興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

ヌルカンでいいのにィ

2006-12-07 | チラッと世相観察

 飲み屋に入って、「酒、燗して」とたのむと、かならずといってよいほど、「熱燗ですか」と聞かれる。とくに若い女性の店員がそうである。
「あまり熱くなくてもいいのにな」と思いながら、いつも「うん」と答えてしまう。

 以前、家の近くの蕎麦屋に入って、こんなことがあった。
 やはり若い女性に、「燗をして」とたのんで、「熱燗ですか」と聞かれたので、「あまり熱くなくていい」と答えたら、常温の酒が出てきた。
 この人の頭には、熱燗はあたためた酒、熱燗でないのは常温の酒という図式がインプットされていたのだ。
 燗には、熱燗のほかに、ぬる燗や人肌燗などもあるだろうが、な、もう……。
 八代亜紀の大ヒット曲「舟歌」の出だしは、「♪お酒はぬるめの/燗がいい」というのであることを知らないのかな。
 ぬるめの「缶」ではないのだぞ。

 ある昼時、とある定食屋でのこと。
 カウンターにすわって注文をすますと、となりの、50代後半サラリーマンとおぼしきおじさんがちょうど食事が終わったところだった。
 食べたものがしょっぱかったのか、のどの渇きをおぼえたらしく、
「おねえさん、お冷やちょうだい」
と店の若い女性に声をかけた。
「はい」
と、近くにいたおねえさんは返事をし、一瞬とまどった表情をしたが、カウンター内の奥に行き、一升瓶をとりだした。
 この店は、夜は居酒屋となる。おねえさんは夜もここではたらいているにちがいない。
 私はそれを見て、
(おねえさんは水の「お冷や」と酒の「冷や」をまちがえているな)
と思ったが、だまって見ていた。
 おじさんは、まったく気づいていない。
「ありがとう」
と、おねえさんからコップを受け取ると、口にもっていき、ぐいっと傾けた。
 つぎの瞬間、「うっ」と声をもらし、コップを垂直にもどした。
 おじさんは、コップの中身が期待していた冷たい水ではなく、酒だったことに気がついたのだ。

 このあと、おじさんはどうしたと思いますか?
 おじさんは、しばし沈黙のあと、「まあ、いいか」とつぶやき、コップの酒を飲み干してしまったのです。
 その日は平日。午後、あの人はどうしたのでしょう。

 そのおねえさんは、「お冷や」が冷たい水のことであるのを知らなかったのだ。それにしても、平日の昼間、昼食のあとに酒をたのむ人はあまりいなかろうに、おねえさんは何を考えていたのだろう。

 たしかに、お冷やという言葉は今ほとんど聞かれない。こうして、言葉は死に絶えていくのだね。

2001.3.20
(2006.12.7 写真追加)


*以下、2006.12.26付け加え
<酒の温度帯による燗の表現>
○30℃ 日向燗  ○35℃ 人肌燗  ○40℃ ぬる燗  ○45℃ 上燗  ○50℃ あつ燗  ○55℃ 飛びきり燗
(白鹿<辰馬本家酒造>に添付の「お酒のミニ知識」による)