解説の木村一基八段、聞き手の鈴木環那女流二段らも退場した。私は解答用紙に「▲5二角成」と記入する。勝利者予想クイズもあり、こちらは「佐藤名人」としたためた。
スタッフ氏に用紙を渡し、私の仕事は終了である。どうか当たりますように。
佐藤天彦名人、豊島将之七段が着座し、関係者がそろって、対局再開である。記譜読み上げの安食総子女流初段が、封じ手を読み上げる。
「封じ手は、5二…」
よし、当たった!
「…と、です」
ニャニー!?
場内がざわついた。
「…やっちまいましたね」
木村八段がつぶやく。
「やっちゃいましたね」
と鈴木女流二段が返した。
▲5二ととは…。解説者に責任は押し付けないが、候補手にない手が指されるのは極めて珍しい。
木村八段「自分の読みを信じて▲5二とと書かれた方はいらっしゃいますか。…ああ、いる」
そりゃあいるだろうが、全体の1%にも満たないんじゃないか。
私が落胆している間にも、指し手は進む。△3一飛、と読み上げが入り、その位置に飛車が回った。??
その前の指し手は▲7二角成である。そうかそうか、△8一にいる駒は飛車だったんだ。私は桂と勘違いしていた。休憩中は▲7二角成の瞬間がやや甘いと考えたが、△8一の駒が飛車なら逃げる一手で、▲7二角成は十分に一手の価値がある。とするならば、と金を敵玉に近づける▲5二とは十分にある手だった。
以下は佐藤名人が銀を取りながら急所(4五)に馬を引き付けて、これは先手を持ちたくなった。
鈴木女流二段「勉強法…研究、というのはどうやってやるものでしょうか」
木村八段「研究は個人でやる時もあるし、複数でやる時もあります。でもその結果を整理するのは個人の力です」
さすがに将棋ソフトの話は出てこなかった。
数手進んで豊島七段△4四銀の馬取りに、佐藤名人の▲4一銀がスピード重視の一手。
豊島七段、角を取っての△5五角(飛車取り)には、▲4八飛と切り返す。そこで△1九角成と香を取るのが自然だが、それは4四の地点が薄くなる。それで豊島七段は△5五角と我慢したが、これも私たちには指せない手だ。攻めるところは攻め、辛抱するところは辛抱する。この緩急の塩梅が大いに勉強になる。
しかし現実には▲4六銀で角が詰んだ。これはハッキリ先手が優勢になっただろう。
豊島七段は△7七角成と切り、質駒の4一銀も入手して、シャニムニ攻める。子供大会の時はと子供たちが会場を走り回っていたが、現在は客席が暗いこともあり、しんと静まり返っている。すでに両者秒読みで、安食女流初段の「40秒…50秒…」というロリ声が会場に響く。将棋を知らない人でも緊張する場面だ。
豊島七段△6九角の王手に、佐藤名人は▲8六玉と上がる(第2図)。
ここで豊島七段に、次の一手のような手が出た。
△7六銀! うわー、と木村八段が叫ぶ。なんだかよく分からないが、駒をタダ捨てするということは、後手に有望な変化があるのではないか?
▲同金に△7五銀! あれれ? これ、ヘタしたら先手玉が詰むぞ? …というか、平易な詰みに見える。どこで形勢がひっくり返ったのか、急転直下である。
6手後△7六金打まで、佐藤名人が投了。場内がねぎらいの拍手に包まれた。豊島七段、うれしい初優勝!
時間はだいぶ押しているが、大盤に移って感想戦である。第2図の▲8六玉では、▲9八玉と引く手があったようだ。以下△7六銀▲8八歩△8六歩▲同金△7八銀には、▲8二飛(参考図)が詰めろ逃れの詰めろとなる。
第2図から、先手は銀が1枚入ると▲4二銀△同金▲2二銀△同玉▲3一角以下の詰み筋がある。
▲9八玉なら、まだ一波乱あったようだ。
さて、表彰式である。優勝の豊島七段には、谷川浩司日本将棋連盟会長から賞状が授与された。またJT代表取締役社長からは、賞金500万円のパネルが手渡された。この賞金は大きい。副賞はテーブルマーク魚沼産コシヒカリ1年分。これも大きい。
なお、準優勝賞金は150万円だった。
豊島七段挨拶「皆様本日は最後までご覧いただき、ありがとうございました。
本局は序中盤でかなり苦しくなったんですけど、諦めずに指せたのがよかったと思います。
JTの皆様、関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます」
風貌に似合わず、意外にしっかりとした大きな声だった。豊島先生、おめでとうございます。
この後はお楽しみ抽選会である。といっても、私は次の一手と勝利者予想、両方とも外したので、ほとんど楽しみがない。ちなみに「▲5二と」を当てたのは53名。こんなにいたのか! 5名にJT杯扇子が当たった。
勝利者予想の賞品は将棋盤。何が賞品だろうと、私には関係ない。
全応募者の中から改めて何か当たるらしいが、そちらに注意しつつ、私はテーブルマークの抽選結果も確認に行く。しかし、どちらもハズレだった。
これで私のJT杯日本シリーズは終わりである。これだけ楽しんで無料とはありがたい。野球の日本シリーズと比ぶれば、「無料」がいかに破格のサーヴィスか分かるというものだ。豊島七段ではないが、JTとテーブルマークに感謝したい。