蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

何もない日常

2025-02-12 | 暮らし
完全引きこもりライフ。
定着すると、これも悪くない。
わたしのように極端に内向的な性質の人間には、かえって快適だったりする。

外出することもある。
徒歩でスーパーに行き、食材を購入。
これは、近所にあったスーパーが撤退し、老人ホームに変わったため、好むと好まざるによらず、とことこ徒歩。
典型的、買い物難民である。
その一方で、宅配を利用している。
手書きからWEB注文に変更したのはよいが、、、
宅配時間までに紙の注文書を提出しなくてよいことと、32時間、〆切、提出時間に猶予が生まれるため、のんびりできる。
が、安心しすぎて、〆切時間が意識から飛び、注文し忘れる。
しかも、毎週、宅配されても、されなくても、宅配料が自動的に課金されるため、何度も続くと痛いヘマドジに泣く。

ご近所では、宅配弁当を頼んでおられるお宅もちらほら見られる。
地域も高齢化の波が押し寄せているのを実感する。

古い家は、更地にされ、売りに出ているところも、ちらほら。
新しい住民によって、どんな家が建つのか楽しみでもある。
スーパーに行く道すがら、住宅街の中を通って行くと、移り変わりがあるようだ。
新旧入れ替わり、新陳代謝なら結構なことだ。

、、、と、散歩がてらに買い物も、決して悪くない。
必要不可欠な用事を残しておかないと、一歩も外に出ない。
もっと歳を取れば、気力も体力も無くなることだろう。
自分の活力を自分で味わい、楽しむ。

買い物の行き、または、帰りに、娘宅の前を通る。
先々週末は寒いのに、窓という窓を全開にしていた。
換気のためだとか。極寒の家。
わたしは、家の中には入らない。
運良くタイミングが合えば、孫たちがパパと家の前で運動して遊んでいる。
キャッチボールだったり、バスケットボールだったり、自転車乗りだったり、縄跳びだったり。
先々週末は5番目孫も加わり、家の前の道路が運動場のようになっていた。
孫たちの活発な姿を見ると、楽しく、のどかな光景に幸せを噛み締める。
しばらく眺めて、買い物に向かうか、自宅に戻る。

何もない日常。
わたしにとっては、最高の贅沢な時間だ。


※写真は、去年、秋の山形県。
どこも同じように、静かな日常。

と、ここで、思い出したことを追記。
ここからは、蛇足。
(スクロールおすすめ、スタート地点。一気に最後までザザザーっと)

この山形県を含む東北団体旅行。 
写真の場所近く駐車場に、バスが停められた。
参加者の一人の高齢女性が、見学の後、集合時間になっても現れない。
時間はどんどん過ぎていく。
帰りの新幹線の時間が決まっているため、添乗員さんは、ハラハラ。
わたしたち、参加者もドキドキ。
添乗員さんは、探しに出掛けるが、なかなか帰って来ない。
このまま見つからなければ、どうするんだろう?と、ヤキモキしていた。
旅行会社本部に連絡して、助っ人を求めるのか?
現れない人を残して、二手に分かれて、バスで先に新幹線乗車駅に向かうのか?
ギリギリに参加者のその方はどうにか現れた、、、のは良いのだが、
我々は、お土産を買う時間や、その他の予定を割愛された。
彼女がバスに戻って来た時、添乗員さんが息切れ状態であったにもかかわらず、ご本人は、しれっと涼しい知らん顔。
無事だったことは良かったものの、皆んなに迷惑をかけた、一言のお詫びもなかった。
「すみません」、、、という、たった5文字の言葉は、彼女の口から発せられることはなかった。
代わりに、添乗員さんが平謝り。

それでわたしは強く思ったのは、、、
迷子になるのは、まあわかる、、、認知機能の低下のせい。
初めて行くところだし。
わたしも、いつも、道に迷うし。同じようなことはよくやる。
ただ、団体旅行に参加している限り、自分が周りにどう影響を与えているかという、認知力は最低限、必要だと感じた。
足腰や方向感覚だけではなく、心情的な想像力、推測力も。
一人で参加するのであれば、常識をわきまえ、ある程度、自立していなければ、皆んなの足を引っ張る。
が、失敗は誰にでもある。
ミスして迷って遅れるのは本人がワザとしたわけではないし、よくあることで仕方ないとしても、自分がしでかしたことをまるでわかっていない、あるいは、迷惑を掛けても、ものともしない性格の場合は、笑い事では済まされないと思った。

集合時間に、2〜3分遅れただけでも、平謝りの高年男性もいるのに、、、。
確かにあの時は、工程的にも地理的にも時間的にも難易度が少々高く、(わたしを含む)高齢のおひとり様にはキツかったかも知れない。
他の団体旅行でも、こういうことはよくある。
添乗員さんが、迷惑をかけたお客さんの代わりに、迷惑を被ったお客さん一人一人に、お詫びの品を持って謝りに来られたこともある。
余裕を持って行動するか、あるいは、皆さんにちゃんとしっかり謝るか、どちらかをしたほうが良いと、人のフリみて我がフリ直す、自分への戒めにした。

また別のグループ登山では、参加を断られた人もいる。
足を引っ張るどころか、全員の人命にかかわるからだ。

わたしなら失敗が度重なり自信をなくしても、更にまた行きたいと感じたら、、、
失敗を糧にして、予防線を張る。
誰かサポートしてくれる人と一緒に参加するか、あるいは、極力、無理をしないコースを選ぶか、はたまた、団体旅行には距離を置くか、対策を考え、舵を切る。

助け合いの精神は大事、不可欠だ。
が、性格によって、様々なことがある。




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