「ベルギー幻想美術館」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム渋谷区道玄坂2-24-1
「ベルギー幻想美術館 - クノップフからデルヴォー、マグリットまで - 姫路市立美術館所蔵」
9/3-10/25



国内屈指のベルギー美術コレクションを誇る姫路市立美術館の作品より、19世紀後半より20世紀前半のベルギー幻想美術を概観します。Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「ベルギー幻想美術館 - クノップフからデルヴォー、マグリットまで - 姫路市立美術館所蔵」へ行ってきました。

まず本展の特徴を箇条書きにして挙げておきます。

・クノップフ、ロップス、アンソールより、マグリット、デルヴォーまで、シュールレアリスムを含む、ベルギーの広義の幻想美術を展観する。
・展示作品は全て姫路市立美術館の所蔵品。
・全150点のうちマグリットが30点弱、デルヴォーが50点強を占めている。
・出品作の7割弱は版画作品。その他も素描、水彩が目立ち、油彩は非常に少ない。

それでは展覧会の構成に沿って、順に惹かれた作品を並べてみます。

第一章「世紀末の幻想 象徴主義の画家たち」
目に見える世界ではなく、心の目で見た世界を描きだす。(解説冊子より引用。)主に1900年前後のベルギー象徴主義絵画。デルヴィル(4点)、クノップフ(4点)、フレデリック(3点)など。やはりベルギー幻想と聞けば、一番見たいのはここのセクションではなかろうか。



ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク「夜の中庭あるいは陰謀」(1895)
青みがかった夜の闇の下で集う数名の女たち。石造りの建物の並んだ、どこか冷めきった空気の漂う通路を前に、まさに謀をするかのようにしてひそひそと語り合う。この後に一体どのような事件が起こるのだろうか。静寂な中にも、よからぬドラマを予兆させる作品だった。



フェルナン・クノップフ「ヴェネツィアの思い出」(1901)
展覧会チケットにも掲載されたいかにもクノップフらしい優美な女性像。ブロンドの豊かな髪を靡かせ、くっきりとした目鼻立ちをした女性が、やや憂いをたたえた視線でこちらを誘うように見つめている。全体を覆う朧げな雰囲気と、それに相対するような精緻なタッチが見事に合わさっていた。ただし予想外に小さな作品でやや拍子抜け。縦17センチ、横は10センチにも満たない。

フェルナン・クノップフ「ブリュージュにて 聖ヨハネ施療院」(1904)
光量の足りない、言わば不健康なほどに薄暗い水辺に建つ施療院を細やかなタッチで描いている。うっすらとセピア色を帯びた建物自体はもとより、水面に反射するその様はまさしく暗鬱。ローデンバックの「死都ブリュージュ」のイメージが重なり合った。



レオン・フレデリック「春の寓意」(1924-25)
祭壇画形式で春の花園を壮麗に描く。モチーフからして中央の女性は聖母マリア、また裸の子どもはイエスだと連想されるが、必ずしも厳格な宗教画の形式をとっていない部分が興味深い。花々の色鮮やかな描写が目に焼き付いた。

第二章「魔性の系譜 フェリシアン・ロップス」
ベルギー象徴主義絵画の先駆者、ロップスを展観。版画など20点弱。ともかくは久々に「生贄」と再開出来て満足だった。

「生贄」(不詳)
祭壇に捧げられた生贄を陵辱する悪魔が描かれている。山羊頭の悪魔、そして大きく口を開けて仰向けに倒れた生贄の表現は、幻想と言うよりもグロテスクでおどろおどろしい。

「サテュロスを抱く裸の若い女性」(1871)
満月の下、深い森に覆われた地に立つサテュロス像を抱く裸女が登場する。好色のサテュロスに相応しく、その大仰な姿はまさに卑猥そのものだった。

第三章「ジェームズ・アンソール」
仮面の画家、アンソールの連作「キリストの生涯」など。数年前の庭園美のアンソール展を思い出す。やはり彼の版画連作は興味深い。

「カテドラル」(1896)
聖堂の前に群がるのは大群衆が表されている。画面に僅かの隙間もない、モチーフにおいて全ての埋め尽くされた濃密な世界はアンソールそのもの。軍隊とカーニバルの一行がぶつかり合うようにしてひしめいていた。

「人々の群れを駆り立てる死」(1896)
お馴染みの大群衆の上には大きな鎌を振りかざした死神が登場する。逃げ惑い、怯え、また時に笑い、錯乱する人々のカリカチュア的表現が面白かった。細かな描写の中にも人間の感情が確かに示されている。

第四章「超現実の戯れ ルネ・マグリット」
ベルギーシュルレアリスムの代表画家、マグリットのコーナー。連作版画「マグリットの捨て子たち」など。だまし絵展のマグリットがあまりにも素晴らしすぎたせいか、率直なところ点数の割にはあまり印象に残らなかった。



「マグリットの捨て子たち マザーグース」(1968)
マグリットの死の翌年に刊行された版画集12点。直立する木立の中には、次元を移動して行き交う背広姿の男たちが描かれている。異なった時間、場所を同時的に見せるマグリットならではの世界。

「マグリットの捨て子たち」から「魅せられた領域」(1968)
カジノの壁画のために描かれたフレスコ画のリトグラフ集。カーテンには海を引き込んだ帆船の像が映り、その前には頭が魚であるという逆さ人魚がポーズをとって座っている。海とカーテン、そして逆転した人間と魚とに、見る者の立ち位置の感覚を揺さぶってくる。

第五章「優雅な白昼夢 ポール・デルヴォー」
油彩5点、他水彩、版画50点弱によるミニ・デルヴォー展。母に「女は心を惑わす悪魔で男を破滅させる。」と言われたデルヴォーの描くヌードの女性たちが次々と登場する。



「水のニンフ」(1937)
波にも揺れるグレーの入り江に登場した、まるで人魚のような裸体のセイレンたち。左奥のスーツ姿の男性はデルヴォー自身に姿でもあるそう。

「立てる女」・「女神」・「乙女たちの行進」(1954-56)
ベルギーの航空会社の元社長に依頼されてたという三連の大作油彩壁画。モデルは社長夫人とのことだが、お馴染みの目を大きく開いた『デルヴォー美人』の姿が描かれている。「乙女たちの行進」における後姿の女性たちも美しい。

「ささやき」(1981)
珍しい絹織物仕立ての作品。絹の布地をサーベルという刃物で切り取ることで、表面に独特の光沢感を生み出すことに成功した。角度を変えてみると、女性たちの美しい肌が光輝いて見える。これは一推し。



ところでこの展覧会は、そもそも予定されていた展示が中止となり、急遽企画されたものです。よって止む終えないとは言え、姫路市立美術館のコレクションありきで成り立っている印象は否めませんでした。また私感ながらもマグリット、デルヴォーの後半は切り離して、前半部、特に第一、二章を深く突っ込んでいただければと思いましたが、そうした情勢下では仕方なかったのかもしれません。しかしながら何はともあれ、デルヴォーが大好きな私にとっては、彼の作品を50点ほど見られただけでも満足でした。

なお急ごしらえということで専用の図録はありません。そのかわりに姫路市立美術館のベルギー美術の図録、またはマグリットとデルヴォーの連作を簡単に紹介するミニ冊子が販売されていました。

10月25日まで開催されています。
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