福井再審事件の検証記事が、毎日新聞で出されていましたので、こちらでも見ておきます。
科学的な根拠に基づき、真実が見いだされることを願っています。
本件は、今後再審されていくところではありますが、冤罪(えんざい)は、絶対に生んではなりません。
*******毎日新聞(2011・11・30)*****
http://mainichi.jp/word/news/20111130dde001040028000c.html
◇福井女子中学生殺害事件
86年3月、福井市の市営住宅で、卒業式を終えた中学生の高橋智子さん(当時15歳)が45カ所を刺されるなどして殺害され、同市の無職、前川彰司さん(46)が殺人容疑で逮捕、起訴された。前川さんは一貫して否認。福井地裁判決(90年)は無罪だったが、名古屋高裁金沢支部判決(95年)は懲役7年の逆転有罪を言い渡し、97年に最高裁が上告を棄却し刑が確定した。前川さんは服役後の04年、名古屋高裁金沢支部に再審請求した。
******毎日新聞(2011/11/13)******
http://mainichi.jp/area/ishikawa/news/20111113ddlk17040385000c.html
福井・女子中生殺害:検察側証拠、無罪示す 弁護士講演会に40人 /石川
名古屋高裁金沢支部に再審請求されている86年の福井女子中学生殺害事件で、弁護団事務局長の吉村悟弁護士(福井弁護士会)が12日、金沢市昭和町の交通会館で事件について講演した。日本国民救援会石川県本部が主催し、約40人が参加。吉村弁護士は、前川彰司さん(46)に逆転で懲役7年の有罪判決を言い渡した同支部の確定判決の問題点を指摘、前川さんの無実を訴えた。
吉村弁護士は、再審請求審で検察側から新たに開示された証拠が無罪を示すと主張。複数の知人の供述調書から、有罪の根拠となる目撃証言は時期と内容が一致して変遷しているとして、「捜査機関が無理やり捏造(ねつぞう)したものだ」と批判した。さらに、遺体の解剖写真などからは、確定判決では存在しないはずの凶器が使用された可能性が浮上したと指摘。「冤罪(えんざい)は明らか。無罪に役立つ不都合な証拠を隠して、誤った有罪判決を導かせた警察、検察の責任は重大だ」と語った。【宮本翔平】
*******毎日新聞(2011/12/1)*****
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111201ddm012040104000c.html
福井・女子中生殺害:再審決定 要旨
福井女子中学生殺害事件の再審請求に対する名古屋高裁金沢支部の再審開始決定の要旨は次の通り。
■新証拠の新規性
再審請求における証拠の新規性は、確定判決後に得られた証拠に限定されず、確定判決時に存在しても、その裁判に提出するのが困難で、確定判決に実質的に反映されていない証拠であれば、新規性が認められる。今回提出された各証拠は新証拠としての適格性を認めるのが相当だ。
■被害者の傷
確定判決は、被害者の刺し傷は被害者宅にあった包丁2本によって生じたと認定した。しかし、請求人(前川彰司さん)は「傷のうち2カ所は(傷口が小さく)これらの包丁では生じ得ず、犯人は別の刃物を用意して犯行に用い、その刃物だけを回収した」とし、確定判決の認定した(心神耗弱者による激情型の)犯行態様とは相いれないと指摘する。
法医学的には、刃物による傷口の長さは使った刃物の刃幅と同じかそれより長くなるのが原則だ。2カ所の傷が特殊な事情で例外的に本件包丁の刃幅より短く計測されたとはたやすく認められず、確定判決の判断には合理的な疑問がある。
■血液反応
確定判決は、請求人が事件直後に乗ったとされる乗用車のダッシュボードに血液が付着していたとする関係者の供述に依拠している。しかし、ダッシュボード下部から血痕が見つかり、ルミノール反応検査で反応が得られ、被害者の血ではないことが確認された。また、新証拠(実験結果)によると、ダッシュボードに一度血液が付着すると、清掃後でもルミノール反応が得られることが確認された。よって、ダッシュボードに血液が付着していたことを前提とする確定判決の事実認定には合理的な疑いが生じている。
■犯人像
請求人は、鑑定書などの新証拠に基づき、犯人は(1)事件現場に指紋・足跡などを残しておらず、冷静さと計画性を示す(2)第3の刃物を持ち込んで犯行に及び、この刃物だけを回収している可能性が高いことも、冷静な判断力を示す(3)血液飛散防止のためこたつカバーなどを被害者にかぶせてから刺すなどしており、高度の思考能力を一貫して維持していた--などと指摘する。
新証拠が指摘する通り、本件事件の犯行態様は、確定判決が認定する心神耗弱状態の者による行為ではなく、合理的で、高度の思考能力を備えた犯人により実行されたと考えなければ説明のつかない点が多々認められる。
■新旧証拠を総合判断
被害者の刺し傷が被害者宅にあった包丁だけでできた▽請求人に血が付いていたとする関係者らの供述は信用できる▽犯行態様から推定される犯人像と請求人とが符合する--とした確定判決の認定に強い疑いが生じるに至った。そこで、新旧証拠をすべて総合して確定判決の認定を検討する。
(1)犯行機会
請求人が被害者宅を訪問可能だったとしても、請求人が事件当夜に被害者宅を訪ねたとまでは認定できない。
(2)関係者の供述
新証拠により、ダッシュボードに血が付いていたとする目撃供述の信用性に疑問が生じた。このため、この人物と親しい別の関係者らが行った血液付着に関する目撃供述の信用性にも疑問が生じる。また、請求人から犯行の告白を受けたとする供述も、告白の文言には別の解釈も可能で、告白を聞いた者の心身状況も考慮すると、請求人が本件事件の犯人であると告白したと評価することはできない。
(3)事実認定
指紋などの客観証拠は一切発見されなかった。毛髪鑑定は結果が分かれており毛髪鑑定によっても請求人が現場にいたことは裏付けられてない。
新旧全証拠を総合すると、請求人と犯人とを結びつける客観的事実は一切存在せず、請求人を犯人とする認定に至らない蓋然(がいぜん)性が高度に認められる。
以上の事実は、確定判決で有罪認定の根拠とされた関係各者の供述の信用性に疑問を抱かせるのに十分な事実と言える。
毎日新聞 2011年12月1日 東京朝刊
******毎日新聞(2011・11・24)*****
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20111124ddlk18040303000c.html
’11記者リポート:福井事件を振り返る 崩れた二つの「物証」 /福井
◇弁護団、再審開始を確信
86年の福井女子中学生殺害事件で、名古屋高裁金沢支部は30日、福井市の前川彰司さん(46)の再審請求の可否について、決定を出す。捜査側は、殺害現場にあった毛髪と、事件当夜に前川さんが乗ったとされる乗用車内の血痕の二つを有力な物証としていたが、捜査や公判の進展に伴って証拠が崩れ、関係者の証言が有罪の確定判決の根拠となった。物証の面から事件を振り返る。【宮本翔平】
◆女子中学生殺害事件と前川さん逮捕
86年3月20日午前1時半ごろ、福井市の市営団地の自宅で、中学生の遺体を帰宅した母親が発見。遺体は、灰皿で頭を殴られ、コードで首を絞められた上に、包丁で顔などを45カ所も刺されていた。
知人で当時、暴力団組員だった男性Aさんが、同年10月下旬から「事件直後、血の付いた服を着た前川さんを見た」と供述を始めたことなどから、福井県警は87年3月29日、前川さんを殺人容疑で逮捕した。
◆福井県警が逮捕の決め手とした「車内の血痕」
86年12月、Aさんの供述で、前川さんが事件の際に乗ったとされる白色の乗用車を押収した。車内から被害者と同じ血液型の血痕が見つかった。県警は、前川さんが女子中学生を刃物で刺し、返り血の付いた服でこの車に乗ったため、車内に血痕が残ったとみていた。血液型は被害者と一致していた。また、事件直後に前川さんと行動を共にしたとされるAさんなど知人らの供述があった。
「事件直後、前川さんが着衣に付着した血液が乾燥していない状態で、車に乗り降りした」「車のダッシュボードに血痕が付着していたので、血痕をぬぐった」--などだ。
しかし、車内の血痕は、前川さんを逮捕した後の87年6月、詳細な鑑定結果から、被害者とは別人のものと判明。さらに公判では、Aさんが供述で前川さんの友人男性が「事件当夜、この車に乗って事件現場近くに一緒に行った」としたが、車の所有者の話などから否定され、Aさんは別の男性の名を挙げるなど変遷したことが分かっている。
◆「血痕」から「毛髪」へ
血痕の証拠能力が揺らいだ後、もう一つの物証が登場する。87年5月、事件現場にあった毛髪など99本と、前川さんの毛髪との識別鑑定が警察庁科警研に委託された。同年7月の鑑定結果は「99本のうち2本の毛髪が前川さんのと同一」。同月、福井地検は前川さんを殺人罪で起訴した。
しかし、前川さんに無罪を言い渡した1審福井地裁判決(90年)は、毛髪鑑定の信用性を「捜査当時は毛髪の類似性までは識別できても、同一とまでは判定できないというのが専門家の見解」と、退けた。
逆転有罪とし、後に最高裁の上告棄却で確定した2審の名古屋高裁金沢支部判決(95年)も「毛髪による個人識別は指紋と異なり、信頼性について確立した見解は存在せず、即断できない」と判断した。二つの物証は崩れ、知人ら関係者証言だけが有罪の証拠となった。
75年の最高裁決定は「(再審請求審の)新証拠と全証拠を総合的に評価して、事実認定に合理的な疑いを生じさせればよい」との基準を示した。前川さんの弁護団は新証拠で、確定判決が有罪の決め手とした関係者供述を「捜査官の誘導で不自然に変遷した」と指摘。信用性は否定されたとして「再審開始を確信する」としている。
*******毎日新聞(2011/12/3)*****
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111203k0000m040012000c.html
福井再審事件:検証 元組員「犯人知らないか」
「俺の情報で犯人が見つかれば罪が軽くなる。犯人を知らないか」。福井市で86年3月、卒業式を終えたばかりの中学3年の女子生徒が殺害された事件から半年後のことだ。捜査本部が置かれていた福井県警福井署の接見室。面会に来た知人男性(45)に、覚せい剤取締法違反などの容疑で逮捕、勾留されていた元暴力団組員(47)が問いかけた。男性には心当たりがなかった。
事件が発生し、県警は捜査1課と福井署を中心に80人態勢で捜査。しかし、被害者の友人から有力な情報は得られず、現場の室内からは指紋など決定的な物証も出なかった。発生半年となる9月19日の朝刊には「捜査難航」の見出しが並んだ。
元組員が面会時に突然「前川がやったに違いない」と言い出したのは、その1カ月後の同年10月。後にこの事件で有罪判決が確定する前川彰司さん(46)は、元組員の出身中学の1年後輩だった。前川さんとも面識がある知人男性は「根拠のないことは言わない方がいい」といさめたが、「あいつなら分からんぞ」と答えたという。
間もなく元組員は県警に前川さんの関与を「告白」。前後して、当時交際していた女性に留置場から「前川彰司のことだけど、よく思い出してくれ。俺の情報で逮捕されれば刑を軽くしてもらえる」と書いた手紙を送るなど「証拠集め」を始めた。
「犯人に心当たりがあります。事件の翌朝、前川の服に血が付いていたことを思い出したんです」。11月下旬の元組員の供述調書にはこう書かれている。公判記録によると、当時の県警刑事部長までが元組員に「話してくれ」と熱心に頼み込んでいたという。
その後、供述を二転三転させる元組員に捜査本部は振り回されたが、87年3月、この供述を頼りに前川さんの逮捕に踏み切った。
事件から25年たった今も、当時の捜査幹部は「捜査は適正に行った。捜査員は全員、犯人は他にいないと確信している」と声をそろえる。しかし、元組員は今年6月、共同通信の取材に「あいつが犯人だと言ったことは一度もない」と人ごとのように言い放った。
前川さんの公判で証言したこともある知人男性は「傍聴席に刑事がずらっと並んでいて、当時やんちゃしていた僕は『ちょっとしたことで逮捕されるのでは』と見えない圧力を感じた。けど今なら説明できる」と言って、思いを吐き出した。
「前川君が犯人だと知っていたら(元組員が)犯人を知らないか、なんて言うはずがない。当時から今日まで、この事件はうそにうそを積み重ねてきた」
× ×
名古屋高裁金沢支部が先月30日、再審開始を決定した福井女子中学生殺害事件。前川さん有罪の決め手は、20歳前後の遊び仲間たちの供述だった。関係者の証言などを基に事件を検証する。
毎日新聞 2011年12月2日 19時21分(最終更新 12月2日 20時14分)
*****(2011/12/04)******
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111203k0000m040104000c.html
福井再審事件:検証 元組員と警察「まるで友達同士」
「おー、お前も食べろ」。86年11月、女子中学生殺害事件の捜査本部が置かれていた福井県警福井署4階の一室に、覚せい剤取締法違反などの容疑で逮捕、勾留されていた元暴力団組員(47)の声が響いた。声をかけられた面会の知人男性(45)の目に、捜査員数人と元組員がおけを囲んですしをつまんでいる姿が飛び込んできた。
「警察官は年も離れていて怖い存在のはずなのに。げらげら笑いながらすしをつまんでいて、まるで友達同士みたいだった」
1カ月前、元組員から前川彰司さん(46)が事件の後「服に血を付けていた」という”重要情報”をもたらされた県警は、どんな捜査を展開したのか。
公判記録や関係者の証言によると、この日は元組員を同署の留置場から規律の厳しい拘置所に移監する予定日だった。捜査員は「協力してくれるなら移監をストップできるか検察に聞いてみる」と持ちかけ、移監にストップをかけた。
そして翌日、元組員から「前川が『被害者を誘おうと思ったら断られ、腹が立って包丁を振り回した』と言っていた」という新情報を得る。捜査本部にとって、元組員が貴重な「ネタ元」になっていく様子が見て取れる。
12月に入り、捜査本部は「17歳の後輩が前川と一緒に現場に行った」という元組員の供述に基づいて、事件に関係のない後輩の男性(42)を署に呼んだ。捜査員は元組員を取調室に連れてきて、戸惑う男性を説得させた。「わしの顔つぶす気か。警察に協力せえ」。手錠をしたまま怒鳴る元組員。それでも否認する後輩男性を、県警は同月14日、犯人蔵匿容疑で逮捕した。完全な誤認逮捕だった。
取り調べは連日、午前8時から日付が変わる頃まで続いた。壁に押しつけたり、机をたたいたり。「血だらけの彰司が帰ってきたのにびっくりして送っていっただけなのに、なぜ認めない。おまえも一緒にやったのか」。着替えなどを入れる容器には、後輩男性の名前と並んで「殺人」と記入されていた。
元組員は約10日後、「前川と一緒だったのは別の知人」と供述を翻し、他に支えのない県警は男性を釈放した。誤認逮捕という大失態を犯してもなお、捜査本部が元組員の供述を柱とする捜査方針を見直した形跡はない。
軌道修正のチャンスを逃した当時の県警幹部はつぶやいた。「再審開始が決まったのはマスコミが騒いだから。(前川さんが)名誉回復を求めるなら、元組員やその仲間たちを名誉毀損(きそん)で訴えればいい」
毎日新聞 2011年12月3日 1時55分
*****(2011/12/05)******
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111204k0000m040080000c.html
福井再審事件:検証 「捜査側、物証を軽視」
福井地裁で3年にわたって続いた福井女子中学生殺害事件の前川彰司さん(46)の公判。大詰めの90年初頭、証人尋問の様子に右陪席の丹羽日出夫裁判官(68)=現弁護士=は違和感を感じていた。結審まで2、3回しかないのに、証人はさほど重要ではない目撃者の周辺者。「おかしい。検察が客観的証拠を提出する前にこんな証人を申請するなんて。被告と現場を結ぶ証拠が出てこないのかもしれない」
福井地検が前川さんを殺人罪で起訴した87年7月、次席検事は会見で「新たな物証がある」と自信を見せた。その「隠し球」が判明したのは9月の初公判。現場から前川さんの頭髪2本を採取したと明らかにしたのだ。
頭髪は現場6畳間に敷かれた電気カーペット用上敷きから採取された。計99本を警察庁科学警察研究所で鑑定したところ、2本が「被告と同一と考えられる」とされた。前川さんと現場が結びついたかに見えた。
しかし、証人尋問で鑑識課員が「上敷きに落ちたり突き刺さった毛をだいたい全て集めた」と話し、県警が決め手の2本の詳しい採取場所や状況を把握していないことが判明。さらに地裁が依頼した大学教授による鑑定で「毛髪は別人のもの」という結果も出た。
事件直後、県警の鑑識活動は約14時間に及んだ。公判記録や当時の捜査員によると、現場で発見された指紋は76個、足跡は14個。いずれも被害者や家族のものだったり、不鮮明だったりして対照できなかった。当時の捜査員は「当時は指紋検出などの技術が今のように高くなかった」と釈明する。
「犯人」が着ていた血の付いたトレーナー、返り血を浴びたまま乗った車内の血痕--。結局、重要な証拠は何一つなく、残ったのは変遷する目撃者の供述だけだった。
90年9月、地裁は「犯人と被告人を結びつける物証は存在せず、目撃者の証言も信用できない」として無罪を言い渡した。
判決文を起案した丹羽さんは「変遷する証言も、客観的証拠に基づいて話を聞けばそれなりに一致していく。だが、この事件は現場と被告人をつなぐ証拠、目撃者の証言を支える証拠が出てこなかった。警察、検察が物証を軽視していると感じた」と振り返った。
弁護人の一人は「当時は多くの捜査員が現場をドカドカ歩き回り、現在のような丹念な証拠集めがされなかった。物証よりも、いかに関係者から供述や自白を取るかが重視されていた」と指摘する。
毎日新聞 2011年12月3日 23時59分
*****
*****(2011/12/06)******
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111206k0000m040103000c.html
福井再審事件:検証 「家族めちゃくちゃ」
名古屋高裁金沢支部が再審の可否を明らかにする直前の11月28日、毎日新聞福井支局の記者に、決定を待つ前川彰司さん(46)から1通の手紙が届いた。「めちゃくちゃにされた家ぞく関係。おフクロさる事ながら、ゴメンな。本当にスマン。と、涙している自分がある」(原文のまま)。B5サイズの便せん4枚に鉛筆で書かれた文字に苦しみがにじんでいた。
「犯人は前川 裏付けへ総力」「母アリバイ覆す」。87年3月の逮捕直後の新聞には、前川さんの犯人視だけではなく家族が加担したかのような見出しが躍った。父礼三さん(78)は当時、福井市の財政課長。辞職も考えたが、市長に「息子が関わっていないと思うなら辞めるな」と諭され、思いとどまった。
日本酒が好きだった祖父募(つのる)さんは、孫の無実を信じながら、同年12月に88歳で亡くなった。自ら勾留理由の開示を福井地裁に請求し、逮捕から2週間後の開示手続きでは法廷で「彰司は殺人をやっていません」と訴えた。亡くなる直前まで「血染めのシャツは出てきたか。出んなら大丈夫だ」と裁判の行方を気にしていたという。
礼三さんと妻真智子さんは息子を励ましながら、証人として法廷で無実を訴えた。1審では無罪判決を得たが、95年2月の控訴審判決では一転、懲役7年の有罪に。真智子さんは「事件があった時間帯は息子と食事をしていた」という主張が認められず、大きなショックを受けたという。
最高裁が上告を棄却して前川さんが刑務所に収監された97年ごろ、真智子さんは心労で体調を崩し入院。病床で「絶対に裁判をやり直してもらう」と言い続けたが、再審請求する1カ月前の04年6月、69歳で亡くなった。
前川さんも服役で体調を崩し、現在は富山県内の病院で療養中。日中は社会復帰に向けて治療を受けたり、礼三さんや支援者に手紙を書いたりして過ごす。今年8月の取材では「社会に戻ったとしても仕事がない」と将来への不安を漏らした。
再審決定が出た11月30日の記者会見で、現在の心境を問われた前川さんは5秒ほど沈黙した後、「言葉では言えません」と絞り出すように答えた。「やはり家族ですよね。冤罪(えんざい)というのは私個人の問題でなく、多くの人を巻き込んでいる。失った時間は帰ってきませんよ」
検察は5日、再審決定に対する異議を申し立てた。決着まで、更に時間が費やされることになる。
× ×
この連載は古関俊樹、橘建吾、宮嶋梓帆、、松井豊、宮本翔平、村松洋、酒井祥宏、後藤豪が担当しました。
毎日新聞 2011年12月6日 1時56分(最終更新 12月6日 2時03分)
科学的な根拠に基づき、真実が見いだされることを願っています。
本件は、今後再審されていくところではありますが、冤罪(えんざい)は、絶対に生んではなりません。
*******毎日新聞(2011・11・30)*****
http://mainichi.jp/word/news/20111130dde001040028000c.html
◇福井女子中学生殺害事件
86年3月、福井市の市営住宅で、卒業式を終えた中学生の高橋智子さん(当時15歳)が45カ所を刺されるなどして殺害され、同市の無職、前川彰司さん(46)が殺人容疑で逮捕、起訴された。前川さんは一貫して否認。福井地裁判決(90年)は無罪だったが、名古屋高裁金沢支部判決(95年)は懲役7年の逆転有罪を言い渡し、97年に最高裁が上告を棄却し刑が確定した。前川さんは服役後の04年、名古屋高裁金沢支部に再審請求した。
******毎日新聞(2011/11/13)******
http://mainichi.jp/area/ishikawa/news/20111113ddlk17040385000c.html
福井・女子中生殺害:検察側証拠、無罪示す 弁護士講演会に40人 /石川
名古屋高裁金沢支部に再審請求されている86年の福井女子中学生殺害事件で、弁護団事務局長の吉村悟弁護士(福井弁護士会)が12日、金沢市昭和町の交通会館で事件について講演した。日本国民救援会石川県本部が主催し、約40人が参加。吉村弁護士は、前川彰司さん(46)に逆転で懲役7年の有罪判決を言い渡した同支部の確定判決の問題点を指摘、前川さんの無実を訴えた。
吉村弁護士は、再審請求審で検察側から新たに開示された証拠が無罪を示すと主張。複数の知人の供述調書から、有罪の根拠となる目撃証言は時期と内容が一致して変遷しているとして、「捜査機関が無理やり捏造(ねつぞう)したものだ」と批判した。さらに、遺体の解剖写真などからは、確定判決では存在しないはずの凶器が使用された可能性が浮上したと指摘。「冤罪(えんざい)は明らか。無罪に役立つ不都合な証拠を隠して、誤った有罪判決を導かせた警察、検察の責任は重大だ」と語った。【宮本翔平】
*******毎日新聞(2011/12/1)*****
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111201ddm012040104000c.html
福井・女子中生殺害:再審決定 要旨
福井女子中学生殺害事件の再審請求に対する名古屋高裁金沢支部の再審開始決定の要旨は次の通り。
■新証拠の新規性
再審請求における証拠の新規性は、確定判決後に得られた証拠に限定されず、確定判決時に存在しても、その裁判に提出するのが困難で、確定判決に実質的に反映されていない証拠であれば、新規性が認められる。今回提出された各証拠は新証拠としての適格性を認めるのが相当だ。
■被害者の傷
確定判決は、被害者の刺し傷は被害者宅にあった包丁2本によって生じたと認定した。しかし、請求人(前川彰司さん)は「傷のうち2カ所は(傷口が小さく)これらの包丁では生じ得ず、犯人は別の刃物を用意して犯行に用い、その刃物だけを回収した」とし、確定判決の認定した(心神耗弱者による激情型の)犯行態様とは相いれないと指摘する。
法医学的には、刃物による傷口の長さは使った刃物の刃幅と同じかそれより長くなるのが原則だ。2カ所の傷が特殊な事情で例外的に本件包丁の刃幅より短く計測されたとはたやすく認められず、確定判決の判断には合理的な疑問がある。
■血液反応
確定判決は、請求人が事件直後に乗ったとされる乗用車のダッシュボードに血液が付着していたとする関係者の供述に依拠している。しかし、ダッシュボード下部から血痕が見つかり、ルミノール反応検査で反応が得られ、被害者の血ではないことが確認された。また、新証拠(実験結果)によると、ダッシュボードに一度血液が付着すると、清掃後でもルミノール反応が得られることが確認された。よって、ダッシュボードに血液が付着していたことを前提とする確定判決の事実認定には合理的な疑いが生じている。
■犯人像
請求人は、鑑定書などの新証拠に基づき、犯人は(1)事件現場に指紋・足跡などを残しておらず、冷静さと計画性を示す(2)第3の刃物を持ち込んで犯行に及び、この刃物だけを回収している可能性が高いことも、冷静な判断力を示す(3)血液飛散防止のためこたつカバーなどを被害者にかぶせてから刺すなどしており、高度の思考能力を一貫して維持していた--などと指摘する。
新証拠が指摘する通り、本件事件の犯行態様は、確定判決が認定する心神耗弱状態の者による行為ではなく、合理的で、高度の思考能力を備えた犯人により実行されたと考えなければ説明のつかない点が多々認められる。
■新旧証拠を総合判断
被害者の刺し傷が被害者宅にあった包丁だけでできた▽請求人に血が付いていたとする関係者らの供述は信用できる▽犯行態様から推定される犯人像と請求人とが符合する--とした確定判決の認定に強い疑いが生じるに至った。そこで、新旧証拠をすべて総合して確定判決の認定を検討する。
(1)犯行機会
請求人が被害者宅を訪問可能だったとしても、請求人が事件当夜に被害者宅を訪ねたとまでは認定できない。
(2)関係者の供述
新証拠により、ダッシュボードに血が付いていたとする目撃供述の信用性に疑問が生じた。このため、この人物と親しい別の関係者らが行った血液付着に関する目撃供述の信用性にも疑問が生じる。また、請求人から犯行の告白を受けたとする供述も、告白の文言には別の解釈も可能で、告白を聞いた者の心身状況も考慮すると、請求人が本件事件の犯人であると告白したと評価することはできない。
(3)事実認定
指紋などの客観証拠は一切発見されなかった。毛髪鑑定は結果が分かれており毛髪鑑定によっても請求人が現場にいたことは裏付けられてない。
新旧全証拠を総合すると、請求人と犯人とを結びつける客観的事実は一切存在せず、請求人を犯人とする認定に至らない蓋然(がいぜん)性が高度に認められる。
以上の事実は、確定判決で有罪認定の根拠とされた関係各者の供述の信用性に疑問を抱かせるのに十分な事実と言える。
毎日新聞 2011年12月1日 東京朝刊
******毎日新聞(2011・11・24)*****
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20111124ddlk18040303000c.html
’11記者リポート:福井事件を振り返る 崩れた二つの「物証」 /福井
◇弁護団、再審開始を確信
86年の福井女子中学生殺害事件で、名古屋高裁金沢支部は30日、福井市の前川彰司さん(46)の再審請求の可否について、決定を出す。捜査側は、殺害現場にあった毛髪と、事件当夜に前川さんが乗ったとされる乗用車内の血痕の二つを有力な物証としていたが、捜査や公判の進展に伴って証拠が崩れ、関係者の証言が有罪の確定判決の根拠となった。物証の面から事件を振り返る。【宮本翔平】
◆女子中学生殺害事件と前川さん逮捕
86年3月20日午前1時半ごろ、福井市の市営団地の自宅で、中学生の遺体を帰宅した母親が発見。遺体は、灰皿で頭を殴られ、コードで首を絞められた上に、包丁で顔などを45カ所も刺されていた。
知人で当時、暴力団組員だった男性Aさんが、同年10月下旬から「事件直後、血の付いた服を着た前川さんを見た」と供述を始めたことなどから、福井県警は87年3月29日、前川さんを殺人容疑で逮捕した。
◆福井県警が逮捕の決め手とした「車内の血痕」
86年12月、Aさんの供述で、前川さんが事件の際に乗ったとされる白色の乗用車を押収した。車内から被害者と同じ血液型の血痕が見つかった。県警は、前川さんが女子中学生を刃物で刺し、返り血の付いた服でこの車に乗ったため、車内に血痕が残ったとみていた。血液型は被害者と一致していた。また、事件直後に前川さんと行動を共にしたとされるAさんなど知人らの供述があった。
「事件直後、前川さんが着衣に付着した血液が乾燥していない状態で、車に乗り降りした」「車のダッシュボードに血痕が付着していたので、血痕をぬぐった」--などだ。
しかし、車内の血痕は、前川さんを逮捕した後の87年6月、詳細な鑑定結果から、被害者とは別人のものと判明。さらに公判では、Aさんが供述で前川さんの友人男性が「事件当夜、この車に乗って事件現場近くに一緒に行った」としたが、車の所有者の話などから否定され、Aさんは別の男性の名を挙げるなど変遷したことが分かっている。
◆「血痕」から「毛髪」へ
血痕の証拠能力が揺らいだ後、もう一つの物証が登場する。87年5月、事件現場にあった毛髪など99本と、前川さんの毛髪との識別鑑定が警察庁科警研に委託された。同年7月の鑑定結果は「99本のうち2本の毛髪が前川さんのと同一」。同月、福井地検は前川さんを殺人罪で起訴した。
しかし、前川さんに無罪を言い渡した1審福井地裁判決(90年)は、毛髪鑑定の信用性を「捜査当時は毛髪の類似性までは識別できても、同一とまでは判定できないというのが専門家の見解」と、退けた。
逆転有罪とし、後に最高裁の上告棄却で確定した2審の名古屋高裁金沢支部判決(95年)も「毛髪による個人識別は指紋と異なり、信頼性について確立した見解は存在せず、即断できない」と判断した。二つの物証は崩れ、知人ら関係者証言だけが有罪の証拠となった。
75年の最高裁決定は「(再審請求審の)新証拠と全証拠を総合的に評価して、事実認定に合理的な疑いを生じさせればよい」との基準を示した。前川さんの弁護団は新証拠で、確定判決が有罪の決め手とした関係者供述を「捜査官の誘導で不自然に変遷した」と指摘。信用性は否定されたとして「再審開始を確信する」としている。
*******毎日新聞(2011/12/3)*****
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111203k0000m040012000c.html
福井再審事件:検証 元組員「犯人知らないか」
「俺の情報で犯人が見つかれば罪が軽くなる。犯人を知らないか」。福井市で86年3月、卒業式を終えたばかりの中学3年の女子生徒が殺害された事件から半年後のことだ。捜査本部が置かれていた福井県警福井署の接見室。面会に来た知人男性(45)に、覚せい剤取締法違反などの容疑で逮捕、勾留されていた元暴力団組員(47)が問いかけた。男性には心当たりがなかった。
事件が発生し、県警は捜査1課と福井署を中心に80人態勢で捜査。しかし、被害者の友人から有力な情報は得られず、現場の室内からは指紋など決定的な物証も出なかった。発生半年となる9月19日の朝刊には「捜査難航」の見出しが並んだ。
元組員が面会時に突然「前川がやったに違いない」と言い出したのは、その1カ月後の同年10月。後にこの事件で有罪判決が確定する前川彰司さん(46)は、元組員の出身中学の1年後輩だった。前川さんとも面識がある知人男性は「根拠のないことは言わない方がいい」といさめたが、「あいつなら分からんぞ」と答えたという。
間もなく元組員は県警に前川さんの関与を「告白」。前後して、当時交際していた女性に留置場から「前川彰司のことだけど、よく思い出してくれ。俺の情報で逮捕されれば刑を軽くしてもらえる」と書いた手紙を送るなど「証拠集め」を始めた。
「犯人に心当たりがあります。事件の翌朝、前川の服に血が付いていたことを思い出したんです」。11月下旬の元組員の供述調書にはこう書かれている。公判記録によると、当時の県警刑事部長までが元組員に「話してくれ」と熱心に頼み込んでいたという。
その後、供述を二転三転させる元組員に捜査本部は振り回されたが、87年3月、この供述を頼りに前川さんの逮捕に踏み切った。
事件から25年たった今も、当時の捜査幹部は「捜査は適正に行った。捜査員は全員、犯人は他にいないと確信している」と声をそろえる。しかし、元組員は今年6月、共同通信の取材に「あいつが犯人だと言ったことは一度もない」と人ごとのように言い放った。
前川さんの公判で証言したこともある知人男性は「傍聴席に刑事がずらっと並んでいて、当時やんちゃしていた僕は『ちょっとしたことで逮捕されるのでは』と見えない圧力を感じた。けど今なら説明できる」と言って、思いを吐き出した。
「前川君が犯人だと知っていたら(元組員が)犯人を知らないか、なんて言うはずがない。当時から今日まで、この事件はうそにうそを積み重ねてきた」
× ×
名古屋高裁金沢支部が先月30日、再審開始を決定した福井女子中学生殺害事件。前川さん有罪の決め手は、20歳前後の遊び仲間たちの供述だった。関係者の証言などを基に事件を検証する。
毎日新聞 2011年12月2日 19時21分(最終更新 12月2日 20時14分)
*****(2011/12/04)******
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111203k0000m040104000c.html
福井再審事件:検証 元組員と警察「まるで友達同士」
「おー、お前も食べろ」。86年11月、女子中学生殺害事件の捜査本部が置かれていた福井県警福井署4階の一室に、覚せい剤取締法違反などの容疑で逮捕、勾留されていた元暴力団組員(47)の声が響いた。声をかけられた面会の知人男性(45)の目に、捜査員数人と元組員がおけを囲んですしをつまんでいる姿が飛び込んできた。
「警察官は年も離れていて怖い存在のはずなのに。げらげら笑いながらすしをつまんでいて、まるで友達同士みたいだった」
1カ月前、元組員から前川彰司さん(46)が事件の後「服に血を付けていた」という”重要情報”をもたらされた県警は、どんな捜査を展開したのか。
公判記録や関係者の証言によると、この日は元組員を同署の留置場から規律の厳しい拘置所に移監する予定日だった。捜査員は「協力してくれるなら移監をストップできるか検察に聞いてみる」と持ちかけ、移監にストップをかけた。
そして翌日、元組員から「前川が『被害者を誘おうと思ったら断られ、腹が立って包丁を振り回した』と言っていた」という新情報を得る。捜査本部にとって、元組員が貴重な「ネタ元」になっていく様子が見て取れる。
12月に入り、捜査本部は「17歳の後輩が前川と一緒に現場に行った」という元組員の供述に基づいて、事件に関係のない後輩の男性(42)を署に呼んだ。捜査員は元組員を取調室に連れてきて、戸惑う男性を説得させた。「わしの顔つぶす気か。警察に協力せえ」。手錠をしたまま怒鳴る元組員。それでも否認する後輩男性を、県警は同月14日、犯人蔵匿容疑で逮捕した。完全な誤認逮捕だった。
取り調べは連日、午前8時から日付が変わる頃まで続いた。壁に押しつけたり、机をたたいたり。「血だらけの彰司が帰ってきたのにびっくりして送っていっただけなのに、なぜ認めない。おまえも一緒にやったのか」。着替えなどを入れる容器には、後輩男性の名前と並んで「殺人」と記入されていた。
元組員は約10日後、「前川と一緒だったのは別の知人」と供述を翻し、他に支えのない県警は男性を釈放した。誤認逮捕という大失態を犯してもなお、捜査本部が元組員の供述を柱とする捜査方針を見直した形跡はない。
軌道修正のチャンスを逃した当時の県警幹部はつぶやいた。「再審開始が決まったのはマスコミが騒いだから。(前川さんが)名誉回復を求めるなら、元組員やその仲間たちを名誉毀損(きそん)で訴えればいい」
毎日新聞 2011年12月3日 1時55分
*****(2011/12/05)******
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111204k0000m040080000c.html
福井再審事件:検証 「捜査側、物証を軽視」
福井地裁で3年にわたって続いた福井女子中学生殺害事件の前川彰司さん(46)の公判。大詰めの90年初頭、証人尋問の様子に右陪席の丹羽日出夫裁判官(68)=現弁護士=は違和感を感じていた。結審まで2、3回しかないのに、証人はさほど重要ではない目撃者の周辺者。「おかしい。検察が客観的証拠を提出する前にこんな証人を申請するなんて。被告と現場を結ぶ証拠が出てこないのかもしれない」
福井地検が前川さんを殺人罪で起訴した87年7月、次席検事は会見で「新たな物証がある」と自信を見せた。その「隠し球」が判明したのは9月の初公判。現場から前川さんの頭髪2本を採取したと明らかにしたのだ。
頭髪は現場6畳間に敷かれた電気カーペット用上敷きから採取された。計99本を警察庁科学警察研究所で鑑定したところ、2本が「被告と同一と考えられる」とされた。前川さんと現場が結びついたかに見えた。
しかし、証人尋問で鑑識課員が「上敷きに落ちたり突き刺さった毛をだいたい全て集めた」と話し、県警が決め手の2本の詳しい採取場所や状況を把握していないことが判明。さらに地裁が依頼した大学教授による鑑定で「毛髪は別人のもの」という結果も出た。
事件直後、県警の鑑識活動は約14時間に及んだ。公判記録や当時の捜査員によると、現場で発見された指紋は76個、足跡は14個。いずれも被害者や家族のものだったり、不鮮明だったりして対照できなかった。当時の捜査員は「当時は指紋検出などの技術が今のように高くなかった」と釈明する。
「犯人」が着ていた血の付いたトレーナー、返り血を浴びたまま乗った車内の血痕--。結局、重要な証拠は何一つなく、残ったのは変遷する目撃者の供述だけだった。
90年9月、地裁は「犯人と被告人を結びつける物証は存在せず、目撃者の証言も信用できない」として無罪を言い渡した。
判決文を起案した丹羽さんは「変遷する証言も、客観的証拠に基づいて話を聞けばそれなりに一致していく。だが、この事件は現場と被告人をつなぐ証拠、目撃者の証言を支える証拠が出てこなかった。警察、検察が物証を軽視していると感じた」と振り返った。
弁護人の一人は「当時は多くの捜査員が現場をドカドカ歩き回り、現在のような丹念な証拠集めがされなかった。物証よりも、いかに関係者から供述や自白を取るかが重視されていた」と指摘する。
毎日新聞 2011年12月3日 23時59分
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*****(2011/12/06)******
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111206k0000m040103000c.html
福井再審事件:検証 「家族めちゃくちゃ」
名古屋高裁金沢支部が再審の可否を明らかにする直前の11月28日、毎日新聞福井支局の記者に、決定を待つ前川彰司さん(46)から1通の手紙が届いた。「めちゃくちゃにされた家ぞく関係。おフクロさる事ながら、ゴメンな。本当にスマン。と、涙している自分がある」(原文のまま)。B5サイズの便せん4枚に鉛筆で書かれた文字に苦しみがにじんでいた。
「犯人は前川 裏付けへ総力」「母アリバイ覆す」。87年3月の逮捕直後の新聞には、前川さんの犯人視だけではなく家族が加担したかのような見出しが躍った。父礼三さん(78)は当時、福井市の財政課長。辞職も考えたが、市長に「息子が関わっていないと思うなら辞めるな」と諭され、思いとどまった。
日本酒が好きだった祖父募(つのる)さんは、孫の無実を信じながら、同年12月に88歳で亡くなった。自ら勾留理由の開示を福井地裁に請求し、逮捕から2週間後の開示手続きでは法廷で「彰司は殺人をやっていません」と訴えた。亡くなる直前まで「血染めのシャツは出てきたか。出んなら大丈夫だ」と裁判の行方を気にしていたという。
礼三さんと妻真智子さんは息子を励ましながら、証人として法廷で無実を訴えた。1審では無罪判決を得たが、95年2月の控訴審判決では一転、懲役7年の有罪に。真智子さんは「事件があった時間帯は息子と食事をしていた」という主張が認められず、大きなショックを受けたという。
最高裁が上告を棄却して前川さんが刑務所に収監された97年ごろ、真智子さんは心労で体調を崩し入院。病床で「絶対に裁判をやり直してもらう」と言い続けたが、再審請求する1カ月前の04年6月、69歳で亡くなった。
前川さんも服役で体調を崩し、現在は富山県内の病院で療養中。日中は社会復帰に向けて治療を受けたり、礼三さんや支援者に手紙を書いたりして過ごす。今年8月の取材では「社会に戻ったとしても仕事がない」と将来への不安を漏らした。
再審決定が出た11月30日の記者会見で、現在の心境を問われた前川さんは5秒ほど沈黙した後、「言葉では言えません」と絞り出すように答えた。「やはり家族ですよね。冤罪(えんざい)というのは私個人の問題でなく、多くの人を巻き込んでいる。失った時間は帰ってきませんよ」
検察は5日、再審決定に対する異議を申し立てた。決着まで、更に時間が費やされることになる。
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この連載は古関俊樹、橘建吾、宮嶋梓帆、、松井豊、宮本翔平、村松洋、酒井祥宏、後藤豪が担当しました。
毎日新聞 2011年12月6日 1時56分(最終更新 12月6日 2時03分)
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