吉田修一著『横道世之介』2009年9月、毎日新聞社発行、を読んだ。
初出は2008年4月~2009年3月毎日新聞社連載。
舞台はバブル真っ盛りの1980年代後半。大学入学のために九州から上京した横道世之介の、ちょっと浮かれた4月から3月の1年間の話だ(1年間の新聞連載の季節に合わせて書いたという)。そこに、世之介と関わった人物たちの話が枝のように挟まれるのだが、それは10数年あるいは20年後の現在から過去を思い出すという構成になっている。
なんということない普通の大学生の世之介だが、のんきで自然な性格は場をリラックさせどんな人でもすぐその懐に飛び込んでしまう。世之介はなぜかサンバのサークルに入り、時給につられ夜間のホテルのルームサービスのバイトを始め、教習所に通い、夏はクーラーのある友人の部屋に入り浸る。
平凡な学生生活を送る世之介だが、関わる人々は個性的だ。残土処理業者で大金持ちのお嬢様で、馬鹿丁寧な言葉遣いで、ちょっとズレた祥子や、モテるくせに女性に興味のないクーラー付き部屋の住人の加藤、世之介が夢中になるお金持ちのおじさまと付き合う美人の片瀬千春などは、過ぎ去ったあとから、「あの世之介は良い人だったな」と思い出す。
2009年10月11日のasahi.comのインタビューで、著者の吉田さんは語る。
その他、参考:「世之介広場」
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
ドラマチックな事は何も起きないし、派手な恋愛もない。主人公に際立ったキャラもない。しかし、ほんわかとすべての事を肯定的にとらえる主人公は、自然で率直な性格で、するりと人の心に入り込み、周囲を和ませ、暖かくする。
平凡を絵に書いたような世之介と、世の中からズレている祥子の組み合わせが面白い。海水浴に誘われて世之介は浮輪を付けてクルーザーに乗り込むことになる。
いくつか引用する。
クーラー目的で部屋に入り浸る世之介に住人の加藤は言う。
かってお嬢様だった祥子は思う。
「・・・いろいろなことに、『YES』って言ってるような人だった」・・・「・・・もちろん、そのせいでいっぱい失敗するんだけど、それでも『NO』じゃなくて、『YES』って言ってるような人・・・」