日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

文化と消費 セゾンが残したモノ

2013-11-29 05:59:15 | ビジネス

セゾングループを率いていた堤清二さんが亡くなられた。
堤さんと言えば、西武鉄道を率いていたお兄さんの堤義明さんのほうが、有名というか印象的な気がする。
しかし「セゾングループ」となると、また違う印象がある。
と言うのも「セゾングループ」そのものは、それまでの百貨店とは違うイメージ戦略で、小売市場を創ることに成功したからだ。
その一つが「パルコ」だったような気がする。

「パルコ」で、印象的だったのは糸井重里さんを起用した、「おいしい生活」や「不思議大好き」などのコピーやポスターだろう。
今の様にネットなどがない時代、ポスターやテレビCMは企業メッセージを伝える効果的な手段だった。
「パルコ」のポスターやテレビCMが印象的で、時代をリードした感があったのは、直接的な表現ではなく、受け手である生活者に「?!」という疑問符を付け、一人ひとりの受け止め方に幅を持たせたことのような気がしている。
言い換えれば、「パルコ(=買い物)を面白くするのは、お客様ですよ」と、問いかけをしていた様な気がするのだ。

その象徴といえるのが、1970年代~90年代にかけ、「パルコ」という異業種の小売が同居しながら、一つの「ファッションビル」として機能していた、という点だ。
「パルコ」は、小売をしているのではなく「生活を提案している」というアプローチは、それまでの百貨店では見られなかったし、同じファッションビル形態の「丸井」はファッションに特化するコトで、若者を引きつけていた。
確かに「パルコ」も顧客対象は若者だったと思うのだが、「マルイ」に比べるとファッション感度が高い人達を対象としていたように思う。

そして「セゾングループ」で忘れてはいけないのは、「パルコ劇場」や「セゾン美術館」だと思う。
それまで百貨店にある「美術品」はあくまでも商品であり、「美術館」では無かった。
それを「美術館」という形態にするコトで、「買い物次いでに美術品を鑑賞する」という「文化を売る」ことに成功したと思う。
名古屋でなら「パルコ」内にある「パルコギャラリー」で、買い物とギャラリーを楽しむと言うことだ。
実際「パルコギャラリー」で開催される展示は、挑戦的なモノも多く随分通った。
「パルコ劇場」にしても、「劇団四季」のような大公演を組むことができない小劇団にとっては、一つの登竜門となっていたし、実験的な演劇を上演するコトもできる場所だったように思う。

その意味で堤清二さんが創り出した「セゾングループ」は、「消費と文化」と言う一見相反するような部分を融合させることができた珍しい商業形態だったと思う。

そんな「セゾングループ」も、バブルが崩壊してからは衰退の一途・・・と言う感じだったような記憶がある。
もちろん今でも「パルコ劇場」では、様々な演劇が上演されているし、小売から切り離して「セゾン文化財団」と言う公益法人によって、文化支援を継続させている。
「文化を支援する小売業」というのは、「セゾン」が最初で最後となるのかも知れない。
何故なら、堤清二さんがペンネーム・辻井喬として作家や詩人という違う顔があったからこそ、と言う気がするからだ。


放射能汚染水問題と特定秘密保護法案

2013-11-27 19:07:41 | アラカルト

「特定秘密保護法案」が、成立しそうな勢いだ。
そもそもこの法案が考えられる様になった背景は、おそらく尖閣諸島での中国漁船と海上保安庁との攻防ビデオが、海上保安庁職員によってyoutube上に公開されたコトがきっかけだったと思う。
youtube上に公開される前まで、政治と国民との間にあった「温度差」のようなものを考えると、ビデオが公開されたコトで煮え切らない態度の政府に対して、「何を隠す必要がある内容なのか?!」という、疑惑というか違和感を国民が持ってしまった、と言うコトが大きな理由となってしまったのかも知れない。

このビデオ公開と同じような政府と国民との「温度差」があるモノと言えば、「東京電力福島第一原子力発電所事故」だろう。
2020年のオリンピック招致のプレゼンテーションで、安倍さんは「(放射能は)コントロ-ルされている」と言ったが、その実、汚染水はダダ漏れ状態で「どこがコントロールされているのでしょう???」という状況が続いている。
この様な情報も「特定秘密」とされ、公開されなくなるコトになれば本当に問題だと思うし、何より「ダダ漏れ状態」というコトがわかっているからこそ、日本中の様々な研究者たちが知恵を絞り、安いコストで安全に処理する方法はないか?と、研究に励むコトができるのだと思う。

一例を挙げるなら、先日一部新聞で報道された「竹炭で除染」という方法だ。
朝日新聞:竹炭で除染、セシウム吸着を確認 中京大研究グループ

鉱物の一種であるゼオライトに比べ、竹炭は手に入りやすい素材だ。
手に入りやすいどころか、日本各地の山々の多くは「竹害」で悩んでいる。
人の手が入らない竹林は、どんどん勢力を伸ばし広葉樹どころか針葉樹すら枯らす程だ。
その結果、竹そのものは地下深く根を張ることがないため、豪雨や台風などで簡単に土砂崩れを起こす要因になっている。
「竹害」と「災害」という点で、地方自治体の頭痛の種となっている。
それらの問題を一挙に解決できるだけではなく、「汚染水処理」という難しい問題も解決できる可能性がある。

汚染水処理で使われた竹炭は、燃やし灰にするコトで保管もしやすくなる、と言う期待もある。
素人考えで申し訳ないのだが、竹炭そのものは火力が強いので、汚染水処理で使った竹炭を燃やして発電することもできるかも知れない。
と言っても、今稼働している火力発電所ほどの発電量は望めないと思うが、フクシマ事故処の一部はまかなえるかも知れない。

「震災がれき受け入れ」で、住民の多くが難色を示した地域でも「竹害」に悩んでいる自治体はあると思う。
その様な自治体にとって、「汚染水処理協力のため」と言えば住民や地権者の理解を得やすいと思う。

その様な一連の話を、キチンと住民や地権者に話し、理解を得るためにはやはり「政府にとって都合の悪いこと」も、公開していく必要があると思う。
その様な視点が無いまま、「都合が悪いことは、取りあえず隠す」という発想では、進む事柄も進まないのではないだろうか?





こういう時こそ「野党」のあるべき姿を見せて欲しい

2013-11-26 19:58:16 | 徒然

安倍政権になったとたん、ふってわいたような気がする「特定秘密保護法案」。
今日、自民・公明・みんなの党の賛成により、衆議院を通過した。

先の総選挙で、自民党優勢と伝えられ始めた頃から、安倍さんの「先祖返り」というか、昭和初期的な思考発言が目立つような気がして、何となく嫌な感じがあったのだがこの「特定秘密保護法案」提出に至っては、予想が当たったと言うよりも予想以上に悪い意味での昭和返りという印象がある。

マスコミが報じる内容を読むと、「報道の自由の制限」というコトが強調されている。
「報道」がビジネスの基本なのだから、それが制限されると言うコトは死活問題なので、反対理由としてトップに揚げるのは当然だろう。
ただ、余りにも「報道の自由」というコトばかりを強調されると、今の様にネット上で様々な情報が飛び交い実際安倍さんご自身が「ニコ動」などに出演している。そう考えるとマスコミの「報道の自由」と言うコトには、共感し難い環境にあると思う。
もちろん今でもマスコミは、社会性の高い情報発信源として信頼性が一番高いとされているのだが、一方ではマスコミが発信している情報を信用していない、と言う人達も増えている、と言う現状がある。
そう考えるとむしろ「知る自由が時の政府の都合、官僚の都合によって様々な制限され、都合が悪いことは隠蔽される」コトへの危機感を生活者がもっている、と言うコトのほうが重要なのだと思う。

随分前から「日本はスパイ天国だ」と、言われている。
実際、日本企業に勤める中国人が企業のデータを持ちだそうとして逮捕されたり、今年の夏には日本のトップ企業の社内秘扱いの情報が海外(主に中国だったようだが)に流出していた、と言う事件があった。
今やスパイの活躍の場は、軍事よりも産業なのかも知れない・・・と感じさせた事件でもあった。

民間企業の場合、今回の「特定秘密保護法案」の対象にはならない(と思う)。
主な対象は「軍事や外交」等の秘密事項と考えるのが、自然だと思う。
思うのだが、この「特定秘密保護法案」の内容そのものが、よく分からない。
「時の総理がその判断をする」と言う報道もあり、益々法案そのものに対して「疑心暗鬼」になるのだ。

それにしても、日曜日に民主党が朝日新聞などにこの法案に対しての「意見広告」を掲載したのだが、本筋のところでは賛成なのかな?と言う印象を受けた。
そして、他の野党からは「反対」という声は聞こえてきても、世論を起こすような動きが見えない。
こんな時こそ、野党として何をし行動を起こすべきなのか!と言う、やるべき姿を見せて欲しい・・・と思うのだ。



そろそろ、賞味期限切れ?B-1グルメ

2013-11-25 21:09:14 | トレンド

昨日、「ゆるキャラグランプリ」の発表があった。
今月初め、首位を独走していた浜松の「出世大名家康くん」を大逆転した栃木県佐野市の「さのまる」に決定した。
ゆるキャラグランプリ2013結果発表

ゆるキャラ界のスターといえば、彦根市の「ひこにゃん」だと思うのだが、最近では熊本の「くまモン」というコトになるだろう。
昨年グランプリを取得した今治の「バリィさん」は、「ひこにゃん」や「くまモン」に比べると、やや印象が薄いと言う気がするのだが、その理由として考えられるのが岡崎の「オカザエモン」や船橋の「ふなっしー」のような、強い印象が残る「ゆるキャラ」が増えつつある、と言うコトに影響されているのかもしれない。
逆に考えれば、これからの「ゆるキャラ」は「ゆるく・可愛らしい」だけではなく「強烈な印象がもてる」というのも、必要かもしれない。
それで賛否が分かれても、それを「話題性」と考えるくらいの割り切りで「ゆるキャラ」を育てていくくらいの覚悟(と言う程では無いが)が必要かも知れない。

その「ゆるキャラ」ブームと同様に、地方の振興策として定番となりつつあるのが「Bー1グランプリ」だろう。
今年は、愛知県豊川市で開催され、開催期間中は何かと話題として取り上げられた様な印象がある反面、「グランプリ受賞チーム」の記憶が、全く無かった。
豊川市で開催されたにも関わらず、愛知県下の「B級グルメ」が上位に入賞しなかったためだろうか?
B-1グルメグランプリ公式サイト:グランプリ アーカイブ

今年は、福島県の「浪江焼きそば」が、ゴールドグランプリを受賞している。
2年前であれば、東京電力福島第一原子力発電所事故で、避難地域に指定をされた「浪江町のB級グルメ」として、開催地がどこであっても話題になったと思う。
当然、ここ愛知でも大きく取り上げられたと思う。
それが思う程大きく取り上げられないのは、イベントとして定着してきたというだけではなく、目新しさを感じなくなってきた、と言うコトも影響しているのでは?と言う気がしたのだ。

今現在「浪江町で焼きそばを食べる」というコトができない、と言うコトも影響しているとは思うが、参加した「浪江焼麺太国」としては、このB-1グランプリ優勝で「浪江町が元気である」というコトを、避難を強いられている元住民の方々だけではなく、日本中にPRしたかったのでは?と言う気がしている。
だからこそ、残念な気がするのだ。

B-1グルメグランプリ優勝は、優勝した地元に数億円以上の経済効果をもたらすと言われている。
その数億円という経済効果を期待できる「浪江町」で、グランプリ受賞の焼きそばが食べられない、と言うコトも話題が続かなかった理由なのかも知れないが、過去のグランプリB級グルメが次々と商品化されたように「浪江焼きそば」も、商品化により地域の経済復興になるかも知れない。
そう思うと、今回のB-1グルメグランプリは話題性という部分において、残念な気がしている。
と言っても、愛知県下だけがこの様な状況だったのかも知れないのだが・・・。


人材の確保が急務なのでは?-出生前診断に思うー

2013-11-23 19:28:19 | 徒然

今朝のいくつかの新聞の一面に、「出生前診断」についての記事が掲載されている。
この夏ぐらいから、話題になった「出生前診断」。
この診断を受け、陽性と判定された妊婦さんの約9割の方が、中絶をしていた、と言う内容も記事には書いてある。
朝日新聞:新型出生前診断、陽性の9割以上中絶 羊水検査後

「陽性判定だから、中絶をした」と言うコトは、あくまでも妊娠された方とパートナーがしっかり相談をした上でのコトだと思う。
そこには第三者が、口を挟む余地は無いと思っている。
ただ、気になるコトがある。
それは「カウンセリング体制」という点だ。

今年の5月、全米だけではなく日本でも話題になった、女優・A・ジョリーさんの「予防的乳房切除」。
彼女の場合、母親だけではなく叔母も乳がん患者であったことを考えれば、一般的に言われる「家族性乳がん」の発症リスクが高い女性、と言うコトになると思う。
もちろん、「思う」だけではなく、「乳房切除」をするに当たって、「遺伝子検査」を実施しているはずだ。
A・ジョリーさんのこの話題直後、日本でも臨床試験として、いくつかの病院が「予防目的の乳房切除実施」が発表された。
タイミング的には、A。ジョリーさんの話題直後というコトで、この話題性で「乳癌学会」などが動いた様に思われがちだが、実は随分前から検討されてきたコトのようだ。

検討は随分前からされていたにも関わらず、臨床試験が行われなかった大きな理由の一つが「遺伝子検査後の対応」という点だった、と言う話を伺ったことがある。
日本だけではなく、米国でも「遺伝子に由来する病気」に関しては、必ず「カンセリングを受ける」というコトが必要だと言われている。
ところが、日本の場合この「遺伝子カウンセリング」ができる医師や医療関係者が、とても少ないのが現状なのだ。
実際、日本の医学部で「遺伝子カンセリング」を扱っている大学(正しくは、大学院)は、10校程度。資格取得者は140名程度、と言うのが現状で、カウンセリングを受けられる人というのは、僅かなのではないだろうか。
そう考えると、「羊水検査」によって陽性と判定された方の内、「遺伝子カンセリング」などをしっかり受けるコトができたのか?と言う疑問が湧いてくるのだ。

もう一つは、制度そのものが比較的新しい制度であるが故に、資格保有者の社会経験に不足も懸念している。
医師などに関しても言えるコトなのだが、医学部を卒業し医師免許を取得すれば「医師」となるコトができるのだが、臨床の現場では「学力」ではなく「コミュニケーション力」などが真っ先に問われる。
ところが社会経験などの少なさによって、患者の心を傷つけてしまうコトを言う医師も少なく無い。

「カウンセリング」という、患者の心にまで踏み込むコトを要する仕事であればこそ、コミュニケーション力などが必要だと思う。
そう考えると、「遺伝子カウンセラー」という分野に必要なコトは、医学的知識+αの能力が必要だと言うコトになる。
そこで提案をしたいのだが、様々な理由で医療の現場から離れている医師(例えば、子育てや介護などとの両立が難しいと感じて、復帰をしていない女性医師など)に積極的に、「カウンセリング講座」を受講してもらい、人材を確保する必要があるのではないだろうか?
むしろ、子育てや介護の経験が、大いにカウンセリングに役立つと思う。

「新型出生前診断」の実施は、今後広がっていくと思う。
であれば、判定前からキチンと「カウンセラー」によるアドバイスが受けられる体制づくりも、急務だと思う。


「香り」ビジネスは、まだまだ続く?!

2013-11-22 20:12:41 | ビジネス

1ヶ月ほど前は、半袖を着ていたような気がするのだが、今日あたりになると薄手のダウン・ジャケットを着ている人の姿が多くなったように思う。
秋らしい季節をさほど感じないまま、冬が来てしまったようだ。

冬到来と共に、小売店の店先には「暖かな」商品が目に付くところへ並び始める。
その一つが「使い捨てカイロ」だろう。
ロッテが初めて「使い捨てカイロ」を製造・販売し始めた頃とは違い、その種類も随分バラエティーになってきている。
「使い捨てカイロ」という表示はされていないが、同じ原理で作られていると思われる「使い捨て温熱アイティム」というものも、随分増えている。
その様な「使い捨てカイロ」市場に、新しいタイプが登場したようだ。
それが「香り付き使い捨てカイロ」だ。
桐灰科学:「香るカイロ」

寒さの到来は、もう一つやっかいな季節の到来でもある。
「風邪のシーズン」到来だ。
ドラッグストアの入り口近くには「風邪薬、うがい薬コーナー」が設けられ、足を止める人も少なくない。
もう一つ、人が足を止めるコーナーがある。
それが「熱とりシート」の売り場だ。
「氷のう」に比べ、手軽で頭からずれるコトが無い、と言うなかなかのアイディア商品。
今年の夏のような猛暑等でも、使われた方が多かったのでは無いだろうか?
随分前だが、「熱とりシート」を頭に貼り付けた人を、街中で見かけたコトがある。
まじまじと見たわけではないのだが、頭に白いシートらしきものを貼り付けて歩いている、と言うのは、なかなか強烈な印象だったので、多分間違い無いと思う。
そんな「熱とりシート」にも、「香り付き」が登場しているのだ。
小林製薬:「香る熱さまシート」

柔軟剤による「香害」が問題になっているが、それでも「香りビジネス」そのものは、まだまだ拡がる可能性があるようだ。
ただ、今回の「使い捨てカイロ」にしても「熱とりシート」にしても、「香る範囲」は余り広くないような気がする。
おそらく「付けている人が感じる程度」なのではないだろうか?
と言うのも、「使い捨てカイロ」にしても「熱とりシート」にしても、使うのは一人だけで局所的に使われる物だからだ。
「使い捨てカイロ」や「熱とりシート」が柔軟剤並に香るようでは、付けている人が気持ち良いどころか、気分が悪くなってしまう。

そう考えると、これからの「香りビジネス」は、「他の人に感じさせる」のではなく「自分が、リラックスするため」という、気分的なモノを求めるための位置づけとなるのかも知れない。


「伝える」難しさ

2013-11-20 19:46:01 | アラカルト

今日、某大学で開かれた講演会に出かけてきた。
講演をされた先生方は、皆さんその分野では活躍をされている方々ばかりらしい。
と言うのも、一般メディアに登場されるような先生方ではないので、世間的に著名な先生と言う訳ではないからだ。

講演は4つ、科学・社会経済・生理学・言語という全く違う分野の講座を一度に受講すると言う、参加側もなかなかハードな講座だった。
そして、4つの講演を通して感じたコトは「伝えるコトの難しさ」というコトだった。

高校生の頃、理系分野が苦手だったこともあり、科学や生理学などに関しては、理解が難しいと言うのは最初からわかっていたことなのだが、社会経済や言語という分野に関しては、ある程度の理解はできる!と、思っていた。
ところが・・・私の理解力の無さもあるとは思うのだが、「講演の内容のポイントは何?」と思うコトが多々。
講演会と言っても4つもの講演を短時間で行うと言うコトもあり、相当ポイントを絞らないと話が散漫になって、講演を聴いているこちらの記憶に残らないのだ。

記憶に残ったのは、高校生の頃一番苦手としていた生理学の「創薬」の講演。
このところ「治験」などについての調べ物が多かったコトも関係していると思うのだが、創薬できるだけの力をもっている企業は世界でも限られており、アジアに限って言えば日本企業だけである、と言うコト。胃腸薬の市場規模が2兆円もあることの他に、次世代のがん治療薬として注目されている「分子標的薬」の基礎的考えを基に、様々な病気の治療薬の開発ができるということ等々・・・。
創薬に関する経済的な話は、講演中の枝葉の葉の部分でしかないのだが、大雑把な理解は何とかできたと思う。

ところが、多少なりとも理解する自信があった言語の講演では、頭の上には「???」が沢山浮かんでしまった。
「伝える」というコトに長けているはずの先生なのだが・・・と思いつつしばらく真面目?に聴いていたのだが、出席をしている方の中には途中で席を立つ人が多く、おそらく先生もそれがわかったのだろうか?話がハイスピードで進み余計に「何をテーマとして話しをされているのだろう?」と言うコトが益々判らなくなってしまった。

先生方の言葉は実に平易な言葉なので、言葉が理解できないのでは無い。
「何を言いたいのか?」がわからないのである。
「話す技術」として、「平易な言葉遣い」があげられるコトが多いと思うのだが、「平易な言葉遣い」だけでは「伝わらない」ということなのだ。
「何を伝えたいのか?何を伝えなくてはならないのか?」そのポイントを整理した上で、平易な言葉で話すコトが大切なのだと実感をした。
自分自身に置き換えてみても、「伝える」というコトには自信が持てない・・・。
それだけ「伝える」というコトは、難しいコトなのかも知れない。


なる程、納得という凄い技術

2013-11-19 20:44:53 | アラカルト

朝日新聞に「乳房再建の新しい技術」という記事が掲載されていた。
朝日新聞:がん患者の乳房再建、きれいに早く 切除前に型取り

乳房そのものは「露出した臓器」なので、「臓器」という視点だけで考えれば「命が助かったのだから・・・」と言うコトを言われる方もいらっしゃる。
一方、乳房は「女性の象徴的臓器」ともいわれ、「女性の象徴」という視点で考えれば、乳房を失うと言う喪失感は、とても大きい。
その為「乳房温存術」を希望する乳がん患者さんは、多い。
私自身も乳房温存術を選択した。
と言っても、私の場合は乳房内のがんの拡がりが大きくなかったため、比較的手術による欠損も少なかったので、全摘の対象ではなかった。
ただ、早期の乳がんであっても乳房内のがんが広範囲な場合、乳房全摘という選択をせざる得ない。

実際、先日ある乳がんのセミナーで拝見した「乳房再建」のスライドには、「それは、再建とは言わない」という程、手術をしていない本来の乳房と再建をした乳房の大きさ、位置、形が大きく違っている術例がいくつか紹介されていた。
それほど、乳房の再建というのはとても高い技術が必要な「形成手術」なのだ。

その高い技術が必要な手術が、ドクター個人の技術力頼りではなく、きれいに早くという術法の開発というのは、患者さんにとっては朗報だ。
それだけではなく、他の病気などにより、体の一部を失わざる得ないようなケースにも応用できるかもしれない。
例えば、糖尿病が進行し足の指などが壊死、その為に手術をせざる得ない場合などは、病気の進行状況に合わせて、事前に型どりをしておけば、義肢を作ることが比較的簡単になるかも知れない。肉腫のような病気も同様だろう。

しかしその再建術をよくよく読んでみると、「何故、このコトに気づかなかったのか?!」と思える程、シンプル。
術前に型どりをしておけば、患者一人ひとりにあった形が作りやすいだろう、と言うのは素人でも判る。

実はこの「素人でも判る」コトに気づかないと言うコトが、専門家になればなるほどある様な気がする。
むしろ専門家であるが故に、気づかないのかも知れない。
今回の新しい術法などは、専門家であっても、発想のどこかには「素人の視点」を持ち続けるコトが大切、ということを言っている様にも思える。


小泉インパクト

2013-11-18 19:17:35 | アラカルト

今日発売の週刊誌2誌に、同じ記事が掲載されている。
記事の内容ではなく、先日日本記者クラブで記者会見をされた小泉元総理の会見内容総てを掲載している、と言う点で同じという意味だ。

方向性が随分違うと思われる週刊誌2誌に同じ記事が掲載され、youtubeでも内容を総て見るコトができる、と言うことは、それだけ先日の小泉元総理の記者会見は、社会的、政治的インパクトがある内容だったのだと思う。

これらの記事というか、報道の取り上げられ方から感じるコトは、「原発0」と言うコトよりも、「小泉インパクト」というコトだ。
「あの『自民党をぶっ壊す』と言った、小泉さんがまた仕掛けている」という、ニュアンスを感じると言ったほうが良いのかもしれない。

それは、自民党総裁=総理大臣経験者である、と言うコトだけではなく、小泉さんが総理だったとき幹事長をしていた安倍さんが、現在の総理であるということ。その安倍さんと正反対の意見を政界を引退したと言っても、これまでの総理経験者とは違う「力」を保持している、と言うコトなのだと感じている。
「これまでの総理経験者が保持している力」と言うのは、自民党内での発言力であって、社会的発言力ではない。
古いところでは、総裁選で誰を選ぶのか?と言うコトを総理経験者の鶴の一声で決まる、と言う様なコトだ。

ところが、小泉さんの場合党内に向けて話しをする、と言うよりも国民に向けて話をする、と言うコトが上手だったように思う。
それが「郵政民営化」だったのだと思うのだが、今回の記者クラブでの会見でも記者に向かって話をしている、と言うよりも記者という媒体を通して国民に向け話しをしている、と言う印象がある。
記者さんたちを「媒体」と呼ぶのは、大変失礼なコトだとはわかっているが、ご自分の意見や考えを広く伝える手段として、メディアを上手に使っているな~と言う印象がある。
それだけに、メディアは「小泉インパクト」的な扱いをしているのではないだろうか?

小泉さんは国民を味方につけ、「原発0」を強く打ち出していくような気がする。
残念なのは、この小泉さんの発言に対して、野党からは今のところ意見らしきものが出ていない、と言う点だ。
国会論戦の場で「親(小泉元総理)と子ども(小泉進一郎議員)と意見が違う」といった、重箱のすみをつつく様な、とぼけたコトではなく、もっとしっかりとした「原発反対」の意見を堂々と国会の場で、話をし国民の考えを問うようにしてもらいたいものだ。
それもまた、「小泉インパクト」だと思うからだ。


年賀状、数百枚出すご家庭はどのくらいあるのだろう?

2013-11-17 07:26:11 | ビジネス

今月1日から「年賀はがき」の発売が始まった。
一部新聞などでは、郵便局員さんの「自爆営業」が問題として取り上げられている。
問題として取り上げられているのは、「非正規社員でも3,000枚のノルマを課せられ、ノルマ達成のために自腹で購入→金券ショップで売り払う」という内容だ。
この様な記事は、毎年今頃になると取り上げられていると思うのだが、民営化されてから取り上げられる頻度が上がったように感じる。

ところで、政府が様々な試算モデルとして取り上げる「夫婦+子ども2人」という「一般的家庭」で、年賀状はどのくらい出すのだろう?
「個人情報保護」の理由で、幼稚園や学校、職場では「住所録」というものを作らなくなった。
一般家庭で出す年賀状そのものは、ごく限られた友人だけなのでは?
逆に子どもの年齢が上がるにつれ、携帯電話やスマートフォンで新年の挨拶をする様になる。
住所は知らなくても、携帯やスマホのアドレスは知っている、と言うのが現状なのではないだろうか?
実際のところ、50過ぎの私のところでさえ、友人から「あけおめ」と新年の挨拶メールが来る。

そう考えれば、「年賀の挨拶」そのものが変わってきている、と言うコトになる。
一方、郵便局の「年賀状CM」は相変わらずで、「日本人なら年賀状を出すのが当たり前」という雰囲気が漂う。
郵便年賀.JP:CMギャラリー
CMとして見ると、それなりに「頑張った」という感じなのだが、携帯やスマホに対抗できるだけの提案があるとは思えないのだ。
特にスマホのような高機能のツールに対して、「年賀状」はローテックでスピード感が無い。
年賀状のローテックというか、手作り感を大事にしようとすると時間と手間が掛かりすぎる。
それなりの枚数を出そうと思えば、プリンターで一斉印刷をした方が便利で、手間もかからない。
大口利用者と考えられる企業にしても、「経費節減」で年賀状そのものを出さない、もしくは限られた取引先限定なのではないだろうか?
そんな現状を考えれば考えるほど、1世帯、1企業で出す年賀状の枚数というのは、日本郵便が売りたい!!と思っている枚数よりも遙かに少ないのではないだろうか?

もっと現実的な数字を販売予定枚数に反映させるコトのほうが、様々な意味で「コスト削減」という気がするのだ。
むしろ「あけおめ」という言葉では伝わらない、気持ちや思いを本当に伝えたい人に贈る、と言う位のアプローチで、「年賀はがきを受け取る=特別な出来事」と言う位の提案と新しい文化(と言う程ではないが)を創るコトが大切だと思う。