カズオ・イシグロ著、古賀林幸訳「充たされざる者」ハヤカワepi文庫41、2007年5月早川書房発行を読んだ。
裏表紙にはこうある。
カズオ・イシグロは、ブッカー賞受賞によってようやく書きたい小説が書けるようになったと言った。そして、日英の文化や歴史を語るエキスパートとの評価に対しては不本意であり、この本ではあえて架空の国の町を想定した。さらに、リアリズムの小説家とは二度と呼ばせないと、冗漫な語りと、荒唐無稽な夢のような話を書いたという。(訳者あとがきより)
本書は、1997年7月に中央公論社から単行本として刊行された作品の文庫化だ。
原題は“THE UNCONSOLED”で、”console”は豆単的知識でいうと、慰めるという意味のはずで、日本語題名「充たされざる者」とつながらなかった。考えてみれば、「慰められることのない者」ということで、訳者は「充たされざる者」という題名にしたのだろう。
確かに、登場するずべての人が希望のない状況で、なんとか、「木曜の夕べ」に期待を寄せて、再起を期すのだが、・・・。
カズオ・イシグロの略歴と既読本リスト
訳者の古賀林幸(こがばやし・さち)は、津田塾大英文科卒、ボストン大学大学院修士課程終了、英米文学翻訳家、恵泉女学園大学特任教授、訳書多数。
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)
作者自身が言っているように実験作で、なおはっきり言えば失敗作だ。しかし、物語に入り込める人にはけっこう面白いかも。
一言で言えば「変な小説」だ。しかも、長い。話がしょっちゅう横道にそれる。出てくる人物がみな、前置きが長く、数ページに渡りどうでも良いことをしゃべる。「結論を言え、結論を!」とどなりたくなる。文庫本だが、1000ページ近く、仰向けに寝て読むには重い。
飽きることなく最後まで読みきったが、不条理というよりドタバタ喜劇で、謎は謎のまま終わる。主人公は歩いていると必ず道に迷うし、迷っていると必ず知った人に会う。いつも時間に間に合わず慌てていて、それでいて出会った人の長話にイライラしながらも付き合っている。場所は次から次へ移動し、ときどきトランスポートする。私がときどき見る夢の世界のようだ。
しかし、読み進めるうちに、主人公ライダーの子供時代がボリス、青年期がシュテファン、老年期がブロツキーであるとも思えてくる。冒頭に出てくるポーターのグスタフなど、プロフェッショナルの意識が高い人が登場するのはいかにもイシグロの小説らしい。
このブログは私のメモでもあるので、主な登場人物を書き出しておく。最近はこんなメモがないと、読んでいる途中で誰が誰だかわからなくなる。
ライダー(主人公、世界的ピアニスト)、グスタフ(老ポーター)、ゾフィー(グスタフの娘、ボリスの母、ライダーの妻?)、ボリス(ゾフィーの息子、ライダーの血のつながらない息子?)、レオ・ブロツキー(元優秀なピアニスト、指揮者)、ミス・コリンズ(元ブロツキーの妻)、アンリ・クリストフ(チェロ奏者、前支配者)、ローザ・クレナー(美人のクリストフの妻)、ホフマン(ホテル支配人)、シュテファン・ホフマン(ホフマンの息子、アマチュアのピアニスト)、ミス・シュトラットマン(ライダーの世話係)、カール・ペダーセン(市会議員)、ケラー(獣医)、パークハースト(ライダーのロンドンでの同級生)、ジェフリー・ソーンダース(ライダーの同級生)、ブルーノ(ブロツキーの飼い犬)