晴、26度、94%
先日、熨斗を書く機会がありました。熨斗をかけて物を贈るときは、自分で書きます。売り場の方が素熨斗と筆ペンを持ってみえて、「こちらにおかけください。」と何やら箱詰めで忙しい店員さんが立ち働いているテーブルへ案内されました。「筆ペンで申し訳ございません。」今やどこに行っても筆ペンです。筆ペンのキャップをとって穂先を確めて熨斗を書きました。書くといっても文字数にして5文字。その時、目の前で箱詰めをしていた若い女の店員さんが「お習字の先生ですか?」とおっしゃいます。「いえ、」とだけ答えました。若い店員さんに私はどう映ったのでしょう。
もう40数年前のことです。高校に入学しました。芸術は選択科目になります。音楽、美術、書道の3つから選択することができます。当然のように美術に丸を付けて高校に提出しました。ところがそれを知った母が「あなたが中学校時代5を貰えなかったのは、お習字でしょう。書道に訂正なさい。」と言います。やっとお習字をしなくてよくなると思っていた矢先です。仕方なくまだ入学もしていない高校の事務室にその旨届け出ました。芸術の選択はクラス分けの基準になります。そして高校の2年間、書道をする羽目になりました。
先生は福岡県では有名な方らしいおじいちゃん先生でした。ハゲていたのでおじいちゃんと思っていたのかもしれません。他の書道を選んだ人たちは、皆さん書道が得意で選んでいます。私のように不得意だからという方はいませんでした。当然高校でも5はもらえませんでした。高校3年からは芸術の授業はなくなります。やっとこれでお習字から解放されました。小学校の何年から始まったお習字、やれやれでした。
もう筆は持たないで済むだろうと思っていましたが、結婚以来、熨斗書き、祝儀袋、香典袋、年賀状、暑中見舞いと筆を取る機会は絶えません。筆ペンはやや苦手です。高校の2年間の書道がなければ、筆で物を書く習慣は身に着かなかったと思います。
家でも時折筆を持ちます。 小学校でお習字が始まった時から使っている硯です。日本に帰って来て以来、息子が小学校の修学旅行で広州から母の土産にした硯を使うこともあります。母は使わずに大事にとってありました。彫りの模様が入った小ぶりの硯です。
若い店員さんは筆を持つ私の様子に躊躇がないから、「お習字の先生ですか?」と聞かれたのだと思います。決してうまい字ではありません。母は巻紙を使うほど達筆でした。そんな域には達しませんが、筆を持つ習慣を教えてもらったことに今更ながら感謝しています。