「ベルギー幻想美術館」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム渋谷区道玄坂2-24-1
「ベルギー幻想美術館 - クノップフからデルヴォー、マグリットまで - 姫路市立美術館所蔵」
9/3-10/25



国内屈指のベルギー美術コレクションを誇る姫路市立美術館の作品より、19世紀後半より20世紀前半のベルギー幻想美術を概観します。Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「ベルギー幻想美術館 - クノップフからデルヴォー、マグリットまで - 姫路市立美術館所蔵」へ行ってきました。

まず本展の特徴を箇条書きにして挙げておきます。

・クノップフ、ロップス、アンソールより、マグリット、デルヴォーまで、シュールレアリスムを含む、ベルギーの広義の幻想美術を展観する。
・展示作品は全て姫路市立美術館の所蔵品。
・全150点のうちマグリットが30点弱、デルヴォーが50点強を占めている。
・出品作の7割弱は版画作品。その他も素描、水彩が目立ち、油彩は非常に少ない。

それでは展覧会の構成に沿って、順に惹かれた作品を並べてみます。

第一章「世紀末の幻想 象徴主義の画家たち」
目に見える世界ではなく、心の目で見た世界を描きだす。(解説冊子より引用。)主に1900年前後のベルギー象徴主義絵画。デルヴィル(4点)、クノップフ(4点)、フレデリック(3点)など。やはりベルギー幻想と聞けば、一番見たいのはここのセクションではなかろうか。



ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク「夜の中庭あるいは陰謀」(1895)
青みがかった夜の闇の下で集う数名の女たち。石造りの建物の並んだ、どこか冷めきった空気の漂う通路を前に、まさに謀をするかのようにしてひそひそと語り合う。この後に一体どのような事件が起こるのだろうか。静寂な中にも、よからぬドラマを予兆させる作品だった。



フェルナン・クノップフ「ヴェネツィアの思い出」(1901)
展覧会チケットにも掲載されたいかにもクノップフらしい優美な女性像。ブロンドの豊かな髪を靡かせ、くっきりとした目鼻立ちをした女性が、やや憂いをたたえた視線でこちらを誘うように見つめている。全体を覆う朧げな雰囲気と、それに相対するような精緻なタッチが見事に合わさっていた。ただし予想外に小さな作品でやや拍子抜け。縦17センチ、横は10センチにも満たない。

フェルナン・クノップフ「ブリュージュにて 聖ヨハネ施療院」(1904)
光量の足りない、言わば不健康なほどに薄暗い水辺に建つ施療院を細やかなタッチで描いている。うっすらとセピア色を帯びた建物自体はもとより、水面に反射するその様はまさしく暗鬱。ローデンバックの「死都ブリュージュ」のイメージが重なり合った。



レオン・フレデリック「春の寓意」(1924-25)
祭壇画形式で春の花園を壮麗に描く。モチーフからして中央の女性は聖母マリア、また裸の子どもはイエスだと連想されるが、必ずしも厳格な宗教画の形式をとっていない部分が興味深い。花々の色鮮やかな描写が目に焼き付いた。

第二章「魔性の系譜 フェリシアン・ロップス」
ベルギー象徴主義絵画の先駆者、ロップスを展観。版画など20点弱。ともかくは久々に「生贄」と再開出来て満足だった。

「生贄」(不詳)
祭壇に捧げられた生贄を陵辱する悪魔が描かれている。山羊頭の悪魔、そして大きく口を開けて仰向けに倒れた生贄の表現は、幻想と言うよりもグロテスクでおどろおどろしい。

「サテュロスを抱く裸の若い女性」(1871)
満月の下、深い森に覆われた地に立つサテュロス像を抱く裸女が登場する。好色のサテュロスに相応しく、その大仰な姿はまさに卑猥そのものだった。

第三章「ジェームズ・アンソール」
仮面の画家、アンソールの連作「キリストの生涯」など。数年前の庭園美のアンソール展を思い出す。やはり彼の版画連作は興味深い。

「カテドラル」(1896)
聖堂の前に群がるのは大群衆が表されている。画面に僅かの隙間もない、モチーフにおいて全ての埋め尽くされた濃密な世界はアンソールそのもの。軍隊とカーニバルの一行がぶつかり合うようにしてひしめいていた。

「人々の群れを駆り立てる死」(1896)
お馴染みの大群衆の上には大きな鎌を振りかざした死神が登場する。逃げ惑い、怯え、また時に笑い、錯乱する人々のカリカチュア的表現が面白かった。細かな描写の中にも人間の感情が確かに示されている。

第四章「超現実の戯れ ルネ・マグリット」
ベルギーシュルレアリスムの代表画家、マグリットのコーナー。連作版画「マグリットの捨て子たち」など。だまし絵展のマグリットがあまりにも素晴らしすぎたせいか、率直なところ点数の割にはあまり印象に残らなかった。



「マグリットの捨て子たち マザーグース」(1968)
マグリットの死の翌年に刊行された版画集12点。直立する木立の中には、次元を移動して行き交う背広姿の男たちが描かれている。異なった時間、場所を同時的に見せるマグリットならではの世界。

「マグリットの捨て子たち」から「魅せられた領域」(1968)
カジノの壁画のために描かれたフレスコ画のリトグラフ集。カーテンには海を引き込んだ帆船の像が映り、その前には頭が魚であるという逆さ人魚がポーズをとって座っている。海とカーテン、そして逆転した人間と魚とに、見る者の立ち位置の感覚を揺さぶってくる。

第五章「優雅な白昼夢 ポール・デルヴォー」
油彩5点、他水彩、版画50点弱によるミニ・デルヴォー展。母に「女は心を惑わす悪魔で男を破滅させる。」と言われたデルヴォーの描くヌードの女性たちが次々と登場する。



「水のニンフ」(1937)
波にも揺れるグレーの入り江に登場した、まるで人魚のような裸体のセイレンたち。左奥のスーツ姿の男性はデルヴォー自身に姿でもあるそう。

「立てる女」・「女神」・「乙女たちの行進」(1954-56)
ベルギーの航空会社の元社長に依頼されてたという三連の大作油彩壁画。モデルは社長夫人とのことだが、お馴染みの目を大きく開いた『デルヴォー美人』の姿が描かれている。「乙女たちの行進」における後姿の女性たちも美しい。

「ささやき」(1981)
珍しい絹織物仕立ての作品。絹の布地をサーベルという刃物で切り取ることで、表面に独特の光沢感を生み出すことに成功した。角度を変えてみると、女性たちの美しい肌が光輝いて見える。これは一推し。



ところでこの展覧会は、そもそも予定されていた展示が中止となり、急遽企画されたものです。よって止む終えないとは言え、姫路市立美術館のコレクションありきで成り立っている印象は否めませんでした。また私感ながらもマグリット、デルヴォーの後半は切り離して、前半部、特に第一、二章を深く突っ込んでいただければと思いましたが、そうした情勢下では仕方なかったのかもしれません。しかしながら何はともあれ、デルヴォーが大好きな私にとっては、彼の作品を50点ほど見られただけでも満足でした。

なお急ごしらえということで専用の図録はありません。そのかわりに姫路市立美術館のベルギー美術の図録、またはマグリットとデルヴォーの連作を簡単に紹介するミニ冊子が販売されていました。

10月25日まで開催されています。
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「KOMAZAWA MUSEUM X ART」 駒沢公園ハウジングギャラリー

駒沢公園ハウジングギャラリー世田谷区駒沢5-10
「KOMAZAWA MUSEUM X ART」
9/12-27



都区内最大規模のモデルハウス内にて、約40名のアーティストの作品を展示、販売します。駒沢公園ハウジングギャラリーで開催中の「KOMAZAWA MUSEUM X ART」へ行ってきました。

まずは私感ながらも本展に際しての注意点を並べてみます。ご参考までにどうぞ。

・住宅地内に入り組んで点在する展示場の敷地は広大。道路を挟んで三方向の「3つステージ」に分かれている。
・モデルハウス業務と同時進行のイベントのため、来場者は通常の見学と同様の形にて各住宅に入場する。(商談客との区別は備え付けのオレンジ色のシール。胸や肩などの分かり易い場所に貼る必要あり。)
・各モデルハウスに1~2作家、それぞれ5~20点程度の作品を展示。ジャンルは絵画、写真が殆ど。
・インスタレーション的な部分は皆無。展示住宅内の空きスペースに作品をそのまま組み込んだ印象が強い。(寝室の壁面に絵画など。)よって展示として見るとアグネスよりはるかに単調。
・インフォメーションセンターでマップを配布。なお本イベントに不参加、及び既に展示を終了したモデルハウス(雨宮庸介@東急ホームズ)もあるので要注意。



それでは何点か印象に残った作家を挙げます。

STAGE 1-3 ダイワハウス 大巻伸嗣
スケールの大きなインスタレーションの印象の強い大巻だが、今回はモデルハウスに合わせての小品を展示。花模様をそのまま切り取ったような平面作品が紹介されていた。やはりもっと大きな作品が見たい。

STAGE 1-9 谷川建設 山下美幸
TSCAで強く印象に残った山下美幸のペインティング数点。その際とは大分と印象が違ってたが、まるでポロックを連想させるような密度の濃いタッチは、静かなモデルハウス内にざわめきをもたらしていた。

STAGE 2-6 アーネストホーム 山田純嗣
不忍画廊の個展の記憶も新しい山田の絵画数点。どちらかと言えば小品が多い。アーネストホームはおおよそプライベート向けとは思えないほどゴージャスだったが、その中でも山田の『白』は寡黙に佇んでいた。

STAGE 3-5 三井ホーム 内海聖史
こういう企画になるとさすがに貫禄が違う。本イベントでも一番作品が栄えていた内海は「十方視野」を多数展示。大小様々のペインティングは、邸内の廊下や寝室、それにリビングに、色の波と光のカーテンを呼び込んでいた。

STAGE 3-6 トヨタホーム 長津秀人
レントゲンの個展でも何度か見た写真作品が数点紹介されている。住宅内の展示と言うこともあってか、長塚に限らず、総じて写真の方があまり異質感なく空間に溶け込んでいるような気がした。いつもながらの冴えた構図感に驚嘆。ジオラマ云々以前に写真が本当に巧い。



ギャラリー、作家主導でないせいか、全体としてはモデルハウスの施設を間借りした、単なる作品の展示販売会という印象が強く感じられました。よってイベントして見た時はかなり中途半端だと言わざるを得ません。モデルハウスという、日常的でありながらも、ある意味で非日常の空間を効果的に用いた展示とは到底思えませんでした。

なお来場にあたっては、各種イベントなどもある土日の方が良いかもしれません。平日は一部、休館しているモデルハウスがある上、そもそも開催しているのか分からないほど会場が閑散としています。各ハウスに入るのさえためらわれるほどでした。

27日まで開催されています。なお入場は無料でした。
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「長澤英俊展 - オーロラの向かう所」 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館さいたま市浦和区常盤9-30-1
「長澤英俊展 - オーロラの向かう所」
7/18-9/23



1940年に旧満州で生まれ、現在はイタリアに拠点を置いて活躍する彫刻家、長澤英俊の業績を紹介します。埼玉県立近代美術館で開催中の「長澤英俊展 - オーロラの向かう所」へ行ってきました。

感想に入る前に本展の概要を抜き出しておきます。

・会場は埼玉県立近代美術館と川越市立美術館の二つ。(各半券で二会場目の観覧料が200円引。)また長澤の育った埼玉県川島町の遠山記念館でも「長澤英俊展 - 夢うつつの庭-」を同時開催。
・作品数は埼玉県美15点、また川越市美5点、遠山記念館10点。
・主会場の埼玉県美では主に1970年以降に展開された彫刻を展観する。

まずはじめに触れておきたいのは、今回紹介される長澤の彫刻の何れもが非常に巨大であるということです。実際、彼の作品は屋外で展示される機会が多いそうですが、そうした面から鑑みても、埼玉県美という箱が、作品に見合うだけのスペースを提供していたのかということは甚だ疑問であると言わざるを得ませんでした。同美術館は絵画などを見るには申し分ありませんが、率直なところ、何故にこの箱の中でという印象は最後まで拭えません。もし屋内で彼の作品を味わうのであれば、最低でも木場のMOTの天井高程度は必要ではないでしょうか。如何せん手狭過ぎました。

では会場云々についてはさておき、作品の感想を以下に挙げておきたいと思います。

「緑の影」(2000/鉄、真鍮、セラミック、水)
最初の展示室に置かれた巨大なオブジェ。4本の鋼材が横に斜めに交錯して四方に延びる。横向きの鋼材は他に支えられて宙に浮いていた。床面と鋼材同士の連結する箇所には皿が置かれ、中には水が入っている。水を導入することで、鉄の逞しい質感に、どこか瞑想的な世界を呼び込んだ。語弊はあるかもしれないが、もの派的な雰囲気を感じる。

「ゼロ空間」(1992/石、蜜蝋)
蜜蝋を塗り固めた細い部屋に置かれた何点かの石。まるで京都の長屋にでもあるような庭園の趣きがあった。

「ゼノビア」(1994/ブロンズ、シルク、蜜蝋)
4本の支柱からなる箱状のオブジェにシルクの幕が垂れる。中には蜜蝋の塊が置かれていた。空調の風によってシルクが揺れる様が美しいが、やはりこれは外の風に当ててみたかった。

「縦の目」(2007/木、鉄)
5本の木材を弓のように連結させた作品。危ういバランス感によって起立しながらも、そのしなる木材には激しい力が漲っている。展示室奥から窓の外を伺って狙い打つような姿勢が印象に残った。

「空の井戸」(2003/木、鉛、鉄、ワイヤー)
鉛のシートが天蓋の如く宙に釣り下がる。その質感は素材に反して非常に軽やか。本来はもっと高い場所に掲げるべき作品とのこと。その点でも天井高などの制約の多い本会場は残念。



「意識の構造」(2007/木、鉄、大理石)
何本かの木材がねじれるようにして組み合わさっている。中央の空洞には大理石がまるでご神体のように鎮座していた。



「イリデ」(1993/大理石、鉄、真鍮)
フリーエリアの地階センターコートに展示。大理石を支点に鉄の板が上方へと起立する。上部に下がる真鍮パイプはまるで虹のよう。吹き抜けスペースの力も借りたせいか殆ど唯一、作品と美術館のスケールとがマッチしていた。

やや難解なタイトルなどの意味は、会場配布の展示ガイドなどで丁寧に説明されていました。いつもながら簡単なワークシートなど、展示に少しでも親しみを覚えるような埼玉県美の工夫は好感が持てます。



図録などで写真を見る限りにおいては、やはり借景に優れた遠山記念館の展示が一番魅力的なように思われました。なお今回の共催展に限り、日時限定にて、普段はアクセスに難のある同記念館への無料バスが、川越市美、及び川越駅から運行されています。(時刻表は遠山記念館HPを参照。9/20以降はこちら。)そちらを利用するのも手かもしれません。

既に遠山記念館で展示があったようですが、図録などに掲載されていたデッサンの紹介などもあって良かったような気がしました。



今月23日までの開催です。また本展は以下のスケジュールにて巡回します。

「長澤英俊展 - オーロラの向かう所」
国立国際美術館(大阪):2009.10.10~2009.12.13
神奈川県立近代美術館葉山館(神奈川):2010.1.9~2010.3.22
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「月人間展」他 東神田~岩本町(LOWER AKIHABARA.他)

LOWER AKIHABARA.千代田区東神田1-11-7 東神田M.Kビル1階)
「月人間展 - 石黒賢一郎/大森暁生/三田尚弘/須田悦弘/草井裕子/龍口経太/平林貴宏/森口裕二/山口英紀」
9/11-26



「月人間」という奇妙なテーマを掲げた9名のアーティストによるグループ展。手狭ながらも1階、また半地下の二つのフロアを用いて、日本画の他、オブジェ、写真を展示する。もちろん目当ては以前、新生堂の個展で衝撃的なほどに魅力を感じた山口英紀の墨画。「灯光」と「手紙の使者」の二点を展示。前者は都会の夜、街灯のみがぼんやりと照る道路を描く。細密というよりも、全体を覆う朧げなムードが幻想性を誘っていた。後者は、私の中ではやや異質感のあるシュールな作品。その他では瀧口の半裸の女性の肖像画、もしくはまるで浮世絵を連想させる森口の漫画風絵画が印象に残る。ちなみに今回の須田作品(1点)はなかなか難易度が高い。展示室の隅にまで注意が必要。

ZENSHI千代田区神田岩本町4
「Sunny Side ZENSHI 09」
8/21-9/19



まるでちょっとした夏祭りの縁日のような展覧会。日独の作家数名が、ドローイングに映像にインスタレーションを展開する。かき氷シロップの空きボトルや盆提灯などが夏のムードを演出するが、まさかビニールプールまでが登場しているとは驚いた。中には金魚が泳ぎ、一回200円で金魚すくいが出来るようになっている。アクの強いテイストは好き嫌いが分かれそうだが、岩本町に移ってさらにぶっ飛んだZENSHIならではの企画だと思った。*出品作家:小川泰、ウノナルト(岸本雅樹&村住知也)、竹崎和征×玉井健司、仲山姉妹、Franziska Degendorger
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「表慶館 アジアギャラリー」 東京国立博物館

東京国立博物館台東区上野公園13-9
「表慶館 アジアギャラリー」
2009/8/4-2010/1/31

耐震工事のため長期休館中の東洋館にかわって、ここ表慶館が「アジアギャラリー」として生まれ変わりました。東洋の彫刻・工芸・考古物などを展示する表慶館へ行ってきました。


エントランス。大きな案内板が設置されました。

広大でかつ、複雑怪奇な館内構成であったせいか、如何せん最後まで集中して見ることが出来なかった東洋館に対し、こちらの表慶館では展示品を絞って、ご自慢の美しいライトアップのもと、中国の青銅器や器、それに西アジアの立像などの様々な文物を、さながら手に取れるようなスケールにて紹介しています。展示スペースは表慶館の一階部分限定です。それこそ作品数は東洋館の時の数分の1程度に過ぎませんが、いくつかの見慣れた作品もまた場所を変えることで新鮮に感じられました。


館内配置図。三方のスペースにそれぞれ中国、朝鮮、東南アジア他、西アジアの文物などが展示されています。

【中国】


中国考古展示室。


「揺銭樹」(推定中国四川省・後漢時代)
死後の世界でも裕福に暮らせるようにと墓に納められた青銅製の組み立て木です。(キャプションより引用。)枝に銅銭などを飾っていました。透かし彫り風の精緻な文様が印象に残ります。


「藍釉粉彩桃樹文瓶」(景徳鎮窯・清時代)
深い藍色を背景に艶やかな桃の木が描かれています。その絵画的表現には目を見張るものがありました。


「白磁印花蓮花文鉢」(景徳鎮窯・元時代)
ミルク色をした美しい白磁の小鉢です。青磁にも良品がありましたが、私が惹かれるのはやはりこの温もりを感じさせる白でした。


「白磁鳳首瓶」(唐時代)
可愛らしい鳳が首の部分にのっかっています。あまり凝った造形ではなく、古代の土器を思わせるような意匠に親しみを感じました。

【エジプト・西アジア】


「山羊頭形リュトン」(イラン、ギラーン地方出土・アケメネス朝時代)
池袋のオリエント博物館の「ユーラシアの風」でも見たリュトンが東博でも展示中です。文字通り、山羊の頭が付けられています。


「ヘラクレス立像」(イラク、ハトラ出土・パルティア時代)
ギリシャ神話に登場する半神半人の英雄です。どっしりとした体躯で威圧的に立ちはだかります。

【インド・東南アジア】


インド・ガンダーラ彫刻展示室。


「ガネーシャ坐像」(カンボジア、ブッダのテラス北側・アンコール時代)
一際、異様な雰囲気を醸し出すヒンドゥー教の坐像です。頭が何と象になっています。謂れはキャプションに記載がありました。


「交脚菩薩像」(パキスタン、マルダン地区・クシャーン朝)
うっすらと笑みをたたえながら両足を交互に組んで座っています。流麗な着衣が艶やかでした。

【朝鮮】


朝鮮考古展示室入口。


「冠」(伝韓国慶尚南道出土・三国時代)
全展示品中でもっとも雅やかな作品です。側面には立ち飾りがまるで蔓のようにのびています。随所にぶら下がる金の板は歩揺と呼ばれ、王はそこから鳴る音を自らの威厳の象徴ともしていました。

なお彫刻、工芸の他、今回表慶館で展示されていない作品(特に絵画)については、今後、本館の特集展示などで紹介していくそうです。



来年1月31日まで開催されています。

注)平常展は指定されている作品を除き、全て写真の撮影が可能です。
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「平常展 - 書画の展開 - 安土桃山・江戸 他」(2009年9月) 東京国立博物館

東京国立博物館台東区上野公園13-9
本館平常展(7~8室) - 屏風と襖絵、書画の展開 - 」(2009年9月)
8/25~10/4

特別展の間の中休みと言った様相の東京国立博物館ですが、平常展の装いはすっかり秋になっています。本館2階、江戸絵画のコーナー、第7室と第8室の「屏風と襖絵/書画の展開」を見てきました。

【書画の展開】(8室)





「秋草白菊図屏風」筆者不詳(江戸時代)
ススキなどのお馴染みの秋草に、非常に存在感のある白菊がむせるように咲き誇ります。秋の雰囲気を楽しむというよりも、菊花を愛でる作品と言えるかもしれません。

 

「芙蓉泛鴨図」 渡辺崋山(江戸時代)
颯爽たる線にて池に鴨の泳ぐ姿が描かれています。うっすらとピンク色を帯びた芙蓉の質感は重々しく、今にも池に落ちてしまいそうでした。鴨の飄々とした様子も好印象です。



「月に秋草図」長谷川雪旦(江戸時代)
中央に中秋の名月を、そして右に麦、左に稲や粟を描いています。キャプションによれば、右から月を挟んで順に収穫される作物を並べているのだそうです。

 

「牽牛花・葡萄栗鼠図」曽我蕭白(江戸時代)
いかにも蕭白らしい脱力系の描写が逆に面白さを与えています。何らかの余興で描いたのかもしれません。栗鼠がひょいっとぶどうの蔓にぶら下がっていました。





「秋草鶉図」土佐光成(江戸時代)
こちらは蕭白とは一転して、厳格な描法にて定番の秋草と鶉の風景を描いています。光成は光起の子で宮廷の絵師として活躍しました。



「秋海棠図扇面」佐脇嵩之(江戸時代)
今回の8室のハイライトはこれら数点登場する扇面画に他なりません。銀地に濃い顔料にて秋海棠を示しています。





「武蔵野図扇面」酒井抱一(江戸時代)
真打ち抱一の扇面画も展示されていました。草が流麗に靡く様子は夏秋草図の秋草を連想させます。うっすらと散る金砂子が華やかさを演出していました。

【屏風と襖絵】(7室)





「蔦の細道図屏風」深江芦舟(江戸時代)
芦舟の名作も展示中です。伊勢の第九段、宇津の山のシーンが描かれています。





「芦雁図屏風」筆者不詳(江戸時代)
金地を背景に、水辺へ群れるのは何羽もの雁でした。飛来するもの、また羽を休めるものなど、一見静かなようでも、至る所に動きを感じさせる作品です。

激しい混雑の予想される次回の「皇室の名宝」を前に、静まり返った空間で見る平常展もまた良いのではないでしょうか。

10月4日までの開催です。

注)平常展は指定されている作品を除き、全て写真の撮影が可能です。
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「長谷川ちか子展」、「荻原賢樹展」他 馬喰町~東日本橋(レントゲン他)

ラディウム-レントゲンヴェルケ中央区日本橋馬喰町2-5-17
長谷川ちか子「穴 - Punica Granatum」
9/4-26



レントゲンでは4年ぶりとなるという長谷川ちか子の個展。(2006年より2年間、英国へ留学。)モチーフはずばり覗き込んだ果実に見る肉感的な材質感。黒の面に数センチほどの大きさで円状に描かれたザクロなどが、まさに筋肉や臓器の組織を連想させるような様相で描かれていく。(とは言え、画廊HPにあるような嫌悪感はそれほど呼び込まない。)照明を落とし、作品へスポットライトに当てた展示は効果的だった。

CASHI - Contemporary Art Shima中央区日本橋馬喰町2-5-18
「Group Show1」
9/4-26

CASHIではお馴染みとなった、興梠優護、サガキケイタ、助田徹臣、悠久斎の4名によるグループ展。魑魅魍魎のサガキケイタは本年の101Contemporary Artで発表した作品を展示。それにしても好きかどうかはともあれ、興梠優護のモチーフが溶け出すかのようなドローイングのインパクトは相変わらず強烈。このエロスは直視出来ないほど。

space 355-201 ギャラリー・ハシモト中央区東日本橋3-5-5 2階)
「荻原賢樹展」
9/4-10/10



39歳でデビューを果たした(ex-chamber memoより引用)というアーティスト。一見、無秩序でかつ乱雑にさえ思えるような線がシャボン玉の泡の如く増殖し、グレーやピンクなど、色の滲む支持体の上を自由に浮遊する。しばらく見えていると何らかのイメージが開けてくるのかもしれない。

space 355-101 KEUMSAN GALLERY中央区東日本橋3-5-5 1階)
「アジア若手作家交流展 したたる世界」
8/12-9/15



現在美大在学中を含む、日本人の若手作家5名のよるグループ展。印象深いのは専門的な美術教育を受けていないという須田清訓のアクリル画。何やら着ぐるみのような奇怪な人物が、地平線の広がる大地を彷徨うかのよにして闊歩する。その他、現在ドイツ在住の星智のポップなドローイング、またスペイン在住の井藤まりの細密な日本画も美しい。アジアの若手と言うよりも、日欧を行き来した成果に見るべき点がありそう。

*お断り*
これまで画廊に足を運んでいながら、拙いながらも感想をブログ上に残せなかった展示が数多くありました。よって、今回より自分の記憶を辿るためにも、本「ギャラリー」のカテゴリにおいて、同じ日にまとめて廻った画廊の展示の感想を手短かに書くことにします。(またその中で特に印象に残った展示は別途記事にします。)どうぞ宜しくお願いします。
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「花・華 - 日本・東洋美術に咲いた花 - 」 大倉集古館

大倉集古館港区虎ノ門2-10-3 ホテルオークラ東京本館正門前)
「花・華 - 日本・東洋美術に咲いた花 - 」
8/4-9/27



日本・東洋美術にみられる花モチーフの様相を、梅・桜・牡丹などのテーマ毎に概観します。(ちらしより引用。一部改変。)大倉集古館で開催中の「花・華 - 日本・東洋美術に咲いた花 - 」へ行ってきました。

花と言えば、まずは単純に桜や梅の咲く姿を連想してしまいますが、この展覧会ではそうした植物学的な紹介だけでなく、背景にある意味(牡丹=百華の王、四君子=梅・蘭・竹・菊など。)にまで掘り下げた「花」(=華)の多様な様相を紹介しています。艶やかな花の配された屏風はもとより、仏教、もしくは詩歌における花の内容など、一概に花とは言えども、そこから開けるイメージは想像以上の広がりを見せていました。意外と深みのある展覧会と言えるかもしれません。

それでは印象に残った品を挙げます。

英一蝶「牡丹図 雑画帖」(江戸時代)
最近、自分の中で急速に惹かれている一蝶の精緻な牡丹図。近代日本画にも通じるような写実で牡丹を捉える。艶やかな色合いも美しい。板橋の一蝶展とあわせて見たいところ。

潘崇寧「花鳥図巻」(清時代)
色とりどりの花々の中に昆虫や鳥たちが思い思いに群がる。的確な描写だが、虫の逆さになる様子などはどこかコミカル。日本の江戸絵画の花鳥画の規範となり得るような作品だった。

本阿弥光悦「詩書巻」(江戸時代)
下絵の薄紅色に描かれた木蓮を背景に、光悦一流の流麗な書が乱舞する。まさか光悦があるとは思わなかったので嬉しいサプライズだった。

「能装束 白地石畳菊唐草紋様唐織」(江戸時代)
市松調の石畳紋様に色とりどりの菊がまるで花火のように咲き誇る。まさに華やか。

酒井抱一「重陽宴」(江戸時代)
五節句図のうちの一枚。言うまでもなく重陽の日に催される観菊の様子が描かれている。菊の精緻な描写に抱一ならではの筆さばきを感じた。

伝藤原光信「桜に杉図」(桃山時代)
起立する杉と桜の木が交互に並ぶ金屏風。華やかさや儚さといったイメージとは対極的にある、無骨に立つ桜の姿が桃山風なのかもしれない。

その他、染付皿に大観にまた仏画やかるたと見所も多数存在していました。

切り口、もしくは展示品のセンスもなかなか秀逸です。館蔵品展でありながらも、既視感をあまり覚えませんでした。

9月27日まで開催されています。
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「江戸の幟旗 - 庶民の願い・絵師の技」 渋谷区立松濤美術館

渋谷区立松濤美術館渋谷区松濤2-14-14
「江戸の幟旗 - 庶民の願い・絵師の技」
7/28-9/13



江戸時代の庶民文化を体現(チラシより引用。)する、幟旗を100点ほど総覧します。渋谷区立松濤美術館で開催中の「江戸の幟旗 - 庶民の願い・絵師の技」へ行ってきました。

まずは幟旗の意味(展示の意義も含む。)をキャプションなどから引用します。

原型は戦場の旗差し物に由来する。主に江戸時代、端午の節句、また村や神社の祭りの際に飾りとして立てられた。勇壮な武者絵の他、書などの様々なモチーフが登場する。いわゆる庶民向けの芸術であり、なおかつ消耗品でもあったため、これまで歴史に埋もれていた感があったが、今回はそれを発掘して展示した。

恥ずかしながらも見る前は「たかが旗の展示かと」と思い込んでいましたが、その馬鹿げた認識は会場へ足を一歩踏み入れただけで簡単に覆されました。制作者こそ明らかではありませんが、高さ数メートルにも及ぶ旗の中には、激しくうねる波に兎が舞い、また龍と虎が火花を散らして向かい合い、さらには鍾馗や金太郎などが時におどろおどろしく、そして愉快に登場するシーンなどが、まさに絵画的展開をもって次々と出現しています。これは旗を借りた、半ば江戸庶民絵画総ざらいの展示に他なりません。頭上に靡く旗の豊かなイメージ、そしてそのスケールには、終始圧倒されました。

それでは簡単に惹かれた作品を挙げておきます。



「波に兎」
荒れ狂う波に兎がかける。交互に見つめ合うその姿は飄々としていて可愛らしい。吹き上がる飛沫など、波の動的な表現もまた見事だった。

「双龍」
雨をもたらす神として奉られた龍神が勇ましく描かれる。農耕関連の祭祀の際に奉納されたものであるらしい。幟旗が庶民の日常と密接に結びついていたことが伺い知れる。



「神功皇后」
神話主題の作品が多いのも幟旗の特徴の一つ。色艶やかでかつ、立派な甲冑に身を包んだ神功皇后が、何やら笑みをこぼしながら指示をしている。

「趙雲」
今も昔も三国志は庶民の娯楽的な読み物であったのだろうか。鋭い視線を向け、長い槍を構える蜀の名将、趙雲の姿が描かれている。その強さにあやかってこうしたものをつくったのかもしれない。

「打上花火」
下から打ち上がり、画面の上方にて花を咲かせる花火の様子がダイナミックに示されている。縦長の構図をとる幟旗ならではの作品ではないだろうか。



「民の竃」
浮世絵師の手によるものではないかと推測される一枚。下に田畑を耕し、または川に鍬を入れる農民の姿が、上方にはそれを見下ろすような貴族の姿が描かれている。衣服の文様なども非常に細やか。特別な品であったことが予想出来る。

また屋外に掲げていた旗の他に、室内に飾られていたであろう小旗や内幟、さらにはその下図などもあわせて紹介されていました。ちなみに庶民のための絵画に相応しく、時に大津絵のような良い意味での「稚拙」な作品が多いのも幟旗の魅力の一つかもしれません。

これほど空間との相性が良い展覧会も他に例がありません。松濤の独特な半円状の展示室に並ぶ幟旗は、あたかもこの場所に誂えるためにつくられたのではないかと思ってしまうほど、寸法良く収まって並んでいました。思わず常設展かと錯覚してしまいます。

なお旗は絵のように手元に引き寄せて見ることは出来ません。会場では上から見下ろせるスペースをつくるなど、少しでも見やすくなるような工夫はされていますが、頭上にある絵の文様までを細かく知るのに、簡単な双眼鏡などがあっても良いかもしれません。

江戸絵画ファン必見の展覧会です。今月13日まで開催されています。
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「版画がつくる 驚異の部屋へようこそ!展」 町田市立国際版画美術館

町田市立国際版画美術館町田市原町田4-28-1
「版画がつくる 驚異の部屋へようこそ!展」
8/8-9/23



解剖図や動物図譜、それに自然の驚異や空想の世界を描いた作品など、ヨーロッパの中世、及び近代版画、約100点を展観します。町田市立国際版画美術館で開催中の「版画がつくる 驚異の部屋へようこそ!展」へ行ってきました。

まずは展示の構成です。

「自然の驚異」:ほぼ等身大の人体解剖図、色刷りの植物図譜など。R.J.ソーントン編著「フローラの神殿」(1798-1804)他。
「怪物を探せ」:怪物モチーフの作品。ジョン・マーティン「失楽園」(1827)、ギュスターヴ・ドレ「神曲」(1865)の一部など。
「踊る骸骨」:死神としての骸骨から、愉し気に踊る骸骨まで。アルフレート・レーテル「殺人者としての死」(1851)など。
「エジプトの部屋」:ナポレオンのエジプト遠征に際し、現地へ派遣した学術調査団の成果を見る。「エジプト誌」(1809-1828)一覧。

15-18世紀のヨーロッパの王侯貴族の間で流行った「驚異の部屋」(世界各地より珍しい貝や動物の剥製、鉱物や植物から宝石や絵画などを厚め、自分好みのの部屋をつくった。)の雰囲気を、館蔵の版画で再現しようという意欲的な展覧会です。もちろん都内の大型展であるような凝った演出は皆無ですが、出品作自体の面白さは、それこそ先だっての西美の版画展にも劣らないものがありました。それでは以下、順に印象に残った作品を挙げていきます。



アタナシウス・キルヒャー「シナ図説」(1667)
世界各地よりの珍品を集め、ローマに驚異の部屋ならぬ博物館をつくったキルヒャーによる中国の研究図説。海上に観音様のような像が立つ不思議なイメージ。

シャルル・エティエンヌ「人体部分の解剖図」(1546)
16世紀の解剖図。骨格や筋肉、それに組織までを写し取っているが、風景の中に骨格を立たせているからか、人の滑稽な骨のポートレートのようになっていて面白い。

ジャック=ファビアン・ゴーティエ=ダゴティ「人体構造の解剖陳列」(1759)
多色刷りの銅版技法により、等身大に近いサイズで捉えた人体の解剖図。男性を正面から背面、さらには脳の内部にまで解剖して細やかに示す。上のエティエンヌとは異なり、どこか学術的な様相を感じさせているが、実際に作者は医者でないため、細部の正確さに関しては疑問があるとのこと。計7点ほど並ぶ解剖図の姿はなかなか壮観だった。



ヨンストン「動物図譜」(1657-65)
日本の平賀源内などにも影響を与えたヨンストンの動物図巻。全編に渡って鳥や昆虫などが描かれているそうだが、今回は展示の趣旨にも合わせて、実在しない一角獣とドラゴンのページが紹介されている。

ヨハン・アンドレアス・プフェッフェルとその工房「神聖自然学」(1732-37)
聖書に現れる自然や出来事、建築などを、全750枚もの銅版で示した作品。今回はうち創世記やソロモン神殿など、8点ほどが展示されている。神殿はまるでエッシャーの迷路の建物のようだった。



R.J.ソーントン編著「フローラの神殿」(1798-1804)
版画で制作された植物図鑑の金字塔。見事な色彩で花の写実的な、またそれでいてどこか妖艶で意味ありげな姿を写し取っている。白眉は「夜の女王」(1800)。廃墟のような石造りの建物を背景に、黄色の花弁をつけた花が咲き誇る。他、エジプトハス、ベニゴウガンなども見事だった。(約10点を展示。)

ジョルジォ・ギージ「人生の寓意」(1561)
まさに魔界の光景を表した一枚。荒れ狂う海からは龍が頭を突き出している。画中の男女は何らかの問答をしていると想定されているそうだが、その内容までは良く分からなかった。



ジャック・カロ「聖アントニウスの誘惑」(1634)
お馴染みのモチーフ。誘惑されていると言うよりも、怪物に攻撃されているように見えるアントニウスの姿が小さく描かれている。ここの主役はもはや彼ではなく、怪物たちの棲む魔界全体のようだ。

ジョン・マーティン「失楽園」(1827)
ミルトンの叙事詩を版画で描く。悪魔の生息するパンデモニウムを鳥瞰的に示した作品は圧巻だった。無数の悪魔が点描のように小さく表されている。(展示では7場面を紹介。)

ギュスターヴ・ドレ「神曲」(1865)
ダンテの神曲の地獄の景色を迫力ある様相で描く。ミノタウロスや鳥の身体をもって女の面をつけたハルピュイアイなども登場。最後のルシファーのシーンでは画中に登場するダンテ自身の姿も描かれていた。(計8場面。)

アルフレート・レーテル「殺人者としての死」(1851)
死神が街の中に入ってばったばったと人をなぎ殺す。疫病の蔓延を表していた恐ろしい一枚。

クロード・メラン「ヴェロニカの頭顔布」(1649)
鼻の頭からひかれた一本の線が、ぐるぐると渦巻きながら陰影を描くことによって、イエスの顔全体を象っていく。文化村のだまし絵展にあっても良かったくらいの面白い作品。

残念ながら図録は刊行ありませんが、わら半紙ながらも作品の一点一点を小さな図版入りで詳細に紹介した出品リストも用意されていました。来場者に対する基本的なケアに不足はありません。



また本展に続く常設展示、「戦争と版画家 - オットー・ディックスと北岡文雄」も充実していました。とりわけ第一次世界大戦の悲惨な光景を描いたドイツの版画家、オットー・ディックスの「戦争」シリーズは強く心を打つものがあります。こちらも必見です。

最後に美術館HPがあまり要領を得ないので、町田駅からのアクセスについて記した館内備え付けのマップを以下に掲載しておきます。なお徒歩ならば、大通りから一本折れる地点が分かりにくいものの、2番目の「階段コース」(緑色の線)が便利です。また3番目の「急坂コース」(紫の線)はJR駅からの距離が最短ですが、行きの下りはともかくも、帰りの上り坂は尋常ではありません。お気をつけ下さい。(所要時間はおおよそ徒歩15分です。面倒な方はタクシーでも良いかもしれません。)




(それぞれクリックで拡大します。)

9月23日まで開催されています。自信をもっておすすめします。
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2009年9月の予定

記録編に続きます。今月の予定です。

展覧会

「長澤英俊展 - オーロラの向かう所」 埼玉県立近代美術館(~9/23)
「所沢ビエンナーレ - 引込線」 西武鉄道旧所沢車両工場(~9/23)
「光 松本陽子/野口里佳」 国立新美術館(~10/19)
「イタリア美術とナポレオン展」 大丸ミュージアム・東京(9/10~28)
「伊藤公象 - Works:1974-2009/メアリー・ブレア展」 東京都現代美術館(~10/4)
「一蝶リターンズ - 元禄風流子 英一蝶の画業」 板橋区立美術館(~10/12)
「クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」 日本橋高島屋(9/19~10/12)
「アンリ・リヴィエール展」 神奈川県立近代美術館葉山館(~10/12)
「ベルギー幻想美術館」 Bunkamura ザ・ミュージアム(~10/25)
「よみがえる浮世絵 - うるわしき大正新版画」 江戸東京博物館(9/19~11/8)
「夢と追憶の江戸 - 高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展」 三井記念美術館(9/19~11/23)
「ベルギー近代絵画のあゆみ」 損保ジャパン東郷青児美術館(9/12~11/29)
「オルセー美術館展 - パリのアール・ヌーヴォー」 世田谷美術館(9/12~11/29)
「THE ハプスブルク」 国立新美術館(9/25~12/14)

ギャラリー

「熊谷直人 "p d"(d)」 ギャラリーテオ(~9/19)
「NEW DIRECTION展 #1『exp.』 トーキョーワンダーサイト本郷 (~9/27)
「米田知子 - Rivers become oceans」 シュウゴアーツ(~10/3)
「杉本博司 - Lightning Fields」 ギャラリー小柳(9/8~10/10)
「政田武史 - New Works」 WAKO WORKS OF ART(9/10~10/8)
「変成態 - リアルな現代の物質性 vol.4 東恩納裕一」 gallery αM(9/12~10/10)
「村田朋泰展 - 2」 GALLERY MoMo Ryogoku(9/19~10/17)

コンサート

「NHK交響楽団第1653回定期公演Aプロ」 メンデルスゾーン「交響曲第3番」他 ホグウッド(20日)
「新国立劇場オペラ劇場」 ヴェルディ「オテロ」 フリッツァ(9/20~10/6)



どうもうまく予定が組めず、今月も地道に都内各地の展示などを廻ることになりそうですが、江戸絵画ファンにとってまず注目したいのは本日より板橋区立美術館で始まった英一蝶の回顧展、「一蝶リターンズ」です。実は今日、早々に行ってきましたが、なかなか期待通りの展示内容で満足出来ました。(なお数点の作品で展示替え、もしくは巻き替えがあります。前期~9/23、後期9/25~。)また毎度お馴染みの「豪華講師陣」(美術館HPより)による講演会も以下のスケジュールで予定されています。こちらも合わせてチェックしておきたいところです。

記念講演会(会場:板橋区立美術館講義室、定員:先着100名、聴講無料・申込不要、時間:何れも午後3時より1時間半。)

09/05(土)「英一蝶の人と芸術」   小林忠(千葉市美術館長)*終了済
09/26(土)「狩野派としての一蝶」  榊原悟(群馬県立女子大学教授)
10/03(土)「一蝶って浮世絵師なの?」小澤弘(江戸東京博物館都市歴史研究室長)
10/10(土)「英一蝶研究のあれこれ」 河合正朝(慶應義塾大学名誉教授)

 

新宿VS渋谷のベルギー対決も要注目です。姫路市立美術館の所蔵品にて幻想美術にスポットを当てた文化村に対し、損保は当地ベルギーの王立美術館より借り入れた作品にて19世紀のベルギー美術全体を俯瞰します。私のようなデルヴォー・ファンにはともかく前者が楽しみですが、ともに見逃せない展示となりそうです。



秋の大型美術展シーズンの到来です。ここでは世田谷のオルセーからアール・ヌーヴォー、そしてチラシからして非常に充実した内容が予想される新美の「THE ハプスブルク」に期待したいと思います。またこちらも各種、特に会期早々に各出品先の美術館関係者による講演会があります。そちらを参考にして行かれるのも良いかもしれません。

「オルセー美術館のアールヌーボーコレクション、その成立の起源」@世田谷美術館
講師:イヴ・バデッツ(オルセー美術館学芸員)
日時:9月12日(土)14:00~(開場13:30)
会場:講堂
定員:当日先着150名(当日10:00より整理券を配布)
参加費:無料

「デューラー、ティツィアーノ、ブリューゲル、ルーベンス、ベラスケス ―ハプスブルク家とその画家たち」@国立新美術館
講師:カール・シュッツ氏(ウィーン美術史美術館絵画館長)
日時:9月26日(土)14:00~15:30
会場:国立新美術館3階講堂
定員:260名(先着順)
参加費:観覧券(半券可)が必要

この秋は、東京駅の大丸と日本橋の高島屋も、イタリア美術とウィーン世紀末で火花を散らします。大丸の方は既にミュージアムHP上にも告知がありますが、高島屋は特設のウェブサイトもなく、毎度の如く情報が足りません。折角なので下にチラシをアップしておきました。参考までにご覧下さい。(クリックで拡大します。)

 

さて最後になりましたが、本ブログは今月で開設から5年を迎えることが出来ました。私が見て聞いた展示や音楽の感想を書き散らしているだけの拙いブログですが、ここまで続けられたのも全てはいつも見て下さる皆様のおかげです。改めまして本当にどうもありがとうございます。これからも気負わず焦らず、時にしつこく、「勝手気侭」に続けていきたいと思いますので、今後とも変わらず「はろるど・わーど」をごひいきのほどを宜しくお願いします。
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2009年8月の記録

私的スケジュール帳、「予定と振り返り」のコーナーです。少し遅くなりましたが、先月中に見た展示をリストアップしてみました。

展覧会

「江戸の幟旗」 渋谷区立松濤美術館
「版画がつくる 驚異の部屋へようこそ!展」 町田市立国際版画美術館
「花・華 - 日本・東洋美術に咲いた花 - 」 大倉集古館
「美しきアジアの玉手箱」 サントリー美術館
「染付 - 藍が彩るアジアの器」 東京国立博物館
「竹久夢二展」 新宿高島屋
「伊勢神宮と神々の美術」 東京国立博物館
「道教の美術 TAOISM ART」 三井記念美術館
「ビュフェとアナベル - 愛と美の軌跡」 そごう美術館
「ユーラシアの風 新羅へ」 古代オリエント博物館
「団・DANS Exhibition No.5 真夏の夢 - 椿山荘」 椿山荘
「細密画家 プチファーブル 熊田千佳慕展」 松屋銀座
「栄光のオランダ絵画展 - レンブラント、ゴッホ、そして現在 - 」 ホテルオークラ東京
「『骨』展」 21_21 DESIGN SIGHT
「メキシコ20世紀絵画展」 世田谷美術館
「生誕150年 ルネ・ラリック」 国立新美術館
「ジョルジュ・ビゴー展 - 碧眼の浮世絵師が斬る明治」 東京都写真美術館
「彫刻 労働と不意打ち」 東京藝術大学大学美術館陳列館
「牧島如鳩展 - 神と仏の場所 - 」 三鷹市美術ギャラリー
「かたちは、うつる - 国立西洋美術館所蔵版画展 - 」 国立西洋美術館
「混沌から躍り出る星たち 2009」 スパイラルガーデン

ギャラリー

「elements - 秋山 泉・玉利 美里 二人展」 日本橋高島屋美術画廊X
「青木淳 - 夏休みの植物群」 TARO NASU
「都市的知覚」 TWS本郷
「山田純嗣 - The Pure Land - 」 不忍画廊
「変成態 - リアルな現代の物質性 Vol.3 泉孝昭x上村卓大」 ギャラリーαM
「山本昌男 - 川 - 」 ミヅマアートギャラリー
「画廊からの発言 - 新世代への視点2009」 東京現代美術画廊会議
「ミリアム・アイケンス + 杉田陽平」 ギャラリー・ストレンガー



8月は結局どこへも遠征出来ず、都内の美術館などを地味に廻るのみでしたが、閑散期のこの時期に、意外と充実した展示が多くて楽しめました。特に今、開催中の展示で一推しにしたいのは、松濤の幟旗展と町田の版画展です。相変わらず感想が追いついていませんが、ともに一見の価値ありの展覧会であることは間違いありません。また町田は初めての訪問でしたが、内容はもちろんのこと、予想以上の立派な箱からして驚かされるばかりでした。版画ファンとしては今後とも是非チェックしていきたいところです。

上に挙げた以外のギャラリー系の感想が殆ど書けていませんが、先月は画廊巡りに際して参考となり得そうな二点の雑誌、新書が出ました。それが「アートコレクター」と山本冬彦氏の「週末はギャラリーめぐり」(ちくま新書)です。

「アートコレクター 2009年 10月号/生活の友社」

アートコレクターではお馴染みの芸力、また私の画廊巡りの指針である幕内氏のex-chamber museum及びmemoをはじめ、日頃お世話になっているアルファブロガーのTakさんによる「弐代目・青い日記帳」などが紹介されています。(また恥ずかしながら拙ブログも簡単に加えていただきました。ありがとうございます。)折角なので各氏への突っ込んだインタビューが欲しかったところですが、その他、今年度下半期の展示情報なども掲載されているので、今後の予定をたてるにも役に立つ一冊となるかもしれません。

「週末はギャラリーめぐり/山本冬彦/ちくま新書」

山本氏の新書は、画廊巡りのノウハウを紹介すると言うよりも、筆者自身が一コレクターとしてどのように作家や作品と向き合っているのかを力説するものでした。内容の如何はともあれ、徹底した「買う」という視点から見るアートが、一体どうしたものかを知るヒントにはなるのではないでしょうか。

予定へと続きます。
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「美しきアジアの玉手箱」 サントリー美術館

サントリー美術館港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階)
「美しきアジアの玉手箱 - シアトル美術館蔵 日本・東洋美術館名品展」
7/25-9/6



シアトル美術館所蔵の日本、東洋美術品を概観します。サントリー美術館で開催中の「美しきアジアの玉手箱 - シアトル美術館蔵 日本・東洋美術館名品展」へ行ってきました。



ちらし表紙には何やら異様な「烏図」が掲載されていますが、私感ながらも今回の主役は本阿弥光悦書、そして俵屋宗達画による一連の「鹿下絵和歌巻」に他なりません。シアトルの長大な作品を中心に、山種、サントリー、MOA他、個人蔵の品々が、これ見よがしに勢揃いして展示されています。残念ながらシアトルの作品を除くと展示替えがあるため、全てを一度に見ることは叶いませんが、鹿が跳ね、和歌の舞う様には終始うっとりさせられるばかりでした。この作品を見るだけでも、今回のサントリーへ行く価値はあります。

それではその他、印象に残った作品を簡単に挙げておきます。



「石山切」伝藤原定信(平安時代)
胡粉や金銀泥にて描いた花鳥の文様を背景に、定信の書が流麗に泳ぐ。雲母摺もまた美しかった。



「駿牛図」(鎌倉時代)
一見、宗達の描く黒い牛のようにも見えるが、実際には足の筋肉など、細部はなかなかリアルに表現されている。写実的な作品。



「竹に芥子図」狩野重信(江戸時代)
六曲一双の金屏風の大画面に紅白の芥子が咲き誇る。両脇を固めるのは清涼感のある竹林。前もって画像で見た時よりもやや暗い印象を受けたのはライティングが理由なのか。

「酒井抱一像」伝酒井鶯蒲(江戸時代)
まさかこの展覧会で抱一の肖像画が見られるとは思わなかった。弟子の鶯蒲が描いた抱一の像。死後五ヶ月頃に描かれたらしい。キャプションには知的とあったが、むしろ飄々とした好々爺のような雰囲気に好感が持てた。抱一ファンは絶対に見逃せない一枚。

「寒林野行図」与謝蕪村(江戸時代)
このところ赤丸急上昇中の蕪村から一作。深い岩山の小道を進む男二人。草地の表現は点描風。蕪村は日本の印象派と言ったら問題だろうか。

「染付波兎文皿」(江戸時代)
波の上を軽やかに駆ける兎が一匹。古事記に由来する因幡の白兎のモチーフだそう。リズミカルな様子が心地よい。

「波千鳥」都路華香(明治時代)
ほぼ唯一の近代日本画。大好きな都路華香の大作屏風が展示されている。揺らぐ描線がたゆたう波を描き、その上にひらりと鳥が舞っている。波間に見える黒は魚影なのだろうか。

「織部片輪車星文四方鉢」(桃山-江戸時代)
星や天の川の図像が描かれた織部焼。織部の斬新な意匠はむしろ古代的だと思う。



最後にはネパールの仏像なども登場する盛りだくさんの展覧会でした。

9月6日までの開催です。
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「染付 - 藍が彩るアジアの器」 東京国立博物館

東京国立博物館・平成館(台東区上野公園13-9
「染付 - 藍が彩るアジアの器」
7/14-9/6



日本、中国、ベトナム、朝鮮各地の染付を展観します。東京国立博物館で開催中の「染付 - 藍が彩るアジアの器」へ行ってきました。

恥ずかしながら私自身、染付について詳しくありません。と言うことで、まずは染付の定義をキャプションなどから引用してみました。

染付とは白磁の素地にコバルトを含んだ顔料を用いて筆彩する技法を指す。
透明釉をかけて焼成すると文様は鮮やかな藍色に発色する。
中国の元の後期、景徳鎮で技法が発達。日本では江戸後期、朝鮮から伝わった技術にて肥前で生産が始まった。

会場では先に染付の伝播を日本、及びアジアの各地域に分けて概観した上で、最後に「用いる」という観点から、食事のシーンを再現したテーブルセットなどを展示する構成がとられています。また染付の魅力は藍の発色にあるということで、それを引き出す東博ご自慢の巧みなライティングも申し分がありません。色に形に目を向けながら、その意匠、また美しさに終始感心させられました。

それではいつものように印象に残った作品を手短かに並べます。



「青花蓮池魚藻文壺」(元時代/大阪市立東洋陶磁美術館)
何度見ても染付と言えばこれを連想してしまう。ダイナミックな描線による魚が壺の中をゆうゆうと泳ぐ。空間を埋め尽くすような水草も迫力があって良い。

「青花宝相華文皿」(明時代/大阪市立東洋陶磁美術館)
中央にアラビア文字が描かれた不思議な染付。いわゆる輸出用だったらしい。

「青花龍文長方合子」(明時代/個人蔵)
透かし彫りの蓋が特徴的。蓋の透かしを縫うようにして二体の龍が登場する。隙間なくびっしりと描かれた様子はまさに濃密。

「青花秋草文筆筒」(朝鮮時代/東京国立博物館蔵)
小さな筒に秋草が控えめに描かれる。奥ゆかしい趣が好印象。薄い藍色の描線は乳白色の素地との相性も良かった。

「青磁染付水車図大皿(鍋島)」(江戸時代/個人蔵)
青海波文様に水車が合わさった図柄。波の音もせず、また水車も廻っていないような静寂の世界が広がっている。鍋島らしいデザイン的な一枚。

また会場の出口付近に「ハンズオン」と題した、染付の他、いくつかの陶器を実際に触ることがコーナーがありました。こうした試みは嬉しい限りです。

なお常設でもいくつか染付が展示されていました。最後にその写真を添えておきます。


「染付鳳凰図大皿」(伊万里/江戸時代)


「染付山水文ケンディ形水注」(伊万里/江戸時代)


「染付布袋図皿」(伊万里/江戸時代)

素っ気ない記事になってしまいましたが、展示品、構成とも充実した展覧会でした。今更ながらもおすすめであるのは言うまでもありません。

今月6日まで開催されています。
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「竹久夢二展」 新宿高島屋

高島屋新宿店11階 催会場(渋谷区千駄ヶ谷5-24-2
「竹久夢二展 - ふたつのふるさと ふたつのコレクション - 」
8/26-9/6



夢二と縁のある二つの美術館コレクションを概観します。新宿高島屋で開催中の「竹久夢二展」へ行ってきました。

まずは本展に出品のある二つの美術館です。温泉地である伊香保の記念館は、実際に行かれた方も多いのではないでしょうか。

夢二郷土美術館(岡山):夢二の生家を整備してオープンしたゆかりの美術館。夢二の作品を約2000点を収蔵。
竹久夢二伊香保記念館(群馬):晩年に理想の創作を行うべく、夢二が拠点を移して活動した群馬の地の記念館。

会場は新宿高島屋の催事場とのことで、失礼ながら展示品も多くないだろうと高を括っていましたが、実際には装丁本やスケッチブック、それに肉筆の日本画から屏風絵までの400点もの作品が展示されていました。首都圏の夢二展というと、2007年の千葉市美の記憶も新しいところですが、それに匹敵する規模であると言えるかもしれません。既知の作品も多いのは事実ですが、じっくり楽しめました。



それではいつものように印象に残った作品を簡単に挙げていきます。

「春の巻」(1909)
夢二最初期の作品。早くも夢二風のほのぼのとしながらも、どこかに一抹の憂いを帯びた人物が描かれている。

「昼夜帯 原画『猫』」
飄々とした可愛らしい猫が墨で示される。夢二の猫はいつ見ても和む。

「初恋」(1912)
夢二の油彩画。大きな木の下で少し離れながらも、互いにひかれ合う男女の姿が描かれている。二人の間の思わせぶりなすれ違い感がたまらない。

「大川端」(明治末~大正)
淡彩による日本画。川縁に立ち並ぶ家々がぼんやりとしたタッチで表されている。



「こたつ」(1915)
六曲一隻の大作屏風。夢二作品でも最大級のものらしい。こたつの布団にくるまれて、芸者たちが三味線の稽古などをする姿が描かれている。にこやかな表情には全く嫌みがない。対となる屏風、「一力」と合わせて楽しみたい。

「浴衣図案」(大正)
本展ではこの浴衣の他、封筒や葉書などのデザイン作品も数多く紹介されている。草花を織り込んで、揺らぎのある伸びやかな図柄が微笑ましい。



「秋のいこい」(1920)
黄色のプラタナスの下で物思いにふける女性。この見つめる表情の優しさこそ夢二の魅力。代表作の一つでもある。

「大徳寺」(1929)
今回一番惹かれた夢二の美人画。斜め後ろから見た和装の女性が物悲しく示される。夢二はいつもこのように女性を美しく見ていたのだろうか。

「立田姫」(1931)
ちらし表紙を飾る屏風絵。富士を背景に恍惚と下様で舞を披露する女性が描かれている。赤い着物は輝かしい。ほっそりとしながら、なおかつ少しS字に曲げたような立ち姿は、まさに夢二美人の特徴。



上の作品の他には、夢二のスケッチが約100点、さらには本人使用の椅子や筆などの遺品なども紹介されています。実のところ、私は夢二が必ずしも大好きというわけではありませんが、それでも一揃えの作品を伊香保や岡山まで行かずに見られて満足出来ました。



なお本展は会期終了後、以下のスケジュールにて岡山と京都の高島屋へと巡回します。

2009/9/16~9/28@岡山高島屋
2010/1/6~1/25@京都高島屋

また図録も発行されていましたが、今回の開催に合わせて発売された「もっと知りたい竹久夢二」も非常に充実していました。夢二の生涯を豊富な図版とともに追いかけるには最適な一冊です。当然ながら本展の出品作も掲載されています。是非一度、書店などにてご覧下さい。

「もっと知りたい 竹久夢二/小川晶子/東京美術」

9月6日まで開催されています。(連日20時まで。9/5の土曜は20時半まで。最終日は18時閉場。)
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