失踪して戻ってこない人間の周囲の人間たちのドラマ。
ドラマというのは、ある人間集団に異質の人間が入ってきてそこから生まれる軋轢を描くのがひとつの定型になっているわけだが、その逆といっていい。
今村昌平監督の「人間蒸発」は、実際に蒸発した男とその婚約者が男を探すのを追っていくドキュメンタリーなのだが、婚約者がカメラを意識しだして案内役の露口茂に怪しい目を使いだすという劇映画の垣根を越えるのがテーマみたいな脱線気味の展開になってしまったわけだが、これは劇映画なのでそういう脱線はしない。
夫が失踪している女ふたり(田中裕子と尾野真千子)が出会ったところからドラマが発火するわけだが、空白になっている人間同士は接触しようがないわけで、展開の仕方はどうも鈍い。
もともと派手な展開でひきつける性格の映画ではなくて、じっくり残された者たちの心情を描き込んでいくタイプの映画ではあるのだけれど、失踪していた人間が帰ってきてもこなくてもどうも座りが悪い。それはもともとモチーフ自体が内包していたものだろうけれど。
田中裕子が若い頃、白石加代子に似た顔立ちだなと思っていたのだが、なんとその二人が共演。
安藤政信が髭面で登場したら、一瞬滝藤健一かと思った(に、しては男前すぎるなとも思った)。
インディーズ系の日本映画では監督が脚本を兼ねることが多いけれど(監督・久保田直 脚本・青木研次 )、これは珍しく違う。
田中がラジカセで聞いていた古いカセットテープが切れたので安藤が修理して再生したら途中でぷつっと音が途切れただけでなく思わぬ音まで再生されるシーンが象徴的。
田中は水揚げされたイカをさばく仕事をしていて、韓国の操業者が拿捕されたりする土地なのでどこかと思ったらロケ地は佐渡と本土の新潟らしい。