1962年(昭和37年)9月27日供用開始 当時は東洋一の吊橋 と言われたものだ 60年を越えたな
若松に叔母がいたので 早く渡りたかったな 歩いて渡ることが出来たからな
1962年(昭和37年)9月27日供用開始 当時は東洋一の吊橋 と言われたものだ 60年を越えたな
若松に叔母がいたので 早く渡りたかったな 歩いて渡ることが出来たからな
この写真は 5月30日である 例によって黒猫のタンゴと新手がいつも通り ルーティンをやっているので・・・
ガラス戸を開けて少し食べ物をと・・・えっ えっ えー ぶったまげた
新手とそっくりの子猫じゃないか・・・
新手が頭を突っ込んでいるのは そこに食べ物があるからなのだが・・・
黒猫のタンゴは素知らぬふうだし 新手は自分のことで一杯の様だし・・・
子供は子供で食べ物に一心不乱のようである・・・
当然 この2匹の子である 父親は黒猫のタンゴ 母親は新手である しかし 2匹とも世話するような態度ではない
放任主義かな・・・はははは
しかし 我輩は驚きを隠せない 外出していた妻にその話と写真を見せたところ・・「ふーん 可愛いね」
それで終わりだ・・・うーむ
買物沿いのお宅に咲いている キバナコスモス 色も濃く花の形も立派なもんだ
その脇では・・・アメジストセージ 門扉の脇に花壇をしつらえてあるのだが 数は少ないが四季それぞれの花が楽しめていいものだ
長野地区ではないけれど 少し北に行く 関東の石舞台・・・うーむ この様に言われていることに何か違和感を感じるのだがな 八幡山古墳 である
若小玉古墳群の中心と位置付けられている 径 74m の大型円墳である 土取りによって削平されてしまったが
現在ではこの様な状況である