい。
昨年、通行の問題が起き、その後ゴミ処理などでも問題になった(?)渋谷のスクランブル交差点近くでは、歩行者の規制をするのではなく、車両規制をすることになったようだ。
とはいっても、問題のスクランブル交差点は、車両規制の対象外となっているらしい。
ここ数年、「ハロウィン」そのものが、若者を中心に「お祭り化」してきているが、そもそも「ハロウィン」がこれほど「お祭り化」するようになったのは、数年前からのような気がする。
それまでは「ハロウィンって何?」という感じだったように思うし、「ハロウィンが楽しみ!」というのは、お菓子がもらえる子供たちが中心だったような印象がある。
だからと言って、「夜、子どもが歩く」というのは、防犯上あまり良いことではないので、「子ども会」のような場面での「お菓子をもらう」という程度だったような気がしている。
それが、今や「バレンタイン」を上回るほどの市場規模に急成長している、と言われている。
確かに「バレンタイン」で購入される商品は、チョコレートが中心で、それに付随するような商品というのは、少ない。
それに対して「ハロウィン」は、「カボチャでジャックオーランタン」を作る、というよりも、「仮装をして騒ぐ」というほうが目的の中心となっている(と考えている)。
「仮装」するための、道具や衣装を考えると、「バレンタイン」よりもはるかに様々な関連グッズが、数多くありそれが消費されるのだ。
関連市場規模が、急成長するのもうなずける。
対象となる市場構成は、「バレンタイン」というよりも「クリスマス」に、近いような気がする。
その「クリスマス」の過ごし方も多様化し、バブルの頃は「何が何でも、恋人と一緒にイブを(ホテルで)過ごす」だったのが、最近では「家族や友人たちと、楽しく過ごす」という、落ち着きのある過ごし方に変わってきている。
1年の様々な行事の中で、大騒ぎができるのが「ハロウィン」ということになりつつある、ということなのだろうか?
おそらく、日本での「ハロウィン」の騒ぎ方は、本家(?)アメリカよりも、すごいのではないだろうか?
というのも「ハロウィン」そのものは、子どもたちのお祭りで、大人が騒ぐような行事ではないからだ。
それだけではなく、日本人の「消費スタイル」が、「イベント型」になり、普段の消費行動は「ミニマム化」、「イベントで消費」という、生活志向に変わってきたのでは?という、気がするときがある。
逆に言えば「買い物」そのものが「楽しさ」が無くなりつつあるのでは?と、考えると「買い物をする」ことの意味のようなモノを、考える必要があるのかもしれない。
それが百貨店やスーパーなどの売り上げの減少につながっている部分も、あるのかもしれない。
ファッションの世界では、1シーズン先のコレクションの発表が、当たり前になっている。
今の時期、パリやミラノ、ロンドンなどで発表されるコレクションは、来年の春・夏シーズンのものが対象となっている。
多くのアパレルメーカーのデザイン担当者は、これらのコレクションをチェックして「来シーズンのトレンド」を創りだすべく、洋服や靴、バッグなどのデザインをしていく。
アパレルメーカーの中には、いわゆるファストファッションブランドも含まれるわけだが、このコレクション発表の流れを変えそうなのが、ニューヨークコレクションだ。
朝日新聞:今か半歩先か、揺れるショー NYコレクションが即売の試み
元々、ニューヨークのコレクションで発表されるファッションが、パリなどと比べると随分現実的な内容が中心だった。
パリのコレクションを見ると「誰がこんなファッションで、どこに行くの???」と、思うようなデザインのものも少なくない。
特に80年代などはその傾向が強く、「あくまでもトレンドの要素を見る」というくらいの、感覚だったように思う。
酷い時(?)には「8割はデザイナーのクリエイティブの発表の場、2割が商談」と、言われたほどだった。
それに比べると、ニューヨークのコレクションは、あくまでも「着る」ことが中心だった。
パリのコレクションは、働く必要のない富裕層を顧客として考えているが、「ニューヨークで働く女性」を顧客として考えているのだから、当然と言えば当然かもしれない。
だからこそ、今回ラルフ・ローレンが試みたような、「即売型」のコレクションができたのだと思う。
記事を読むと、ラルフ・ローレンに歩調を合わせるように、いくつかのデザイナーが「即売型」コレクションを発表しているようだ。
ニューヨークだからこそ、できる試みだと思うのだが、このような「即売型」コレクションが、普通になっていくと困りそうなのは、ファストファッションブランドかもしれない。
というのも、ファストファッションの場合、ある程度「来シーズンのファッショントレンド」を見たうえで、デザインを起こし、最低ロット数を決め、販売するのが一般的だからだ。
それが「即売型」となると、ファストファッション側が自ら「ファッショントレンド」を創っていかなくてはならない部分が出てくる。
即売されるデザインを見て、デザインを起こしていては遅いからだ。
そう考えると、ラルフ・ローレンの「即売型」コレクションは、「自分たちでトレンドを創りだすデザインができるのか?」という、ファストファッションブランドへの挑戦状(というべきか?)かもしれない。
新人女性の過労自殺を受け、電通が午後10時に消灯した、というニュースがあった。
毎日新聞写真:電通:午後10時に全館消灯 過労自殺受け残業抑制策
毎日新聞のWEBサイトでは、動画も掲載されていて時報とともに次々と各フロアーの照明が消されているのが、よくわかる。
確かに、女性が恒常的長時間の勤務により過労状態であった、ということには間違いないと思うのだが、残業抑制策として「午後10時消灯」というのは、どこか違うような気がしている。
むしろ、根本的な解決策から目をそらしているのでは?という、気がするのだ。
というのは、彼女を自殺に追い込んだのは、恒常的長時間勤務による過労だけだったのか?という疑問が残るからだ。
一部報道では、上司からのセクハラやパワハラを受けていた、という指摘がある。
恒常的長時間勤務を強いて思考力が低下している時に、セクハラやパワハラを受ければ、誰だって精神的ダメージは感じている疲労感以上に大きく強いはずだ。
とすれば、恒常的長時間勤務よりも先に是正する必要があるのは、セクハラやパワハラが当たり前になっている、社風(=企業文化)を変えることではないだろうか?
「社風を変える」ということは簡単なことではないが、変えなくては社会から必要とされなくなってしまう、くらいの危機感を持つ必要があると思う。
もう一つは、クライアント側から「金曜日の夜に修正、月曜日納品」という、無理難題な要求があった、という話もある。
実際、広告代理店(と言っても私が経験したのは、下請けの孫請けくらいの規模だったが)に丸投げをして、納品寸前に「あ~~~、ここ変えて」と、平気で言ってくるクライアントがいたことも確かだ。
クライアント側も、「広告」の目的や意味やチェックなどを、仕事の進捗に合わせてシッカリ確認を必要がある、と考えている。
なぜなら、「広告を出す」ということは、クライアントとなる企業のイメージや商品を社会に訴えかけることだからだ。
広告代理店というのは、あくまでも「広告を出す黒子」でしかない。
「広告そのものを出したら、広告を出した企業に大きな責任が掛かってくる」というくらいの意識を、クライアント側は打ち合わせの時から持つ必要があると感じている。
クライアント側として仕事をしてきた経験から、「企業の広報や広告担当者は、代理店以上に社会の動きや変化に対して敏感でなくてはならない」と思っていたし、それが仕事だと考えてきた。
何よりも「仕事の内容を見直す」ことが、一番重要なのではないだろうか?
「その仕事、本当に必要ですか?他の人に任せたほうが良いのでは?」という、問いかけを本人だけではなく周囲も考える必要があるのではないだろうか?
バブルが崩壊し、日本の企業は「成果主義」という査定を個人に与えるようになってきた。
しかし、「個人でできる仕事」というのは限りがあり、結局のところ「チームで仕事をする」ほうが、成果が上がることのほうが多い。
「一人でなんでも抱え、能力オーバーになっても声を上げることができない職場」であれば、長時間労働を強いるだけではなく、限界を超えた精神的なダメージを恒常的に持ち続けることになる。
その部分を、見直さずに残業時間を減らすだけでは、過労自殺の問題解消にはならないと思うのだ。
鳥取中部地震が起きて、2日が経過した。
震度に対して、被害が熊本(と大分)の時に比べ少ない(?)ためか、発生から2日が経過するとニュースとしての扱いが随分小さくなってきたような気がしている。
災害からの復興はむしろこれからになる。
前回エントリをした通り、鳥取県というのは印象の薄い県だと思っている。
その中でも震源地に近い倉吉市は、マイナーな存在(というべきか?)だろう。
その倉吉市には、日本ではメジャーではないが海外で評価されているバッグのメーカーさんがある。
「バルコス」というメーカーで、ニューヨークの高級百貨店「ニューマン・マーカス」など、アジアでもハイブランドを扱うショップなどと取引をしている、バッグメーカーだ。
BARCOS公式HP
バッグメーカーさんだけではなく、ちょっと変わった「ハチミツ」の会社もある。
昨年あたり、おしゃれ女子の間で人気になったと言われている「ハニーナッツ(ナッツの蜂蜜漬け)」を作っている会社だ。
MY HONEY ナッツの蜂蜜漬け
鳥取県の大きな地場産業と言えるものが、第一次産業に集中しているため、「買い物をして被災地支援」ということが、難しいところがある。
特に漁業などの場合、加工商品よりも「鮮魚」での扱いが多い地域なので、「現地に行って買い物」になってしまう。
しかし、地震発生から日が経っていないこともあり「現地に行って買い物」そのものが、難しいというのが現状だろう。
今回pickupした2社については、被災も少ないという点や楽天やAmazonなどに出店をしていないらしく、商品を購入することが、より直接的な経済支援(まわりまわって、地域の経済支援)に結びつけることができる。
本来であれば、もう少し支援できそうな提案をしたいのだが、被災地域のもので、多くの人が通販で買い物をしやすいということを、考えると私の知っている範囲では、上述した2社くらいしか思い浮かばなかった。
年が明け、被災地が落ち着いたら是非「松葉ガニと温泉三昧の旅」に、お出かけして頂ければ・・・と、願っている。
今日のお昼に起きた、鳥取県中部の大地震。
私の実家が、鳥取県にあることを知っている友人たちから、「ご実家、大丈夫?」の心配メールをもらった。
地震発生後、実家に電話をしてみると家はもちろん、家具などの被害もなく、独居老人の父はニュース速報を見ていたらしい。
鳥取県と言って、思い浮かぶものはどのようなものだろうか?
最近では「鬼太郎」とか「コナン(「名探偵コナン」の作者・青山剛昌さんは、震源地に近い北栄町の出身だ)」だろうか?
それとも、前東京都知事であった舛添さんの豪華海外出張に苦言と呈した、鳥取県知事の平井さんだろうか?
平井さんと言えば「スタバは無いが、すなばはある」という名言で、スタバを誘致(というべきか?)した、名物知事でもある。
おそらく、鳥取県のある場所を日本地図で指し示すコトができる人も、さほど多く無いような気がする。
鳥取県と島根県が並んであることから、その位置がわからないという方は案外多いような気がしている。
それほど鳥取・島根=山陰地方は、全国的にも「地味な地域」だと、思っている。
そして今回被災した主な地域というのは「倉吉市(鳥取県には4市しかない)」は、その中でも地味な市だといえる。
鳥取市は、県の行政が集まっている県庁所在地。私の実家がある米子市は、山陰のアクセスの中心地であった場所(今は、随分廃れた感があるが)。そして境港市は「鬼太郎」と漁業で賑わいを取り戻しつつある。
その中で「倉吉」というのは、これ!といった産業を思いだすことができない(と言っては失礼なのだが)。
ただ変に大きな産業が戦後起きなかったコトが、最近になって「観光資源」になりつつあった。
それが今回被害にあった「白壁の街並み」だ。
「白壁の美観地区」と言えば、岡山県の倉敷を思い浮かべる方も多いと思うのだが、倉吉もまた白壁の街並みが美しい街でもある。
倉敷と大きな違いは、観光資源というよりも日々の生活や暮らしの中に「白壁の住宅」がある、という点だろう。
倉吉ではないが、少し離れた琴浦町には「鏝絵」の蔵が見られる地域がある。
琴浦町観光協会:光の鏝絵
心配なのは、倉吉の白壁の街並みや光の鏝絵などの被害だ。
上述した通り、倉吉も琴浦町も財政が豊かなところではない。
まして、被災した建物の多くは個人のもの。
再建したくても、費用面だけではなく再建できる人材、という問題も抱えているように思っている。
来月になれば、松葉ガニが解禁になり琴浦や震源地に近い湯梨浜などの漁港は、賑わうシーズンだったはずだ。
近くには「三朝温泉」などもあり、これからが観光シーズンとなるはずだった。
上述した通り、全国的にもあまり知られていない地域ということもあり、再建までに時間がかかるのでは?と思っている。
これらの地域で獲れる美味しい魚を、復興のためにも興味を持っていただけると嬉しいのだが・・・。
名古屋の今日の最高気温は27度。
まだまだ半袖で、過ごす方のほうが多いだろう。
10月も中旬から下旬になるというのに・・・地球温暖化を実感している(地球は温暖化どころか寒冷化しているという説もあるようだが)。
とはいうものの、街中を歩いているとショーウィンドウに飾られる服などは、すでに冬物になっている。
ドラッグストアなどの商品棚を見ても、入り口近くにディスプレイされているのは、風邪薬とハンドクリームになっている。
売り場を歩いてみて、気づいたのだがハンドクリームの売り場に、「ネイルケアクリーム」が置かれていた。
「ネイルケアクリーム」そのものは、昨年の秋ぐらいから登場し、今年の夏ぐらいからは「足爪ケアオイル」が売られるようになった。
夏場に「足爪ケアオイル」が登場したのは、女性がサンダルを履くためだろう。
「足爪ケアオイル」と言っても、足の爪も手の爪も「爪」であるコトには変わりなく、「足爪オイル」であっても「手の爪にも使えます」という、一文がパッケージに添え書きしてあった。
昨年の秋ぐらいに「ネイルケアオイル」を発売していたのは、いわゆる大手メーカーではなかったのだが、今年になると大手メーカーが参入してきている。
確かに、冬になると爪も乾燥をして、割れやすくなったりする。
今は「ネイル(「マニュキュア」というと男性諸氏には、分かりやすいだろうか?)」をしている女性も多く、医療機関などは別にして、一般企業であれば「ネイル禁止」という職場はほとんどないと思う。
それだけではなく、ネイルの色も「桜色」のような本来の爪の色に近い色ばかりではない。
「青」や「緑」「黒」といった色のネイルに、ビーズやラメをデコレーションしている女性も数多い。
「ネイル」そのものは、キレイだし案外人目を惹くファッションの一部でもある。
ただ「ネイル」そのものは、「爪を痛める」という問題がある。
そのため「きれいなネイル」をするためには、「ネイルケア」は必須なのだ。
きちんとケアをされた爪だからこそ、「ネイル」が映えるのだ。
もちろん「ネイル」をしていない女性であっても、爪が割れたり、筋が入ったりした爪は気になるし、(積極的に)ケアをしたいと考えているだろう。
もう一つ「ネイルケアオイルやクリーム」に大手メーカーが参入する理由を考えると、男性の「スキンケア」意識の広がりがあるのかもしれない。
男性で「ネイル」をする方は、まず少ないと思う。
だからと言って、爪の色が悪かったり、筋が入った爪というのは、恥ずかしいと感じる男性もいらっしゃるだろう。
今の20代、30代の男性は、スキンケアもしっかりするのが当たり前、という世代でもある。
PCやスマホを操作する指先というのは、案外人に見られていたりするものだ(特に、女性は男性の指先を見ていることが多い)。
そのような人を意識して「ハンドケアの延長」としての「爪ケア」という、提案なのだろう。
当然のことながら、男性よりも女性を意識した商品である、ということには変わりない。
先日、FMを聞いてたら聞きなれないブランドのキャリーバッグが、話題になっていた。
「スネイル」という名前のキャリーバッグだ。
と言っても、このキャリーバッグ、まだ発売されていない。
一般発売予定は、来年になるらしい。
にも拘わらず、話題になっているのはそのユニークな形状だからだ。
株式会社NOVEL:丸形スーツケース「スネイル」
太鼓のような形状のキャリーバッグで、通常のキャリーバッグの底についている車輪が無い。
車輪そのものが、キャリーバッグになっている、というデザインだ。
その結果、わずかな段差で引き辛かったキャリーバッグを気にすることなく、運ぶことができるようになったということのようだ。
階段も持ち上げずに、引いて歩けるらしい。
また押して歩けるようなので、人込みの中では押して歩くことで「キャリーバック事故(キャリーバッグの車輪に引っかかり、怪我をする人が増えている)」が減らせるかもしれない。
もう一つ話題になっているのは、オプションではあるが「簡易充電機能」を付けることができる(予定)になっている、という点だ。
旅先で、スマホなどの充電が切れて困った!という方は、多いと思う。
そのような問題を解決する方法として、「キャリーバッグを動かす」という方法の簡易充電機能があれば、便利だと思う。
それにしても、なぜこのような形状のキャリーバッグを思いついたのだろう?
NOVELのサイトには、海外旅行で石畳の道を歩いた時の車輪音や引いて歩くときの、歩きにくさを解消するために、このようなデザインのキャリーバッグを思いついた、とある。
ちなみに、このアイディアを出したのは長崎の中学校の社会科の先生だ(現在は退職をされ、NOVELの代表者となっている)。
確かに、キャリーバッグが四角でなくてはならない理由はない。
「四角でなくてはならない」というのは、思い込みかもしれない。
丸い形だと、荷造りのパッキングはどうするのか?という心配はあるし、重量も5㎏と重いのが気になる。
外装の紹介しかされていないため、内部構造(?)がわからないこともあり、現実として使えるのか?という、疑問が無いわけでもない。
ただ今現在のキャリーバッグの使われ方を考えると、「キャリーバッグ=旅行用」と考える必要はないかもしれない。
というのも、昼間所用で百貨店などに出かけると、ご高齢のご婦人を中心に「ショッピングバッグ兼杖」のようにキャリーバッグを使って体を支えながら歩いている姿を見かけることがあるからだ。
小型であれば、ショッピングバッグのような使い方もあるだろう。
「キャリーバッグの車輪音や歩きにくさ」という問題点から、キャリーバッグを発想した時「四角でなくてはならないのか?」という疑問が起き、既成概念のような枠を外したところに、新しい発想が生まれたと考えればこのような商品が生まれる、ということだと思う。
様々な国で、「ソーダ税」が検討されている、という。
実際、米国のフィラデルフィア市では、すでに「ソーダ税」が導入されている。
朝日新聞:米フィラデルフィア市が「ソーダ税」導入へ
過剰な糖分摂取による肥満などの、「生活習慣病」を減らすことを目的としているのだろう。
確かに、米国のみならず炭酸飲料そのものをよく飲む人は、数多くいる。
愛飲者の方すべてが、肥満だとは思わないが「炭酸飲料」のイメージは、健康的なものではない。
炭酸飲料のあまり健康的ではないイメージが、定着し始めたためだろう。
最近では、炭酸飲料全体の消費量は減ってきている、と言われている。
そのために、炭酸飲料メーカー各社が打ち出しているのが「ダイエット」などをキーワードとした、健康的なイメージ商品だ。
その延長としてだろうか?ペプシコが「炭酸飲料などの砂糖を大幅に減らす」と、発表している。
朝日新聞:ペプシコ「砂糖減らします」課税・炭酸水離れを意識
砂糖を減らすことで、炭酸水離れを減らすことができるのだろうか?という、疑問がわいてきたのだ。
というのも、随分前「ダイエットコーラ」が発売されたとき(だったと思う)、味が変わりコーラファン(?)から「味が落ちた」と、すこぶる評判が悪かったのだ。
ダイエットコーラそのものはその後味の改善が行われ、現在でも販売をされているのは、ご存じの通りだ。
今回の「砂糖を減らす」ことで、味が変わってしまうのでは?と思ったのだ。
味そのものが変わってしまっては、コーラという飲み物の魅力は半減してしまうだろう。
それこそ「コーラ離れ」を促進してしまうかもしれない。
もう一つは「砂糖は減らす代わりに。人工甘味料などで甘味を出す」という方法は、本当に健康的なのか?という、疑問もあった。
随分前に、VOUGEの健康をテーマにした「人工甘味料VS砂糖 体に良いのはどっち」という、動画サイトを見たことがあったからだ。
VOUGE:太るのはどっち?カロリーゼロシュガーVSお砂糖 (音声に注意)
ゼロカロリーだからと言って、人工甘味料を摂り続けるのはどうやら健康リスクのようだ。
「炭酸飲料離れ」を止めるのであれば、1日の適正量のようなモノをメーカー側が提示する方法のほうがよいのかもしれない。
そのほうが、安心をして飲むことができるような気がするのだが・・・。
ちなみに、紹介をしたVOUGEのサイトには、カフェイン摂取をテーマにした「炭酸飲料VSエナジードリンク」という動画もある。
VOUGE:炭酸飲料VSエナジードリンク (音声に注意)