ブラジル、サンパウロ州のある地方都市で日本語学校の教師をしている方から
コメントをいただいた。
(コメントは、ご希望に応じて、非公開にいたしました)
去年、その学校では翻訳者養成コースが開設され、その方が、担当をされているそうだ。
わたしのブログを翻訳の教材にお使いいただいているとか。
社会の事柄に抱く心理などに興味を持たれたようだ。
20代の若いブラジルの人々が、生徒さんの大半を占めるそうなので、
わたしとは、お国柄の違いだけでなく、ちょっとゼネレーション・ギャップがあるかも知れない。
わたしの考えは、日本人の典型的なものではないと思うし。
ワザと、あるいは、無意識に、文法や語法をわたし流に変えていることもある。
なので、テキストとしては・・・あまりオススメできないのではないかと思う。
そのあたりは、この先生が正確な言い回しに替えてくださっていることだろうと、期待している。
「ここは、こう表現するのが正しいですが、筆者はあえて、あるいは、知らずに、または、間違えて、こう表現しています」
というふうに、教材には間違い探しのようで、ユニークかも知れない。
微妙なニュアンスは、わたしが勝手に感じる心理なので、翻訳には、困難を極めると予想される。
そのあたりも、カンタンで、わかりやすい表現に直してください、とお願いするしかない。
いやはや、そういうコメントを頂戴すると・・・
ガラにもなく、ちょっと、キーボードを打つ指が固まってしまった・・・
・・・
話は変って・・・
ある、知り合い(リアル人)から、封書が郵送されてきた。
今どき、郵送なところが、非常にその人らしい。
その方は、そもそもは劇作家、演出家で、自もミニ・シアターで演じる人なのだが、
多くのアーティストたちに協力を仰ぎ、ここのところ、地元で、まちなかコンサートを順調に続けられていた。
が、深刻な病を発症したとのことで、このたび、その活動を休止。
煩雑なスケジュールに振り回されることなく、
自分の作品を精力的に専念して書きたいという制作意欲に駆り立てられたようだ。
ということで、その郵便物の中身は、最後のコンサートのお知らせだった。
封筒の中には、あいさつ文と、最後にお見かけした頃の写真(15年ぐらい前?)を使ったポートレート入りの告知リーフレット、
そして、2日前の地元新聞に、写真入で掲載されていた記事のコピーも同封されていた。
リーフレットを手に、にっこりした顔で取材を受ける彼の顔は、当時より、いくぶん丸やかに穏やかになっていた。
最後のコンサートに行こうか、行くまいか。
・・・行かない。
わたしは、彼の人生に巻き込まれることを恐れている。
自分の道を貫き通した人の人生は、バランスの良い一般市民とは、少し違う。
安定した職業に就き、安らぎの家庭を持ち、・・・そういう選択はしない。
まして、芸術ジャンルの火中にいる人は、激しい炎を燃やし続け、極めて高温である。
最後の作品に取り掛かるという彼に接することは、わたしには出来ない。
建築家とかで、リタイアする年齢を上回っても、穏やかにまだ仕事をしている人なら、まだしも、
すごいエネルギーを持つ人に近づくのは、若い頃は、刺激的だろうが、
今のわたしの年齢では、高熱を受け止めきれず、類焼を避けたい気持ちである。
残りの命を燃焼し切って、自分の全人生を賭けようという人のパワーに取り込まれると、
すっと涼しい顔で、抜け出す自信がない。
なにかしら、こころの痛手、後遺症を負うことは容易に想像できる。
ただでさえ、普通のときでも激しい、自分に厳しい人である。
安泰の市民生活と引き換えに、自分の命の根源となる、目的とする理想に向かう。
表現者。
東京で活動していた最も激しいピーク時を過ぎて、しばらく経った頃の彼しか知らないのだが、
最近は、年を重ね、地元の芸術振興に力を入れておられると知って、ちょっと落ち着かれたのだろうと安心していた。
最後の力を振り絞って、作品作りに本格的に取り組むという彼には、
わたしは、そっと遠くから見守ることしかできないでいる。
これこそ、エゴの極めつけであろう。
暖かいこころのカケラもない。薄情そのものだ。
自分を守ることしか考えていない。
しかし、自分を守るのは自分しかいない。
自分はどういう状態が一番幸せで安泰で穏やかであるかは、自分が一番よく知っている。
だが、こういうときこそ、力になってあげるべきなのではないのか?
力になるといっても、具体的に何もない。
激しいスクリューに巻き込まれて、粉々になってしまっては、元も子もない。
自分以外の人のことも大事に思うが、自分を削ってまで人に寄り添い、尽くしても、なにも得るものはない。
自分を見失い、磨耗するだけだ。
一緒に周囲の人間もろとも焼き尽くされたりしたら、それこそ、わたしの残された人生ごと、消失してしまう。
第一、ほんの少しでも「献身的な行い」などと自分で思っているとしたら、
そんな押し付けがましいことはない。
・・・
人は、孤独である。
孤高である。
最後は、自分ひとりである。
もし、自分も同じような立場になったら・・・
今まで自分が人にしてきたことを思い知ることだろう。
わたしは、こころに波風が立たない。
冷たいわけではなく、暖かいものも感じる。
ただ、あまり動揺しない。
その代わりに、なにかの折に(例えば、音楽を聴いたとき、とか)すっと、涙があふれ零れ落ちる。
泣いているのだろうか。
涙は少し、生あたたかい。
いつまでも、涙は枯れることはない。
自分のこころには、あたたかい温度があることを知る。
コメントをいただいた。
(コメントは、ご希望に応じて、非公開にいたしました)
去年、その学校では翻訳者養成コースが開設され、その方が、担当をされているそうだ。
わたしのブログを翻訳の教材にお使いいただいているとか。
社会の事柄に抱く心理などに興味を持たれたようだ。
20代の若いブラジルの人々が、生徒さんの大半を占めるそうなので、
わたしとは、お国柄の違いだけでなく、ちょっとゼネレーション・ギャップがあるかも知れない。
わたしの考えは、日本人の典型的なものではないと思うし。
ワザと、あるいは、無意識に、文法や語法をわたし流に変えていることもある。
なので、テキストとしては・・・あまりオススメできないのではないかと思う。
そのあたりは、この先生が正確な言い回しに替えてくださっていることだろうと、期待している。
「ここは、こう表現するのが正しいですが、筆者はあえて、あるいは、知らずに、または、間違えて、こう表現しています」
というふうに、教材には間違い探しのようで、ユニークかも知れない。
微妙なニュアンスは、わたしが勝手に感じる心理なので、翻訳には、困難を極めると予想される。
そのあたりも、カンタンで、わかりやすい表現に直してください、とお願いするしかない。
いやはや、そういうコメントを頂戴すると・・・
ガラにもなく、ちょっと、キーボードを打つ指が固まってしまった・・・
・・・
話は変って・・・
ある、知り合い(リアル人)から、封書が郵送されてきた。
今どき、郵送なところが、非常にその人らしい。
その方は、そもそもは劇作家、演出家で、自もミニ・シアターで演じる人なのだが、
多くのアーティストたちに協力を仰ぎ、ここのところ、地元で、まちなかコンサートを順調に続けられていた。
が、深刻な病を発症したとのことで、このたび、その活動を休止。
煩雑なスケジュールに振り回されることなく、
自分の作品を精力的に専念して書きたいという制作意欲に駆り立てられたようだ。
ということで、その郵便物の中身は、最後のコンサートのお知らせだった。
封筒の中には、あいさつ文と、最後にお見かけした頃の写真(15年ぐらい前?)を使ったポートレート入りの告知リーフレット、
そして、2日前の地元新聞に、写真入で掲載されていた記事のコピーも同封されていた。
リーフレットを手に、にっこりした顔で取材を受ける彼の顔は、当時より、いくぶん丸やかに穏やかになっていた。
最後のコンサートに行こうか、行くまいか。
・・・行かない。
わたしは、彼の人生に巻き込まれることを恐れている。
自分の道を貫き通した人の人生は、バランスの良い一般市民とは、少し違う。
安定した職業に就き、安らぎの家庭を持ち、・・・そういう選択はしない。
まして、芸術ジャンルの火中にいる人は、激しい炎を燃やし続け、極めて高温である。
最後の作品に取り掛かるという彼に接することは、わたしには出来ない。
建築家とかで、リタイアする年齢を上回っても、穏やかにまだ仕事をしている人なら、まだしも、
すごいエネルギーを持つ人に近づくのは、若い頃は、刺激的だろうが、
今のわたしの年齢では、高熱を受け止めきれず、類焼を避けたい気持ちである。
残りの命を燃焼し切って、自分の全人生を賭けようという人のパワーに取り込まれると、
すっと涼しい顔で、抜け出す自信がない。
なにかしら、こころの痛手、後遺症を負うことは容易に想像できる。
ただでさえ、普通のときでも激しい、自分に厳しい人である。
安泰の市民生活と引き換えに、自分の命の根源となる、目的とする理想に向かう。
表現者。
東京で活動していた最も激しいピーク時を過ぎて、しばらく経った頃の彼しか知らないのだが、
最近は、年を重ね、地元の芸術振興に力を入れておられると知って、ちょっと落ち着かれたのだろうと安心していた。
最後の力を振り絞って、作品作りに本格的に取り組むという彼には、
わたしは、そっと遠くから見守ることしかできないでいる。
これこそ、エゴの極めつけであろう。
暖かいこころのカケラもない。薄情そのものだ。
自分を守ることしか考えていない。
しかし、自分を守るのは自分しかいない。
自分はどういう状態が一番幸せで安泰で穏やかであるかは、自分が一番よく知っている。
だが、こういうときこそ、力になってあげるべきなのではないのか?
力になるといっても、具体的に何もない。
激しいスクリューに巻き込まれて、粉々になってしまっては、元も子もない。
自分以外の人のことも大事に思うが、自分を削ってまで人に寄り添い、尽くしても、なにも得るものはない。
自分を見失い、磨耗するだけだ。
一緒に周囲の人間もろとも焼き尽くされたりしたら、それこそ、わたしの残された人生ごと、消失してしまう。
第一、ほんの少しでも「献身的な行い」などと自分で思っているとしたら、
そんな押し付けがましいことはない。
・・・
人は、孤独である。
孤高である。
最後は、自分ひとりである。
もし、自分も同じような立場になったら・・・
今まで自分が人にしてきたことを思い知ることだろう。
わたしは、こころに波風が立たない。
冷たいわけではなく、暖かいものも感じる。
ただ、あまり動揺しない。
その代わりに、なにかの折に(例えば、音楽を聴いたとき、とか)すっと、涙があふれ零れ落ちる。
泣いているのだろうか。
涙は少し、生あたたかい。
いつまでも、涙は枯れることはない。
自分のこころには、あたたかい温度があることを知る。