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勧請縄の行事は、山之神や野神さんを始めとする自然信仰や神道・仏教・道教・修験道・陰陽道などの影響を受けつつも、集落独自の形状で伝えられきたようです。
勧請縄は集落ごとに2つとして同じものはなく、多様性に富んで個性豊かなものが多く、見る者に驚きを与えてくれます。
ただし、少子高齢化などの影響もあって、継続することが難しくなり途絶えてしまった勧請縄は多く、段々と貴重な民俗行事になりつつあります。
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湖東や湖南の集落の神社には勧請縄の伝統が継続されているところが多く、東近江市糠塚町の「巽神社」にも勧請縄があります。
「巽神社」の御祭神は五十猛命という聞き慣れない神様ですが、イザナギ・イザナミの子であるスサノオの子とされ、林業の神として信仰されているという。
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勧請縄は境内の奥の森の中に吊るされており、この方角に赤神山と太郎坊宮があるのは偶然ではないと思います。
主縄は2本の木に吊るされて、小縄は閏年ゆえか左右6本・7本で13本の小縄が下げられている。
カシの枝で造られた円形のトリクグラズには絵馬型の祈祷札があり、中央に“勧請済”、左右に“五穀成就”“町内安全”と書かれています。
勧請済とあるのは神社での祈祷が終わっているということですが、巽神社では仏教系ではなく祓詞を書いた神道系の祈祷札を奉納するそうです。
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トリクグラズの先にある家の屋根の上に見えるのは赤神山(太郎坊山)の南峰で、左に小脇山や岩戸山が見えます。
地図で見るとこの周辺には勧請縄が奉納されている集落がいくつかあり、信仰と伝統を守り続けている一帯かと思います。
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本殿にお参りすると祠にも小さな勧請縄が掛けられています。
神主らしき方に“ここにも勧請縄が掛けられているのですね。”と話しかけてみると、巽神社には3ヶ所に勧請縄を掛けているとのことでした。
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ひとつは境内の森の中にある主となるもの。
もうひとつは本殿に掛けられ、最後のひとつは野神さんの祠に掛けられていました。
聞いてみなければこの祠が野神さんを祀るものとは分からないので聞いて正解でしたが、この地域では野神さん・勧請縄・山之神などの信仰が盛んです。
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境内の片隅に大量の竹が干されていて何に使うのか聞いてみると、松明を作る時にこの竹で縛るということでした。
近江八幡界隈では火祭りが盛んで、代表的なところでは「左義長まつり」がありますが、各集落の神社の祭礼として伴う松明行事(火祭り)も行われているようです。
「近江八幡の火祭り」は国の無形民俗文化財になっており、火祭り神事が根強い地域なんだと感じられます。
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次は同じ東近江市の伊庭町の勧請縄を見に行きますが、「大濱神社」の勧請縄は典型的な道切りの形式となっています。
大浜神社の御祭神は須佐之男命で、古くは牛頭天王と称えられたが明治4年に社号を改めたといいます。
牛頭天王は神仏習合の神でスサノオの本地の化身ともされましたので、神仏分離令で仏教色が排除されたのかもしれません。
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大浜神社の前の道は集落内の主要道路となっていて車が行き交うような道ですが、そこに道切りの形式で勧請縄が掛けられています。
車の走行がありますので吊るされている位置が高くなっていて、トリクグラズはかなり大きなものとなっています。
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トリクグラズは大きな丸型に三本井桁を組んで、紙垂を3本挿して下に小縄を結んでいる。
主縄には24本の小縄が密集するように下げられていて、通行する者が必ず目にするような位置にある勧請縄になっています。
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大濱神社はこの日祭典の日だったようで、昼時だったこともあって社務所からにぎやかな声が聞こえていました。
大濱神社の拝殿の隣にある仁王堂は「伊庭祭坂下し」など祭礼の舞台となるところで、昨年訪れた時は堂内いっぱいに藁を積み上げて祭の準備をされている日でした。
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大濱神社と隣り合わせる場所にある「高木観音」にも勧請縄が吊るされており、傾向としては大きな丸型に三本井桁、紙垂を3本というところは似ています。
違うのは主縄に小縄を下げていないのと、トリクグラスに下げられている小縄の数が多いところになります。
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大濱神社の勧請縄と比べると、高木観音の勧請縄に下げられた枝葉は枯れていますので、吊るされた時期が高木観音の方が早いように見えます。
隣り合わせた神社と観音堂に吊られる勧請縄は同じ方々によって吊られているのか?はたまた別の方々なのか。
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トリクグラズには円型のもの、絵馬や祈祷札を付けたもの、天狗の顔・五芒星・弓矢・牛の角を模ったものなど多様性に富みます。
そんな中でかなり特徴的なのは、長勝寺前の勧請縄ではないでしょうか。
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トリクグラズは、スギの枝葉で丸く作ったものを3つ並べて主縄の中央に付け、これは「竜の目玉」と呼ばれる。
竜の目玉の真ん中のものには奥にある長勝寺の祈祷札を取り付けています。
竜の目玉で睨みつけ、祈祷札で村内を防御する強い意志が感じられる勧請縄です。
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今年が辰年だということが頭の片隅にあるのか、勧請縄の主縄や神社の注連縄から龍の姿を連想してしまいます。
村境に勧請縄を吊るすのは、龍を邪気や悪霊の侵入を防ぐ守護神とし、繁栄をもたらすものとする信仰なのかもしれません。
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