蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

期限制限付き、楽しみ

2023-11-07 | 
小旅行の記録を書こうと、紙製ダイアリーbookに、シャーペンを走らせようとした。
が、、、ふと、ん?と、シャーペンが止まる。
大まかな地域名はわかるものの、正確な地名や駅名がわからない。
自分の生まれ育った市なのに、、、!
なんと、いいかげんな、大雑把な記憶。
というか、元々記憶に刷り込む時点で、ちゃんとした名称や、地図、位置がわかっていない。
半世紀以上経って、そもそもわかっていなかったことが判明、認識して、そっちのほうが、ビックリだった。
幼児や小学生となんら変わらない原風景の捉え方。
成長した大人になっているはずの部分が、すっかり抜け落ちている。
まあいいか。
これからも、益々忘れていくんだから。

まるで初めて見るような新鮮な驚きを何度も味わえて、お得だ。エコだ。

しかし、わたしは3人年子の末子が生まれて4年ぐらいした頃(36年ぐらい前?)、このR山に、大の苦手の車を自分で運転して訪れている。
しかも、自宅から往復、一度も休憩せず、どこにも寄らず、不慣れで不案内の地まで運転し続けている。
さらに、助手席には外国人を1人乗せていた。
帰宅した後、家に入るやいなや、あまりの緊張と疲労に、廊下にうつ伏せて倒れ込んだ。
若い日は、なんだってやるんだ出来るんだ、元気だ、と我ながら感心した。
誰にも若い日はある。
遠い目。

でも乱視を通り越して、老眼なのに近視だから近くは見える。
近くはメガネ要らず。遠くはさっぱり見えないけれど。
いや、そういうことではなくて。

とりあえず、ブログネタもいっぱい仕入れることができたし、家の外に飛び出すのは刺激的だ。
ただし、足手まといにならないうち、孫たちが中学になるまでは、旅も同行させてもらえそう。

非日常空間をあと5年、制限時間付で目一杯、楽しみたい。



故郷なのに初めて行ったような感覚

2023-11-07 | 
さて、何から書こう。
昨日、一昨日、先一昨日は、2泊3日の一族旅行に行ってきた。
4組12名。1組につき3名ずつ、、、ではない。
①大人1名(長男)②大人2名(我々夫婦)③大人2名➕子供1名(次女一家)④大人2名➕子供4名(長女一家)
合計すると、大人7名、子供5名、総勢12名。

皆んなでピッタリぞろぞろご一行様で行動するのではなく、ゆるやかに行き先を共にした。
確実に顔を合わせるのは、晩御飯と宿泊ホテルと朝食。
あとは、自由、大まか。
だいたいは同じような場所にいたが、長男だけは仕事がらみの案件を抱えていて、日中はまるで別の離れた場所で別行動。
まあ、遥々遠方から参加してくれるだけで有難い、嬉しいから、ちょっと顔を見れたらそれでよし。

それにしても2歳児、3歳児は、まだまだ手がかかる。
必ず日程の真っ最中に活動中に寝てしまう。
お昼寝を挟む。
ベッドや布団でじっとお昼寝なら良いが、外で歩いている途中や、何かをしている途中に、「抱っこ!」と言ってきて、おんぶや、抱っこしたまま、ぐーぐー。
歩く人間型移動ベッド。
3歳児のママ(わたしの長女)は、ベビーカーは持ち歩かないので、おんぶや抱っこのまま、歩き続ける。
いやはや、ママはすごく体力がいる。
パパは、別の子供の子守りで別の離れた場所で別行動していることが多いので、ママは1人で体育会系パワーがいる。
わたしはお手伝いしないのでただただ、若い人はスゴイなあと感心するのみ。
というか、あんな重い子供を長時間、歩きながら抱っこもおんぶやもできない。
頑張ってお手伝いして、腰でも痛くなったら、かえって迷惑かけるし。
第一、期待されていない。
それをいいことに、子守りは手伝わないことにしている。
自分のことだけする。人の役には立たないが、人の手は借りない。

公共交通機関(電車、バス、ケーブルカー、ロープウェイ)と徒歩だけでの旅。
足腰は強くなる。
ただし、電車やバスの時間に間に合うためにダッシュしたりするスタンバイは必要だ。
そして、トイレは素早く、機会のある時に。
それと、待ち時間は必ずある。
だいたいの日程計画なので、いたって緩いスケジュール。
乗り物の時刻は、行動を見ながら調整する。
時刻表はあらかじめ頭には入れている(ようだ)。
やはり、幼児と一緒の旅は、大人本位に行動しにくい分、時間をゆったり取っているのが良い。
というか、小学生や幼児と同じ思考回路と体力で参加しているため、着いていくだけで頭を使わなくて良いので楽ちんだ。
団体旅行の最後尾の一つ手前の参加者イメージ。

今回の旅行先は、わたしが生まれ育った故郷の市で、よく行った場所、マイ・テリトリーではありながら、自家用車以外で行ったのは初めてだったので、とても新鮮だった。

旅いろいろ

2023-08-23 | 
旅の広告がたくさん届く。
文字通り、ピンからキリまで。
往復船中泊の弾丸格安ツアーから、飛行機ファーストクラスの旅。
お値段は、200倍ぐらいの格差。
弾丸船中泊旅行は、学生バックパッカーなら良いけれど、老年にはちょっとしんどそう。
かたや、ファーストクラス旅は、寿命が切れる間際に行って早くお金を使ってしまわないと、という駆け込み需要狙いか。

広告も格安ツアーは、デザインなどどこ吹く風、目いっぱいゴチャゴチャ、赤色と黄色を派手に駆使して、隙間なく情報が詰め込んである。
お高いツアーは、値段を見る時に、桁を間違えないように、一、十、百、千、、、と、一つ一つ数えなければならない。

お任せパック団体旅行は、何にも考えず、ただただ着いていくだけで楽だが、どこに行ってきたの?と旅行後に聞かれた時、(例えば)「九州」とか、一歩突っ込んで「南九州」とかは言えるが、詳細はしどろもどろになる。

叔母が旅行した昔は、田舎の家の前まで一軒一軒、団体客用バスが回って来て拾ってくれ、そのまま飛行場に行き、そのまま海外に行き、手続きは添乗員まかせで、帰りも送り届けてもらい、どこの国に行ったのか、おぼろげにしかわかっていない人もいる。
TV画面に映し出される風景が目の前に実際にある、というもの。
後日、TV旅番組で紹介されていると、
「あ、行ったよね、ここ。行った、行った」
と、TVで映る場面と現実で見た記憶を擦り合わせる。
だが、実物よりTV場面しか覚えていないことも多い。

ある団体旅行、、、
南西フランスで個人旅行の日本人と道ですれ違った。
その人は、「どちらに行かれました?」と、不自然でもなんでもなく、にこやかに話題を投げかけてきた。
「この近くの街です。素晴らしいですね」なんて、いかにも地名がわかってない答え。
その人は苦笑い。
こちらも苦笑い。

この団体パック旅行は、至れり尽くせり。
帰国後の旅の記録、思い出まで写真を添えてミニ冊子にして送り届けてくれる。
ありがたいが、これでは復習の機会がない。
あらまあ楽、と、目を細めて手作り日誌を見るが、パンフレットとまとめて保管したら、これでいつでも旅の記憶を確認できると一安心する。
記憶の確定材料が出来た安堵と共に、脳は、定着する前に早々に役割をバトンタッチしたら、あとは、すーーっと脳から消える。
脳をスポイルしてくださる、親切な旅行会社さん。
感謝するものの、あのファイル、家のどこに置いたっけ?


旅の思い出は、状況による。
台風6号とともに行った、直近の九州旅行。
小5孫に感想を聞いたら、「サツマイモが美味しかった!」と。
ん?と一瞬なんのこと?と考えたが、これは、地獄めぐりのワニ園の横で売っていたもの。
彼は大のサツマイモ好き。
わたしもあのサツマイモはかなり美味しかったと思う。
暑い中、暑い日程、湯気がもうもうの地獄めぐり。
あの暑い時期に、まあなんと。
暑さでうだるワニ。
そのワニ園を出たところに、おじいさんが細々と出店で焼きイモを売っていた。
おじいさんの熱中症が心配だ。

と、暑い季節は涼しい地域に、
寒い季節は暖かい地域に、
そう行き先を決めると思うが、我々の場合、暑い時に更に暑い地域に、そしてその中でも更に熱い地獄めぐり。
インバウンドの外国人しかいないのではないかと思うぐらいのチョイスだった。
思い出作りは、何も快適だけが良いのではない。
不自由だったり疲れたり、不便だったりする思い出のほうが記憶に残る。
その中でピカイチ、サツマイモがインパクト大なら、結構なことだ。
旅は手作りは手作りの良さがある。



馬はエネルギッシュ

2023-08-13 | 
動力エネルギーに、「馬力」というものがある。
鉄腕アトムは、十万馬力!
この力強い馬力で、湯布院の街中をぐるりと回った。
近くで見ると、馬は立派だ。
GWに石垣島の近くの竹富島で牛車に乗ったが、牛とはまた違う。
将軍さまか騎士になって、パッカパッカと馬を乗りこなすのはカッコいい。
わたしの父は午(うま)年ということもあり、馬が大好き。
学生時代は乗馬部。
義姉も乗馬をしていた。
わたしは、とても乗れないので、馬に引かれてポコポコと西部劇の幌馬車の乗客気分。
行く場所、行く場所、観光客の皆さんが、にこにこ笑顔で手を振ってくれる。(馬に)
注目を集め、凱旋パレード中の大谷投手になった気分だが、皆さんは馬に釘付け。

ちなみに、何頭もの馬が駆け巡る躍動感溢れる大きな絵画を実家からもらってきた。
夫の実家をリフォームした際、リビングルームに掛けているが、しみじみ、、、父の活力をもらっている。

それにしても、湯布院は素敵なところ。
外国人だらけなのが少し気になるが。
世界ではあちこち心配事象がたくさん起こっている、、、
ではあるものの、インバウンド再開でまた、日本も世界も活気が出るといいなあと願う。



キックするのはやめてね

2023-05-08 | 
娘たち一家と、旅行。
総勢11名。
飛行機とホテルのみ予約。
楽しいな、楽しいな、、、には、ならなかった。
やっと帰って来れて、嬉しいな、嬉しいな。

初日は移動のみだが、すでに帰りたくなった。
バス〜私鉄〜地下鉄〜私鉄〜モノレールを乗り継ぐ。
旅先現地でも空港からモノレール。
非接触型交通ICカードで、皆んなスイスイ。
ま、待って〜、どこに入れた?カード?
リュックの中をゴソゴソしている間に、皆んな先々進む。
どこで降りる?
予習ゼロの、最後尾くっつき虫は焦る。
途中で、親切で敬愛なるジイ様から降車駅名がLINEで送られてきた。
が、、、
乗り継ぎ飛行機のEチケットが無いとかで、ANAアプリをインストール後、マイページから、チェックインしろとのこと。
12年以上前にANAの会員になり予約したことはある。
ANAアプリ??インストールしたものの会員番号だけではログインできない。
空港までのモノレール乗車中、立ったままでパスワードの設定をし直すため、登録アドレスへのメール着信を待ち、あれこれアタフタ。
早くしないと降りる駅に着いてしまい、空港にそのまま繋がる。
焦った、焦った、、、時間制限があり、車内だと他のお客さんと立ったまま揺れながらスマホを操作すると、降車駅が近づくにつれ焦ると余計に出来ない。
もたもた、冷や汗。こういうの、不得意。
一度に二つのタスクをこなすのは、苦手中の苦手。
で、、、空港ではギリギリ電子チケット読み取りが完了。
スーツケースお預かりは全て無人。
重量を測り、フライト情報を読み取り、タグが機械から出てくる。
以前は全て人がやっていたのに、隔世の感。
来るたびに機械が一新され変わっている、と、娘婿が驚いていた。

それはそうと、初日から帰るまで、常に小学生孫男児付きの部屋。
人数バランスから割り振り当てられた。
彼らの寝相は恐ろしく半端なく悪い。
運動会の夢でも見ているのか。
蹴っ飛ばされる側にとっては、甚だしく安眠妨害。
それにしても、男児君、寝ているのになぜ蹴る?
キック力がやけに強い。
それ、スイミングで活かしてね。

と、旅がスタート時からお疲れ様のわたし。
GWお天気に恵まれ、べたべた日焼け止めクリームを塗りたくった。
まる1日、朝から晩まで、気温、体温調整が出来る服をチョイスするのは難儀。
と、文句しか言わない(書かない)その姿勢、自省しよう。

キョロキョロ周りを見渡してもお年寄りは、土着の方(住民)のみ。
あんなに南方の果てまで、高齢になると旅行先には選ばないのでは?

長女夫婦は10年ぐらい前に、わたしは45年ぐらい前に行ったことがある、石垣島。

さて、楽しい話はまた後ほどに。
書き始めると、いつも自虐色が強くなるのは、マイパターン。



嬉しい時にどんどん流す涙

2023-02-07 | 
涙が出るほど楽しいイベントの後、体調を崩して伏せった。
アップダウンが激しい。
これだから、困る。

しかし、楽しい日曜日だった。
(親抜き)小学生男児孫たちと、ミニ旅。
朝は7時29分のバスに乗るのだが、7時15分ごろには孫2人共、我が家に来てスタンバイ。
前日(土曜日)もうちで前泊するという兄ちゃん孫(小4)Yをわたしはダメだと断った。
次女が1歳児孫(神経質)を連れて、1番上孫Yのバースデーパーティ参加のため、同じ日(土曜日)に泊まるので、ややこしいことと、翌日(日曜日)にミニ旅があるから負担になるため。(わかりにくい説明)
1歳児は夜泣きギャン泣きしていたから、結果的には泊まらなくてよかった。

朝7時半から18時04分までの小旅だった。
弟(小2)は水筒を肩からかけ、2人で使うんだそうだ。
2人共、それぞれ首に、交通非接触型ICカードをぶらさげている。
ポケットにハンカチ以外は、手ぶら。
学校へ行く時より早起きもへっちゃら。
意気揚々と出発!

(中身は割愛)

テーマのある旅。
近畿一円はテーマパークのよう。
近い、便利、楽しい、安い。
日帰りできて、時間にも体にも財布にも負担がない距離。
しかも歴史深い名所がギュギュッ。
さらに四季折々の美しい自然風景。
ちなみに、この兄弟は2年前に同じ地の旅館に泊まったらしく、その旅館の前で、「ココ」と教えてくれた。
なんだ、かつて来たことがあるのか。

しかし、上孫は「乗り鉄」なので、今回は「青の交響曲(シンフォニー)」。
行きは、さくらライナー。
近鉄も色々、楽しませてくれる。
感謝!
この電鉄会社は潰れることはないとは思うけれど、今後も乗客のために頑張ってほしい。

帰りに、両親(長女夫婦)&女の子保育所チーム(2歳&5歳)と合流して、回転寿司に行った。
女の子チームは、日中は次女と1歳児と合同。(従姉妹3人保育所グループ)
大人3人、子供3人の保育所女の子グループは、幼児向けアウトドア自然密着体験公園へ。
(小学2年の男児孫はどちらに参加するかは、本人の希望に任せた)
次女と1歳児は、前日はうち(実家)に泊まったが、翌朝、我々とは顔を合わさず、女の子チームと行動して、夕方には自宅にUターン。

わたしは、夕方から調子が悪くなった。
食欲ゼロ。

上孫は、回転寿司で一口も食べものを口にしないわたしを見て、首を傾げるので、
「青の交響曲(シンフォニー)のケーキセットが高級すぎて、胸につかえてお腹いっぱいになったから食べられない」と説明した。 
他の家族(両親や妹たち)に、「ばあちゃんはケーキでお腹いっぱいになって食べられない」と説明していた。
でも、納得いかないのか、不思議なのか、
「なんで食べないの?
せっかく来たのに食べなかったら意味ないやん」と、わたしに言った。
この子が他者のことで意見や感想を言ったのを初めて聞いた。
とても印象に残った。
と同時に、わたしのことが気になる、視界に入っているのだと思うと感激した。
理由がわからないのか、合点がいかないのか、想像外の行動なのか、はたまた、心配してくれているのか?

いずれにしても、これは成長だとわたしは捉えた。
初めての孫で生まれた時から知っている、かわいいかわいい子が、こんな(電車以外の)ことを言うようになったのかと思うと涙が溢れ出た。

孫の成長は何事にも替えられない喜びである。
しかも、今!今が一番!
いずれ、知恵が付いたり忖度したり、邪魔、うるさい、足手纏いに思うようになったり、汚いと避けたり、、、そんな時期は必ず来る。
まあその時はその時。
今しか味わえない喜びを存分に味わっている。
まさに、今、今、今!
年月が経てば、孫たちは大きくなり、わたしは歳を取って衰え、喜びは半減、もしくは悲しみを感じるかも知れないが、嬉しい経験が出来たのだからそれで良い。
姑と子供たちの関係性を時系列で追って行くと、わたしと孫たちの関係性がぴったり予想される。
時の移ろいとは、そういうもの。
あんなに仲良く遊んでいたのに、交流はいずれ内容が変わり、高齢になればなるほど、疎遠になり、距離は離れていく。
あたりまえ。
かわいそうとも取れるが、祖母(姑)本人も歳とともに以前ほど孫に熱をあげていないと感じる。
文字通り、自分が生きるのに精一杯。
ま、そんなものでしょう。
わたしの行く道。
先に行く人は示してくれる。

歳が行くと、自分の歳に順応するかのように、自然に変わる。



出来る人、出来ない人

2022-11-25 | 
読む人によっては著しく臭う話を書く。

わたしがなぜ、こうも何もしなくて、何も考えなくて、何も気も回らないで、何も出来なくて、平気でいるか?
この答えがわかった。

一泊二日で夫とミニミニ旅に行った。
コロナ以来、2人では初めてだ。
娘と行くと神経を尖らせて行動しないと、ぼーっとしていたら、「何やってる!!」とお叱りを受ける。
役には立たなくてもいいから、足を引っ張らないように気をつける。
わたしなりに緊張するわけだ。

が、夫と2人だと、、、全くといっていいほど、その面の気遣いは要らない。
それに、夫は家の中に一歩でも入ると電源が突如切れてスイッチオフになり、出るとオンになる人物。
わたしは、日常は家でオフ状態のビクとも動かない夫としか接しない。

しかしながら、、、
つくづく思った。
今回は車で遠距離移動ジャーニーになったせいもあり、夫の運転に全てを委ねる格好になった。
夫はわたしとは正反対で、運動神経抜群で頭脳も超優秀、タフで体力もある。
日頃のオフ状態で、夫のオン機能をまるで忘れ切っていた。
しかもドケチしみったれのわたしとはこれまた正反対で、財布には口がない。
ゆるゆるとか、そういうレベルではない。
お金に執着する概念そのものがない。
この夫が仮に、再婚するかも知れない候補者だとすると、絶対に推し!間違いない。
今、交際している人だという新たな切り口でこの人物を見たら、素晴らしいハイスペックだった。
しかも優しい。
これは結婚以来ずっと同じ。
ただ、ほぼほぼオフの状態でしか接していないので、接する面がまるで違っていた。
全く動かない、家事など絶対にしない、ほぼほぼ粗大ゴミ状態のオフと、本来の備わっている機能をフル回転させた時は、別人である。
たまには、別人の面に接しないと忘れる。

小さな小さな閉ざされた家庭の中では偉そうにしているわたしだが、身体能力、頭脳として機能性は至って低い。
ほぼ全般的に人間の機能としての能力停止状態に陥っているのは、家の外では夫がなんでもかんでもしてくれるからである。
責任転嫁どころか、感謝しなければならない。
気が回る、頭が回る、身体が動く、能力がある夫が、元々真逆のわたしを益々機能低下させている。
わたしはアタマも身体も神経も使わないから、どんどん何もしなくなり、できなくなっている。
退化の一途を辿っている。

趣味分野で出会う人々にビシバシきつい厳しいことを言われるが、当たり前のことを皆さんは言っている。
しかも、能力的には夫はかなり高性能である。脳の出来が違うように思う。
夫は普通のそこらへんの人とは違うなあと今更ながら再認識した。
わたしが何でも許されて何でもしてもらって甘やかされているだけだ。
出来なくて当たり前の人物評価。
(諦められサジを投げられているのだろう)
(出来るくせにしないのは、一番タチが悪く嫌われ、サボり認定を受ける)
そこに厳しい娘に指摘、指導され、わたしは涙がぽろりん出るが、涙を流している場合ではない。
世の中の普通の感覚を呼び戻させ覚醒させてくれている。

わたしは頑張らないせいで必要機能を奪われ、何も出来ないお人形さんになった。
ある意味、兄と似ている。
素晴らしい人に甘えるだけでなく、少しは自分の脳みそを磨かなければならない。
しかし、、、脳みそ磨きは不得意分野だから腰がいたって重い。
せめて(出来て当たり前の優秀で慈悲深い)人に頼る依存性を少しでも軽減するよう努力したい。。。
が、言うだけ、書くだけ、、、か。

で、、、ここからが〆。
歳を取ると機能も衰えていく。
お互い、温かい目で見なければ。
まして高性能の人が以前のように出来なくなった日が来たとしても。



敬老には遠い

2022-09-20 | 
台風がやって来るという3連休、台風の進路と競争するかの如く、不要不急の旅に行ってきた。
(その割に特急指定席は空席なし、満席)
天候恐怖症のわたしは、猛烈に心配で憂鬱だったのだが、参加家族メンバーたちは全く気にしていないようだった。
宿泊ホテルの部屋のテレビで台風情報ばかりを見ていたこともあり、不安は募る一方だった。

3日目だけは、交通機関が計画運休するというので、お昼には帰路に。
3日目の旅プランは比較的近場だったため、今回でなくてもいつでも行けることもあり、すんなり諦め目的地をカットした。

台風も直撃は免れ、不安に慄いたものの肩透かしだったが、安堵した。
ああやれやれ。
無事帰ってきてこんなに喜んだことはなかった。

孫は目を見張るほどしっかりしてきて、方向音痴のばあちゃんを追い抜かした成長ぶりには喜ばしいものを感じた。
が、娘たちから投げかけられる手厳しい注意事項などで、キツくて涙が出そうになった。
地元に戻った最寄り駅では、(2歳児にべったり手が離せない)長女の疲労はピークに達したようだった。
ノーテンキな一言を言ったわたしは、長女にピシリグサリと言葉を浴びせられ、強く痛く鋭利に胸に突き刺さった。

合同家族旅行はもう無理かも知れない、なんて思ったりもした。
もう少しわたしたちが弱り、もう少し孫たちに手がかからなくなったら、もう少しは言葉が和らぐのではないかと甘い予想をした。
さらに、孫たちが成人になり、わたしたちがサポートが必要なぐらい益々弱ると、一緒に旅行には行けないだろう。
キツく当たられる今が、華なのかしらん。
子供がシッカリしているのも、嬉しいような、キツイような。
ちょうど良い中間はないものか。


我々はいつまでも頼りになる親ではなく、役に立たず段々お荷物になろうとしているのか。
サポートする側からサポートされる側に移行するスライド期間が微妙である。
力が交差し、逆転する。

未来図を垣間見た思いがした。
が、順送りである。

敬老の日には、なかなかシビアな贈りものである。
感謝され敬われようなどとは甘いと思った。
とことん自立できなくなったら、悲しみもなくなり、期待もしなくなるのだろう。
中途半端にまだ我々は元気なだけに、子供世代と力と力がぶつかり合う。
自分のパワーがまだある証拠かも知れない。



もうゴリゴリ

2022-08-19 | 
怒涛の1週間が過ぎた。 
疲れ過ぎて、記事に書こうという意欲が湧かないが、ネタはいっぱい仕入れた。
豊富なネタには不自由しないものの、書かないうちに次々リアルタイムで日々、新しいネタが生まれそうだ。
次の日常の出来事で、体感した感覚が更新される前にちょこっと書いておこう。

今回の怒涛の1週間の後半は、警報が出るほどの悪天候の中、山深い里へチビッコ4人連れのキャンプ旅。
娘婿、仕事でドタキャン不参加になり、ピンチヒッター子守要員の白羽の矢がわたしに放たれた。
保護者、大人は母娘(わたしと長女)のみ。
わたしは予定があったのに、「上孫(小学生低学年男児)2人の話相手と、荷物番だけでいい」という娘の推しの強い誘い文句に、嫌な予感はしたものの、渋々応じた。
自分の身だけでもモタモタして持て余すにもかかわらず、ボケていられないほど強烈に堪えた。
娘婿は自分が参加するつもりで申し込んだのだろうけれど、こんな宿泊施設、わたしは逆恨み状態。
シニアは勿論のこと、若者同士も見当たらず、目にするのは、パパがここぞと活躍する若いファミリーばかり。
キャンプ本格派は、自分でテントを設営する、もっと本腰を入れた真剣なキャンプ地を選ぶと思われる。
それに比べると、グランピングは子連れファミリー層には、キャンプとしては中途半端かも知れないが雰囲気だけ楽しむのには良いだろう。

しかし、働き手のいない、手のかかるチビッコたちとグランピング、バーベキューって、、、!
火の起こし方もわからない。
自分たちで焼いて食器や食後の後片付けも自分たちで。
しかも大雨、集中豪雨の中。
雨が降っていなければ、これほどはどうってことはないが、土砂降り。
トイレや洗面所に行くには、全面、水溜りになった地面に靴ごと突っ込んでビシャビシャ。

キャッチコピーは、「何もしない贅沢」。
揺らぐ火を見ながら癒される、、、。
など、とんでもない。
何もしないわけがない。 
1番手がかかる幼児連れ。

どれだけ不安だったことか。
トイレも洗面所も就寝するテントから離れた場所にあるため、夜通し、雨足が弱くなるのを見計らってトイレにいかなければならない。
豪雨がテントに叩きつける音に恐怖感を抱きながら、2時間置きに靴を履いて出かけ、精神的不眠症。
洗顔、歯磨きも、一旦、外へ。
校舎にあるような洗面所や流しは、利用者は横一列に並ぶ。
小中学時代(昭和30年後半〜40年代)に学校から行った旅館のイメージか。
ではあるが、それらはまだ雨を気にしなくてもいい、同じ屋根の下だった。

2歳児の紙おしめウ○チ処理後、手を洗う所がないので、わざわざ水道水が出るところに水溜りを超えて出向かなければならない。
もうゴリゴリ。
だが、蒸し焼きにしていたサツマイモは翌朝、食べたが、とても美味しかった。
このサツマイモ感想、、、無理矢理、帳尻を合わせようと頑張った感は否めないが、良い思い出にはなった。

お店で座っているだけで何もしないで給仕された食事をいただけるありがたさ、、、。
部屋、館内にトイレがあることの幸せ、、、。
まるで自然災害の避難所体験をしたかのようなキャンプに、日頃、何とも思わなかったことに改めて感謝した次第だ。
しかし、サービスを受けに行くのならいざ知らず、わざわざ苦労しに行くのは、もう参加したくない。

周りの川は水位が上がり、色も流れも、豪雨の激しさを物語っていた。

元気な人々

2022-06-29 | 
わたしの疑問は、周りを見ていなさすぎて世間知らずのため、石を投げられるかも知れないが、、、。

なぜ、どこへ行っても元気な女性ばかりなんだろう?
元気ではない女性は、外に出ていないから目に見えないだけだとは思うが。
男性は、元気な女性(妻)に引っ張って来られるイメージ。
男性単独では、あまりお目にかかることがない。
登山とかされているのか。
バイクや自転車、ヨットや釣り、アウトドア、キャンピング、、、など、わたしが行かない場所で活躍されているかも知れない。
(あ、頑張って働いておられる姿は、あちこちでよく目にする)

あるいはマニアックな趣味を楽しんでおられ、ご一緒する機会がないからか?
グルメだのパックツアーだのには、何しろ(リタイア)女性が多い。
安易で簡単、便利、手頃、エネルギー要らず。
リタイアしていない女性も多いが、男性はあまり参加していない。
日頃のストレスが大きすぎて、何もしないことが、とりあえずは回復の第一歩か?

限られた健康寿命、アクティブに使おう!!と積極的姿勢が皆さんに見られる。
もちろん、仕事をしている人もおられる。
さあ、どんどんじゃんじゃん活動しよう!とエイエイオー!とシュプレヒコールを上げたのは良いが、さてさて、やりたいこと、未体験、未知なことは?

わたしは保守的でめんどくさがりなので、今更やりたいことを一から探す気力はない。
それより、今までやってきたことの深掘りをして楽しみたい。
今からスカイダイビングには挑戦したくない。
飛行機にも最近は乗っていないから不安。
バスですら、ほんの2〜3時間揺られるだけで疲れる。
老化と贅沢。

歳取ると、トイレ確保にやたら敏感になる。
行きたくなくても、次、行きたい時に行けないかも知れないとなると、毎度毎度のトイレ休憩の時に無理やりトイレに行く。
脳と膀胱の希望など無視。
ではあるものの、脳が反乱を起こし、膀胱容量を超え氾濫しては困る。
ハンラン防止対策。

となると、遠い国や(標高が)高い場所にはもう行けないなあ、と。
近場深掘りコースに切り替えよう。

わたしは一人行動のほうが限りなくのびのびして好き。
マイペース人間なので、人に合わせるのが苦手。
自分の好みや嗜好も自覚している。
なので、団体旅行で参加するとしたら、コンセプトが設定されている、こだわりの旅。
参加者も似たり寄ったりの、お一人様満喫タイプなので、お互いに邪魔にならない。

家族旅行の場合、長女主導型。
文句があるなら企画、提案、実行せよ、動け!!となる。
なので、おまかせでゾロゾロ付いて行く。
カルガモ親子の順序逆パターン。
乳幼児同伴なので、旅行行程に無理がないのが良い。


コロナが完全に明けるのはいつ?
それまでの間に、脳内プランを練ろう。
ああでもない、こうでもない。
かつては、家から一歩も出ず、椅子から一歩も動かず、旅の計画をし、準備した。
わたしは10〜20年に一度、自分旅をする。
20歳、33歳、55歳。

家族旅行に加え、50代後半からは夫婦旅行が加わった。
60代は、家族合同旅行にシフト。そこへコロナ。
もうそろそろNEXTステージに向けての区切り自分旅がしたい気分だ。
将来は、大きくなった孫たちと(親抜きで)行くことも夢見ている。
舅姑は、孫連れでパック旅行に何度か行っていた。

旅の話ばかりを書いている。
だが、全ての人を対象にブログを書くと、天気予報かニュースぐらいしか書けない。
不愉快な人は、お寄りにはならないと思うし、自分救済のブログなので自分の楽しみのために使う。
嫌われてもいい。
(→なんて書かないほうが、好かれはしなくても嫌われるリスクは軽減されるかも知れないのに、ね)