「江戸の幟旗 - 庶民の願い・絵師の技」 渋谷区立松濤美術館

渋谷区立松濤美術館渋谷区松濤2-14-14
「江戸の幟旗 - 庶民の願い・絵師の技」
7/28-9/13



江戸時代の庶民文化を体現(チラシより引用。)する、幟旗を100点ほど総覧します。渋谷区立松濤美術館で開催中の「江戸の幟旗 - 庶民の願い・絵師の技」へ行ってきました。

まずは幟旗の意味(展示の意義も含む。)をキャプションなどから引用します。

原型は戦場の旗差し物に由来する。主に江戸時代、端午の節句、また村や神社の祭りの際に飾りとして立てられた。勇壮な武者絵の他、書などの様々なモチーフが登場する。いわゆる庶民向けの芸術であり、なおかつ消耗品でもあったため、これまで歴史に埋もれていた感があったが、今回はそれを発掘して展示した。

恥ずかしながらも見る前は「たかが旗の展示かと」と思い込んでいましたが、その馬鹿げた認識は会場へ足を一歩踏み入れただけで簡単に覆されました。制作者こそ明らかではありませんが、高さ数メートルにも及ぶ旗の中には、激しくうねる波に兎が舞い、また龍と虎が火花を散らして向かい合い、さらには鍾馗や金太郎などが時におどろおどろしく、そして愉快に登場するシーンなどが、まさに絵画的展開をもって次々と出現しています。これは旗を借りた、半ば江戸庶民絵画総ざらいの展示に他なりません。頭上に靡く旗の豊かなイメージ、そしてそのスケールには、終始圧倒されました。

それでは簡単に惹かれた作品を挙げておきます。



「波に兎」
荒れ狂う波に兎がかける。交互に見つめ合うその姿は飄々としていて可愛らしい。吹き上がる飛沫など、波の動的な表現もまた見事だった。

「双龍」
雨をもたらす神として奉られた龍神が勇ましく描かれる。農耕関連の祭祀の際に奉納されたものであるらしい。幟旗が庶民の日常と密接に結びついていたことが伺い知れる。



「神功皇后」
神話主題の作品が多いのも幟旗の特徴の一つ。色艶やかでかつ、立派な甲冑に身を包んだ神功皇后が、何やら笑みをこぼしながら指示をしている。

「趙雲」
今も昔も三国志は庶民の娯楽的な読み物であったのだろうか。鋭い視線を向け、長い槍を構える蜀の名将、趙雲の姿が描かれている。その強さにあやかってこうしたものをつくったのかもしれない。

「打上花火」
下から打ち上がり、画面の上方にて花を咲かせる花火の様子がダイナミックに示されている。縦長の構図をとる幟旗ならではの作品ではないだろうか。



「民の竃」
浮世絵師の手によるものではないかと推測される一枚。下に田畑を耕し、または川に鍬を入れる農民の姿が、上方にはそれを見下ろすような貴族の姿が描かれている。衣服の文様なども非常に細やか。特別な品であったことが予想出来る。

また屋外に掲げていた旗の他に、室内に飾られていたであろう小旗や内幟、さらにはその下図などもあわせて紹介されていました。ちなみに庶民のための絵画に相応しく、時に大津絵のような良い意味での「稚拙」な作品が多いのも幟旗の魅力の一つかもしれません。

これほど空間との相性が良い展覧会も他に例がありません。松濤の独特な半円状の展示室に並ぶ幟旗は、あたかもこの場所に誂えるためにつくられたのではないかと思ってしまうほど、寸法良く収まって並んでいました。思わず常設展かと錯覚してしまいます。

なお旗は絵のように手元に引き寄せて見ることは出来ません。会場では上から見下ろせるスペースをつくるなど、少しでも見やすくなるような工夫はされていますが、頭上にある絵の文様までを細かく知るのに、簡単な双眼鏡などがあっても良いかもしれません。

江戸絵画ファン必見の展覧会です。今月13日まで開催されています。
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