銭形平次というと、テレビドラマでは毎回投げ銭をしているので、いつも銭を投げているイメージがあるが、原作を読んでみると、たまに投げ銭をすることもあるが、多くの話では、銭は投げていない。この話でも、投げ銭の場面はない。
さて事件の方だが、六本木の大黒屋清兵衛のせがれ清五郎が殺された。大黒屋清兵衛というのは、香具師(やし)から身を起こし、今では地主や高利貸を営んでおり、土地の顔役になっている男だ。
この大黒屋清兵衛のところに、恩や義理のある香具師仲間の大親分星野屋駒次郎の忘れ形見のお北、お吉という二人の娘が掛り人として暮らしていた。本来なら、この二人の娘はお客様扱いで大切にされるはずだが、姉のお北が美人だったため、清兵衛の女房のお杉が嫉妬し、今では女中以下の待遇をされているという。
とことで清五郎の殺され方だが、二人の寝ている二階の窓の下で、修復用の足場の真下で、胴から首へ長脇差で貫かれていたという。
平次は、このままでは、姉のお北が大黒屋の家のあたりを縄張りにしている中ノ橋の金太という岡っ引きに縛られてしまうという妹のお吉の訴えで事件を調べ始めるのだが、いつも通り腰が重い。平次は岡っ引きのくせにかなりの出不精で、なかなか腰を上げないのだ。しかし、可愛らしい娘の訴えに思い腰を上げたという訳である。
ところで銭形平次で迷探偵役というのは、テレビドラマではもっぱら、三ノ輪の万七の役割だが、この話では、中ノ橋の金太というわけである。
そうこうしているうちに、大黒屋清兵衛も殺されるのだが、平次は、見事に事件の謎を解き明かす。平次の特徴は、「真犯人はおまえだ」とか「真犯人を捕まえるのが俺の仕事だ」とかいうような、いかにも今の刑事ものの登場人物が言いそうなセリフを言わないことだろう。どこまでやるかは彼なりの美意識があるようで、この作品でも、ほどほどのところで事件から手を引いている。刑事ものやミステリーの多くでは、たとえどんな訳があろうと真犯人を捕まえるのだが、平次は事件の真相は解き明かすものの、事情次第では見逃したりする。これも平次の魅力だろう。
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