◆ちゃんとしゃべれ!治納由気(はるなゆき)◆

変な日本語、敬語もどき、崩れていく日本語、そして、正しい日本語とハムスター。

○○△△という言葉が○○△△である理由。

2007-04-19 11:16:52 | 言葉についてあれこれ
                スターハム
 2月13日の記事に、「危険予測と防止、これはとても大事なことです。私が変な日本語についてわーわー言うのも、この観点からも大事なことがたくさんあるからなのです」と書いたのですが、言葉に関する重要な内容を含むので、一部を抜粋して加筆し、このカテゴリーに再掲することにしました。
 例えば、ある概念を人から人へ伝えていくというとき、それを端的に表す言葉が○○△△だとして、それが途中から△△○○になったとしたらどうですか。○○△△という言葉は、○○が基本で、次が△△ということが多いものです。したがって、○○が基本であることが明確ならば、やはり○○△△が正しいわけで、△△○○と言った瞬間、肝心なところで解釈にずれが生じます。
 でも、世の中には、○○△△という概念をちゃんと考えることもせず、何の理由もなく、△△○○と言う人がいます。私はある実例を思い浮かべているのですが、どこかでひょいと勘違いして△△○○と脳みそに刷り込んだだけなのです。でも、ふだん○○△△と言っている人に「○○△△なのに、なぜあの人は△△○○と言うの?」と聞いたら、「そんなのどっちでもいいと思うけどぉ」なんて言うのですから、こういう人が大勢いたら、○○△△という言葉の持つ概念はやがて崩れていきます。この世で最初に「これは○○△△である」と言った人の意図が正確に伝わりません。どっちでもいいと答えた人も、○○△△の概念を正しく理解していないのでしょう。
 ただでさえ言葉の壁にあっちこっちでぶつかる昨今、混乱を招くようなことは一つでも少ないほうがいいに決まっていますから、私は、危険を察知し、予防しようと言っているのです。○○△△なら素直に○○△△と言えばいいじゃないですか。それに、ここが肝心なのですが、私は○○が基本であるということを大切にしたいと思っているから○○△△にこだわるのです。皆さんはどのようにお考えになりますか。
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