蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

移り変わり

2021-04-08 | 
嫌〜な話を書く。
爽やかな話や、心温まる話を読みたい人は、ここでストップしてください。
わたしは、人のために無料でサービスしてブログを書くほど、余裕もなく、こころが満たされていないので。

さて、嫌〜な話。
もう10〜15年は軽く経っているだろう。
ご近所のママ友が、一時的に自宅に預かることになった舅さんの愚痴を言う。
舅さんがトイレを汚す。
自分の夫のトイレ始末でも嫌なのに、舅のトイレ後、汚した始末をする嫌さ。
食事の一時間以上前から、じーっと座ってお箸を持って待たれる嫌さ。
嫌で嫌でたまらない、と。

姑さんが病気で入院中に舅さんを預かったらしいが、息子である旦那さんは次男。
長男でもないのに、なぜ次男の家で預からなければならないのか。
ぶーぶーこぼしていた。

やがて間も無く姑さんは亡くなり、本格的に舅さんを引き取ることになった。
どれだけ嫌か。
そうとう彼女が嫌がったせいか、嫌だ嫌だオーラ、ビームが強烈だったせいか、なんと舅さんは、何の持病もないのに、姑さんの亡くなった1ヶ月後に亡くなった。
病名は不明。
わたしはあの時、彼女の怨念、嫌な気持ちが手に取るように舅さんに伝わり、舅さんは、こりゃいかん、とばかりに奥さんの後を追ったのかと感じた。
このキツイ嫁のところに居なければならないなら、なあ、おまえ(亡くなった奥さん)、俺をおまえのいる所に連れて行ってくれ。
そう、祈ったのかも知れない。

すごい力だと、わたしは感心した。
そのママ友は、土地も家も旦那さんの親に買ってもらい、結構なことだと思った。
その代償に旦那さんの両親の世話をしなければならない、、、
無料で良いとこ取りは、ムシがよい。
伏線は覚悟していたかも知れない、、、。
大変だ、、、が、1ヶ月で実にあっけなかった。

そのママ友は、最近、都市部のマンションに家族4人で住まいを移した。 
元々、彼女にしてみると、あまり好きではない和風テイストの家だったし、夫の親に買ってもらった、自分たちで買った土地・家でもないので、さほど愛着も執着もなかったように想像する。

旦那さんのご実家は車で30分〜1時間の地。
ご長男さん一家は、阪神地区に別にお住まい。
家はもう空き家になって久しいだろう。
処分されているかも知れない。

そのママ友も随分前にご両親は他界し、ご兄弟は遥か遠方に住み、実家にも誰もいない。
というか、実家自体、引っ越されているので、元々の地元の人ではないようだ。
そう考えると、実家は転々とする場合も少なくない。
わたしのケースのように、土着的な考えや感覚は古いタイプと思われる。

京阪神屈指の高級住宅地、芦屋、中でも六麓荘の住民も隣人さえ知らないうちに変わっていることがあるし、東京、世田谷区の成城や、松濤なども明治以降のようだし、日本の場合は、住宅地としては都市部より地方のほうが特徴があるように思う。

と話は全く脱線している。
そのママ友は、わたしとは30年以上前からご一緒した、この地から引っ越して出て行った。
熱く子育てを頑張った日々の思い出の一つになっている。
もう一人のママ友も、子供達が全国に散らばって赴任したため、新幹線の駅近くの、皆んなが集合しやすい、交通の便利な地に、残された夫婦2人で引っ越して行った。
ライフワークや、住み手の事情が変わると、住み替えるというわけだ。
リフォームもさることながら、家を郊外の戸建てから駅前にマンションに移すのも、また、県をまたいで地域そのものをごろっと変わるのも、どれを選んでも良く、選択肢は広がる。
家族が集まりやすい、高齢者施設も。

ちなみに、持ち家の買値と売値に幅があり、利益が出るのは嬉しいことだが、土地神話が崩れた日本は、逆の場合が多い。
まして郊外地は高齢化も進み土地値は下落するばかり。
30年、50年、100年、、、移り変わる一方で、かたや、変わらないまま、時が止まったような所もある。
変わるのは顔ぶれ。
継承され世代交替が行われている。
わたしとしては、片足は躍動的な、変化のある地、もう片足は動かない地、軸足を時代の時、時に合わせてバランスを取り、時代遅れではない新しい風、空気を吸いながら、更新していくのが理想だ。