「版画がつくる 驚異の部屋へようこそ!展」 町田市立国際版画美術館

町田市立国際版画美術館町田市原町田4-28-1
「版画がつくる 驚異の部屋へようこそ!展」
8/8-9/23



解剖図や動物図譜、それに自然の驚異や空想の世界を描いた作品など、ヨーロッパの中世、及び近代版画、約100点を展観します。町田市立国際版画美術館で開催中の「版画がつくる 驚異の部屋へようこそ!展」へ行ってきました。

まずは展示の構成です。

「自然の驚異」:ほぼ等身大の人体解剖図、色刷りの植物図譜など。R.J.ソーントン編著「フローラの神殿」(1798-1804)他。
「怪物を探せ」:怪物モチーフの作品。ジョン・マーティン「失楽園」(1827)、ギュスターヴ・ドレ「神曲」(1865)の一部など。
「踊る骸骨」:死神としての骸骨から、愉し気に踊る骸骨まで。アルフレート・レーテル「殺人者としての死」(1851)など。
「エジプトの部屋」:ナポレオンのエジプト遠征に際し、現地へ派遣した学術調査団の成果を見る。「エジプト誌」(1809-1828)一覧。

15-18世紀のヨーロッパの王侯貴族の間で流行った「驚異の部屋」(世界各地より珍しい貝や動物の剥製、鉱物や植物から宝石や絵画などを厚め、自分好みのの部屋をつくった。)の雰囲気を、館蔵の版画で再現しようという意欲的な展覧会です。もちろん都内の大型展であるような凝った演出は皆無ですが、出品作自体の面白さは、それこそ先だっての西美の版画展にも劣らないものがありました。それでは以下、順に印象に残った作品を挙げていきます。



アタナシウス・キルヒャー「シナ図説」(1667)
世界各地よりの珍品を集め、ローマに驚異の部屋ならぬ博物館をつくったキルヒャーによる中国の研究図説。海上に観音様のような像が立つ不思議なイメージ。

シャルル・エティエンヌ「人体部分の解剖図」(1546)
16世紀の解剖図。骨格や筋肉、それに組織までを写し取っているが、風景の中に骨格を立たせているからか、人の滑稽な骨のポートレートのようになっていて面白い。

ジャック=ファビアン・ゴーティエ=ダゴティ「人体構造の解剖陳列」(1759)
多色刷りの銅版技法により、等身大に近いサイズで捉えた人体の解剖図。男性を正面から背面、さらには脳の内部にまで解剖して細やかに示す。上のエティエンヌとは異なり、どこか学術的な様相を感じさせているが、実際に作者は医者でないため、細部の正確さに関しては疑問があるとのこと。計7点ほど並ぶ解剖図の姿はなかなか壮観だった。



ヨンストン「動物図譜」(1657-65)
日本の平賀源内などにも影響を与えたヨンストンの動物図巻。全編に渡って鳥や昆虫などが描かれているそうだが、今回は展示の趣旨にも合わせて、実在しない一角獣とドラゴンのページが紹介されている。

ヨハン・アンドレアス・プフェッフェルとその工房「神聖自然学」(1732-37)
聖書に現れる自然や出来事、建築などを、全750枚もの銅版で示した作品。今回はうち創世記やソロモン神殿など、8点ほどが展示されている。神殿はまるでエッシャーの迷路の建物のようだった。



R.J.ソーントン編著「フローラの神殿」(1798-1804)
版画で制作された植物図鑑の金字塔。見事な色彩で花の写実的な、またそれでいてどこか妖艶で意味ありげな姿を写し取っている。白眉は「夜の女王」(1800)。廃墟のような石造りの建物を背景に、黄色の花弁をつけた花が咲き誇る。他、エジプトハス、ベニゴウガンなども見事だった。(約10点を展示。)

ジョルジォ・ギージ「人生の寓意」(1561)
まさに魔界の光景を表した一枚。荒れ狂う海からは龍が頭を突き出している。画中の男女は何らかの問答をしていると想定されているそうだが、その内容までは良く分からなかった。



ジャック・カロ「聖アントニウスの誘惑」(1634)
お馴染みのモチーフ。誘惑されていると言うよりも、怪物に攻撃されているように見えるアントニウスの姿が小さく描かれている。ここの主役はもはや彼ではなく、怪物たちの棲む魔界全体のようだ。

ジョン・マーティン「失楽園」(1827)
ミルトンの叙事詩を版画で描く。悪魔の生息するパンデモニウムを鳥瞰的に示した作品は圧巻だった。無数の悪魔が点描のように小さく表されている。(展示では7場面を紹介。)

ギュスターヴ・ドレ「神曲」(1865)
ダンテの神曲の地獄の景色を迫力ある様相で描く。ミノタウロスや鳥の身体をもって女の面をつけたハルピュイアイなども登場。最後のルシファーのシーンでは画中に登場するダンテ自身の姿も描かれていた。(計8場面。)

アルフレート・レーテル「殺人者としての死」(1851)
死神が街の中に入ってばったばったと人をなぎ殺す。疫病の蔓延を表していた恐ろしい一枚。

クロード・メラン「ヴェロニカの頭顔布」(1649)
鼻の頭からひかれた一本の線が、ぐるぐると渦巻きながら陰影を描くことによって、イエスの顔全体を象っていく。文化村のだまし絵展にあっても良かったくらいの面白い作品。

残念ながら図録は刊行ありませんが、わら半紙ながらも作品の一点一点を小さな図版入りで詳細に紹介した出品リストも用意されていました。来場者に対する基本的なケアに不足はありません。



また本展に続く常設展示、「戦争と版画家 - オットー・ディックスと北岡文雄」も充実していました。とりわけ第一次世界大戦の悲惨な光景を描いたドイツの版画家、オットー・ディックスの「戦争」シリーズは強く心を打つものがあります。こちらも必見です。

最後に美術館HPがあまり要領を得ないので、町田駅からのアクセスについて記した館内備え付けのマップを以下に掲載しておきます。なお徒歩ならば、大通りから一本折れる地点が分かりにくいものの、2番目の「階段コース」(緑色の線)が便利です。また3番目の「急坂コース」(紫の線)はJR駅からの距離が最短ですが、行きの下りはともかくも、帰りの上り坂は尋常ではありません。お気をつけ下さい。(所要時間はおおよそ徒歩15分です。面倒な方はタクシーでも良いかもしれません。)




(それぞれクリックで拡大します。)

9月23日まで開催されています。自信をもっておすすめします。
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