かぜのてのひら (河出文庫) | |
クリエーター情報なし | |
河出書房新社 |
・俵万智
・河出文庫
本書は、かって歌集「サラダ記念日」で一世を風靡した著書の第二歌集に当たる。このタイトルは、収録されている次の一首から取られている。
<四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら>(風の手のひら:p100)
四万十川は、昔新聞社の主催するバスツアーで、上流から下流まで回ったが、これは下流の方の情景だろうか。あの頃の記憶が蘇ってきそうだ。
収められているのは、24歳の早春から28歳の冬の終わりまでのことを詠んだ470首余りの歌。特徴的なのは、若い女性らしく、失恋に関する歌が多いというところだろうか。
<恋という自己完結のものがたり君を小さな悪党にして>(まもなくの冬:p16)
<「おまえとは結婚できないよ」と言われやっぱり食べている朝ごはん>(天気あめ:p19)
<樹は揺れるあなたが誰を愛そうとあなたが誰から愛されようと>(同上:p21)
<幕下りて淋しき愛の物語いまだ続いているような夜>(同上:p23)
歌人というのは因果な生き物だ。自らの失恋さえも赤裸々に描かいてしまう。これが歌人の「業(ごう)」というものだろうか。一方父の転勤や4年間勤務した橋本高校を歌った歌もある。まずは父の転勤に関する歌である。
<男には男の絶望あることを見てしまいたり父の転勤>(父の転勤:p30)
しかし別に左遷されたという訳ではない。研究者から管理職になっての栄転である。しかし本人の望みとは違っていたようだ。
<研究者と呼ばれて一生終えたきに管理者となる父の栄転>(同上:p31)
<「お父さんがんばらないで」という我をしみじみ見つめて目をそらしたり>(同上:p33)
橋本高校のことを歌った歌もいくつか挙げてみよう。
<よく笑う女生徒なりしが吾に見えぬ何を抱えて退学の朝>(翳あるひかり:p88)
<チョキン、パチン、ストンで終わるアメリカの映画のように退学をせり>(同上:p91)
人生はなかなか思うようには行かないものだ。そんなもの悲しさがこれらの歌から伝わってくるようである。しかし人は一度きりの人生を一生懸命生きて行かなくてはならないのだろう。この歌集の最後は、次の1首で締めくくられている。
<「もし」という言葉のうつろ人生はあなたに一度わたしに一度>(早春のアンビバレンス:p178)
そう、人生に「if」はない。これまで過ごしてきたものが、自分の一度きりの人生なのだ。しかし、これからどう過ごしていくかは、自分の心次第というのも事実。私たちは、未来に目を向けて生きて行かなくてはならないのだろう。
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※初出は、「風竜胆の書評」です。